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フェアリー・リトライブ  作者: 天沢壱成
『桃太郎編』
6/15

『一章』.6 薮の乙女


 ――もーも太郎さん、桃太郎さん♪ お腰に付けた、きび団子、一つ私にくださいな♪


「そんな感じで歌いながら集めると思ってたけど、現実は結構ドライだな」


 とか言いながら、薄桃色の髪の毛で平凡な顔立ちの少年、桃浦太一は山の中を歩いていた。隣ではウラが歩きながらみたらし団子を頬張っている。

 そんな彼女はみたらし団子の美味さにほっぺたを落としながら、


「? いきなりどうしたんだ、少年」


「いやー。喧嘩してから仲間になるって、何かヤンキー漫画の王道みたいだなと思ってさ」


「いいじゃないか、青春みたいで!」


「おい、青春と一緒にほっぺた落ちてんぞ拾っとけ」


 おっと失礼、と呟きながらウラは地面に落ちた切り餅のようなほっぺたを拾う。

 

 ひとまず桃浦太一御一行サマは鬼が巣食う「鬼ヶ島」に向かっていた。

 仲間集めに鬼との戦い方。やるべきことは沢山あるが、しかしずっとあのボロい山小屋にいるわけにもいかない。

 

 ほのかに勇気づけてもらったのだから、前進あるのみだ。

 

 そんなほのかちゃんは今現在、本当のお猿さんのように森の木々の上を走ったり、太い枝を掴んで飛んだり、ターザンの再来を思わせる移動方法で先に進んでいる。


「おい大将! 早く来いよ! 気持ちいいぞ!」


 太一は目線を上にあげ、少し先にいるほのかを見て、


「オレは「桃太郎」なの。そんな風にポンポン飛べるわけじゃないの。お前と一緒にするなモンキッキ」


「そうかい? ボクはあれくらいのこと、キミなら出来ると思うけどなぁ」


 と、隣を歩いている巫女装束のウラが言った。

 彼女は三本目のみたらし団子を袋から取り出して、


「キミは桃浦流剣武術を会得している。つまりそれは『人間の体の使い方』を理解しているということだ。脚力、腕力。身体の筋肉を適切かつ的確な力で扱うことに長けているからね」


「……お前、オレん家の流派を知ってんのか」


「もちろん知ってるさ。だってそれはこの世界で生まれたモノだからね。ゲン坊が言ってたろう? 桃浦流剣武術は、鬼を倒すために生まれたって」


「……そーいえば、そんなことを言っていたような気がする」

 

 つまり鬼と戦って勝つためには剣武術を使えばいいのか! だったらもっと早く言って欲しかったと、太一はウラを睨んでやる。


 しかしそんな視線も彼女は気にせずに団子を食べているから諦めるしかない。

 

 とはいえ、鬼と戦う準備は戦闘方法が分かったところで心許ない。回復薬であるきび団子、戦闘要因のほのかに、桃浦流剣武術。あんな巨体に挑むのだ、やはりあとの二人は仲間としてほしいところ。


「あ。そういえばウラ、お前は戦わないのかよ」


 率直な疑問を太一はウラにぶつけた。

 「桃太郎」には鬼に勝ってほしいと願っているウラであるが、思い返してみればウラは鬼と戦っていない。


 確かにあの時は太一の浅はかな行動で鬼に挑んだし、協力しないのも百歩譲ってまだわかる。

 ただ、ここまでウラが必死になって鬼に勝とうとしている姿を、太一はまだ一度も見たことがない。


「あー……。ボクは戦っちゃダメなんだよ」


「なんだって?」


 気まずそうに頬をかきながらウラがそう言って、太一は少し驚いた。

 戦っちゃいけない、とはまた妙な言い方だと思ったのだ。


「ボクは〈謡い手〉と呼ばれててね。この「桃太郎」という物語の始まりから終わりを見届ける観察者みたいなものなんだよ。ほら、絵本の読み聞かせってあるだろ? あれでいうところの「読み手」がボクで、「聞き手」がキミたちさ」


