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なんて貧相な豚なんだ……

 突然の僕の乱入に、シャンランは目をぱちくりさせていた。


「お前、何してんだこんなところで」

「僕は君を尾行していたんだよ」

「え、きもっ! どういう目的で?」

 しまった説明をはしょりすぎてしまった。シャンランは怯えた目を僕に向ける。このままではただシャンランをストーカーしていただけの変態だと思われてしまうではないか。

 慌てて説明を加えようとした僕を、長身の男が遮った。


「君……美しくないね」

 人形のように整った美しい顔立ちが、僕を見下ろす。開口一番それ?

 その男の鋭い気配に刺されて、僕は当初の目的を思い出した。

「美しくなかろーがこのまま黙って見過ごすわけにはいかないからね」

「君の体は……あまりにみすぼらしすぎる。ここまで貧相な男は久しぶりに見た。あまりの醜さに目が潰れそうだよ」

「言い過ぎじゃない?」

「――君のような豚が、わたくしに何の用かね」


 と、男のまとう雰囲気が変わった。周囲にぴりりとした殺気が走る。

「――っ!」

 僕は思わず身をすくませた。まるで暗闇から猛禽類に睨まれたようだ。こいつ、ただものじゃない。しかも……彼の一人称はさっきは俺だったのに、今はわたくしに変わっている。

 どういう事情か知らないが、彼が素性を偽っているのは間違いない。ますますもって怪しい。


「その女の子にちょっかいを出すな。あんたはなんか、嫌な感じがする」


 僕はぎゅっと両足に力を込めて、仁王立ちした。格闘技の心得などなにもない弱者の、精一杯の戦闘態勢である。


 にらみ合う僕たちの間に入ったのはシャンランだった。


「やめろって平八郎!」

「シャンラン、こんな男に騙されちゃ駄目だ」

「もてないからって僻むなよ馬鹿」

「ねえそろそろ泣いていい?」


 シャンランは僕の胸を両手でぐいぐいと押した。


「いいから、帰れって! こんなとこでもめ事起こしてたら、商店街の迷惑だろ。俺だってこいつの殺気は感じた。ただものじゃないのはわかったさ。一人でどうにかできる」

「んなこと言われたってこのままじゃ……」

 シャンランを一人にはできない。この子は可愛いの一言でおかしくなってしまうのだから。そうなったらこの男に何をされるか。

 そのとき僕はふと、思った。

 何もこの男に限ったことではない。

 シャンランは可愛いと言われたら誰でも好きになってしまう。

 それって、実はものすごく危ないことじゃなかろうか?

 だって男にとってこれほど都合のいい女はいないのだから。

 もしもものすごく悪い奴が、シャンランに目をつけてしまったら。

 想像するだけでぞっとするような悲劇が起きるだろう。


 長身の男はやれやれ、と肩を竦ませた。


「それじゃこうしよう。今から近くの公園に移動して、そこで君とわたくしで、正々堂々と決闘をしようじゃないか。そしてもちろん勝者が、彼女をものにするのだ」


 なんちゅう芝居がかったセリフだ。怪しい奴どころか、変人の説が出てきた。

 しかし僕は男の申し出に、困ってしまった。


「僕は腕力には自信がないぞ。それでもいいか!」

 シャンランが呆れて呟く。

「自分でそんなに堂々と……」


 何と言われようと僕は全く持って腕力に自信がない。対して、自分から決闘などと言い出すぐらいだから、この男は格闘技の心得があるのだろう。どころか、さっきの尋常ならざる殺気。彼の習得する武術の腕前が、達人の域に達していたとておかしくはない。


 と、男は邪悪な笑みを浮かべた。

「それでいいさ。わたくしは醜い豚をいじめるのが好きなのさ」


 ぞっとしてしまう。こいつは本気だ。

 僕の袖をシャンランが引っ張った。動揺した表情が僕を見つめる。


「駄目だ平八郎。なんかこいつ、おかしい。相手にしたらただじゃすまない」

「……僕もそう思うよ。でもさ」


 どうしてだろう。

 シャンランとは知り合って間もない。

 正直、この子がどんな女の子なのかもよくわかってない。何が好きで、何が嫌いなのか。普段何をして過ごしているのか。何も。

 それどころか、靴下で窒息死ささせられそうになった! これは正直心の底では許せていない。

 でも、僕は、この子を置いて逃げることはできない、と思った。


 僕はシャンランの手をそっと振り払って、男に向き合った。


「移動しよう」

「そうこなくっては」


 ☆


 商店街を出て少し離れたところに、その小さな公園があった。都市開発の都合で無理やり作られたみたいな小さな土地に、滑り台とブランコが詰め込まれている。

 周囲に人気はない。


 滑り台を背にし、僕の目の前に立ちはだかった男は、長い腕を空に突き立て大きく伸びをした。


「狭いね。でも、殴り合いをするには十分だ」


 言って、男は構えを作る。片足を挙げて、片手を拳の前、もう片方の手を頭上にやる。

 リンリンとそっくりの、中国拳法の構えだった。


「きたまえ」


 ここで気迫で負けてはいけない。つまるところ殴り合いの喧嘩というものは、どちらがより気がくるっているかで勝負が決まるのだ。

 僕はとにかく叫んだ。


「おっしゃー! おしゃおしゃおしゃおしゃおしゃ! おっしゃーやってやるぞこらぁ!」

「ねえ掛け声きもいから!」

 シャンランが泣きそうな声を出す。そんなことを言ったってこれが僕の戦い方なのだから仕方がない。


 僕の精一杯かもしだした闘気にも、男は一切動揺したそぶりを見せなかった。


 瞬間、男の姿が目の前から消えた。


「あ、あれ。って――」


 ぐあしゃ。

 頭の中でそんな風に、何かが潰れたような音がした。僕はそのとき、何が起こったのかまるでわからなかった。けど、強烈な痛みで気づく。頭を攻撃されたんだ。

 地面に倒れる。受け身も何もなく、地面に顔面を突っ込んだ。土と草と血の味が、いっぺんに口の中に溜まる。


「平八郎!」


 シャンランの叫び声。

 僕は痛みと衝撃のせいで、動けない。

 と、ぐいと髪の毛を掴まれ、持ち上げられた。

 目の前に男の顔があった。相変わらずの邪悪な笑み。


「本気で殴られた経験は? ないだろう。本気で頭部に強烈な蹴りを食らった経験も? ないはずだ。わたくしは、そういうやつをいじめるのが好きなのさ」


 やばいなこれ。

 殺されるかも。

お読みいただき誠にありがとうございます!


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こんな私ですが応援してくださったら嬉しいです。

何卒よろしくお願いいたします!

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