打ち解けてきたルーナスとシェリルの大変なお産
文中にひだまりのねこさまが描いてくださったルーナスの挿し絵があります。
表示不要な方は申し訳ありませんが、設定変更願います。
昼食と昼寝の後、ルーナスはわたしに髪の毛を触らせてくれた。
鋏を見た時は怯えた表情を見せたので、わたしの髪の毛先を切って見せた。すると安心したのか、自分の髪の毛を掴んで引っ張ったり揺らしたりしている。
伸ばしっぱなしのざんばら髪で、アシュリーが無造作に後ろで束ねてやっただけだ。生まれてこの方、切ってないのかもしれない。せめて前髪だけでも切ってあげたほうがいい。
歯の粗い櫛で、アッシュのより柔らかくてつやつやの黒髪を梳いた。
「切るのもったいないわね」
わたしはついつい呟いてしまって、前髪を作った後は毛先を整えるだけにして、後ろ髪は一本の長い三つ編みにした。
「切りたくなったらそう言ってね?」
ルーナスは首や身体を回すと三つ編みがしっぽのように付いてくるのがお気に召したようで、当分自分の髪で遊んでいた。
うっすらと口角を上げて、目を輝かせているのが可愛らしい。
週が明けて、ルーナスはなぜか、むやみやたらに飛ばなくなった。
アッシュが「子どもの内にしっかり足腰鍛えないと、強い男になれないぞ」と言った言葉が通じたのかどうかわからない。
そして疲れたらわたしの居間でわたしのお腹に語りかけながらお昼寝するのが大好きなようだった。
当面ルーナスは飛び去りはしないとわかった夫は、子どもと遊んでばかりもいられず、領地の見回りを再開した。
となるとルーナスとわたしは、一緒に過ごす時間がぐっと増えた。
お絵描きや積み木はかなりの集中力で楽しむ。でも、お歌やお遊戯は全く経験がないようで、何が楽しいのかわからないという顔をした。
それよりも困ったことには、たまにどこからともなく物を引き寄せてしまう。
おやつの時間前にパンケーキのドウがテーブルに現れて、シェフが慌てて取り戻しに来たこともある。
庭から花を集めてわたしにくれた時は、毒草を選り分けなければならなかった。
わたし独りなら構わないけれど、ルーナス本人が庭で実際に花を摘んだときに手を舐めたりしたら困ると思ったからだ。
一本ずつテーブルに置いて、「これはオーケー、これはダメ」と左右にわけていく。ダメのところでわたしは首を大げさに横に振った。
ルーナスはきょとんと見ていたけれど、2度3度繰り返すうちに何となく理解したようで、「せぼんせぼん、せもべもべ、ぼんぼん……」
と唱えだす。
頭の良い子なのだと思う、順繰りするうちに、毒草を指さすと間違うことなく「もべ」と言うようになった。
メイドに「もべ」の花束を渡し処分を依頼してから、「ぼん」の花を集めて花瓶に生けた。
「せぼん」
とわたしが言うと、ルーナスもにっこり笑った。
これがわたしに初めて見せた笑顔。やっと心の扉をほんの少し開けてくれた気がした。
by ひだまりのねこさま
数日後、とうとう陣痛がやってきた。
唸り出したわたしにルーナスは驚いたのだろう、寄り添って「シェル、シェル……」と呟いている。
そこへ夫が飛んできた。というか瞬間移動で勝手に部屋の中に現れた。
「ルーナス、知らせてくれてありがとう」
夫は息子の頭を撫でてからわたしを出産用のベッドに寝かし、医師と助産師を呼びにやらせた。
ルーナスはわたしのお腹に、
「びやんまぷてぃたみ、じゅたとん」
と唱えていたが、夫に後ろから引き剥がされて部屋を出ていった。
何時間過ぎたのだろう、難産だった。陣痛が何度も波のように押し寄せるのに、お産は一向に始まらない。
わたしの身体のほうが疲れ切ってしまい、痛みより何より意識がもうろうとしてきた。
医師も助産師もおろおろするばかりで何もしてくれない、そこへ業を煮やした夫が入ってきた。