「……つまりお前は、オレたちのことをサポートすることは出来るけど、直接鬼と戦うことは出来ないってことか?」


「ご明察。ついでに勝利に関わるような直接的要因にもなれない。それだと「桃太郎」と三匹の仲間が協力して鬼に勝った、という大前提が創れないからね」

 

「あくまで鬼退治は、絵本に出てくる登場人物だけで成さなきゃいけないってことか……」


「そういうことだね」


 なんだか制約がありすぎて生き辛そうに感じた。

 ウラのことはこの世界に来てからずっと気になっていた。彼女の存在理由と役割。一緒にいるだけだと何となく〈桃源界〉と「桃太郎」をよく知っている女の子、みたいな所感を抱くしかなかった。

 けれど実際に、彼女の口から自分自身の役目を聞かされると思うところはある。

 

 ウラ。

 〈謡い手〉なる存在。

 

 ……それは。


「じゃあお前は。「桃太郎」が鬼に勝てるまでずっとこの世界にいて、負けるところを何度も見てきて、一人で生きてきたのか」


 とても寂しくて。 

 とても歯痒いものだった。

 とてもじゃないが、太一には耐えられそうにない。

 ウラは笑った。

 どこか、嬉しそうに。


「ハハッ。そんな風に同情されたのは久方振りだよ。確かにボクは「桃太郎」を完結させるためにこの世界に生み落とされたシステムだ。だけど、それを嫌だと思ったことはあれ、寂しいと思ったことはただの一度もないんだよ」


「……そうなのか?」


「あぁ! だって「桃太郎」に会えた! キミだけじゃない、キミの先祖たちにも! ゲン坊だってその一人さ! ボクはキミたちの尊い生き方に魅了され、興味を持った。それだけで生まれてきた価値はあったよ。幸せな形で終わった「桃太郎」をボクが読み手として世界に語れる時がいつかくる。それを想像するだけで、ボクはワクワクが止まらないよ! 辛い時と痛い時、泣きたい時があるかもしれない。でもいつかくるその日のために、ボクは今生きているんだ! それはとても、素晴らしいことだと思わないかい? 少年!」


 前向きを通り越して、直進すぎる考え方に太一は面を食らって目を丸くした。

 

 〈謡い手〉。

 

 この世界の始まりから終わりを見届ける存在。そんな重要な役割を任せられたら、普通の人間なら重圧に耐え切れずに自害する可能性だってある。

 

 システムだが何だか知らないが、自分は何もできずに目の前で人がたくさん傷つけば、精神は崩壊してしまう。

 

 そんな、源太郎の修行なんかよりよっぽど苦行に思えて仕方ない境遇を、ウラは自ら楽しくしようとしている。

 「桃太郎」が鬼を倒して、それを本当の物語として世に語るため。桃源書に頼らず、嘘なんかつかないで、真実を話すために。

 

 キレイな目をキラキラさせながら、自分の未来に不安なんか感じてないような表情でこちらを見るウラ。

 そんな風に見られて、思っているのなら、太一の同情は邪魔でしかないだろう。

 少年はウラが持っていた袋から、最後の一本である団子を奪い取って、


「あ! ボクのお団子!」


「美味い。だけど『現実界』の団子の方がもっと美味いぞ。……だから、今度食わせてやる」


「……少年?」


 太一は少しだけ照れながら、団子を全部食べ切って、


「だから! 「桃太郎」が鬼を倒せばお前は自由なんだろ。そしたら『現実界』に行って、「桃太郎」をクソガキ共に語って、その後にお茶でも飲みながら団子でも食っとけよ。オレがお前に、とびっきり美味いみたらし団子を食わせてやるからさ」


 ウラの生き方は尊重しよう。

 だけどそれが決して正解だとは思えないから。檻の中でずっと息をしている鳥を見るほど、窮屈なモノがないように。

 

 自由は誰にだって平等にあるべきだ。

 

