やきもち
「そんなに絶叫するほど嬉しいか。しょうがないね全く。それじゃあまずは大人のキスを五時間ほどするね。そうしてじっくり、平八郎の子宮に私の雄種を着床させるね」
「いろいろ間違っている! 待つんだリンリン、まずは話し合おうよ」
僕は必死になって抵抗して、どうにかリンリンから距離を取った。
「僕は思い出したんだよ。子供のころ、君に失礼な態度をとってしまったことを。まずはそのことを謝りたい」
「子供のころ? はてそんなことあったか。折角勇気を振り絞って告白した私を冷たくあしらったことなどあったか?」
「しっかり覚えてる!」
リンリンは、僕の顔を両手でがっちりと抑え込んだ。
また、鼻先にリンリンの笑み。
「平八郎、子供のころのこと思い出したなら、私の考えてること、よくわかったんじゃない? 私、平八郎のこと大嫌い。すごく憎んでいる。でもそれは、同時に平八郎が大好きだってこと。これ、中国生まれの女の複雑な乙女心ね」
そして、リンリンは勢いよく顔を僕に近づけて……。
唇を重ねたのだった。
僕はフリーズするしかなかった。
どれぐらいの時間が経っただろう。数秒にも数時間にも感じられた。
やがてちゅぽんと卑猥な音を立てて唇が離れる。
リンリンの不敵な笑みが僕の目の前にある。
「今日はこのぐらいにしておくね」
言うなり、リンリンは僕を解放した。支えを失った僕は、力なくその場に倒れた。
リンリンはそんな僕をくすくすと小さく笑いながら、静かに部屋を出ていった。
沈黙。
部屋に独り残された僕。思考する力を失ってしまったかのように、僕の脳みそは何も考えられなくなっていた。
やがて、無意識にぽろり、と涙が頬を伝った。
「ううっ……」
僕は口元を抑えて、さめざめと泣いた。ウエディングドレスのまま……。トラウマが発動し、口の中で少しだけ嘔吐する。吐くところがないのでまた飲み込んだ。
いくらなんでも、リンリンのやっていることは酷すぎる。
普通の男なら、リンリンのような美少女と唇を重ねた事実に、大興奮必至なのだろうが、僕は違う。僕はそんな股間でものを考えるような獣じゃない。文化的な一人の人間なのだ。
僕のファーストキスだった……。賢明な読者諸賢は僕のようなもてないひょろがりのファーストキスになんの価値があるのか? 疑問に思うことだろう。しかしその疑問はあまりに愚問。
もてないからこそ、ファーストキスは自分の意思で捨てたかった……。
「酷いわ、こんなのって、酷すぎる」
強引なリンリンはまるで強い雄のようだ。その雄ッ気にあてられたのか、僕の口調は少し女性的になっていた。
このままここにいたら本気でまずい。僕はリンリンに洗脳されて、完全な女になってしまう。
どうにかして脱出しないと!
僕は力強く立ち上がった。
「ビューティー! 協力してくれ僕はここから脱出する!」
と、押入れがするすると開いた。
そこから顔を出したのは、シャンランだった。
僕は脳みそが混乱してしまう。
「あれ? どうしてこんなところに。そこにいたのはビューティーじゃ」
「わたくしはここにいるよ」
シャンランの後ろから、のっそりとビューティーが這い出てくる。
「二人でそこに隠れていたのかい?」
「そうだ。リンリンの様子は明らかにおかしいからね。このまま彼女を暴走させておくことはできない」
「ならさっき止めてくれたらよかったのに! 僕のファーストキスが奪われたんだぞ!」
「今のリンリンを刺激するのはまずい。もう少し落ち着かせないと。それと、君のファーストキスに価値はないから喜ぶべきじゃないかな? 低知能の豚だね……」
僕とビューティーのやりとりを、シャンランは無言のまま、じとっとした目つきで眺めていた。
僕はそんなシャンランに泣きついた。
「シャンランもビューティーに言ってくれよ! 僕のファーストキスは無価値だなんて言うんだ」
「へー」
「え? 屁? おかしいな今は誰も屁なんかこいてないと思うけど……ひょっとして押入れの中でしちゃった?」
「ちげーよ馬鹿。お前本当に気持ち悪い奴だな」
シャンランはそっけない。僕と目も合わせないで、ぶつくさと僕の悪口を言う。
僕は肩を竦めてビューティーに訊いた。
「あの……シャンランはどうしてここにいるの」
「もちろんシャンランも、君を助けるためにここに来たのさ」
「だよね? 僕もそうだと思って甘えてみたんだけど、なんだか辛辣。どうしてこんなにシャンランは怒ってるの」
僕たちのやりとりをシャンランは素早く否定した。
「違うって。リンリンの様子が変だから、観察するために隠れてただけだ。怒ってないから。ただお前がきもいだけだから。そんなことより」
シャンランは僕たちを通り過ぎて、つかつかと部屋のドアに近づいていくと……。
「あちゃぁっ!」
独特の掛け声とともに鋭い前蹴りを放つ。
その一撃で、施錠されていたはずのドアは轟音と共にぶっとんだ。
呆然とする僕とビューティーに、シャンランは振り向いていった。
「さっさと帰れ平八郎。俺の家にお前がいるとか生理的に無理だから」
ビューティーが、僕の耳元でこっそり耳打ちした。
「ひょっとして彼女、君にやきもち妬いてるんじゃないかい」
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