「どうなってる?」
「なぜかお産が始まりません」
「おかしいだろ、いくら何でももう生まれてるはずだ」
「このままでは母体のほうが危ないかと」
「何だと?!」
「赤子を殺して出してしまうか、母体を裂いて子どもを取るかの二択かと……」
「バカ言うんじゃない!」
夫の叫び声がわたしの耳にも響いた。赤ちゃんが死ぬかわたしが死ぬか、しかないらしい。
お腹に小さな温かい手が当たるのを感じた。その手はぐるぐると、わたしのお腹を撫でてくれている。
「ちゅどわとぅるね、まぷてぃたみ。ぱぱらぴえ、ぱらてっと」
ベッドの上に現れたルーナスが謎の呪文を唱えているようだ。
「とぅるぬとわしゅらてっと。あらんべーるまぷてぃたみ」
「まぷてぃたみちゅまんとん?」
「何をしてやがる、ルーナス?」
夫のドスの効いた声が響いた。
「離れろ、オレのシェリルから離れやがれ!」
後で夫が語ったことには、ルーナスは幼児とは思えない顔でキッと睨み返したらしい。
「お前がヘンな魔法かけてるのか?! お前はオレたちの家族だろうがっ!」
「ちゅせりやん! えどむあ!!!」
ルーナスの涙混じりの金切り声に、アッシュのほうが固まった。
「え、なんだ、映像か? それが腹の中なのか?」
「えせくわんせ。あらんべーるえくわんせ!」
「医者よ、赤子の足が引っ掛かって出て来れないってあり得るのか?」
「は、逆子で! 急いで奥様の腰の下にたくさんのクッションを。足、ですか、引っ掛かってるのは足? 公爵、手を入れて押し上げてください」
「は? どこに? そ、そんなことできるかよ」
「えらぶじぇめさぴえら」
ルーナスは引き寄せ魔法で胎児を腹の上のほうに寄せて、方向を変えようとしていたらしい。
「指一本届けばいいんです。ひょいと押すだけで外れますから。私にやらせたいですか?」
医師はアッシュに詰め寄っている。
「でぺしゅとわぱぱ!」
アッシュは急いで手を消毒して医師の指示に従った。
「うぃさいえ、えすとぅるぬ……」
ルーナスの泣き笑いの声を合図にか、わたしのお産が始まった。それまでの苦しさとの比較からか、つるりと出ていった感じがした。
もう絶叫する力も、わたしには無かったせいかもしれない。
娘の産声が辺りに響き渡った時、アッシュはルーナスを抱き上げて頬ずりしていた。
「すまなかった、一瞬でもお前を疑った。申し訳ない。さっき、パパと呼んでくれたのか?」
ルーナスはたくさんの魔力を使ったのだろう、アッシュには答えずにその胸に顔を埋めて、気を失うように眠ってしまった。
ルーナスをわたしの横に寝かせて、産湯を使って産着に包まれた赤ん坊抱いた夫はわたしの額にキスをくれて、「ゆっくり休んで」と囁いた。
* ルーナス語録
「せぼんせぼん、せもべもべ、ぼんぼん……」
ーこれはいい、これはいい、これはダメ、ダメ、いい、いい……
「びやんまぷてぃたみ、じゅたとん」
ーおいで、ちびちゃん、僕待ってるよ
「ちゅどわとぅるね、まぷてぃたみ。ぱぱらぴえ、ぱらてっと」
ーくるりんしなきゃダメだよ、ちびちゃん、あんよからじゃなくあたまからだって
「とぅるぬとわしゅらてっと。あらんべーるまぷてぃたみ」
ー頭を下にして回って、さかさまだよ、ちびちゃん
「まぷてぃたみちゅまんとん?」
ーちびちゃん、聞こえてる?
「ちゅせりやん! えどむわ!!!」
ー何もわかってないくせに! 手伝ってよ!!!
「えせくわんせ。あらんべーるえくわんせ!」
ー引っかかっちゃってるの、逆さまでひっかかってる!
「えらぶじぇめさぴえら」
ーちびちゃん動いたけどあんよがそこに
「でぺしゅとわぱぱ!」
ーパパ、いそいで!
「うぃさいえ、えすとぅるぬ……」
ーうん、できた、ちびちゃんが回る
とこんな感じです。