 世界のシステムとして生み落とされたウラにも、それは言えるはずだろう。

 〈桃源界〉という一つの籠にだけ収まっていては、体がギチギチになって動き辛い。もっと、広い世界があることを知ってほしいのだ。

 ずっと、一人で戦ってきたウラには。


「……あはは。キミはあれだな、本当にお人好しなんだな。でもいいのかい? ボクは食べるぞぉ? それはもう沢山」


「十本でも二十本でも食いやがれ。その代わり、鬼を倒すのに協力しろよ。全力で」


「任せてよ! ボクは脇役に徹するのは得意なんだ!」


「それは自慢気に言うことなのか……?」


 苦笑して、しかし心地よい温度差に太一は気を緩ませた。

 森の中、彼らを優しく撫でるような穏やかな風が吹く。木漏れ日が温かい、春のような気温。

 これから戦いに行くとは思えないほどの、静かでキレイな時間だった。

 そんな時だ。


「おい、大将! アレなんだ?」


 木の上を飛んだり跳ねたりして移動していたほのかが、太い枝を足場にして止まり、前方を指差した。太一とウラはほのかの指に促されるようにそちらを見やる。

 

「……なんだあれ」


「さぁ? ボクもあんなのを見るのは初めてだ」


 何世代も〈桃源界〉を歩んできたウラでさえ初の出来事だった。

 ほのかが指を差し、太一とウラが呆然として見た方角には、竹藪がある。その一部が、眩く光っているのだ。 

 

 ほのかは速度を早めて木々を駆け抜け、太一とウラは地面を走ってそちらへ向かう。

 

 合流し、光る竹藪の中へ。

 そこには、白く光る一本の竹があった。

 まるで朝日を眺めているような光景に太一は目を細め、ウラに訊く。


「おい、ウラ! これも〈桃源界〉で起こる流れみたいなモンなのか⁉︎」


「……いや違う。これは〈桃源界〉による作用じゃない。……まさか。少年、この光る竹は……!」


「おい! 竹が割れるぞ大将!」


 ほのかが喋った直後だった。

 眩く光る竹が、小槌で鋼を打つような音と共に割れたのだ。

 三人が目を見開く中、真っ二つに折れて割れた竹が低い音を立て、周りに生えていた竹の葉を巻き込みながら地面へ倒れる。

 そして、だ。

 割れて残った方の竹に、誰もが予想していない光景があった。

 

 『月』という習字で書いたような文字が光りながら顕現し、消えると同時に現れたのだ。

 

 ――女の子だった。


 それはまるで、神様の降臨のように神秘的なモノであった。

 女の子は黒い髪の毛を腰まで伸ばし、華奢な身体を、その全身の白い肌を外気に晒している。つまり裸だ。同い年くらいだろうか? 少女は目を瞑っていて、意識はなさそうだった。

 ふわりと浮いていた黒髪ロングの少女は、もたれかかるように太一の胸へ。

 

「うぉ……って。こいつ、は……」


「……――ん」


 咄嗟に抱き止め、女の子の裸に思春期が暴走することもなく、太一は予想していなかった展開に唖然とする。

 蚊の鳴くような声があった。

 太一もウラもほのかも、少女に注目する。

 そして黒髪ロングの女の子が、ゆっくりその瞳を、閉じていた瞼を開けていって――、


「……ハッ! 私の珠の肌を変態な目で見てんじゃないわよ、この童貞がぁぁああああ!」


「いや何言ってんのこいつ……ぐはぁ⁉︎」


 二秒の沈黙の末、顔を真っ赤にしながらも鬼の形相で覚醒した女の子が、自分を抱きしめていた桃浦太一の顔面を思いっきり殴ったのだ。

 

 ……あぁ、運がないなとウラとほのかは心の中で思ったのであった。



△▼△▼△▼△▼



「私の名前はかぐや。織月かぐやよ。よろしく!」


 そう言って、ウラが貸してくれた緑と青を基調とした袴を着た黒髪ロングの女の子が腰に手を当てながら胸を張った。

 

