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忘れていた理由

 僕がどうしてリンリンのことを忘れていたのか。

 そして子供のころ、活発だった僕の性格が、どうしてこんなにも捻くれたものになってしまったのか。

 その出来事をこれから説明したい。

 そしてその出来事こそが、リンリンが僕を生涯の伴侶と決めた理由だったのだという。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんてことはない。

 すごく単純な話だ。

 男は子供のころ、女の子と仲良くしているところを、友達にからかわれたりするのをすごく嫌がる。

 御多分に漏れず僕もそんな男子の一人だった。


 リンリンと仲良くしていた僕を同じ道場の子供たちが噂し始めた。

 子供というのはピュアなようでいて、他人の悪意に意外と敏感だ。

 子供ながらに顔立ちの整ったリンリンとの仲を、嫉妬する思いもあったのだろう。


 次第に僕は、リンリンと距離を取り始めた。

 リンリンからしたらなぜ、急に僕の態度がよそよそしくなったのか、わけがわからなかったろう。

 言葉がうまく通じないせいで、微妙なニュアンスを伝えるすべもない。

 僕はただリンリンを無視するしかできなかった。


 そしてあの事件が起きた……。


 道場のトイレは男女共有だった。そして鍵が古くなっていて、かかっているのかいないのか、わかりづらくなっていた。

 だから誰かがトイレをしているとき、ドアを誤って開けてしまうということが、頻繁に起こっていた。


 子供ばかりが通う道場だったし、殆どが男子だったので、そんなことは笑い話になっても、問題にはならなかった。

 そう、僕が当事者になるまでは……。


 僕はその日、本当はリンリンに謝ろうと思っていた。

 リンリンは何も悪くないのに、急に無視をするなんて、やっぱりおかしい。

 だから中国語でごめんの意味も調べてきた。どいぶちー。


 そんな風に考え事をしていたせいで、僕はトイレの中に誰かがいるなんて、全く気が付かなかった。

 ドアを開ける。

 そこには、便座に座ったリンリンがいた。


 目が合う二人。時が止まった。

 数秒遅れて、リンリンの悲鳴が道場中にとどろく。


 ……その事件がきっかけで、僕とリンリンの仲は完全に途絶えた。

 そして同時に、道場での僕の立場もこれ以上ないぐらい悪くなった。

 根も葉もないうわさがたったのだ。

 平八郎はトイレの中でリンリンに、いたずらをしようとしてたんだ……などというくだらない内容のものだ。

 全くの事実無根でも、悪意が伴っていたら噂は真実レベルに広まってしまう。


 間もなく僕は道場をやめた。

 性格は暗くなり、友達を作ることができなくなって、他の習い事もすべてやめた。

 そうしているうち、どんどん内向的な性格になって、

 僕は今のぼっちくんになったのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――


 僕は今の今まで、その忌まわしい記憶を完全に忘れていたのだ。

 記憶の中より随分成長したリンリンが、目に涙を溜めて僕を見つめた。

「覚えてないだろうて思ってたけど、そんな完璧に忘れられてたなんて悲しいね」

「いやこれはトラウマを封じていた精神活動の一種で……」

「私の大事なとこを見た記憶が、トラウマだたの?」

「いやそういう意味じゃなくて!」


 僕はくっついてくるリンリンをどうにか引きはがした。


「そんなことで僕を好きになるなんておかしいよ。嫌うならわかるけど」

 するとリンリンは遠い昔を思い出すかのように目を細めた。

「もちろん最初は嫌だた。平八郎が道場をやめたあとも、私ずっとあなたのこと思い出しては泣いてた。あんな恥ずかしいところを見られるなんて、幼い女の子には刺激が強すぎるよ」

「それならどうして」

「でも平八郎のことそうやってずっと考え続けてたら、いつの間にか忘れられなくなたよ……。これ、複雑な乙女心。平八郎への私の想い、悲しみから怒り、そして愛にかわた」

「怒りのフェーズで再会しなくてよかった……」


 それに、とリンリンは続ける。

 その瞳には、冗談みたいなハートマークが浮かんでいる!


「私の部族では、裸を見せた男と必ず結婚しなきゃいけない決まりね。これ、好都合。私と平八郎は一緒になる運命ね」

「部族って、なんのこと」

「そのまんまの意味。私のお母さん、中国の北の方の生まれ。私今よりもっと幼いころはそこで暮らしてた。その部族の女はとても貞操観念がしっかりしてる。私もその考えを叩きこまれて育った。部族の女は生涯一人の男にしか体を見せないね。私にとってはそれが平八郎」


 僕はあまりのことに眩暈を覚えて、その場でふらついた。


「な、なんてことだ」


 そんな僕の腕にリンリンは抱き着いた。二の腕にぎゅっと押し付けられる二つのふくらみ。


 リンリンの無邪気な笑顔が僕を見上げる。


「何をそんなに動揺することがある。こんなに可愛い女の子と結婚できるね。喜ぶのが普通」


 それは全く、その通りだ。リンリンはとても可愛い。大陸の血が混じっているせいかとてもはっきりした顔立ちをしていて、この学校で一二をあらそう美少女だ。


 普通の男なら垂涎もの状況だ。


 そう、普通の男なら。


 耳元でまたも囁かれる。


「さっき、鍛錬しててたまたまここにいたって言ったのは嘘。本当は平八郎の声が聞こえたから、慌てて走ってきたね。私いつもあなたのことおもてる。そして私汗っかき。体が濡れやすい。夜もそうってこと。私、平八郎をたくさん喜ばせてあげられるね」


 リンリンが妖しく口角を吊り上げる。

 普通の男ならこのリンリンのセリフで股間を苦しくさせるところだろうが……。

 僕はもう、限界だった。


「おろろっ!」


 僕はたまらずその場で嘔吐した。

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