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何も知らないのに

 僕は過去のトラウマが原因で、女性と接すると体調不良になってしまう。

 リンリンとのあのトイレ事件こそが、僕が今、クラスでぼっちを決め込むきっかけとなったのだ。

 そんな人生を変えるほどの僕のトラウマが、何故かシャンランに対して発動しない。


 これ一体どうしたことだろう? 薬の影響なのだろうか。はっきりしたことは何もわからないけど……。


 僕の中にある一つの考えがよぎる。


 ひょっとしたらシャンランが相手なら、僕は人並みの青春を送れるんじゃないだろうか。

 その考えに至った僕は、目の前にいるシャンランを、強烈に意識してしまっていた。

 完全に、女の子としてシャンランを見てしまっているのだ。

 好きと言われただけでこうなのだから、ちょろいのは僕の方である。


 僕は動揺してしまって、押し黙ってしまった。頭から湯気が出ている気がする。

 つ、ついに僕も彼女ってやつができるのか?

 そんな僕を見て、シャンランは慌てて言った。


「いや待て。なんかお前、勘違いしてないか?」

「へっ?」

「俺はお前のことが好きだとは言ったが、付き合いたいとは言ってないぞ?」

「えっえっえっ」


 衝撃な言葉に僕はぽかんとしてしまった。

 いや……そりゃそうだけど、でも好きってことは、男女として交際したいってことじゃないの?


 僕のきょとんとした顔にシャンランはまた慌てた。


「俺とお前はこの間知り合ったばかりで、お互いのこと何も知らないじゃないか。さすがにこんな状態で付き合いたいなんて思う女子はいないだろう」

「じ、じゃあなんで、僕に告白してきたんだよ」

「だから! 俺はこんな状況だから、お互いにもっと気を付けようって言いたかったんだよ。俺たちの目的は、お互い関わらないようにして、リンリンが帰ってくるまで平穏無事に学校生活を送ることだろう?」

「そうか……」


 納得いかない様子の僕に、シャンランは顔を赤くして睨んだ。


「それに俺は、俺がちょろい女だからって、安易に手を出そうとしてくるよーなやつは大嫌いなんだ! 勘違いするなよ俺はちょろいけど、簡単な女じゃ断じてない!」


 シャンランにそう怒鳴られて、僕は毒気が抜かれたような気分になった。


「君の考えはよくわかったよ。確かに僕たちの目的は、平穏に学校生活を送ることだ。それ以上の目的はない。フェアに事情を話してくれてありがとう、助かったよ」

 落ち着いた様子の僕に、シャンランはほっと胸を撫でおろしたようだった。

「わかってくれたか。俺は別に男と付き合いたい訳じゃないんだ」

「うん、よくわかった。よくわかったから、今吐いているローファーを脱いでみせてくれないか?」

「は?」

「その後、君の蒸れた靴下を脱いでもらおう。両方ね。僕はそれを、両方の鼻の穴に詰めて窒息死するからさ……」

 

 僕の意識は最早、完全に薬の効果に手綱を握られていた。

 最悪のタイミングで、僕は変態の怪物に変化してしまったのだった!

 こうなったらもう、僕は自分を一切、コントロールできない。


「さあ、早く! 僕は君の可愛らしい足の臭いを脳髄にまで満たしたい!」

 僕の異常な変態台詞。むろん僕の意志での発言ではない。

 しかし僕は内心ではそれほど焦っていなかった。

 シャンランの考えはよくわかった。彼女はあくまで、学校生活を何事もなく送ることを目的としている。そのために、自分の過去まで告白してくれたのだ。

 薬の効果があらわれたところで、シャンランは僕を無視して立ち去ればいい。そうすれば何事も起こらないで済むのだから。


「……わかった」


 シャンランは小さくそう、呟いた。

 ん? 何がわかったって?


 シャンランはふと僕の手を取ると、空いていた近くの教室に入っていった。誰もいない。夕焼けに染まった教室。校庭の方から、誰かの笑い声が届く。


 シャンランは窓際の方までいくと、手ごろな机に腰かけた。そしてローファーを脱ぎ、するすると黒色の学校指定の靴下を脱いでいく。


「ちょっと待ってシャンラン」僕の薬の効果が一瞬、切れた。「僕の言うことなんか聞いちゃ駄目だよ。さっさとここから立ち去るんだ!」


 シャンランはヒステリックに叫んだ。


「わかってるよそんなこと! でも、可愛らしい足の匂いなんて言われたら、抵抗できないって……うへへ」

「あの……シャンランさん?」

 シャンランの様子は明らかに妙だった。さっきまで、気丈に僕と対峙していた彼女の雰囲気はもうない。あるのはすっかり弛緩して、だらしない表情で僕を見つめる、メス顔をした彼女なのだった!


 シャンランは裸足のまま僕に近づいてくる。その手には靴下が握られている。

 僕の眼前にシャンランの顔が迫った。

 その瞳には、ハートマークがくっきり浮かんでいる。


「仕方がないなぁ、そんなに言うなら俺の靴下で窒息死させてやるよ♡ ほら、しっかり鼻の穴を広げてみせろ」

「もがが!」


 僕の鼻先に強くシャンランの靴下が押し付けられた。瞬間、得も言われぬ芳醇な香りが僕の鼻孔を満たした。甘酸っぱくて、わずかに腐敗したような匂いがする。普通の状態の僕なら、こんなもの嗅いだ途端に靴下をはねのけて、シャンランを怒鳴り散らすだろう

 しかし僕は今、薬の効果でおかしくなっている。


 僕は、僕の意志とは無関係に、シャンランの靴下を鼻の穴に詰めていった。

「くくく……素直で良い子だねシャンラン……」


 いややめろ。

 靴下が鼻の穴に収まるはずがない。しかし僕の手はとまらない。

 このままじゃ、本当に死ぬかも……。

お読みいただき誠にありがとうございます!

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