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必要な漢方

「ちがーう!」

 リンリンは絶叫すると僕の肩を掴んで大きく揺さぶった。

「リンリンは私ね! こっちはシャンラン!」

「はっ、そうだ君がリンリンか。あれ……どうしてリンリンが二人いるんだ」

「だっかっら! 違うね!」


 バチン!


 リンリンのビンタが僕の頬を強く叩いた。

 僕はその瞬間、夢からさめたような思いがした。

「はっ! 僕は一体なにを……」

 慌てて顔を上げて、すごい形相をしたリンリンと目が合う。その後ろで、シャンランが呆然としている。

 このとき僕は、さっきまでの記憶を思い出した。

 確か僕は、リンリンに得体のしれない液体を飲まされていた。そして飲み干した瞬間、リンリンを突き飛ばしたシャンランと、目が合ったのだった。


 そして僕はさっきまでそんなシャンランのことをリンリンだと思い込んでいて……そんなシャンランのことを、愛していた。


 シャンランが恐怖におののいた声をあげた。


「薬の効果が出るまでの、中途半端な状態で邪魔をしちゃったから、記憶が混濁したんだ。最悪だよこいつ、姉さんの用意した薬の効果で、俺のことを、俺のことを……!」

 僕はまたも頭痛に襲われる。怯えるシャンランが可愛くて目が離せなくなる。

「リンリン……丁度よかった僕は喉が渇いてしまったんだよ。口を開けておくから、ここに君の生唾を喉奥まで吐き捨ててくれないか。できるだけ汚らしい音を立ててね」

「きんもっ! こいつ俺を好きになりやがった! しかも姉さんだと思い込んで!」

「はっ! 僕は今なにを言っていたんだ……」


 僕たちのやりとりを見ていたリンリンが、へなへなと力なくその場に座り込んでしまった。


「失敗ね……平八郎はシャンランのことを好きになてしまた」


 正気を取り戻した僕は、ようやくこの事態を飲み込めた。

 あの怪しげな薬を飲まされた僕は、なんとかリンリンを好きにならないですんだ。

 だけど代わりに、シャンランを好きになってしまったのだという。

 それも、シャンランをリンリンだと思い込んで……ええいややこしい!


 僕は絶望的な気分に襲われた。

 まさか僕が、男の子のことを好きになるなんて!


 今度は僕がリンリンに縋りついた。


「リンリン、僕の薬の効果をなかったことにしてくれよ。そういう解毒剤みたいなものがあるんだろう!」

「もちろん、あるよ。でもその薬を作るには特殊な材料が必要ね。でもそれはここにはない。中国の奥地に存在する伝説の食材だから」

「そ、そんな。じゃあその解毒薬を飲まなかったら」

「平八郎は一生、シャンランのことが好きね」


 リンリンは俯いてしまった。

 重苦しい沈黙が三人の間で流れる。


 僕を好きなリンリン、僕が嫌いなシャンラン、男を好きになってしまった僕。

 この空間にいる人間全員が、不幸だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕は今後の人生の身の振り方を考えていた。

 おそらく僕はもう二度と、まともな人生は歩めない。女のこともまともに付き合えず、その上同性愛者でもないのに男を好きになってしまった。

 温かい家庭を築きたいだなんて、人並みの幸せを夢見ていたわけじゃないが……それにしたってこんなこと、あんまりだ。

 僕はもう、今後は植物のように生きていこうと思った。

 シャンランの姿が見えないような遠い田舎に引っ越して、そこで小さな畑を耕しながら、年寄りになるまでずっと一人きりで過ごしていよう……。


 そうと決まれば荷造りだ。僕はそっと立ち上がる。

 その手をリンリンがぐっと掴んだ。


「どこ行くね」

「長野の方に移住するよ……」

「何を言ってる? まだ諦めるのは早いよ」

 言うなり、リンリンは勢いよく立ち上がった。

 僕を見つめるその眼には、いつの間にか活力が蘇っている。

「私、薬を作るため、伝説の食材を探しに中国いくね!」

 今度は弟のシャンランに向き直る。

「シャンラン、その間、あなたは私に変装して、私の代わりに学校に通っててほしいね」


 リンリンの発言に、僕とシャンランは一瞬、ぽかんとしてから、二人同時に声をあげた。

 僕を押しのけて、シャンランは猛然とリンリンに抗議を始めた。


「俺が姉さんの代わりに学校に行くなんて、無理に決まってるだろう!」

「なんで? あなた私より日本語上手。それに顔もうり二つ。髪形だけ変えれば誰にもばれない」

「だからって」

「あなた、私が中卒になってもいいて言うの?」

「うぐ……」


 リンリンに凄まれて、シャンランは黙ってしまった。

 僕にだって言いたいことがある。


「リンリン、薬を作ってくれるのはありがたいけどそれはまずい。僕はシャンランのことをリンリンだと思い込んで、その上愛してしまっているんだよ。そんなシャンランと同じクラスになって学校生活を送るなんて……僕の人生はおしまいだ!」

 シャンランは僕の頭を叩いた。

「こっちのセリフだこの馬鹿! お前みたいな変態と一緒に学校生活を送るなんて、もしまかり間違って妙なことになっちまったら……」


 そのとき、僕とシャンランは二人とも、似たような想像をしたのだろう。

 お互いに身震いして、がくがくと歯の根を鳴らした。

 そんな僕たちを、リンリンは鋭い眼光で睨む。


「二人とも、私の言うことちゃんときいて。シャンランは私の代わりに学校いく。平八郎も長野にいかないでちゃんと学校へいく。いい?」

 いいもなにも……。

 僕らに他の選択肢はないのだった。

お読みいただき誠にありがとうございます!


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