彼女の性癖
☆
次の日の朝、気持ちよく目が覚めたから、ついでに僕はビューティーのことを思い出そうとしてみた。
最初は全然、全く毛ほども彼女を思い出せなかったけど、ふとした瞬間に、ぱっと思いついた。
そういえば、リンリンと通っていたあの空手道場で。
髪が長くて、背がひょろっと高い女の子がいたような。
その子はいつも隅っこの方で、誰とも話さない、暗い子だった。当時、誰とでも仲良くする僕ではあったけど、彼女の暗い雰囲気のせいで、あまり関わることがなかった。
ビューティーはリンリンと知己だと言っていた。道場に通っていた当時、二人が仲良くしていた記憶はないけど、いつ仲良くなったのだろう?
リンリンは何度も日本と中国を行ったり来たりしていたらしいから、そのときどきで交流を深めていったのだろうか。
まあ、考えたところでわからないことだし、僕には関係ない。
そんなことよりも今日は、ゆっくりのんびり、アニメでも見ていよう。最近僕は、おっさんが異世界転生してゆるく田舎暮らしをする内容のアニメが好きだった。
と、そのとき。
「平八郎、あんたにお客さんがいらしてるわよ」
階下から母親の呼ぶ声。
僕は無視して、ベッドの中から出ない。スマホをいじって、ネトフリを起動する。
「友達のいない僕に、休日わざわざ訪ねてくるお客さんなんているわけないだろ。その人は詐欺の訪問業者だから警察呼んだほうがいいよ」
「ビューティーさんって名乗ってるけど」
「えっ」
ぞっと背筋が凍った。状況が把握できず、僕はベッドの中で固まった。思わず時計を確認する。午前九時半……。
母親の僕を呼ぶ声が続く。やがて僕は恐る恐るベッドから這い出て、部屋の外に出た。
玄関先まで出て、卒倒しかける。
そこにはビューティーが立っていた。長身、黒髪の長髪の彼女は、Tシャツにジーンズというラフな格好をしている。しかし、スタイルがものすごくいいので、それでも圧倒されてしまうほどのオーラを放っていた。
「やあ、おはよう。のんびりしてたら約束の時間に遅れてしまうよ」
何事かを察知してそれじゃあ、と母親はそそくさとリビングに戻っていった。
僕は部屋着姿のまま呆然とするしかない。
「どうして僕の家を知ってるんだ」
「どうしてって、幼馴染なんだから当然だろう。君は覚えてないだろうけど、同じ道場に通ってたとき、一緒に帰ったこともあるんだよ」
「やっぱり君は、あのときの子か……」
ビューティーはきらきらと目を輝かせた。長い手を伸ばして、僕の手をぎゅっと握る。
「思い出してくれたんだね!」
「うんまあ一応。でも僕たち、殆ど関わり合いがなかったはずだけど」
「うん、そうだよ。わたくしたちは同じ道場に通っていたってだけで、ほぼ、話したこともない」
「えーっと……じゃあなんで僕なんかにそんなに興味を持つのかな?」
「それはね、あの君が起こしたあの事件のせいだよ」
言われて、ぎょっとする。
あの事件。言うまでもなく、トイレの事件のことだろう。
あの事件がきっかけで、僕は道場での居場所がなくなり、内向的な性格になって、今に至るまでトラウマを引きずっている。
「そっ、その事件がなんだっていうんだ!」
「わたくしはあのとき、人気者だった君が落ちぶれていく姿に、正直いって……ぞくぞくしてしまったんだよ」
ビューティーは恍惚とした表情を浮かべた。
彼女の表情を見た僕は、突如として記憶の扉が開いた。
そういえばこの顔、見たことがある。
トイレ事件を起こした後、孤立していた僕を、陰からこそこそと見ていたあの子。
そういえばあのときも、こんな顔をしていた。
「そんな惨めな君が、このわたくしを邪険に扱っている。くぅ~たまりませんね」
「このわたくしって……今はどうだか知らないけど、当時の君は陰キャそのものだったじゃないか! とても、人のことをあざ笑えるような人間じゃなかったはずだ」
「無知とは怖いもの。わたくしが道場に通っていたのは、当時ハリウッドで空手少女のアジア人役があったからです。ほら、この映画」
ささっとスマホを操作して、ビューティーは画面を僕に見せた。その映画は、映画に詳しくない僕でも一度は見たことがある。ビューティーのやっている役は、メインキャストとは違ったが、それなりに存在感のある役で、その空手少女の出演だって、僕は覚えていた……。
「まじか」
どうやらビューティーは本当に、僕とは違う世界の人間のようだ。
ビューティーは長い手を大きく広げて見せた。
「さあ! そんなわたくしが君をデートに誘って、しかも家まで迎えに来てあげているんですよ。この状況に喜ばない男などいるはずがない。さあさあ、早く準備してでかけましょう。このわたくしを隣にして歩けば、街中の男から羨望の眼差しを受けること必至です!」
確かに。
その通りだ。
でも……。
「いやデートとかしたって君と付き合えるわけじゃないし……どうせ僕のこと面白がってからかってるだけだろ? それでまたシャンランみたいに付き合う気はないって言うんだろ? だったらデートとか面倒なだけだし。家にいてネトフリ見てたいし。普通に帰ってくれないか。休日の午前中は貴重な時間なんだから」
「うーむ。すがすがしいまでのくずだね」
なんといわれようと僕はこういう、美人だからといって高圧的な態度をとり、あまつさえ期待させながらもしかし一線は絶対に超えさせない女の言うことは絶対に聞きたくないのだ。
「そういうことだから帰ってくれ。僕は君に屈しない!」
「じゃあ、付き合おうよ」
「えっ」
ビューティーは微笑みながら僕を見つめている。
「じゃあ、付き合おうって」
「うんいいよ」
「早いね」
――し、しまった! つい……。
お読みいただき誠にありがとうございます!
もしもこの作品を気に入ってくださったなら、ブックマークの登録と広告下にある☆☆☆☆☆から評価をお願い致します。
こんな私ですが応援してくださったら嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします!




