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理由

「……な、なんで謝るのさ」

 と、あまりの動揺に僕はとんちんかんなことを言う。問題はそんなことではない。

 シャンランは申し訳なさそうに、こめかみのあたりを掻いた。

「いやだって、俺のせいでお互い関わらないようにするっていうのが、難しくなるし……」

「ていうかなんで、急に僕を好きだなんて言うんだい」


 そう一番の問題はそこだ。

 これまでのことを思い返してみても、シャンランに好意を抱かれるようなことは全くしていない。

 どころか、気持ちが悪いと忌避されて拒絶される変態ムーブしかかましていない。


 僕の問いに、シャンランは逡巡してから、やがて諦めたように口を開いた。


「実は俺……女なんだ」

「え」

「男のふりをしてただけなんだよ」

 シャンランの衝撃の告白に僕は……そんなに驚かなかった。いやうん、まあそうか……。普通に考えて、男の子がこんなに可愛いわけがない。いやまてよ? 女の子がこんなに可愛いわけがない、という界隈も存在するが……? 今はそちら様のことを考えるのはやめておこう。


 僕はふむと顎を撫でた。

「つまりリンリンとは一卵性双生児ってことか……性別の違う双子は二卵性双生児だものね。だからそんなにうり二つなのか。二卵性双生児の場合は二つの卵子が受精して同時に妊娠した双子だから双子といってもあまり似ていないケースもあって……」

「今そこは掘り下げないでいい」


 シャンランのつっこみに僕は我に返る。


「ごめんごめん。えーっと、シャンランが男のふりをしていたことと、今のこの状況は、どんな関係があるの?」

「説明しよう俺は」そこでシャンランは決意を込めるかのように、次の言葉を振り絞った。顔は真っ赤である。「ちょろい自分を変えたくて、強い男になろうとしたんだ」

「ちゃんと情報が増えていくのに何もわからなくなっていく……」


 それからシャンランはとつとつと、自身の抱える事情を語ってくれた。


 ☆


「俺は子供の時、社交的なリンリンとは違って内向的な性格だった。リンリンが拳法を始めた時も、俺は拳法なんか興味なかった。家で一人で遊んでいるのが好きだった。中国の山奥で生まれ育ったってこともあって、子供のころは人との接触が少なかった。そのせいか……」

 シャンランはその瞬間とびきりの赤面を見せた。

「人にちょっと褒められるだけでその人を好きになってしまうようになったんだ」


 僕は思わずずっこける。


「そ、そうなるかな。僕も子供のころから内向的なタイプであんまり人と関わってこなかったけど、全然そんなことないし」

「お前は人から褒められることがなかったからだろ。子供の時もあんまり可愛くなさそうだしな」

「…………」

「とにかく、気が付けば俺はそんな性格になっちまってたんだ。これがおかしいってことに気づいたのは、日本にやってきて通いだした、幼稚園でのことだ」


 当時、同じ組にかりんちゃんという、それはもう玉のように可愛らしい女の子がいたのだという。

 その子は日本語があまりうまくできないシャンランを気にかけてくれて、よく遊んでくれたらしい。

 日本に来たばかりで心細かったシャンランは、随分かりんちゃんに懐いた。

 かりんちゃんは、シャンランによくかけてくれた言葉があったという。

 それが……


「可愛いって言葉だったんだ」

「な、なるほど」

「それが私の初めて覚えた日本語だよ。思い出補正もあって、今でも可愛いって言葉は、私の中ではすごく特別な言葉だ。私は当時、気が付けばかりんちゃんを好きになっていた……」


 ある日シャンランは思いのたけをつづった手紙をかりんちゃんに渡した。

 必死に調べて書いた日本語で「好きだ」ということを伝えたのだ。

 手紙を渡した次の日から、かりんちゃんはもう二度と、シャンランに話しかけてくれなくなった……。


 シャンランはふっ、と自嘲ともとれる笑みをこぼした。

「その子は同じ組のケントくんと付き合ってたらしい。根っから男好きな子だったんだな。同性の俺からの告白なんか嫌だったんだろう」

「いや幼稚園児なんだから男好きって評価はどうだろう……」

「ちなみに俺は同性愛者じゃない。当時は本当に可愛いって言われるだけで誰でも好きになってた」

「激やばだな」

「とにかく俺はその悲しい事件がきっかけで、自分を変えたいと思った」


 シャンランは拳を強く握った。その瞳に羞恥は消え失せて、鋭い拳法家のまなざしが蘇る。


「その日から俺は、男として生きることに決めた! ちょろい女であることをやめて、強い男になろうと思った。男なら、安易に可愛いなんて言われないだろう?」

「確かに……僕も生まれてから一度も可愛いなんて言われたことがないし」

「リンリンと一緒に中国拳法を始めて、これまでずっと拳法に打ち込んできた。今じゃ私たちは、中国随一の実力者になった。だっていうのに……」


 シャンランはまた弱気になって、涙に目を溜めて俯いた。


「また人を好きになっちゃった」


 ――どきん!

 僕の心臓がはねた。

 それは今まで経験したことのない感覚だった。

 どうしてこんなにドキドキするんだろう。

 そしてある重大な事実に気づく。

 シャンランとこんなに長く話しているのに、トラウマが発動していないのだ。

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