異世界はつらいよ
さて、早くも2月。
でも、ここでは季節感なんてないから、ただ日付を示す数字が進むだけ。
天界は現実世界とは違い、本当に味気ない所だと思う。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「もしもし。私、ボスパル王国で王子をしています。ジャンニ・ロンバルディと言う者です。」
最近、王子様多いね・・・
「ジャンニ様ですね。ご用件をお伺いします。」
「異世界に馴染めなくて・・・」
「そうですか。でも王子様ですよね。どのような悩みがおありなのですか?」
「はい。まずは妻のことなんですけど。」
「将来の王妃様ですね。」
「はい。彼女も転生者なんですけど、スペイン人なんです。」
「いいではないですか。問題は相性ですよ。」
「お陰様で、内緒の話をしたくても日本語通じませんし、ラーメンを食べる度にヌードルハラスメントだと五月蠅いのです。」
「それは国際結婚の宿命ですね。」
「一応、同国人という設定なんですけど・・・」
「しかし、ヨーロッパ風の雰囲気なのに、ラーメンがあるのですね。」
「はい。何故か麺が主食の世界です。」
「随分個性的なライターがいたもんですね。」
「それと、さっきマラババの靴が欲しいと言われて、何だそれはと返したらつむじを曲げてしまいました。」
「マラババは私も知りません。」
「スペインのブランドだそうです。知るわけ無いじゃないですか。女性モノのブランドなんて。」
「まあ、スペイン人ならみんなが知っているレベルなんでしょうね。」
「後は、料理が不味くて耐えられないのです。」
「ラーメンがありますよね。」
「逆に、まともな食べ物がラーメンしかありません。」
「一日三食ラーメンでもいいという人は沢山いますよ。」
「塩分過多で早死にしてしまいますよ。ラーメンはあるのに他のスープは塩味しかないんですよ。食材も乏しいですし、胡椒も砂糖も貴重品です。」
「王族ですよね。」
「はい。お陰で胡椒まみれの肉とか食べることはありますよ。」
「贅沢ですね。」
「もうちょっと工夫しないのか、とは思いますね。」
「そこは両殿下のお力を見せる時ではないですか?」
「私も妻も料理の知識はサッパリで。何せ私は元実業団の陸上選手、妻は大学生でしたので。」
「陸上で培った努力と根性は活かせそうですね。」
「こんなことなら、料理くらいは自分でやっとけば良かったと思います。」
「他に苦労されている点はございますか?」
「医療水準も生活の快適さも魔法の使い勝手も全て不満ですね。」
「お客様の世界は中世ですか?」
「はい。古代寄りの中世です。」
「それは大変ですね。」
「ええ、先月は宰相が風邪で亡くなりました。」
「風邪ではないでしょうね。」
「でも、風邪ということになりました。医療はその程度です。魔法だって本当は『あんなこといいな、できたらいいな』という人間の欲求が根本にあるんですよね。」
「はい。魔法こそご都合主義の極みです。」
「でも、属性に縛られていたり、魔方陣が複雑すぎたりで、みんなが必死に研究しても古代からほとんど進歩していません。何せ、この百年で水を発生させるだけの魔法が宙に浮くようになったのが一番の進歩なんですから。」
「使えないですね。」
「治癒魔法なんて絶対に無理でしょうね。」
「しかし、本来はそういうものなのでしょう。」
「なので、中世世界の不便さを魔法で補うってことができないんです。」
「では、科学技術を発展させれば良いのでは?」
「陸上選手と文学部の学生ですよ?」
「できませんか?」
「無茶ですよ。」
「でも、王族なのですから一番マシな立場です。」
「それはその通りですが、とても不便なんです。私も深く考えずにこの世界を選びましたが、何でみんなこんな世界を喜んで選んで、違和感なく馴染んでいるのかが不思議でなりません。」
「皆さんそれそれ不便に耐えて頑張っていると思いますよ。」
「できたらそういった描写を沢山入れて、転生する私たちに正確な情報を事前に与えてくれたら良かったと思います。」
「そうですねえ。私たちも決して偏向報道をしていた訳ではないのです。でも、もしかしたら楽観的であまり細かいことを気にしない人が多く取り上げられているのかも知れませんね。」
「確かに、陰鬱な物語では視聴率取れませんものね。」
「はい。転生希望者を確保するために、ライトで頭を空っぽにして見られるものを意識していることは事実ですね。シリアスなものや設定が複雑なものは現実世界にお任せなのはその通りです。」
「あと、まともにやってたら、ハーレムなんて夢のまた夢です。」
「奥さんが強いのですね。」
「カトリックですからね。」
「その世界はキリスト教なのですか?」
「いいえ。でも、妻は敬虔なクリスチャンです。そして、既に尻に敷かれています。」
「でも、殿下はとても健全な異世界ライフを送っていると思いますよ。」
「現実ライフと何も違いがありませんけど・・・」
「いいではないですか。将来は王様ですし。」
「生活が不便でとても激務ですけど・・・」
「それを21世紀の知識で改善していけばいいのですよ。」
「私なんかの知識で何ができるかは分かりませんが、とにかく頑張ってみますよ。」
「それがいいと思います。ほとんどの転生者より、恵まれた地位にいるのですから。」
私はミントちゃんたちを手招きする。
そしていつもの必殺技で送り出して通話を終えた。
「贅沢な悩みと言ってしまうのは簡単ですけど、21世紀に暮らしていたなら不満は多いですよね。」
「そんなもんだ、と中世の不便さを受け入れられるかどうかですね。」
「しかし、不満があるからこそ変革者が生まれ、世の中が進歩するのですから。」
「そうですね。陸上競技は進化するかも知れませんね。」
「陸上競技はそうかも・・・」
「きっとそれが、思わぬ形で別の進化を産み出すはずですよ。」
そう、どんな世界でも必ず進歩するようにはできている。
きっと彼が先頭に立って世を変えていくのだろうなと思う。
いや、奥さんに尻を叩かれながらだろうが、頑張れ。




