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フェアリー・リトライブ  作者: 天沢壱成
『桃太郎編』
7/15

『一章』.7 鬼と死


 ーー鬼と聞いて、人は何を想像するだろう。


 古くから鬼という存在は人々に恐れられてきた。様々なイベントや創作物において常に「敵側」であり、恐怖の対象、象徴として見られることが多い。実際、鬼は「そういう風に見られるために」昔の人たちが生み出した、畏れの具現化だ。

 だから、別に鬼の正体や『姿形』は想像通りで、本当の姿何てものはない。

 鬼は怖い。これで正しいのだ。


 しかし、こんな話をご存じだろうか?


 ーー「鬼」という漢字の原義は『死者の魂』である。


「そろそろ終わらせようではないか、桃太郎。貴様の悲しき物語を」


 ーー例えば、餓えた死者の魂を「餓鬼」、死者の魂が泣き喚くことを「鬼哭」という。


「……おいかぐや。お前はほのかを連れて先に逃げろ」


 ーー例えば、海外では死ぬことを「異国の鬼となる」「異境の鬼となる」と表現する。


「……何言ってんのよビビり桃太郎。どう考えても私がここに残った方がいいでしょうが」


 ーーそして、鬼という漢字は「死体」を表す象形文字で、現在でも人が亡くなることを「鬼籍に入る」と表現するように、人は死んだら鬼になるとされていた。

 鬼とは、『姿形』がないものだと。


「作戦会議は終わったか、桃太郎」


 人型だった。

 二メートルは超える、筋骨隆々とした巨躯だった。その全身は赤く、血の色にも炎の色にも、地獄の色にも似ている。瞳は黄色く、鋭い。服らしい服は着ていないが、下半身だけは簡素な布で覆っていた。

 誰が何を言うまでもなく、だ。

 こんな見た目、姿をしている存在を表現する言葉なんて、この世界には一つしかない。


「……鬼、か」


「今更な回答なのである。我は貴様を滅ぼす者也、桃太郎」


「さっきからそのレトロな喋り方なんなの、ムカつくからやめてもらってもよろしいであるか」


「ちょっと太一、そんな言い方はアイツに失礼である。あーゆーキャラ作りに必死なのであるよ」


 などと太一とかぐやは二人揃ってうすら笑いを浮かべながら軽口を叩き合っているが、その内心と、嘲弄する顔の影に隠れている「恐怖」は消せていない。

 

 太一もかぐやも、さっきから握りっぱなしの手の中は汗で滲んでいるし、背筋を節足動物が這っているような悪寒は走りっぱなしだ。

 

「……かぐや。オレがアイツの相手をする。お前はその隙にほのかを頼む」


 再度、太一はかぐやに対して『逃げ』の選択を取らせようとした。


 状況から言って、鬼童丸と名乗ったあの怪物は太一が狙いだ。

 ならば、それ以外の相手は「そっちから来なければ危害は加えない」という可能性がある。

 

 ほのかがやられた以上、その確信はないが。

 しかし、確信がないからといって、自分が狙われているのに仲間を巻き込むのは太一の信条に反する。

 だが、かぐやは太一の提案を三度断った。


「断る。アイツの相手は私が適任よ。……伽力ゲノスが使えなきゃ、多分アイツは倒せない」

 

「……ほのかを連れて逃げろ、かぐや」


「くどい! 一緒に戦うって約束したんだから、私だけ逃げるなんてこと――」


 太一のしつこい提案に、かぐやは怒鳴ろうとした。

 しかし、その瞬間、黒髪ロングの美少女は言葉を呑み込んだ。

 桃浦太一。

 彼はどこにでもいる普通の高校生が、友達に向けるような柔らかい笑顔でかぐやをみていたのだ。

 

「頼むよ、かぐや」


「……っ」


 こんな顔で、こんな声で、こんなことを言われたら、何も言えない。多分、いいや絶対に、言っていることはかぐやの方が正しい。


 伽力ゲノスを太一は使えないんだから、あんな化け物相手には伽力ゲノスを使えるかぐやが相手をした方がいいに決まっている。絶対にそうだ。

 なのに。

  

「……死んだら絶対に許さないから」


 唇を噛んで、かぐやは自分の決断と太一の判断に納得なんてしないまま、一瞬で倒れているほのかのもとへ。

 


 どんな歩法を使ったのかは知らないが、速すぎて見えなかった。そして、次の瞬間には、かぐやはほのかを連れてこの場から消え去って、意図してとある構図が完成する。

 桃浦太一と鬼童丸、両者が睨み合う。


「よいのであるか? あの娘がいた方が、まだ貴様に勝機はあったのであるが」


「バカ言うな。テメェなんかオレ一人で十分だ、この時代遅れ口調の鬼野郎が」


 余裕の態度を装って、中指を立てて見せるが内心は焦りしかない。


 こんな化け物を相手に、自分は一体どこまで戦えるのか。そもそも戦いになるのか。

 

