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悪魔祓い師とウェセックス公爵の帰還


 午前10時ごろ、依頼していた王家御用達の悪魔祓い師が到着した。

 長いマントに長髪、あごひげ、とても胡散臭いけれど、他に頼れる人もいない。


「ウェセックス公爵夫人、お初にお目にかかります、コリドラと申します。これはこれは、聞きしに勝る真っ白いオーラですな。あなた様は盤石であらせられる」


 悪魔祓い師というのは他人の魔力オーラが見えるらしい。

 いや、アッシュにも見えているのだろうか?


 夫が言うに、わたしには魔力が無いんじゃなくて、他人からかけられる魔法が全く効かないという真白魔法なのだそうだ。

 言ってみれば、鈍いだけ?


 わたしのことなどどうでもいいと、昨夜起こった夫の失跡を事細かに伝えた。

 コリドラは頷きながら聞いてくれ、失踪現場の寝室も調べた。


「アシュリー王弟殿下の魔力残滓しかありませんな。あの方の紫の魔素がまだ漂っています。窓から出ていったようで」


「でも音も何もしませんでした。カリッジも窓際に座っていたのに」


「音を立てずに窓を開け閉めするくらい、あの方には眠っていてもできますよ。どれほど頭が痛かろうとね」


「自分の意思で出かけた、ということですよね?」


「そのようで。連れ去られてはいませんな」


「コリドラにはテレパシーの残滓も見えますか?」


「いえ、残念ながら。テレパシーは脳にのみ共鳴する波動なので、建物などには残りません」


「そうですか……」


「元々わしは殿下の頭痛の元を取り除くために呼ばれたのでしたな? だが、奥様もお考えのように、頭痛をテレパシーで送ってきたとなるとわしも手も足もでませんわい」


「頭痛を他人に送りつけるなんて、どんな意地悪なんでしょう!」


「いや、どんな魔法使いでも、自分の頭痛を他人に肩代わりさせることはできませんわな。それこそ、偶然に波長が合ってしまって勝手に共鳴したと考えるしか。アシュリー様がどれ程の頭痛に見舞われようとも、兄君の王様はピンピンお元気でしたから」


「そうなんですか……」


 魔法の話はわたしにはてんで想像がつかず、相槌も生半可になってしまう。


 ただ、アシュリーが拉致られたわけじゃないことがわかったのはよかった。


「お帰りを待つしかありませんでしょう」


 コリドラと昼食を共にし、送り出すと午後も結構な時間になっていた。


 お昼寝をしようかと思ったけれどその前に、ジュエリー・ガーデンをお散歩して気を鎮めようと思い立って、玄関を出たところだった。


 目の前に……、

 黒い布の塊を抱いて照れ笑いした、泥に汚れた夫の姿があった。


「アッシュ! 戻れたの? 頭は? もう大丈夫?」


 夫は肩をすくめて、全部コイツのせいだから、と腕の中のものを縦抱きにした。


 フードと首巻の間に、3歳程度の男児の顔が現れた。


 黒髪にブルーの瞳。アッシュによく似ている。綺麗な白い肌なのに、頬にもこめかみにもひっかき傷がたくさんある。


「オレの息子らしいんだ。申し訳ない……」


 わたしは一瞬息を呑んだけれど、とりあえず、家に入りましょうと2人を促した。


 カリッジは旦那様が戻って大喜びで、食事や湯浴みの手配をしている。


 わたしはお茶を飲みながら、向かいのソファに座る一卵性っぽい親子を眺めた。


 男の子はにこりともせずに夫の膝の上にいる。


 夫は左右から両腕を絡ませてその子を柔らかく抱いていて、男の子はたまに身体の向きを変え、夫の胸に顔を埋めた。


 わたしが何者か探るように、上目遣いを寄越したりもする。


 一言もしゃべらないのが不思議だ。


「コイツがギャン泣きしてたんだ。それがこっちの頭に響いて、もうどうしようもなかった、頭が割れるかと思った」


「泣き止んだのね?」


「昨夜遅くにね。もう泣く元気がなくなったみたいで、オレの頭痛が止まった。それでもしかして死にかけてるんじゃないかと思って空に上がってみたら、凄い力で引き寄せられて」


「引き寄せ? この子があなたを引き寄せたの?」


「ああ。すっごいぞ、こいつの魔力。自分で飛んだら疲労困憊するだろうアユタリの森の奥までひとっ飛び」


「アユタリ? ここから北西の山岳農業国?」


「ああ、高い山の森の奥の小屋で1人泣いてやがった。食べ物は無意識に引き寄せて盗んで食べてたみたいなんだが、いくらなんでも放っておけないから連れて来た。連れて来たといっても、抱きあげてオレが飛び始めたら、コイツのほうが出力上げやがって、いつもならあんな距離飛んできたら熟睡するのに、見ての通り、元気だ」


 カリッジが湯浴みの用意ができたというんで、夫は息子を連れて居間から出ていった。


 わたしは我知らず、独り言ちてしまう。


「息子……。あの時のよね。だとしたらお母さんは魔女。魔力が強いのも当然か」


 植物の声を聞くとか、相手の魔法をはじき返すとかの受動的魔法しかできないわたしは、心なしか取り残されたような淋しさを感じた。


 わたしのお腹の赤ちゃんが生まれる前に、アッシュにお気に入りの息子ができてしまったみたい。


「アッシュは、魔女が妊娠したこと知ってたのかな? 自分に息子がいるってわかってて、今まで放置してたのかな? オレが悪いって言ってたのはそういう意味?」


 ティーポットにお湯を注いで、出がらしの紅茶を淹れ、ミルクをたっぷり落として啜った。


「子どもに罪はないわ。アシュリーが浮気したわけでもない。黒魔女傭兵団に監禁されて薬物の影響下で、ムリヤリだったのだから。妊娠したのがどの魔女だったかも特定できないはず。でもやっぱり、心のどこかで、魔女の子どもは得体が知れないと思ってしまう自分がイヤ……」


 そういえば、とわたしは4年前の戦争をさらに思い出す。


「うちの王族と自分たちとの魔力の良いとこ取りしたハイブリッドを、黒魔女傭兵団が欲しがったという話だった。だからアシュリーは捕まった。じゃあ、魔女はどうしてあの子を大事に育てないの? 男の子はダメとかあるのかしら?」


 紅茶のおかわりをメイドに頼もうと思って呼び鈴のほうを見たら、そこに真っ裸の本人が突っ立っていた。


「ちゅぬめむぱ。ちゅぶもなれ? ちゅばむちゅえ?」


 話しかけてくれたらしいが、表情筋はぴくりとも動いていない。




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