 日本人特有の艶のある黒い髪。浮世離れした美貌と、凛とした瞳に、自信に満ち溢れた佇まい。まさに絶世の美女という言葉を我が物にしてるかのような少女だ。

 

 そんな少女――織月かぐやに思いっきり顔面を殴られた桃浦太一は、しかめっ面であぐらをかいていた。

 日光がキラキラ当たる、竹藪の中だ。


「……よろしくしたくねぇな」


 こっちはいきなり出てきたキラキラウーマンを地面に倒れないように受け止めただけだというのに、いきなり顔面パンチを食らったのだ。そりゃ元気に「よろしくね!」とかしたくない。

 太一が機嫌を損ねているのを見ると、織月かぐやと名乗った少女は嘆息した。


「はぁ。器がちっちゃい男ね。女からのパンチなんて男からしてみればご褒美でしょうに。それなのにネチネチ文句言って……はー情けない。うっざ」


「何なのこいつ! ムカつく! スーパーハイパームカつくんだけど! 『ムーカつく大陸』の表紙飾れるくらいムカつくんだけど!」


「くどっ。ツッコミまでネチネチしてんのね」


「ぐぬぬ……っ! ……おいウラとほのか。こいつやっていいかな。「桃太郎」サマに楯突いた刑で制裁を加えてもいいかな、いいよね!」


「「まぁまぁまぁまぁ」」


 なんか胸に痛い優しい笑顔で宥められた。そういえば、この場に男子は太一しかない。女3の男1とか普通に終わっている。女社会で男が生き残れるわけがない。

 

 怒りを通り越して若干涙目になってきた。誰か助け舟をちょうだい! 漕ぐのは私がやりますから! などと心の中で思っていたら、ウラが太一の頭を撫でながらかぐやに問うた。


「お互い初めましてなんだし、いがみ合うのもやめよう。ボクはウラ。そっちの暴力的な女の子がほのかだ。よろしくね、かぐや」


「暴力女は余計だっつーの」


 ウラの紹介の仕方にほのかが唇を曲げたが、かぐやは気にせずに「よろしく」と快く答えた。

 それから、ウラはかぐやの頭の先からつま先まで視線を落として、


「……キミは、あれかい? 日本人ってことでいいんだよね?」


「? そりゃそうよ。こんな日本人然とした美女、二人もいないわ」


「……一億人くらいいそうだけどな」


「日本の人口! いるわけないでしょ童貞が!」


「ぐむ!」


 もはやキレイと言うべき流れで、太一の顔面どん真ん中にかぐやのパンチがめり込んだ。太一は顔を押さえながら悲鳴を上げて地面をゴロゴロ転がり、ほのかが腹を抱えて笑っている。

 ウラは苦笑して、


「そうか。じゃあボクの想像通りなら、キミは『そういうこと』でいいんだね?」


 太一をぶん殴って鼻から息を吐いたかぐやは、ウラに話しかけられると小さく頷いた。

 その、自信に満ち溢れた表情と不遜を通り越して凛とした雰囲気。

 織月かぐや。

 黒髪ロングの美少女は、言った。


「改めまして。私の名前は織月かぐや。「かぐや姫」の子孫にして、月の巫女。世にいる全ての人間は私のモノよ。――どうぞよろしくね、麗しい下民サマ?」


 ――「桃太郎」のお伽話が、狂い始めた。



△▼△▼△▼△▼



 ーーかぐや姫。


 そのお伽話は「桃太郎」に並ぶ、日本に広まる伝承の一つ。

 ストーリーは説明しなくても分かるだろうが、念のためにこの場を借りて語らせてもらおう。

 

 昔々、都の近くに「たけとりの翁」と呼ばれるおじいさんがいました。

 おじいさんは毎日竹を取りに山へでて、細々と暮らしていました。

 とある日。

 そんな平凡な毎日が劇的に変わることが、おじいさんに起こります。

 おじいさんは、「光る竹」を見つけたのです。

 おじいさんは不思議に思い、切ってみると、その中には「小さくて可愛い女の子」が入っていました。

 おじいさんは驚きましたが、それと同時に思いました。

 