 当たり前だが、今まで人間としか喧嘩したことがない。人間相手なら絶対に負けない自信はあるが、今回の敵は鬼とかいう人外だ。あの巨大な鬼よりは戦い易いかもしれないが、威圧感はアイツ以上だ。


「……くそ。くじ運が悪いな」

 

「怖気付いたのであるか?」


「バカ言え。こっから鬼退治を始めてやるよ。まずはお前をぶっ飛ばして、親玉の鬼っぽいあのデケェ奴をぶん殴る」


「……ふっ。面白いことを言うのであるな、桃太郎」


 笑った顔も実に鬼らしい鬼童丸は、その赤色の肌に覆われた肩を竦めると、親指を自分の胸に当てた。その仕草は、まるで何かを示すようだった。


「我が鬼の主である」


「……は?」


「喜ぶがいい、今代の桃太郎よ。我が直々に、貴様の首を取りに来たのであるから」


 それは宣戦布告のようだった。

 鬼の主。

 そう語った鬼童丸が、次の瞬間には太一の眼前に迫っていて。


「さぁ。桃太郎退治といこうではないか」


「――ッ!」


 鬼童丸の赤色の拳が、容赦なく桃浦太一の顔面にクリーンヒットして、鈍い音が炸裂した。



△▼△▼△▼△▼



 ――いいか太一。相手の攻撃を受ける時は、まず威力を吸収することを覚えるんじゃ。


 いつかの日の、厳しい修行の最中に源太郎に言われた言葉を、太一は刹那の時間に思い出していた。

 どうして今、この言葉を思い出したんだと、太一は多少なりとも悔しがる。

 

 ……結局。ジジィにおんぶに抱っこだな。


「――桃浦流剣武術」


「……ほう」


「吸和」


 鬼童丸の拳が顔面に直撃した瞬間、太一の顔の筋肉が限界以上に弛緩した。その感覚は、殴ってきた対象に「弾力性のある物」を捉えたと誤認させる衝撃。

 ぐにゃん、と。

 太一は殴られた顔を自ら後ろへ流すように動かして、威力を吸収、体外へ逃すことに成功した。


「衝撃を逃すか。姑息なのである」


「オレもあんまこの技は好きじゃねぇ」

 

 鬼童丸の感想に、太一は同意見とばかりに返答する。相手の攻撃を喰らっておきながら、そのダメージを受け流す。それはまるで「相手を恐れている」と自分に言っているようで好きじゃないのだ。

 

 だが、そうも言っていられないと太一は判断した。鬼童丸の一撃は、命に関わると。

 結果、派手に吹っ飛びはしたがダメージはゼロ。

 鬼童丸から離れた太一は、殴られた頬を擦って、


「こんな喧嘩は生まれて初めてだ」


「そして、これが最後になるのである」


「言ってろバカ」


 とにかく殺したい欲がエゲつない鬼童丸に、太一はうんざりする。どういうワケか、桃太郎に対しての殺人衝動が度を過ぎている。詳しい理由は知らないし、正直分かりたくもないのだが、無視ができる状況でもない。

 太一は戦闘態勢に入るように、拳を構えた。


「いくぞ鬼野郎。桃太郎サマを舐めんじゃねえ」


「こい」


 鬼童丸も拳を構えた。

 両者の戦闘意欲が火花を散らす。そして、その直後に太一の姿が消えた。砂煙だけを残して、だ。

 フッ、という効果音が適している消失。

 鬼童丸は動じない。

 目すら動かしていない。

 

「桃浦流剣武術」


 声が響く。

 そこでようやく、鬼童丸が「目」を動かした。

 真横だ。

 彼がいた。

 少年がいた。

 桃浦太一が、拳を岩のように握り締めていた。


舜踏しゅんとう……からの」


「――」


拳星けんせい


 拳、打撃。

 とにかく腕から放たれる攻撃の、あらゆる威力と覇気が凝縮したような威圧感が、太一の右拳に集まった。

 桃浦流剣武術、拳星。

 それは、幼い頃から桁外れていた太一の力の、その全力を放てる技。

 なんてことはない。

 ただ、皆が平気で行える『全力の打撃』を打つだけ。

 太一の場合、それが規格外なだけだ。

 だから、拳の星。流星。


「歯ァ食い縛れ!」


 ゴッキィッッッ‼︎‼︎‼︎、と。鬼童丸の顔面に太一の拳がめり込み、その衝撃波が突き抜けた。突風のような余波が全方位に拡散し、竹藪が激しく揺れる。

 桃浦太一の全力。

 それは、源太郎を除けば始めて解放した力だ。


「……成程」


 だが。


「確かに貴様は「桃太郎」のようである。――だが」


 ジロリ、とだった。

 太一の拳を頬にめり込ませながら、鬼童丸は少年を睨んだ。その、黄色い双眸に射抜かれて、太一は背筋を震わせた。

 コイツは、ヤバい。

 本気のパンチを喰らっておいて、この威圧感。

 太一は生存本能のように、咄嗟に腕を引いて距離を取ろうとする。


「威力はお粗末。練度も未熟。青二歳である」


「……な、ん」


「受けるがよい、桃太郎。――これが本物の打撃である」


 ゾァ……ッ! と。

 悪寒が太一の全身を支配した刹那、鬼童丸から放たれた『殺気』が具現化した。赤い鬼の形相が、人を弄ぶ怪物のように歪む。

 

