農業舐めんな!
さて、今日は雪が降った。
もちろん、あくまで神の演出であって冷たくはないし、外だっていつもの常春だけど、それでも一面の銀世界は心の中の雑念を眠りにつかせ、落ち着いた気分にさせてくれる・・・ような気がする。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「あ~もしもし。私、異世界で農業を営んでおります。土田祥生と言います。」
「ツチダ様ですね。ご用件をお伺いします。」
「私、チート持ちが許せないんです。何とか彼をギャフンと言わせたいのですが、どうにかなりませんでしょうか。」
「おそらく、普通の人はどんなに追い詰められてもギャフンとは言わないと思いますよ。」
「あ、あの、そういう意味では無くて・・・」
「はい。分かっております。では、詳しいお話をお伺いします。」
「私、前世でも農業を営んでおり、自分なりにいろんな工夫をして、道の駅なんかで評判の野菜なんかを多く出荷してました。」
「それは大変素晴らしいですね。」
「まあ、ちょっとした事故であの世を去ってしまいましたが、次は今まで培って来た技術で他の農家や社会のために役立とうと、中世世界を選んだのです。」
「転生者の鏡ですね。」
「ところが、チート持ちの農家がいて好き勝手やってるんです。」
「それは大変ですね。でも、そういう苦情は多いんですよ。」
「なんでも彼が耕せばどんな作物でも一年中栽培できるのです。バナナの隣でジャガイモを育ててるんです。」
「それはかなりチートですね。」
外は冷たくない雪が積もってるけど・・・
「しかも、土をちょっと掘ったらそこから塩が採れるんですよ。」
「そこは乾燥地帯ですか?」
「いいえ。普通に雨が降ります。普通はそんなとこは長い年月をかけて塩分が水に流されるのですが、何故かあいつの所有地だけはそうなんです。」
「でも、そうであれば塩害で作物は育たないはずですよね。」
「ええ、毛細管現象ですね。しかしそれも無視です。しかも、周りは森です。」
「塩害にとても強いのではないですか?」
「でも、そのまま塩として利用できるとなれば岩塩の層が土中にあるんですよね。樹木なんて根が深く張れないはずだから、巨木が育つはずがありません。」
「まあ、諦めて下さい。」
「ほかにも服などは蜘蛛の糸なんです。」
「よくある演出です。」
「どうして農家なのに綿花や養蚕じゃないんでしょう。」
「そこは作品の個性でしょう。」
「とにかく、彼の周りだけいろいろおかしいんです。しかもあいつの目的はハーレムなんです。」
「ああ、そこがお客様にとって一番許せなさそうな部分ですね。」
「そうなんです。自分だけ大儲けして、ハーレム作って、この時代の貧しい人たちを顧みない。同じ21世紀人として本当に恥ずかしく、憤りを感じます。」
「でも、彼に農業指導といっても、実際は素人がチートを使っているだけですから、彼固有のやり方でしかありません。この時代の人たちを救うのは、あくまであなたの持つ匠の技です。」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、少し落ちつきますね。でも、彼ほどではありませんが、他にも農業をやっている転生者はいるんです。」
「まあ、そんなに農家の方ばかりが転生している訳ではないでしょうから、人気の職業なんでしょうね。」
「みんな農業を舐めてるんです。土を耕し種を播き、水をやってればOK、と簡単に考えている人間が多いのが腹立つんです。」
「そうですね。実際は重労働ですし、農繁期は休日もありませんし、収穫量と品質を高めるための技術、土作りは大変でしょうからね。」
「そうなんです。それを訳も分からずチートで解決して『僕、また何かやっちゃいましたか』なんて言われると殺意が湧きます。」
本当にいるんだ・・・
「しかし、そんな彼らをギャフンと言わせる方法はございませんね。」
「やはり、チートが無いと難しいですか。」
「お客様はチートをもらわなかったのですか?」
「はい。その代わりに様々な農具を持たせてもらいました。」
「そうでしたか。」
「もちろん、それらも村人に普及し、作業の効率化に貢献しています。」
「とても立派なことだと思います。」
「まあ、それでもチート持ちのせいで普通の作物は買い叩かれ、あいつらが来る以前より生活が厳しくなった農民は多いですが・・・」
「そんなに彼らの生産量は多いのですか。」
「そりゃあ、百人単位のハーレムを農業収入で維持する訳ですからね。」
「確かに・・・」
「そのハーレムってのも気に入らないんです。農業転生者はどいつもこいつも目的が農業では無く、ハーレムしたいがための農業ですからね。」
「仕方ありません。農業って地味ですし。」
「全く、百害あって一利無しとはこのことです。この世界は転生者の、転生者による、転生者のための世界じゃないっていうのに。」
「何か凄い演説になって来ましたね。」
「はい。しかも彼らにはその自覚が一切ないのです。」
「それは、『僕、何かやっちゃいましたか』という台詞のためです。」
「何もIQ下げなくても・・・」
「だって、お客様のような普通の方は言ってくれませんよ。それこそギャフン並に。」
「言って欲しいんですね。」
「決め台詞ですから。」
「でも、対抗策って無いんですよね。」
「少しづつ技術を普及させ、生産力を上げていく他無いですね。チート持ちの名は歴史に残るかも知れませんが、きっとお客様の名も残ると思いますよ。」
「名を残すことが目的ではありませんが。」
「しかし、名が知られないことには、ギャフンと言ってもらえる可能性すら見いだせません。」
「なるほど、私の成功を見せつける訳ですね。」
「救った人の数で勝負です。」
「そうですね。収穫量と品質の向上に努めていきます。」
「その意気です。そもそもチート持ちの生産するチート野菜のモデルは、皆さんが丹精込めて作った21世紀基準の作物なのですから、彼らに追いつくことはできるはずです。」
「分かりました。地道に頑張ってみます。」
そうして通話は終わった。
「どこで何をしていても大変なものですね。」
「その大変な横にチートがいるんですから、折れずに頑張っているのは凄いと思います。」
「ですから、業務外でも少しの愚痴なら聞いてあげて下さいね。」
「そうします。」
解けない雪を見ながら、ちょっとだけやる気が出てくるのを感じる。
いや、電話の内容はそれほどいいものでは無かったのだが・・・




