『一章』.9 巻き戻しのプロローグ
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――悪いことをしている気はなかった。
「太一。どうしてお前はいつも口より先に手が出るんじゃ」
古い記憶。
桃浦太一が、源太郎の下で力のコントロールを練習していた時。
少年には「友達」がいなかった。
それは幼い頃からの力の代償のように付き纏い、何をどう頑張っても、太一に「友達」と呼べる親しい間柄の関係ができることはなかった。
「だって、あいつらがじいちゃんのことを馬鹿にしたから……。おれが化け物だって言うから……」
力が大きすぎることは、周囲から恐怖の対象として見られることになる。自分にとっては大して力を入れていなくとも、他者からしてみればそれは絶大な威力を誇っている始末。鬼ごっこですら怪我人を出すほどだ。
だから、それが嫌で第三者は太一を避ける。
だから、それが怖くて他者は太一を煙たがる。
そうやって、いつもいつも過ごしてきた。
絶対に、決定的に自分が悪くなくても、大人たちは力の強い方を断罪して、事件の解決を促すのだ。
「太一よ。お前は心優しい男じゃ。誰かの為に怒れることは誇って良い。何故なら、それは誰にでも出来ることじゃないからじゃ。さすが、儂の孫だと褒めてやろう。……しかし」
「?」
「自分の意見を押し倒すためだけに使う力に意味はなく、独りよがりの力の行使はただの暴力に過ぎん。そんな力に頼っていては、いつまで経っても御することなどないと知れ」
意味なんて分からなかった。
だって、まだ小学生だし。
また難しいことを言っていると思うだけ。
でも、真剣なのは伝わった。
このままじゃダメなんだと。
いつか現れるかもしれない「友達」のために、強くなろう。もう、泣かなくてもいいくらい強くなって、ピンチに駆けつけられる英雄のようになろう。
そうすれば、いつか必ず……。
△▼△▼△▼△▼
――鬼童丸がいなくなり、無慈悲に感じる風が吹いていた。
「……」
一人の少年が静かに立ち上がった。
「……」
血まみれで、何度も倒れては立ち上がって、また歩いて。
「……」
意地だけが、確かに、彼の中にはあったのだ。
△▼△▼△▼△▼
「……貴様は手を出さないのか」
「嫌だな分かってるくせに。ボクはキミたちの歴史に干渉は出来ないんだ」
「ふっ。そうやって道外を続けている限り、我が桃太郎に負ける歴史は来ないのである」
赤色の、筋骨隆々とした鬼が、赤い髪の毛をポニーテールで束ねた和服美女と対面していた。
ウラは太一たちと接する時と変わらないのほほんとした顔で猿島ほのかを背にしている。ほのかは息をしているが、目を覚ます素振りは見当たらない。
「その娘を渡せ干渉者よ。今代の桃太郎はハズレなのである。これにて桃太郎の伽は終幕。巻き戻しのプロローグである」
「巻き戻ってどうすんのさ。プロローグは始まりなんだよ? だから巻き戻しじゃなくて『やり直しのプロローグ』さ。――そっちの方がカッコいいもんね? 少年」
ウラが微笑んで呟いた。鬼童丸は目を細め、振り返る。
「悪足掻きをして何の意味がある。貴様はどうして立ち上がるのであるか、桃太郎」
「……意地だ」
「そうか……。下らん意地だ」
嘆息混じりに太一の意地を一言で切り捨てて、鬼童丸はその場から消失する。
刹那、太一の眼前に現れて、そのまま腹部に打撃を叩き込んだ。確実にクリーンヒット。太一の体がくの字にのけ反って、盛大に吐血した。
「もう良いだろう。楽になるがよい」
ガシッと、太一は鬼童丸の腕を掴む。
離さない。
「楽になって友達を失うくらいなら、オレは苦しい方を選ぶ……。お前に挑む方が、百倍マシだバカやろう」