 そして、太一は腕を掴まれて身動きを封じられて、奥歯を噛んだ。……これは、喰らう。

 その通りになった。

 鬼童丸の赤色の拳が、まるで意趣返しかのように、桃浦太一の顔面を捉え、少年が砲弾のように吹っ飛んだ。


「お、ぐぁぁああああああ⁉︎」


 絶叫が響く。

 竹藪を何本も、何十本もへし折りながら、太一がどこまでも吹っ飛んでいく。


 勢いが止まらない。世界が後方に加速している感覚が、精神を狂わせる。

 

 背中に、足に、頭に、腕に、そして顔に、痛みという痛みが走って意識が飛びそうになった。

 

「叫び声を上げられる。それはまだ『痛み』に余裕がある証拠である。では、その余裕がなくなった時、貴様は一体どんな顔をするのであるか、桃太郎」


「ーーな」


 痛みに苦悶をしている場合ではなかった。

 鬼童丸が、吹っ飛んでいる最中の太一に並走するように、すぐ真横にいたのだ。防御なんて出来るはずもなかった。なんなら、鬼童丸を視認出来ただけ合格点だ。

 太一に有無を言わせずに、鬼童丸が再度、拳を振り抜いた。


「ーーっあ」


「そうか。貴様はそんな顔をするのであるな」


 どんな顔をしていたのだろうか。わからない。分かるとすれば、鬼童丸の拳はとてつもなく痛かった、ただそれだけだ。

 太一は無様に方向転換をする形で吹っ飛んで、最終的には地面にめり込んだ。全身に走る激痛に絶叫し、その場をのたうち回った。


「あ、あぐァァァァァァァああ!」


 規格外だった。

 強いなんて次元の話じゃない。散々今まで、太一も化け物とか言われてきたが、ここまでじゃない。

 ザッ……と、音がした。

 白ばむ視界の中、太一は見る。鬼童丸が、こちらに向かって歩いてきていた。

 その瞬間、太一の中で感じたことのない感情が発芽した。


 その名はーー「恐怖」だ。


「あ、あああ。く、来るな……。こっちに来るな……!」


「ふッ。無様なものだな、桃太郎」


 太一の醜態に、鬼童丸が笑う。

 太一はそんな感想なんて気にせずに、ただ自分の命欲しさに地面を這った。血だらけの体、満身創痍の肉体を必死に動かして、とにかく鬼童丸から離れようとーー否。ーー逃げようとする。

 

 勝てない。

 怖い。

 無理だ。

 

 あんなの、人間が敵う相手じゃない。なにが「桃太郎」だ。なにがお伽話の英雄だ。誰にも期待されたことがなくて、初めて誰かに必要とされたから、気分がよくて話に乗っただけに過ぎない。普通の人間より少し強いだけの高校生が、人外の怪物に勝てるわけないじゃないか。

 

 よくがんばった。

 頑張ったさ。

 

 今頃、かぐやがほのかを安全な場所に送り届けて、ウラがきび団子で治してくれている。もう十分だ。だからもう、これ以上足掻いても意味なんて……。


「貴様の次は、あの娘たちだ」


 意味なんてない。

 理屈なんて持ち合わせてない。

 なのに、どこまでいっても、「男の子」だから。


「……オレだけなら、よかったんだ。……だけど、だけど!」


 桃浦太一。

 どこにでもいる高校生は、血まみれの体で、両の拳を握り締めて、男らしく立っていた。

 

 聞き逃すなんてことはできなかった。自分の命はいい。嫌だけど、まだ諦められる。


 「だけど」、友達の「命」を外道に渡すほど、落ちぶれちゃいないし、腐ってもいない。まして、自分の目の前で明確に狙っていると宣言されて、黙っていられるほど「人間」できちゃいないんだ。

 

 ――だから。


「友達なんだ。……友達なんだよォォォォォォォ!!」


 格好悪くても、情けなくても、「初めて」出来た友達だから。自分と同じようで、だけど少し違う、大切な友達だから。出会った時間、言葉を交わした時間。そんなの短くてもいい。こんな思い、一方通行でも構わない。

 だから、譲れない。


 ーー友達は、守りたいだろう?


「桃浦流剣武術!!」


「馬鹿の一つ覚えである。それはもう我には効かなーー」


「拳星!!!!」


 ズドン!! と。

 まるで星が落ちてきたかのような音と衝撃が、竹藪に響き渡った。星々が地上に降り注ぐみたいに、竹の残骸と竹葉、砂埃が舞っている。陽の光に照らされたそれらの中心には、桃浦太一が立っていて、勇ましい瞳で彼方を睨んでいた。

 その方角には、竹藪を抜けた先にある岩壁にめり込んだ鬼童丸がいて。


「かかってこいよ鬼畜生が! 「桃太郎」じゃあねえ、桃浦太一の強さを、てめえに見せてやる!!」

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