ジュエリー・ガーデンのカモミール・ベンチでイチャらぶ
色とりどりの花が咲き乱れるジュエリー・ガーデンのカモミール・ベンチに座っていた。
柔らかい緑の、心を和ませる香りに包まれる。
この庭はわたしの夫、ウェセックス公アッシュ王弟殿下が、わたしを溺愛するためだけに作ったものだ。
わたしの心のオアシスだった隣のホワイトガーデンは、「気品があり過ぎてシェリルの可愛さを表現できていないっ!」のだそうだ。
侯爵令嬢から公爵である王弟に嫁いで公爵夫人となったのだから、気品はいくらあってもいいと思うのだけど、夫はそうは思わないらしい。
それよりも、ホワイトガーデンを作ったのはわたしなのだから、自分で庭を設計し植物を選んで、己の可愛さを表現したとしたら、それは寒気がするほどナルシーでは?
夫が戦争から帰って勘違いや行き違いを解消した後は、とっても甘々で平和な4年間を過ごしていた。
アッシュは王城に出て政治に関わることは少なく、自領ウェセックスの統治に時間を割いていて、特に忙しそうでもない。
視察と称して馬で出かけ、領内で働いている人々に声をかけ、たまに一緒に働いたりして笑顔で帰って来る。
陛下には跡取りができ、アッシュが王太弟ではなくなったのも安心要素。
アッシュ自身は王様になっても遜色ない知恵と器量を兼ね備えているけど、わたしに王妃なんてムリだろう。
それでも夫は、いざ他国と紛争が起こるとなると、軍のトップとして指揮をとらねばならない立場ではある。
一度、軍事訓練とかしないのか聞いてみた。
「うちは魔導部隊だからね。各自が日常生活の中で自分の魔法スキルを磨いておいてくれたらいいだけだよ。集まる必要はないかな」
だそうだ。
わたしとしては、二度と戦争など起こってほしくないし、援軍としてでも従軍してほしくない。
先の戦争で夫は捕虜となり、左足首に酷い怪我を負って戻ってきたのだから。
あら、生け垣の向こうに足音がする。
このきびきびとした規則正しい音は、もちろんアッシュだ。
「今日のワークアウト、いい?」
初秋の爽やかな風に夫の綺麗な黒髪が揺れた。ブルーの瞳はいたずらっぽく煌めいている。
「そのつもりで来たんでしょ?」
わたしは笑いながら一人掛けのカモミール・ベンチから立ち上がる。
二人掛けの幅に作れば隣り合ってイチャイチャできると思うだろう。でもそれでは夫には遠すぎるらしい。
リハビリ、エクササイズ、ワークアウト、といろんな言葉でごまかしながら、アッシュはわたしを膝の上に乗せてきた。
引き締まった体躯に自重を預け、初めて夫とこのベンチで過ごした時のことを思い出す。
あれは4年前、わたしたちの身も心も結ばれて数日のこと。
「私呼び」だった王弟殿下が、わたしのまえだけでは「オレ呼び」になり、予想以上に甘えん坊だとわかった途端だった。
わたしのホワイトガーデンの生け垣の裏にポツンと、このカモミール・ベンチが出現した。
「オレのリハビリ、付き合ってもらえる?」
杖をついてわたしを探しに来た夫は、白い花の間を横切って、わたしを裏のベンチに案内した。
「リハビリって?」
わたしの座高に合わせてあったから、このカモミール・ベンチにアッシュが座ると両膝が突き上がってしまうのだけど、その上にわたしを抱っこして自分の腰のほうを持ち上げ、両足の筋肉を均等に鍛えるというのだ。
「切れた筋肉組織は再生しないらしい。残った部分を強化するしかないって」
わたしはいつもの通り、頭からアッシュの言葉を信じて、
「ムリしないでね、残った筋肉傷めないでよ?」
と言いながら恐る恐る膝に横乗りした。
「兄さんが来週末、オレたちの正式な結婚披露宴を開いてくれるって」
わたしは夫の首元に顔を埋めたままで、
「え、来週? 嬉しいけど着ていくドレスが……」
と呟いた。
「シェリルは真珠色のドレスが多いけど、たまには色物着たら? 何色がいい?」
「そんなこと、急に言われても……」
「主役のドレスの色が決まらないと、会場の色調が決まらないらしいよ?」
「新調なんてできないわ。もう6日もないじゃない」
「できるよ。24時間あればドレスは縫える」
「生地はどうするの?」
「憶えてないの? オレには引き寄せの魔法がある。イメージを言ってくれたらすぐにでも取り寄せられる」
夫は捕虜として繋がれた鎖を、敵の爆薬を引き寄せて爆破し逃げて来た。それは聞いているけれど。
「盗むんじゃないわよね?」
「バカな。王家御用達の仕立屋には前もってある程度の金は渡してある。ある朝布地が作業台の上にバンと置いてあったら、そこから生地屋に払ってくれるさ」
「うちからのオーダーってわかる?」
「ハハ、デザイナーから型紙が同時に届く」
「どうやって?」
「デザイナーのジョナサンは、先の戦争では通信役してくれてたんだよ。気心は知れている。オレが新しいドレスのイメージをテレパシーで伝えればいい」
「サイズは?」
「この間仕立屋で採寸しただろう? ジョナサンだってデータ持ってる」
夫は肩をすくめて目をパチパチとしばたいた。
「だから問題はただ一つ、オレがシェリルの欲しいものをわかってやれるかどうか」
わたしは夫に挑戦された気分で、心から尻込みしてしまう。
「国を挙げての王家の結婚披露宴、そんなのどんなドレスがいいのか、母に相談しないと……」
アッシュがわたしの後ろ頭をクシャクシャと撫でた。
「その時間的余裕はないな。今ここで、シェリルがどんなドレスがいいか、微に入り細を穿って説明してくれなきゃ困る。あ、きつ、やべぇ……」
夫がここまで話してくれた時に、わたしの身体が細かく震えた。
「え、何?」
しがみついた胸ごとトスンと落ちた。
アッシュの脚がわたしの重さでプルプルしていたらしい。
「ムリしないでって言ったのに」
ベンチに体重を預けた夫はちょっぴりテレて、でも嬉しくてたまらないとキスをくれた。
「こんなに長く抱っこしていられた。披露宴ではちゃんと、シェリルとダンスが踊れる」
わたしは火照った顔を隠すために、夫の両腕の中に縮こまる。
「そうだな、質問を変えよう」
どんな質問でわたしの着てみたいドレスを聞き出すのか、わたしには予想もつかなかった。