ルーナスは赤ちゃんをもう一度。夫婦は溺愛合戦
お産の日、3歳児とはおもえないほどしっかりしていたルーナスは、自分が何をしたか全く憶えていないようだった。わたしと赤ん坊の命を助けたはずなのに。
丸々1年間は、ジェシカと名付けた妹と一緒に赤ちゃん返りしてしまい、おむつが必要になる始末。
あんなにしゃべれていた魔女語も忘れてしまった。
わたしは、生みの母に甘えられなかった分甘えたいのだろうと考え、2人を分け隔てなく育てた。
2人は切っても切り離せないほど仲良く育ったのは言うまでもない。
ジェシカがわたしのお腹にいる頃から、2人は会話していたようなのだから。
ジェシカが2歳になるころにはルーナスは5歳の年相応に戻り、お守りをする傍ら、妹の専属護衛騎士になりたいと、身体を鍛え始めた。
「あなたの魔法があれば大抵のことは大丈夫でしょうに」
わたしがからかい気味に声をかけると、
「魔法はお休み。剛い男になる。父さんに勝つ。父さん、弱虫」
と答えた。
「あらまあ、そう、かもね」
ルーナスは本気になったアッシュを知らないか、憶えていないのだろう。
飛び回るあなたに追いつけるのは、あなたのパパだけよ?
捕虜にされた時の不本意な経験をおくびにも出さずにあなたを心から愛している、あなたの父親はそんな素敵な剛い男。
片足半分吹っ飛ばしてもわたしの元に帰って来る熱い人だもの。
夫の溺愛は子どもに向けられるようになるかと思いきや、わたしのことが一番なのだそうだ。
「ジェシカにはルーナスがいてくれるからな。親父があまりベタベタするとアイツ睨むんだよ」
そう頭を掻いてはいても、夫の目線はきちんと、息子にも娘にも配られている。領地にも、国政にも。
その視野の広さ、器の大きさが、わたしは大好き。
ある春の風が気持ちいい日、久々に出席予定の園遊会前に、夫はわたしを庭に呼び出した。
ジュエリー・ガーデンのカモミール・ベンチにわたしを座らせ、夫はわたしの前をうろうろしている。
ルーナスが家にきてもう3年近くになるというのに、社交界では、
「戦争中に子ども作って帰るなんてサイテー、アシュリー様にはゲンメツ」
という噂話が絶えないらしい。
「兄王と君の兄さんの侯爵はルーナスの出生の秘密を知っている。だが、口止めもしてある。自分が愛のない行為から生まれたとルーナスに知らせたくない。話すとしてもずっと先の話だ」
「賛成だわ」
「加えてオレは、ルーナスの存在を恥だと思っていないし否定したくもない」
「わたしだって」
夫は背を向けて、咲き始めたチューリップの花々を一通り眺めてからおもむろに訊いた。
「シェリルは自分の血を引く息子が欲しいとは思わない?」
「わたしはルーナスが可愛いわ。というよりもうお産はこりごりかも」
「え、もう夫婦のこと、したくないってわけじゃ……ない、よね?」
語尾が尻すぼみに弱まる夫が愛おしい。
「バカね」
ポッと頬が染まってしまった自分のほうがバカな気もする。
「よかった。いや、今話したいのは園遊会の話だ。口さがない者たちにシェリルがいろいろ言われると思うんだよ。浮気されてお可哀想にとかムリヤリ育てさせられて、とか、養子にだしちゃえば、とか」
「あ、そうね、全く考えてなかったわ。あら、結構対応が難しい案件ね」
「そうなんだよ。いくら気品のシェリルでも狼狽えるんじゃないかと思って」
口ではそう言いながら、夫はわたしを信頼しているのだろう、青と黄色のアイリスのように凛々しく笑った。
「うちの人は浮気なんかしませんって言ったら問題よね」
「ああ。アレが本気だったことになる。オレはシェリル一筋なのに。とはいえ、浮気だったって言うと、噂が回りまわっていつかルーナスの耳に入る。自分は浮気の子だと気にするだろう。だから、オレが悪いことにして何とか切り抜ける方法はないか?」
「浮気か本気か、どちらも言うわけにはいかない。なら言わない方法をとりましょ。うちの人って魅力的過ぎますよねぇってへらへら笑っておくわ」
「それでいいのか?」
「たぶん大丈夫よ。育てさせられてとか養子にとかの話は、あんな可愛い子手放せませんわって。ああ早く皆さんに見せびらかしたいわ、うちの人に似てとってもイケメンなのよとか言ってればいいんじゃない?」
「お前、結局惚気に持って行ってないか?」
「それが一番有効なのよ。惚気ておけば人は去っていくから。皆が聞きたいのは他人の不幸話だし?」
「いつのまにか逞しくなったんだな、シェリルも」
「ううん、あなたのバックアップがなきゃダメよ」
「バックアップって?」
「社交界の軋轢に対抗するわたしの精神的苦痛を和らげる、『溺愛』が必要だと思うの」
「お、なんだ、シェリルに物欲が出たのか、それともまた花欲か?」
アッシュが面白そうにからかうから嬉しくなってしまう。
「この庭の隣にね、池が欲しいの。優美な曲線でできた椿の花ような形のお池で、真ん中に大きな噴水。そして金魚をたくさん飼うの!」
「そういえば大きな屋敷なら、正面とか横にフォーマルな水辺があるもんだよな。領内に湖があるから特に考えてなかったが、あってもいい。オーケー、ジェシカもルーナスも喜ぶだろ。急に全部は無理だぞ?」
「ええ、もちろんよ。思い出を増やしながら金魚や睡蓮や噴水を選んでいきたいわ」
アッシュはにっこり笑ってわたしのまとめ髪を解き、口づけした。
春風がわたしのブロンドを靡かせている。
「夫にも『溺愛』をくれ……」
耳元で囁いたから「いつでもどうぞ」と言うと、ひょいと抱き上げられた。
行き先は3階とわかっているから、玄関までお姫様抱っこしてくれたらその先の階段は自分の足で駆け上がろうと心に決めた。
-了-
読んでくださってありがとうございます。
同じ世界観のお話をシリーズ「異世界恋愛!!」に入れてあります。
まだ少ないですが、よろしかったらどうぞ。
この国の西隣が雨乞い失敗の聖女ユリアとアクツムの国です。