第58話 克服
「逃がさないわよ」
「え?」
声のした方を見ると、霧化して消えていたイプノちゃんがその凶悪な爪を僕に向けて振り下ろしているところが見えた。
「危ないですわ!」
その声と共に後ろから衝撃。
どうやら押されたらしい。
僕は体制を崩して床に転がる。
「痛ったた……申し訳ない!助かった!」
「あんまり私から離れないでくださいまし!」
「ごめん!」
僕はベラちゃんの背中に回る。
女子に守ってもらう男子なんて、聞く人が聞いたら憤慨するかもしれないが、仕方ないじゃないか!僕は闘える力なんてないんだぞ!
命あっての物種っていうじゃないか!
「別に殺そうなんて考えてないわよ、大げさね。もし殺してしまったら儀式用にまた男子を見繕わなければならないじゃない。そんな面倒なことはしたくないわ」
「それでも、彼を傷つけることは許しませんわ」
「あっそ」
この会話を皮切りに彼女たちはお互いに切りかかり、再び戦闘が始まった。
ベラが剣を振るう度、炎が舞う。
しかし、ベラの剣はイプノちゃんを捉えることはできない。
どのくらい経っただろうか、ベラの動きにキレがなくなってきた。
「せい!はぁ、はぁ」
「さすがに疲れてきたよう、ねっ!」
ベラは自身に振るわれた爪を剣で受け止める。
「ぐぅ!まだまだ、これからですわ!」
そのまま爪を押し返して、剣を横なぎに振るう。
イプノちゃんはそれを軽々とバックステップで避ける。
「大量の魔道具を使って、力を底上げしたようだけど、その量の魔道具を使用していたら、魔力の方がもたないでしょうね」
「大丈夫!もちますわ!」
「気合?」
「愛の力!」
「気合じゃない」
「愛の力ですわ!」
「愛の力ね……愛の力を信じているようでわるいのだけど…」
イプノちゃんは恥ずかしそうにもじもじしながら目を伏せている。
「……なんですの?もったいぶらないでほしいですわね」
「ほら、私も女だからさ、男子の体に興味があるのよねぇ」
「……」
「だから、食べちゃった」
「…なにを、ですの?」
「なにって、ナニ?」
おや?どこからかヒモが切れたような音が…
「ぜってえええに!!!ゆるしませんわあああ!」
「はは、なにを怒っているのかしら、いや、ナニ、かな?」
「観念ですわあああああ!!」
ベラが先ほどよりも数倍の速さでイプノちゃんに切りかかる。
「そんな大振り、お腹がお留守よ」
イプノちゃんはベラちゃんが振った大振りの攻撃に合わせるようにして、スキができたお腹に一撃を加える。
「ベラ!!」
僕はベラに駆け寄る。
お腹が裂かれ、血があふれ出している。
制服があふれた血を吸って赤く染まり始めた。
「も、申し訳…」
「しゃべるな!血が…」
上を脱いで傷口にあて、止血を試みる。こういった救護の知識はないが、やらないよりはマシだろう。
「血が、止まらない…」
ベラの顔色が悪くなり、気を失った。
「バカよねえ、こんな嘘に怒っちゃって、そのまま切りかかってくるなんて」
「友達をバカにするのはやめてもらおう」
「ちゃんと定期的に血を摂取して、吸血鬼としての力があれば、そもそもそんな傷程度、一瞬で治っちゃうのにね」
「…」
「ほら、儀式の続きするから、こっちに着て頂戴、その子はもう無理よ。諦めなさい」
「…」
僕は無言で、ベラが使っていたイフリートと呼ばれていた剣を手に取る。
「なに?抵抗しようっての?それとも敵討ちかしら?泣けるわね。でも十分な魔力がないとその剣の力は使えないと思うけど」
イフリートはもう炎を纏っていない。
しかし《《それでいい》》。
僕は片手に剣の刃を添わせ、思い切り剣を引く。
「ちょっと、何してるの?気でも狂った?」
「ベラ、ごめん、嫌われてもいいから、君に死んでほしくないから、僕の我儘を許してほしい」
僕はベラの口を開けて、《《手のひらにたまった血》》を口のなかに注ぐ。
しかし、ベラの顔色に変化はない。
「…だめか」
「あたりまえでしょ、もうすでに死んでんだから。ほら来なさいよ」
イプノちゃんは僕の腕をとって強引に連れて行こうとする。
「ベラ!起きてよ!この世に、もうすでに遅い、なんてことはないんだろ!」
「うるさいわね!もう諦めなさいよ!」
それでもベラは起きない。