 ーーこの子は神様が授けてくれたに違いない。


 おじいさんは「竹から生まれた女の子」を家へ連れ帰り、おばあさんも大喜びでした。

 子供に恵まれなった二人は、その女の子を「かぐや姫」と名付け、大切に育てることに決めました。

 そこから先は、現実とは思えないことが二人の身に起こります。

 竹の中から小判がざくざく出てきたのです。

 おじいさんたちはお金持ちになり、屋敷を建てました。

 小さかった「かぐや姫」は大きくなり、とても美しい女の子に成長しました。


 「かぐや姫」の噂は遠くまで広がり、たくさんの男たちが求婚に来ました。

 しかし「かぐや姫」に結婚する気はなく、姿を見せませんでした。

 それでも諦めない男たちに、「かぐや姫」は言いました。


 ーー「私が頼んだ物を見つけてくれたら、その人の妻になりましょう」


 ……ここからのストーリーは、もうご存じだろう。


 身分の高い男たちは、「かぐや姫」に頼まれた物を探す旅に出かけるが、悉く断られ、結局誰も結婚できずに、「かぐや姫」は月へ帰ってしまう。

 「桃太郎」とは違い、「かぐや姫」はあまりハッピーエンドとは言えない。結局おじいさんもおばあさんも竹から生まれたとはいえ「娘」を月に盗られて悲しい思いをしているのだから。


 そして忘れてはいけない大前提がある。


 ーー「桃太郎」と「かぐや姫」は何も関係がない。


 〈桃源界〉が「桃太郎」の世界なら、その世界に他のお伽話が混ざるというイレギュラーが発生するのはおかしい話だ。

そもそも「桃太郎」以外にも他のお伽話が現実として存在していることが、桃浦太一にとっては驚愕だし初耳だ。


「……「かぐや姫」の子孫? それってお前……オレと同じってことか?」


 小鳥の囀りが妖精の鼻歌のように響き、木漏れ日が儚く綺麗な竹藪の中で、太一はぽかんと呟いていた。

 

 「かぐや姫」の子孫と名乗った少女、織月かぐや。確かに「かぐや姫」を連想させるほどの美少女だし、名前も同じだ。


 まぁ、名前に関しては太一も「桃太郎」じゃないから大して証拠にはならないが。

 かぐやは一瞬、太一を見ると眉を顰め、それからそっと息を吐いた。


「オレと同じ、ね。なるほど。アンタが「桃太郎」の子孫。まさか本当に「かぐや姫」以外にも伽の英雄の子孫がいるなんて……おばあちゃんもたまには真実を話すのね」


「? なんだよ」


「こっちの話よ。……にしても、「桃太郎」の子孫がアンタみたいな変態とはね。ちょっとガッカリだわ」


「悪かったなオレが子孫で!」


 ド直球にげんなりされたらもうシンプルに落ち込むしかない。しかしかぐやの反応を見るに、彼女も彼女で自分以外の「子孫」に会うのは初めてのようだ。

 つまりそれは、本来なら巡り合うことがなかった運命。

 交わることがなかったレールだ。


「悪いとは言ってないでしょうが。……まぁいいわ。それで? 何で私が「桃太郎」の世界にいるわけ? おばあちゃんの話だと、「かぐや姫」の世界ーー〈月夜界〉に送られるはずなのに」


 こちらの世界にきた本人でさえ現状を理解していない様子だ。〈月夜界〉が本来なら「かぐや姫」の子孫が送られる異世界なら、確かに「桃太郎」の世界に来るのは想定外だろう。

 

 だが、そう言われても訳知り顔で何かを説明できるわけじゃない。太一だって数時間前に〈桃源界〉にきたばかりなのだから。

 

