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復讐

 ☆


 目を覚ました僕はすぐ、その部屋に自分が監禁されていることに気づいた。

 そこは六畳ほどの和室だった。ちゃぶ台とせんべい布団が置かれただけの簡素な部屋。窓はない。

 布団から這い出て、僕は部屋の扉のノブに手をかけた。案の定、鍵がかかっている。


「ここは一体……」


 僕はどうやらリンリンにこの部屋に閉じ込められてしまったらしい。ここは、リンリンの家の一室だろうか?

 意識を失う寸前耳にした、リンリンの恐ろしい言葉が脳裏によぎる。

 ――私と平八郎の子供をつくるね!

 ぶるりと背筋が凍る。これが漫画やアニメなら、女子とのムフフな展開を期待するところだろう。

 しかし実際は恐怖しかなかった。自分の貞操を他人に掌握されるストレス……これは酷い虐待だ。


 すぐにこんなところから脱出しないと。


 僕は扉のノブを、闇雲にがちゃがちゃ回してみた。どうも向こう側から南京錠か何かで施錠されている様子。ということは扉を破壊しなければ脱出はできない。

 この僕の細い体でそんなことはできそうもない。


「リンリンのやつ……これは法に触れるぞ」


 僕は、リンリンのあの凍り付いた笑顔を思った。そしてまた、身震い。

 リンリンは本気だ。本気で僕を手籠めにしようとしている。

 ここで一つの疑問が起こる。


 どうしてリンリンは、そんなにも僕に執着するのだろうか?

 そもそもリンリンは、部族の掟を幼いころ教え込まれて、己の体を見せる男は生涯に一人だけ、という強い貞操観念を持つようになった。

 でも、姉妹のシャンランは、そんな考えは古臭い、と否定している。なら育ってきた環境は無関係、ということだ。


 幼いころ、トイレを覗かれた。

 たったそれだけのことで、ここまで人を好きになるだろうか?


 いや好きどころか。

 リンリンのやっていることは全く逆だ。


 そこまで考えて、僕は軽い頭痛を覚えた。


 あれ、なんだろう。

 まだ僕は、子供のころのことを何か忘れているような。


 そのとき、部屋にある押入れががらりと開いた。


「ふふふ、困っているようだね」


 そこから顔を出したのは、ビューティーだった。突然の彼女の登場に、僕は驚いて飛び跳ねる。

「うおっ! 何してるんだいそんなところで」

「いやなに、君が心配でね。こっそりついてきていたのさ」

 よいしょ、とビューティーは長い手足で蜘蛛のようにのっそりと押入れからはい出した。そしてまたもやあの自信満々な笑みで僕を見下ろすのだった。

 うーむ、この子も変わっているが、顔だけはすごい美人だな。


「ふふふ……しかし君は本当に子供のころのことはなにも覚えていないんだね。わたくしのことも……。あの事件のトラウマは相当、根深いらしい。確かにあの事件が、君のその後の人生を変えてしまったほどだからね」

 と、ビューティーは言う。


 僕は軽い眩暈を覚えた。


「君はなにか知っているのか」


 そう訊くと、ビューティーは笑みを作るのをやめた。真剣なまなざしが僕に向く。

「リンリンが君を好いているというのは嘘さ。実際は真逆……君はリンリンにとてつもなく憎まれている。それこそ、炎のような憎悪さ」


 僕はまた、頭痛を覚えた。その場でふらりと体勢を崩し、僕は畳の上にしりもちをついた。

 そのときになって初めて気が付いた。この部屋に姿見があることを。本能が、それを認識することを拒絶していたのだ。

 僕は丁度、その姿見の前に倒れていた。

 鏡の中に写る自分の姿を目撃して……僕は悲鳴をあげた。


「うっうわあああああああ!」


 僕は真っ白なウェディングドレスを着ていた。こんなものを着た覚えはない。リンリンが、気絶している僕に無理やり着させたのだ。

 リンリンの異常な執着が、僕の全身を拘束しているように感じられた。

 狂ってる。

 ビューティーはまるで、咎人を見るかのように僕を見下ろしている。

「覚えていないのかい? 君が子供のころ、リンリンをこっぴどくふったことを」

「思い出した……」

「早いな」


 そう、あれはトイレ事件のあとのこと。

 リンリンが中国に帰ることになったのだ。僕はそのときにはもう、道場に通っていなかったけど。

 リンリンはわざわざ、僕の家までやってきてくれたのだ。確かそのとき、お母さんと一緒だったはず。

 僕は本当は、リンリンとはもう会いたくなかった。でも、せっかく来てくれたのだからと、母親に強く言われて、玄関先まで出た。

 リンリンは僕に、中国語で何かを伝えた。それを、隣にいたお母さんが通訳してくれた。

 そうだ確かにリンリンはあのとき、僕に好きだと、好意を伝えてくれた。

 でも僕は……あんな事件のせいで何もかもが変わってしまったから。

 リンリンの顔なんか見たくもなかったんだ。

 僕は、リンリンのお母さんに僕はリンリンを好きじゃない、とそっけなく伝えて、返事も待たず玄関のドアを閉めたのだった。

 その無礼な態度に、家の奥からすっとんできた母親にこっぴどく叱られたけど。

 でも僕はもう、リンリンと会うことはなかった。


「そ、そうだ……」


 僕はウェディングドレス姿のまま、畳の上にあおむけになり、天井を仰いだ。深い絶望が、僕の体から起き上がろうとする力を奪ってしまったのだ。

「そうかこれは、リンリンの復讐だ」


 僕がそう呟いた瞬間。

 ビューティーが音もなく押入れの中に素早く戻っていった。

 間一髪のところで、部屋のドアが開く。

 リンリンがあらわれた。


「ひいっ……!」

 僕は這いずるようにしてリンリンから逃げた。

 僕の背中に、リンリンの余裕の声がふってくる。

「どこにも逃げ場はないよ平八郎。ここなら誰の邪魔もない。だから諦めて、大人しくしててね」

 首根っこを掴まれて、強引に引き寄せられる。

 眼前にリンリンの顔が迫った。凍てついたような、能面の笑顔……。

「平八郎、ここが私たちの愛の巣よ」

「ぎっ……ぎやぁあああああああああ!」

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