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お前なんかどうでもいい

 死を覚悟した、次の瞬間。


「そこまでねー!」


 絶叫と共に教室の窓ガラスが突然、大きな音を立てて割れた!

 ハリウッド映画さながらに教室の中に飛び込んできたのは、リンリンだった。

 彼女はごろごろと転がって受け身を取る。すたっと格好よく立ち上がったかと思えば、靴下を鼻の穴につめこむ僕に突進してきた。


「今すぐその変態行為をやめなさーい!」

「もが! もがが!(リンリン、どうしてこんなところに! 中国の奥地に行っていたのでは?)」


 リンリンは僕に飛びつくと、靴下をもぎ取って代わりに、僕の口に小瓶を突っ込んだ。

 中身の液体が一気に流れ込んでくる。


「うぐぐ」

「ほわちょっ!」


 靴下を奪われて抵抗する僕の喉を、リンリンは手刀でぶった。その衝撃で僕の喉は開き、否応なく液体を胃の奥まで流し込んだ。


 強烈な風味に、僕はぐるりと白目を剥いてその場に倒れてしまう。


「平八郎!」シャンランが僕にかけよった。すぐ、リンリンに言葉を投げる。「姉さん、どうしてこんなところに」

 リンリンはいつもの無邪気な笑顔で、親指をぐっと立てた。

「急いで帰ってきたよ。大丈夫薬は完成した。これで平八郎は元に戻る」

「元に……」

「可哀そうにシャンラン。今も、平八郎の変態行為に付き合ってあげてたのね。もう大丈夫よ、これで平八郎はシャンランのこと好きでなくなる」

「…………」


 数秒ののち、僕は蘇生した。


「ごはっ!」

 ものすごい味の液体のせいで、呼吸さえ止まってしまっていた。短い間だったけど、失神状態だったのだ。

「ごほっごほっ! 死ぬかと思った……」

 体を起こし、気管に残った残りの液体を吐き出していく。ちょっとずつ呼吸が戻っていく。

「気が付いたね平八郎? 私、戻ってきたよ!」

「随分早かったね……」

 リンリンは中国の奥地に秘薬をとりにいっていたのだが……それがほんの数日で戻ってきてしまった。普通に飛行機で中国にわたっても、こんなに早く帰れないだろう。

 リンリンはこともなくいう。

「急いだ。中国拳法の達人、体力も並外れてるよ」

「そういう問題かな」

「そんなことより、これで平八郎、なおったよ。薬の効果なくなった」


 リンリンは喜んでみせるのだった。


 く、薬の効果がなくなった? こんなにあっけなく?

 ということは今の僕は、シャンランを好きではなくなった、ということだ。


 僕はふとシャンランを見た。目が合う。シャンランはふん、と鼻を鳴らしてそっぽをむいた。


「あ~よかった。これでもう、お前の変態行為に付き合わなくて済むんだからな」


 そのシャンランの言いぐさに、僕はかちんと来る。


「なにを! ノリノリで僕の顔に靴下を押し付けてきた癖に! おかげで僕は死にかけたんだぞ」

 あとちょっとリンリンが駆けつけるのが遅かったら、死んでいてもおかしくはなかった。


「そ、それは……」

「君の方こそ変態なんじゃないか。僕だって、君のことを好きじゃなくってほっとしたよ! このままじゃ、殺されてしまってもおかしくないからね!」


 僕は吐き捨てて、そっぽを向いた。リンリンが、僕とシャンランのお互いの顔を交互に見ては、おろおろとしている。


「二人とも喧嘩しないでよ」

「喧嘩じゃないよ。僕たちは友達ですらなかったんだから。なにしろ、お互いのことを何も知らないんだからね」


 次の瞬間には、シャンランの猛烈な反論が来ると思った。彼女はそういう勝気な性格だから、僕に言われっぱなしじゃいられないはずだからだ。

 しかし反論はなかった。

 沈黙の時間が流れる。


 変だと思って、僕はシャンランの方を見た。そして、ぎょっとする。

 シャンランは、涙こそ流していなかったが、傷ついたような顔をして、俯いていた。


「……俺は先に帰ってるよ」


 シャンランは床に落ちていた靴下をゆっくり拾った。そうして裸足のまま靴を履くと、教室を出た。リンリンが呼び止めるのも無視して行ってしまう。


 二人取り残された教室では、またも沈黙が流れる。


 リンリンは頭を抱えた。

「やぱり、二人ともうまくいかなかたね。私、二人は性格があんまり合わないと思ってたよ」


 僕返事もできず、ただ脳裏に浮かんだシャンランの悲しそうな顔を反芻していた。


 ――いてもたってもいられなくなり、僕は教室を出てシャンランを追いかけた。


 シャンランはまだそこにいた。廊下の先で、走って追いついてきた僕に驚いて、振り返る。

「シャンラン!」

 僕はシャンランの前で立ち止まる。急に走ったせいで、息が切れてしまった。

「な、なんだよ。今更俺たち、もう何も話すことはないだろう」

「はあ、はあ、シャンラン。君に言いたいことがある」

「なんだよ」


 一瞬の間。

 僕は、意を決して叫ぶ。


「そうやって――いじけて被害者ぶるのは違うから!」

「……は?」

「そもそも君が僕の薬の効果を知りながら、なのに変態行為に加担したのが原因であって! それのせいで一人の生命が終わってしまうかもしれないという重大な事故が起きかけたことに僕は怒っているのであって! それについていじけて被害者ぶるのは違うから!」

「きっ……きもきもきもきも」


 シャンランは二の腕あたりを強くさすった。サブいぼでも立ったのだろう。そんなこと知るものか。僕はシャンランが許せなかった。

 絶対に許せなかった! 僕はシャンランのせいで死にかけたのに、シャンランに被害者面されるのは、絶対に絶対に許せない!


 あまりにも感情が昂ってしまって、僕はぽろりと涙をこぼした。

 絶叫する。

「謝れよ! 被害者ぶらないで、僕にちゃんと謝れよ!」

 廊下に僕の悲痛な叫びが響き渡る。


 唖然……シャンランの表情はそれに尽きた。


「うん……ごめん。悪かったよ」

「わっ……わかったならっ……それでいい……ひっひっ」

 僕はしゃくりあげて泣いた。感情がこんなにも揺さぶられたのは久しぶりのことだ。それほど靴下で窒息したのが怖かったのだ。


 気づけばシャンランはいなくなっていた。リンリンの姿さえない。

 僕は誰もいなくなった廊下で、一人泣いていた。

お読みいただき誠にありがとうございます!


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