 だから必然と、かぐやの疑問に答えられる人物は一人に絞られた。

 太一とほのかの視線が、ウラに向けられた。つられて、かぐやも彼女を見る。

 ウラは「え、ボク?」みたいな顔をしてから、軽く息を吐いた。


「ん-、そうだね。ボクは〈謡い手〉といっても所詮は〈桃源界〉だけの存在だからねー。この世界以外にもお伽話の世界があるのは認知していたけど、実際にそれを証明する存在に会ったのは今回が初めてだ。「かぐや姫」の世界のことは、「かぐや姫」の世界にいる〈謡い手〉が誰よりも理解している。ボクなんかただの観客みたいなものさ。だからこそ、ボクの意見、考えを鵜呑みにはしないでほしいんだけど……」


 一拍置いて、ウラは言った。


「おそらく、「かぐや姫」がここに来た理由は〈桃源界〉が瀕死だからだ」


「瀕死……?」


「言っただろう? 「桃太郎」が鬼に負けすぎて、事実の改変が難しくなってるってさ。だから「桃太郎」はもう負けられない。これがこの世界の大前提。だけど、それが「歪み」を生み出してしまったんだ」


「……「かぐや姫」がこの世界に来るっていう「歪み」が、か?」


「そう。この世界……〈桃源界〉そのものが、正しい存在の崩壊を、敗北という事実の定着を阻止するために作り出した「防衛システム」、それが「歪み」。「かぐや姫」がこの世界に来た原因なんだと思うよ」


 自信無さげに説明してくれたウラは、それから自分の頭を笑って掻きながら、


「まぁ根拠なんてないし全部それっぽいことを並べただけなんだけどねー。あははは!」


 ずいぶんと適当な感じで話を締めてくれるなと思いながらも、太一の顔は明るくはない。

 

 おそらく、ウラが説明してくれたことは当たっている。それこそ根拠なんてないが、「なんとなく腑に落ちる」のだ。言い換えれば、「桃太郎」の感ってやつである。

 

 「桃太郎」の世界観に別の世界観の「かぐや姫」。こんなのは、某スーパーヒーロー映画より異質だ。

ウラの説明を聞いていたかぐやは、太一たちを見回してから、


「「桃太郎」の世界に色々問題が起きてるみたいね。……正直私もいきなりこっちの世界に送られたから何をしていいか分からなかったし、丁度いいわ」


「何が?」


 太一が首を傾げると、かぐやは二カッと笑った。まるで、妙案を考えた子供のように。


「私も鬼退治に参戦する」


「「はあぁあああああーー⁉」」

 

 まさかの展開、かぐやの妙案に太一とほのかが思わず声を上げて驚いた。「桃太郎」のお伽話に「かぐや姫」が参戦するなんて聞いたことがない。そもそも「かぐや姫」が戦えるなんて話も耳にしたことがない。

 太一はかぐやに近づいて、


「お前いきなり何言ってんの⁉ ガチャ引いたらその新キャラがいきなり独断でパーティーに入るみたいなもんだからね⁉」


「近いし例えが分かりづらい……。別にいいじゃない。減るもんじゃないんだし、それどころか戦える人も増えて万々歳でしょ」


「戦えるってお前……とてもそんな風には見えーー」


 そう言おうとした瞬間、ひと際強い風が吹いて太一の髪の毛が舞い上がった。

 否。

 違う。

 自然的な突風ではない。

 

「……まじか」


「どう? これでもまだ戦えない?」


 ニヤリと笑ったかぐや。

 彼女の周囲を、エメラルドカラーの風が囲んだのだ。目に見えるハッキリとした現象に、太一とほのかは唖然とし、ウラは期待するように唇を緩めている。

 なんだこれは。

 どうなっているんだ?

