ジュエリー・ガーデンは溺愛のそのもの
夫は、王室主催の結婚披露宴に着ていくドレスを急遽決めてくれと無茶ブリしてきた。
「そうだな、質問を変えよう。このベンチの前に庭を作るとしたら、何の花を植えたい?」
庭の話となるとわたしはピクッと顔を上げてしまう。
「ホワイトガーデンにない花よね?」
「同じ花でも色が違えばあってもいいよ」
「まずはコスモス。花びらが1枚ずつ、筒みたいにくるりんと丸まってるの」
「色は?」
「爽やかなピンク。蓮の花みたいな色」
「そのコスモスの妖精を想像して。シェリルがその妖精になったとしたら。そしてオレとおでこ合わせてくれ」
「妖精? おでこ?」
先週結婚を届け出た教会の隣の公園に波のように咲いていたコスモス。わたしの大好きな貝咲きコスモスの妖精がいるとしたら?
コスモスの花の真ん中は金色、わたしみたいなブロンドの頭だとして、ドレスは透明感のあるピンク色、Aライン、床に着くかつかないかくらいのフルレンクスね。
8枚はぎのフレアースカートの要領で、8つの筒型が縫い合わされてる。筒の内側の濃い色が外に見えるようになってて、ヘムラインは柔らかいさざ波型。
「わかった」
「わかったって? まだ妖精の羽を思いついてない」
「ドレスは見えた。デザイナーにイメージを送ったから。布地の指定もアイツに任す。リバーシブルみたいで複雑そうだ。ついでに王宮にも念を飛ばした」
「わたしの考えを読んだの?」
「テレパシーできるヤツは離れてても読めるが、シェリルとは額を合わせる必要があった。それだけ」
「妖精の衣装のようなドレスで披露宴してもいいの?」
「もちろんいいさ。主役のシェリルが着たいものを着るべきだ」
王家は誰も魔法のオールラウンダーらしいが、アッシュが何をどこまでできるのか、わたしには皆目見当がつかない。
その2日後には貝咲きコスモスの種が届き、さらに2日後にはわたしがイメージした通りのドレスを夫が手にして寝室に現れた。
試着しないと寝かせないというから着てみると、何もかもピッタリ。
アッシュは大層ご満悦で、試着したのに他のことで寝かせてくれなかったのだけど。
コスモスの繊細な葉っぱを思わせる薄緑色のベールやレースの長手袋、ドレスの薄い部分と同色の靴など一式が披露宴の前日にはかっちり揃っていた。
夫の性格のせいか、披露宴自体も堅苦しいものではなかった。公爵は臣下だ、王族扱いもほどほどにしてくれと兄である王様に頼んでいるらしい。
わたしは気品を保ちながらちょっぴりハメを外す、という微妙な立ち位置を楽しんだ。
アッシュは、わたしには誰と踊っても構わないと言いながら、自分は他の令嬢に乞われても決してその手を取らなかった。
そして、他人とわたしが踊っているのを蕩けそうな瞳で眺める。律儀にも、曲が終わるたびにわたしを取り返しに来た。デザートやドリンクを持って。
目線がわたしから決して離れない。超高速でドレスを手配してくれるよりも、どんなプレゼントよりも、その表情が『溺愛』なのだと知った。
あれから4年、ジュエリー・ガーデンと呼んでいるこの庭は、夫が考えている『溺愛』の仕方で作られたものだ。
わたしが欲しいと言った花と同時に、ドレスやネックレスや普段着や調度品、屋敷内に飾る絵画などなどが注文され取り寄せられたのだ。
「物欲の無いシェリルが悪い。花欲しかない」
そう笑った夫。そして、それぞれの花に、それぞれの思い出。
例えば、赤茶色の向日葵にはインペリアルトパーズの指輪。矢車草には染付の花瓶。桜の木には、生まれ来る娘の産着。
そう、このジュエリー・ガーデンが花で埋まった今、わたしは母になろうとしている。
アッシュが言うには絶対娘だそうだ。願望なのか、テレパシーなのかはよく知らない。
でも夫の言葉は当たるのだと、わたしは知っている。
臨月近いわたしを膝に乗せようというんだからアッシュの脚は生来の強さを取り戻しているのだろう。
そういえばいつのまにか、砂利道を歩いてくる足音も規則的で、片足を庇うようではなくなっていた。
思い巡らせながら、いつものようにアッシュの膝に横座りしていた。
でも今日は変だ。
数分も経っていないのにプルプルしだした。
「痛い……、なんでだ?」
夫の表情が曇るや否や、2人分を落とすわけにはいかないよな、と聞こえて、アッシュはベンチに腰掛けてしまった。
「痛むの?」
わたしはこんな問いかけしかできない。
「ふくらはぎがおかしい。両脚とも。やけどしたような痛みがある」
「ちょっと見せて」
「いや。一過性のものだろう、ここでゲートルを解く気はないよ。肌を見せるのは寝室でにしよう」
「何乙女なこと言っちゃってるの?」
夫はハハッと笑って、ゆっくりわたしをベンチに抱き下ろし、一歩一歩確かめるような足取りで書斎に帰っていった。
わたしは鎮痛効果のある湿布でも作っておこうとカプスの実を摘んでキッチンに行った。