その2
あれから40数年、私のサラリーマン人生も終わりかと思うと、気が重かった。だが、それより大事なことを思いだした。上着の内ポケットに入れたガラケイだが、バッテリーが切れそうなのである。もうスマホの時代だといっても、私はガラケイに固執している。
今流行りのバックパックを背負い、中にパソコンを入れて持ち歩いても、私はガラケイを手放さなかった。それが私の矜持だった。それは以前、切りそこなった電話で相手の捨て台詞を聞いて、私はスマホを使うのを止めた。相手に憤る前に自分のミスが怖かった。
だが、そんなキャラになったのはいつからか。
会社のため?家族のため?いや本当はどうだったのか。
だがその前に、携帯のバッテリーが切れてしまう。その方が心配だった。
道路を挟んで左右に並ぶ店を見ながら私はコンビニを探した。いつか緊急時にコンビニで充電器を買い、救われたことがあった。その点東京ならコンビニの数に心配はない。
私は歩みを速めると、楽器店に挟まれた間口の狭い、十坪程のコンビニに行きあたった。目当ての物は入口近くにある。そう決めて入ると、案の定すぐの陳列棚に並んでいる。だが見れば目的の品ではない。そこのあるのはスマホ用ばかり。左右上下どう見ても違う。
商品棚の3分の一ほどに、それらしき品物が並べてあるのだが、いくら探してもガラケイに使える物はない。しばらく探しても駄目。仕方なく私はレジへ向かった。
「すみません、これ用の充電器、ないかな?」
レジに立つ目の細い小柄な女の子に声を掛けた。
入店の際、レジの奥でテキパキと働く制服姿の彼女に目を付けていた。案の定彼女は、私の問いに明確な答えを返してきた。
「ウチハスマホダケ、ホカ、オイテイマセン――」
その口ぶりに、胸ポケットの名札はカタカナ書き。明らかに外国人だった。
(この街じゃ、ガラケイを使う俺が他所者か……)
そんな自虐的な思いを抱いて、私はそのコンビニを出た。
(スマホ用ばかりか……まあ、仕方ない。他の店を当たるか)
そんな思いで、私は表通りから鄙びた路地を探した。
東京という街は路地を一つ隔てれば街のキャラが一変する。ここだという思いで角を曲がると、あった。案の定、路地奥のコンビニにはガラケイ用があった。それを持ってレジへ行き時計を見れば12時半。どこかの店へ入って、そこで充電してネットで目的地を……と、私は次の段取りを考えていた。
見上げるばかりの高層ビルに囲まれる通りへ出ると、交差点の向こうに忽然と一種ジブリの世界かと思うような一角があり、そこに蕎麦屋かと思われる平屋が建っていた。
(これは確か、学生の頃に立寄った店……)
と、私の脳裏に昔の情景が浮かんだ。
(つづく)