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リンリンの秘術

「いい加減にするよろし!」


 リンリンの怒声が響く。それまで強気だったシャンランはびくりと肩を震わせて、姉の姿を見た。

 リンリンの燃えるような赤い瞳がシャンランを射貫く。


「誰と結婚するかは私の決めること。シャンランは黙ってて。それに、弱い男を許せない気持ちは、シャンランだけが持ってる歪んだ気持ち。シャンランはそれを直さなきゃいけない。そのうちそういう格好も言葉遣いもやめなきゃいけない」


 シャンランはかっと顔を赤らめて怒鳴り返した。


「うるさい! それこそ姉さんには関係ないだろう!」


 僕はその間におずおずとはいる。


「あの、そんなに大騒ぎしてたら母さんにバレちゃうよ。君たち、無断で人んちに上がり込んできたんでしょ。警察呼ばれたら言い訳できないかと」

 リンリンはとびっきりの笑顔を僕に向けた。

「ああそれなら大丈夫。お母さん私の拳法で気絶させておいた。心配しないで峰内ね」

「おう……手口が普通に強盗と一緒……」


 とにかく、とリンリンが仕切りなおす。

「私、平八郎と結婚するのやめる気ない。シャンランは黙ってるがいい」

「くっ……」

 と、そこで僕はついに声をあげた。

「いやちょっと待ってくれよ! 勝手にそう言ってるけど、僕はトラウマのせいで女のことは付き合えないんだって! このトラウマがいつ治るのかもわからないし、リンリンと結婚する約束なんてできないよ」

「それなら心配いらないよ。私、薬作ってきたね」


 言いながら、リンリンは懐から怪しげな小瓶を取り出した。中にはおどろおどろしい色をした液体が詰まっている。


「なんだそれはーリンリン!」

「これ、中国に伝わる秘薬ね。私が調合した。これを飲み干した瞬間、初めて見た人のこと、好きになる。ただの好きじゃない。本当に、その人の全てを愛してしまう。これはそういう強力な薬ね!」


 そんな馬鹿げた薬が本当に存在するのだろうか? にわかには信じがたい。

 しかし僕の本能はまたしても、危険を知らせてビンビンに警報を鳴らしているのだった。

 リンリンの表情は本気そのものだ。嘘をついているとは思えない。


 リンリンはまたもにこりと不気味な笑みを浮かべる。

 嫌な予感がして僕は怯えてあとじさる。

 そんな僕に、リンリンはにじり寄ってきた。

「平八郎、この薬のむね。そして私のこと見るよろし。そうしたらトラウマなんか綺麗さっぱり治って、あなた私のこと好きになる。二人は永遠に幸せに暮らす」

「い、いやだそんな……自分の意志とは無関係に人を好きになるなんて」

「私それでもいい。平八郎と一緒にいられるなら」


 リンリンの目が獣のように獰猛な眼光を帯びた。

 僕は全身から冷たい汗が噴き出したのを感じた。

 僕みたいに貧弱な男が、拳法の達人であるリンリンにかなうわけがない。

 無理やり組み敷かれて、全く簡単に、ごくりと得体のしれない液体を飲まされてしまうだろう。


「僕はいやだ!」


 一か八か リンリンの横を通り抜けようと、僕は出口に走った。

 しかし、赤子の手をひねるかのように、いとも簡単に僕はつかまってしまう。

 リンリンは合気道のように僕の体をくるりと回す。

 僕は床にことりと寝転がった。

 そのままなすすべもなく口に小瓶が突っ込まれた!


 眼前に、瞳にハートマークを映したリンリンが迫った。

「さ、私のこと見つめて」

「うぐぐ!」


 ふりはらおうにも、僕の両手は頭の上でリンリンの片手に抑え込まれてびくともしない。

 情け容赦なく液体は僕の喉奥まで流れ込んでいく。熱くてドロドロしている……。独特の風味が鼻から抜けあがってきた。

 僕はすーっと目から涙をこぼした。液体がまずいせいではない。自分の貞操が蹂躙される未来を想像して悲しくなったのだ。

 こんなひょろがりきもボッチの僕の貞操なんて大した価値はないが、それでも、自分で愛する人を選択する権利ぐらい、あるはずだ。

 ああ、なんでこんなことに……。


 そのとき、衝撃が走った。


「駄目だ姉さん!」


 シャンランが、僕の上に覆いかぶさったリンリンを突き飛ばしたのだ。

 それからの僕の記憶は、あいまいになってしまった。


――――――――――――――――――――――――――――――――


「いてて」


 僕は冷たい床から体を起こした。ぼうっとした頭で周囲を見渡す。

 ここは洗面所だ。どうして僕はこんなところで倒れているんだろう。

 ……ああそうだ、僕は突然忍び込んできたリンリンの弟、シャンランに殺されかけたんだ。

 そこにリンリンが乱入してきて……それから、どうしたっけ。


「ん? 二人とも、そこでなにしてるんだい」


 洗面所の出口付近で、リンリンとシャンランが呆然とした表情で僕を見下ろしていた。

 そのとき、ずきりと頭が痛む。頭痛とは縁がないのに、変だな。


 僕は自分の頭をさすりながら立ち上がる。


「悪いけど体調がすぐれないみたいなんだ。もう用が済んだのなら、帰ってくれないか。……ん?」


 僕はそのとき、シャンランに目を奪われて離せなくなった。

 どうしてだろう。

 彼は男の子だ。

 だというのにどうして。

 なんでこんなにも、魅力的に見えるんだろうか。


 白くて綺麗な肌。男っぽくないぷっくりとした唇。もしも君の唇が回転ずしのネタだったら、僕は百皿は余裕で平らげるだろう。そしてぱっちりと大きな瞳……その瞼に挟まって死んでしまいたい。


 ――いや、君はシャンラン? いや違う、君は……リンリンだ。

 そうだよ僕が男の子のシャンランを好きになるわけがない。

 この子はリンリンだ。髪の毛が短くなったリンリンだ。

 そうかやっと思い出した。

 どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。

 僕は、リンリンのことを愛しているんだ。

お読みいただき誠にありがとうございます!


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