やり直したいのですが・・・
自動販売機から戻って来たと思ったらコールが鳴る。
急いで受話器を取ろうとしたら、持っていたコーヒーをこぼしてしまった。
本当に赤ちゃんボディは不便だなと思う。でもデスクを拭いてなどいられない。
「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」
「私、異世界で皇帝をしております。カーター・ベンクリッドと言います。」
「カーター様ですね。ご用件をお伺いします。」
「はい。私は5年前に神にチートをいただいてこの世界にやって来て、理想郷を建設すべく懸命に努力したのですが、思惑とは違い、世界が滅びかけているんです。私が転生する前の状態にリセットすることはできないのでしょうか?」
「リセットは神の権限ですので、こちらではできませんが、たとえ神であってもシステムエラーやリコール対応の場合でないとしませんね。今回はそれらに該当しない事象ですので、対応はしかねます。」
「そこを何とかお願いする訳にはいかないでしょうか。」
「それはできませんね。それで、お客様はどんなチートを授けられたのですか?」
「物質創造と自動リピート、空間改変と鑑定、全属性魔法に分解ですね。」
「随分とまた、壊れたスキルをたくさんお持ちで。」
「はい。これらのスキルを駆使して、社会の、民の、そして私のために邁進したのです。」
「それで、やり過ぎたと。」
「最初はGを絶滅させたのです。」
「ああ、やっちゃいましたね。」
何か、そんな神様いたなあ。
気持ちは分からんでもないけど。
「あれはあれでちゃんと役割があるんですよ。」
「でも、いない世界が理想だと思いません?」
「そうですね。何故神はあのデザインにしたのかと思うことはありますね。」
「そう言えば、神様が作ったんですよね。」
「はい。ゴミ処理をやってくれて、小さくて邪魔にならず、でも、視認できないと困るし、絶滅されても困るからそう簡単に死なないよう調整して数も揃えた。それがGです。」
「だからといってあのデザインは最低です。せめてモフモフとかなら愛されたのでは無いですか?」
「蛾とか毛虫のようになってしまいますが・・・」
「いや、虫じゃなくても・・・」
両者、沈黙・・・
「あ、それで、世界が滅びそうなのですよね。」
「そうでした。まだGが絶滅したところまでは良かったんです。民も喜んでいましたし。」
「まあ、人目線だとそうでしょうね。Gの天敵からすれば苦情を言いたかったと思いますが。」
「そうかも知れませんが、まだそこまでは良かったんです。」
「問題はここからですね。」
「はい。私はスキルで様々な文明の利器を作り、中世を現代に進化させました。そして、軍事力を増大させた我が国は他国を次々に併合していきました。」
「さすが帝国ですね。」
「もちろん、まだ5年ですから機械の操作方法や政治制度の定着など、まだまだ課題は多いですが、いずれ理想郷が完成すると信じて疑いませんでした。」
「ところが、何かやっちゃった訳ですね。」
「はい。当然のことながら化石燃料の使用が増え、地球温暖化の懸念がありましたので、少し地球を太陽から離してしまおうと考え、月を利用したスイングバイをやったんです。」
「凄いですね。それって神でも出来ない者がいるほどの大技ですよ。しかも、地球より質量の小さい月でやってしまうなんて。」
「海水を物質創造で一時的に大量に発生させ、月の反対側に一気に流して潮力を稼ぎ、空間魔法でそれを亜空間に放出する方法を使いました。まあ、正確にはスイングバイとは言えないものですし、ちょっとバランスを変えただけなんですけどね。しかし・・・」
「ええ、氷河期まっしぐらですね。」
「今年は異常な冷夏でした。」
「しかし、一度それをやれば、慣性の法則で止めどなく太陽から離れることは予想できたのではありませんか?」
「はい。ある程度離れれば、海水を使って減速すればいいと考えていました。しかし、地球の質量が海水より遥かに大きく、月を利用しないと人類滅亡クラスの海水を発生させないと止まらないようなのです。自転すら止まりかねませんし・・・」
「では、元には・・」
「今では月が他の星と変わらないくらいの大きさです。当然、潮の満ち引きも無くなりました。いえ、正確にはちょっとはあるんですけども・・・」
「では、物質創造で小さな太陽でも作ってみてはいかがですか?」
「だんだん理想郷からかけ離れていきますね。」
「しかし、今の地球は太陽系の外側に向かっているのでしょう?」
「はい。このままではいつか絶対零度の世界ですね。」
「運良く木星か土星の近くに行く事が出来ればスイングバイができますけどね。」
「今度は太陽にぶつかって消滅です。」
「もうこのまま小さな太陽を衛星にして生き延びるほかありませんね。」
「でも、そんな小さな太陽、寿命が短いですよね。」
「はい。陛下が何もしなければはるかに長い間、太陽の恩恵を享受できたはずです。」
「私が生きている間ならどうにでもなりますが・・・」
「人間の寿命なら、一回限りですね。」
「設定をリセットはできませんか?」
「無理でしょうね。システムの欠陥ではありません。お客様の自己責任の範疇ですから。」
「理想郷がうたかたの夢になってしまいます。」
「どのみち、人間の寿命なんて、うたかたの夢ですよ。それより、あなたのお持ちのスキルは他者に伝授することはできないのでしょうか?」
「ああ、そこに希望がありますね。」
「いかに神が与えたものとはいえ、同じ人間に行使できるものです。希望はあります。それに、核融合とか新たな技術開発も生き残りの方法として使えるかも知れません。」
「そうですね。方法は一つではありませんでした。」
「それらを側近を含めて協議してください。独断は危険ですよ。」
「でも、これらを理解できるような者がこの時代にはまだいないのですが。」
「それでもです。かつて神も同じ失敗を犯しました。Gを滅ぼし、CO2を世から消滅させて世界を滅亡の淵に追い込みましたが、いまは別の神々の尽力で者と姿を取り戻しつつあります。あなたも一人で抱え込んではダメです。彼らにどうやって理解してもらえるか、分かりやすく伝えられるか。そして彼らの疑問に答え、ミスの素を潰していくことで失敗を未然に防ぐこともできるようになるでしょう。」
「そうですね・・・分かりました。」
「では、困難な道のりではありますが、ご健闘を心からお祈りしております。」
「ありがとうございました。」
こうして電話は終わった。
あの世界には、これから過酷な運命が待ち構えているがまだ希望はあると思う。
しかし、大きな力ほど、人を躓かせてしまうんだなあと思った。
そう考えると、神はあれでもよくやってる方なのかなあ・・・




