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ウェセックス公爵の体調不良


「なんだこれ?」


 わたしの作った湿布をすると気持ちがいいとアッシュは使ってくれていたのだけれど、毎日夕方5時ごろになるといつもふくらはぎに痛みが戻る。


 数日後、夜になってふくらはぎに現れた何本ものミミズ腫れを見せてくれた。


「どこかで引っ搔いた?」


「いや? ふくらはぎって引っ掻けるものか?」


 確かに、ホーズを穿いてゲートルでぐるぐる巻きにしてある脛、特に裏側のふくらはぎを痛めることなどあり得ない。


「くそっ、シェリルの出産予定日も迫ってるっていうのに、自分の身体が万全じゃないなんて」


「そんなに痛む?」


「大怪我よりこういう地味な傷のほうが痛い気がするよな……」


 わたしはハーブに詳しいヒーラーのはずなのだけれど、原因不明で対症療法しか施せない。


 ミミズ腫れは朝には消えて、また夕方現れる。

 それが何日も続き、さすがのメンタル強者のアッシュも、ほとほと参ってしまったようだ。


「オレ、生足でベッドに横たわってるから、ミミズ腫れがどう出てくるのか見ていてくれ」


 業を煮やしたアッシュはその日、夕方4時から寝室に閉じ籠り、ベッドにうつ伏せに寝転がった。


 わたしは夫の、心なしか筋肉が落ちた両脚を眺めていたのだけれど、その日は変化無し、なぜか一本のミミズ腫れも現れなかった。


 その後脚の痛みは引いたようで、もうこのままお産まで何もないだろうと安心しかけたのに、ある雨の午後、アッシュは「頭が痛い」と言い出した。


 執務室で蹲ってしまっていたので、家令たちの手を借りて、隣の仮寝室のカーテンを閉め、部屋を暗くして、ベッドに横たえた。


 熱はない。偏頭痛のようだけれど、今までそんな症状出したことはないし、どんな薬湯を作ればいいのかも見当がつかなかった。


 冷たいタオルで触れると気持ちいいというから、こめかみや両目に当てて何度も取り替えた。わたしにはそんなことくらいしかできない。


 横を向いて枕に顔を埋めるようにして唸っている夫が痛々しい。


「やめろ、やめてくれ……頼む……」

 とうなされている。


 同じ部屋のせいもあるけれど、戦争から帰ってきて自分を失っていたアッシュの姿と重なってしまう。


 一晩眠れば少しはよくなるだろうと家中の者が願ったけれど、朝になっても夫の額には苦痛のしわが刻まれていた。


「わかった、わかったから……、オレが……、わるい……」

 そんな言葉を漏らしたりもした。


「もしかしてこれは、病気というより、お祓いのほうが必要なんじゃ?」


 徹夜して、イケオジからげっそりとやつれてしまった家令のカリッジが呟く。


「そ、そうかも。わたしが何の薬草も思いつかないのだから」


「王城に依頼を出します。ひとまず奥様は身体を休めてください。身重で徹夜なんてダメです。何かあったら旦那様に顔向けできません。王家の悪魔祓い師が来てくれたらお起こししますから」


「悪魔祓い師って名前は聞いたことがあるけれど、実際はどんな人なの?」


 カリッジは大丈夫ですよ、と笑顔を作って、

「悪魔祓いというと恐ろし気に聞こえますが、魔法使いの一種で、特に悪意を持ってかけられた魔法を解析し無効化したりしてくれるんです。王家の皆は、自分の魔力の制御や危険から身を守るために、子どもの頃から彼らに家庭教師のようなことをしてもらっています。旦那様も魔法かけあって遊んだりしていたような間柄で」


 わたしはカリッジの説明に安心できたわけじゃないけれど、休んでくださいと言われ、3階の主寝室へ押し込まれてしまった。


 数時間眠った後、階下の夫の様子を見にいくと、カリッジは仮眠中、カリッジの息子のケビンが付いていてくれた。


「悪魔祓い師は遠征中で、明日にならないと到着しないそうです。医師が先ほど来てくれたのですが、脈拍はしっかりしていて、今のところは体力もあるし、命に別状はない。何が頭痛を起こしているのかが医術では掴みきれないとの診断でした」


 ケビンは乳兄弟と言っていいくらい夫と長い付き合いで、仲もいいから心配そうだ。


「どこだ……、そこは、どこなんだ……」

 夫の歪んだ口元からまた声が漏れ聞こえる。


「ケビン、申し訳ないんだけれど、わたしのロッキングチェアを居間から下ろしてくれるかしら? わたし、ここにいたいわ」


「でも奥様、ここにいても特にしてあげられることもないですよ」


「ええ、情けないけど何も思いつかないわ。自己満足だけれど傍にいたいの。お願い」


 ケビンが一礼して部屋を出ていったのを見てわたしは夫の手を握り、苦し気な額にキスを落とした。


「その痛み、わたしにうつして? お産の痛みとセットで引き受けるから。頭とお腹と両方痛かったら何が何だかわからなくて、うまく行く気がするの」


「バ、カ……」


 夫が反応してくれて嬉しくなる。意識はある。ちゃんと言葉が通じてる。


 意識がないほうがよっぽど楽だろうけれど、苦しみを取り除いてあげられない自分が不甲斐ないけれど、傍にいることだけはできる。


 また夜が来て、わたしはロッキングチェアでうつらうつらしていた。


 何か違和感を察知してうっすらと目を開けると、夫の唸り声も寝息も聞こえない。ガタンと立ち上がった。


「あなた、アシュリー、どこ?」


 ベッドはもぬけの殻だ。窓辺の硬い椅子で寝ていたカリッジを揺り起こした。


「カリッジ、アッシュがいない! どこかで倒れてるんじゃ?!」


 住み込みの働き手皆を起こして、カリッジが邸内も敷地内もくまなく探させたが夫は見つからなかった。


「どうして?」


 わたしはもう既にぬくもりを感じられない夫の病床に触れて途方に暮れた。


 窓から、広い庭や放牧地が見える。皓々と辺りを照らす満月は西に傾いて、日の出が近いことを告げている。


「起き上がれない身体でいったいどこへ?」


 うちにいないとしたら、拉致されたということ?


 カリッジもわたしも、侵入者がいたら気が付いたはず。となると魔力。それもアッシュを凌ぐほどの強力な魔法で空間移動させられた。


 そんなの、どうやって探せばいいの?


 わたしは自分の重たいお腹を下から抱き支える。


「しっかりしなくちゃね。わたしは1人ではないのだから」


 ひとつだけ、望みがある。アッシュがうなされて発した言葉。


「やめろ。オレが悪い。どこだ?」


 わたしが聞き取れたのはこれだけだけど、もしかしたら、自分で飛んで行ったのかもしれない。


 誰かに恨まれていて、相手に会いに行ったとか。あの病状で?


 片足から流血しながら空を飛んだ経験のある人だ。その時に、意識が保てたから飛べたと言っていた。頭が痛くても、意識はあったから飛べた?


 月が沈み、日が昇る。夜が明けて、何とか自分の身支度を整えた。


 自分の心を強く持つためにも、公爵領の通常運営を続けるためにも、必要なことだから。





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