意地しかない。
桃浦太一にはもう意地しかないのだ。プライドも自尊心もボロボロで、燃えカスのように残ったのは、陳腐な意地だけなのだ。それまで灰になってしまったら、誇れるものなんて何もない。
きっと、もう二度と立ち上がれない。
だから。
「……下らなくねえんだ。これだけが、オレに残った灰なんだよ」
「ならばその、吹けば散る灰を土に還そう」
途端、鬼童丸を中心として突風のような衝撃波が拡散した。
違う。
これは威圧だ、覇気だ。
ほのかを背負っていたウラも、腕を掴んでいた太一も吹っ飛んで、鬼童丸が無言で倒れる少女に近づいていく。
猿島ほのか。
無防備な彼女のもとへと、だ。
太一は激痛に顔を顰めながらも、叫ぶ。
手を伸ばす。
「ほの、か……ッ」
「そこで絶望を眺めると良い、桃太郎」
「まて、まて……ッ。オレが、オレが相手だ鬼童丸! そいつに触るんじゃねぇ。そいつ、そいつはオレの友達なんだよ……ッ!」
必死に、みっともなく地面を這う太一。
しかし間に合わない。
「残念である、「桃太郎」。貴様は歴代の中で、一番弱い「桃太郎」であった」
世界は広いという言葉がある。
つまりはそういうことだった。
現実話は、お伽話より残酷だ。
「……もも、うら流、剣武じゅつ……ッ!」
「――それはもう見飽きたのである。千年前からな」
何もできなかった。
直後、鬼童丸は無造作に、無慈悲に、無作為に、無情に、猿島ほのかの背中を目掛けて爪を振るい立てた。
△▼△▼△▼△▼
「――うん。この辺りが引き際だね」
桃。
筆記体で書かれたその一文字が、太一の目の前に現れた。
いいや。
その文字はほのかの前にも顕現し、鬼童丸の凶悪な爪の一撃を防いでいた。
火花が散り咲き、鬼童丸は黄色い双眸を見開く。
瞬間。
『桃』の筆記体文字が、習字で書いたような文字が眩く発光し、門のように開いた。
その、桃の門が太一を、ほのかを「別の場所」に移送するかのように包み込む。
「な、んだ」
ウラは笑った。
「残念だけど、今のキミたちじゃまだこの鬼には勝てない。歴代で一番可能性のあるキミたちになら、桃太郎の悲願を達成できると思ったけれど、それはまだ早かったみたいだ」
「なに、を。何を言ってんだよウラ……」
「帰るんだ。帰って、強くなって、そしてもう一度戻ってきてくれ。そしてその時こそ――鬼を倒してほしい」
ほのかが消えた。
桃の門の向こう側へと、消えていったのだろうか。
しかし、太一の視線はウラから離れない。
なんで。
どうして。
彼女は何故、こんなことをしている?
言っていなかったか?
明確に勝敗に関わる要因に絡んではいけないと。
これは、それに含まれるのではないのか?
「ボクを自由にしてくれるんだろう? 少年」
「――……ウラ」
十個でも二十個でも、団子を食べさせてやると。
そんな些細で、だけど大切な約束が。
「ウラ!」
「またね、少年。ボクはキミを、ここでずっと待っている」
「やめろ! ……うわああああああああああ!」
ウラが細い指を鳴らした瞬間、太一は『桃の門』に誘われてその姿を消した。
自分の無力さに打ちひしがれる暇もなかったのだ。
そして、
そして、
そして。
△▼△▼△▼△▼
「……」
二◯ニ三年、六月二十日。
午後、三時五十分。
雨が降っていた。
ザーザーと、雨が降っていた。
「……」
桃浦の屋敷の、玄関前に。
桃浦太一は気を失い倒れていて。
「……」
そんな彼の隣には、桃浦源太郎が唐傘を差しながら立っていた。
雨が傘を打つ音が、どこまでも響いていた。
――『一章』.8 「やり直しのプロローグ」
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