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どうしても逃げられてしまうんです

 さて、さっきの電話とクリスマスのダブルパンチで憂鬱なのだが、間髪おかずにコールが鳴る。



「ご利用ありがとうございます。異世界転生カスタマーセンター、お客様サービス係でございます。」

「私、異世界で貴族をやっております、ジェラード・オーウェルと申す者。」

「ジェラード様ですね。ご用件をお伺いします。」


「私はアラドという国で侯爵をしており、18の時に家が決めた相手と結婚しました。しかし、私には別に思いを寄せた女性がおり、妻を領地の端に押し込め、意中の彼女と逢瀬を繰り返しておりました。」

「ああ、よくあるパターンですね。男性側をプレイするのは比較的珍しいですが。」


「その後、父が急逝し、爵位を継いだ所で妻との離縁を画策し、彼女も了承して領地を出た所で愛人の不貞が発覚し、喧嘩別れをしてしまいました。」

「それもよくありますね。」

「よくあるのですか?」


「考えてもみてください。婚約者のいる男性に近付く女性なんて、他にも複数のお相手がいるに決まっているじゃありませんか。」

「言われてみればそうですね。」


「それで、新たな結婚相談ですか?」

「いえ、元妻とよりを戻したいと考え、彼女を連れ戻そうとするのですが、いつも逃げられてしまい、彼女に会うことすらできないのです。」

「お相手の方も家が決めた相手です。あなたに特段の愛情が無かったのではありませんか?」


「そんなはずはありません。6年間の交際期間の中で、彼女が私を慕い、信じてくれていたのは確かです。」

「でも、あなたには別の女性がいて、彼女を僻地に押し込み、白い結婚をしていたのですよね。」

「しかし、彼女はそれに不平は漏らしていなかったですし、田舎の生活を楽しんでいたようだったと使用人から聞いています。」


「不平を漏らさなかったのは、両家の約束を誠実に履行しただけでは?」

「私も誠実に履行して結婚しましたよ。」

「離婚を画策したのに?」

「それは、彼女をこれ以上縛るのが気の毒だったからです。」


「それはあなたの言い分です。彼女からすれば結婚後に屋敷から追い出されて貧乏暮らしを強いられ、浮気された末に捨てた相手ですよ、あなたは。」

「そんな酷い言い方無いじゃないですか。」

「では、あなたが何者か説明してください。」

「婚約者を6年間大切にし、一時の過ちはあったにせよ、それを認めて真摯かつ熱心に妻との交流を図ろうとする男です。」


「若い女性の一番美しい時間を浮気腰軽男のために無駄に費やされ、名誉も結婚生活も踏みにじられ、躊躇無く捨てたくせに、捨てた途端惜しくなってしつこく追い回してくるストーカーなら納得します。」


「あなたは私を貶めて何が楽しいのですか。」

「では、あなたの前世でのお名前を教えて下さい。」

「桜間准平です。」

「サクラマ様。B-TL0081、中世が舞台の世界ですね。そしてサクラマ様は21世紀の日本から転生なさっていますね。」

「はい。それが何か。」


「21世紀の倫理観をその身で体験していてその体たらくですか。」

「ここは中世です。」

「その世界に生きているのは同じ人間ですよ。まあ、貴方も周囲の方も全員モブではありますが。」

「しかし、私は身分社会の頂点にいる人間です。」

「ええ、あなたなら浮気をしても、妻を捨てても、捨てた後で捕まえようが処刑しようができるでしょうね。」

「愛する人にそんなことしません。」

「愛されていませんけどね。」


「何故、そう言い切れるんですか。」

「女性が一番嫌うのは、卑怯で未練がましい男です。嫌なら最初から婚約しなければいい。」

「そんなことしたら私が継承権を無くしてしまうじゃないですか。」

「ほら。継承権の方が女性より大切だったのでしょう?」

「そうではない。」

「そうでしょうか?あなたは愛より家を選んだ上に、別の女性との愛も得ようとした。これは事実です。そして体裁を整えるため結婚だけはして、いらなくなったから彼女を追い出した。」

「いえ、別居しただけです。」

「どうせ小さなボロ屋敷でしょう?」

「多少古かったかもしれませんが、虐げる目的ではありませんでした。」


「ええ、あなたは自覚なく相手を虐げられる性格のようですので、あなたにその気は無かったのでしょうね。しかし、彼女を目にしなくてもいい遠方に追放したことは確かです。」

「追放ではありません。」

「でも、手放したのですよね。」

「手放してはいません。」


「いくら中世でも結婚は契約です。そして、離婚した途端、赤の他人です。」

「いえ、赤い糸で結ばれています。」

「違います。彼女は絡まった煩わしい糸を何とか振り払おうとしています。もう、彼女を解放して差し上げてはいかがですか?」

「彼女はまだ私の力を欲しているし、逃亡生活で困っているに違いない。」


「誰のために逃亡を余儀なくされていると思っているのですか。あなたが好きなら最初から逃げていないでしょう。」

「違う、彼女は私に構ってもらいたくてこんな行動を取っているだけだ。」


 今までいろんな人を相手にしてきたが、ここまで酷いのは初めてだ。

 あのミラノ・アスプリアーノですら、もう少し話ができたものだけど・・・


「では、良い方法をご提案いたします。」

「妙案があるのですね。」

「はい。まず、彼女を追いかけるのを直ちに止めてください。あなたのことが今でも好きで、構ってもらいたいだけなのであれば、構わなくなった途端、自分の意思で戻って来ます。」

「そうなのですか?」


「何を言っているのですか。あなたさっき、あれほど彼女が自分の事を今でも好いていると自信満々に自慢していたではありませんか。」

「しかし、彼女だって今さら気まずくて自分から戻って来れないかも知れないじゃないですか。」

「ならば彼女の気持ちはその程度です。あなたより他のものを優先した。ただそれだけです。」


「やはり、私が直々に会いにいくべきか。」

「それが彼女にとって最悪であり、恐怖でしょうね。」

「恐怖なんてことはありません。」

「いえ、捨てた男が追いかけてくることほど女性が恐怖に感じることはありませんよ。」


「しかし、今の私の気持ちをきちんと伝えれば分かってくれます。」

「今のあなたの気持ちは分かるでしょうが、彼女はあなたを好きにはなりませんよ。」

「何であなたにそんなことが分かるんですか。」

「分かりますよ。だってあなたの世界は別名、「最低クズの夫に捨てられた元妻ですが、別れて幸せになりました」ですから。」

「ええ?」


「この世界は別れた異性とは絶対によりを戻せない世界です。神が定めた設定なのですから、あなたごときの力で覆すことはできません。もちろん、浮気相手とも無理ですね。ご愁傷様でした。」

「わ、私はこれからどうすれば・・・」

「一生、社交界でクズ男と笑われながら頑張って下さい。」

「・・・・」


 こうして通話は終わった。

 もちろん、あの別名は嘘だ。

 そんな設定をしたら、愛情どころか友情まで育めない欠陥世界で滅亡まっしぐらだ。


 お客様のご要望にお応えできなかったことはオペレーター失格だが、一人の女性を救うことができたとしたら本望だ。


 それにしても、何でこの手の話に出てくる男って頭悪いのかなあ・・・


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