 こんな、ウラに続いて魔法のような力を使う人間がいるなんて。しかも、同じ『伽の英雄』の子孫で、だ。

 戦えない。

 そんな言葉は霧散して、かぐやの力に目を奪われる。


「おいかぐや……。そりゃなんだ」


 不意に太一にそう言われ、かぐやはキョトンとすると掌を軽く上に向け、不思議な風の力で妖精を創って見せた。

 翡翠色の妖精。

 または、月に帰る伽の姫のよう。

 

伽力ゲノス。子孫にだけ許された、お伽話の力の象徴よ」


「……ゲノス」


「……どうやら、興味は持ってくれたみたいね。まぁ、アンタが知らないのは腑に落ちないけどさ」


 ふっと笑ったかぐやの綺麗な瞳には、刺激的で新しいモノに惹かれて笑う子供のような太一が映っている。

 伽力ゲノス

 全く知らない、未知の力。


「かぐや。それをオレに教えてくれ」


「いいわよ? でもタダじゃない。わかるでしょ?」


「……ったく。ああ、わかったよ。背に腹は代えられないって言うしな」


 かぐやが何を条件にしようとしているのかなんて、考えるまでもなった。彼女が太一に求めているモノは一つしかない。

 それは、仕方なく呑むとしよう。確かにかぐやがいるのは心強い。でも、快くとは言えないのも事実だ。これは「桃太郎」の、強いては桃浦太一の問題だ。ほのかは百歩譲っていいとして、「かぐや姫」は全くの部外者。こちら側の不手際でややこしいことになっているのだし、巻き込むのは実に筋違い。

 でも。

 そうと分かっていても、鬼と戦う力は欲しい。

 だから。


「よろしく頼むよ、「かぐや姫」」


「こちらこそ、「桃太郎」」


 そうして、「桃太郎」のお伽話に「かぐや姫」が参戦し、未だかつて誰も見たことがない英雄譚が始まろうとしていた。

 「桃太郎」と「かぐや姫」が、握手を交わしたのはこれが初めてかもしれない。



「ーー残念だが。英雄譚はここで幕引きである」



「「「ーー⁉」」」


 身も凍えるような声が太一たちの全身を撫で回した。

 同時に、命の危険を明確に感じる圧力が、心臓を掴んで離さない。

 バッ! っと四人は咄嗟に後ろへ下がり、声がした方から離れようとした。

 だが。


「ーーどこを見ている、と言えばいいのであるか」


 意味が分からなかった。

 何で背後から、しかもこんな近くから冷えた声がするのだ。

 アラートが耳障りなほど響き渡る。

 固まって動けない。

 頬を伝う汗すら拭えない。

 恐怖。


「う、ああああああああああああああ!!」


 鎖のように全身に巻き付いた恐怖を大声と共にブチ破り振り返ったのはほのかだった。

 ほのかは鍛え上げた速度と腕力で、振り返り様に拳を解放した。どこの誰だか知らないが、こんなに「死の香り」をさせているのだ、殴られたって仕方がないだろう。

 無事で済むとは思っていない。これで全然無害だったら頭なんていくらでも下げてやる。

 だから、どうか杞憂で終わってくれと……。


「ーー無駄なのである」


 冷酷。

 悲惨。

 無情。

 鮮血。

 鉄臭。

 ザシュッ、っと。

 グロテスクな音が耳朶を打ち、太一とかぐやは振り返った。恐怖の鎖が砕けて舞っている視界に、赤黒い色が追加された。

 目を見開いた。

 

 ーー大将!


 元気で、勝気な女の子。

 荒っぽいけど根はきっと優しい猿島ほのかが、血飛沫を上げながら地面に倒れていく。


「ほ、ほのかぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!⁉」


 認めたくない現実が視界いっぱいに広がって、太一は叫んで彼女の名前を呼んだ。

 漫画やアニメでよく見かける、仲間が凶刃の餌食になる展開は、現実だと受け入れ難いモノだった。太一が呼んでも、当然ほのかは何も答えない。彼女は血の海に沈んでいる。

 太一がビビッて動くことすら出来なかったから、ほのかは勇気を振り絞って「死」に挑んでくれたのだ。

 太一が不甲斐ないから。

 太一が弱いから。


「……誰なんだ」


 知らず、それこそ無意識に、太一は呟いていた。

 爪が食い込んで掌から血が滴るくらい拳を握り締めて、奥歯をギリギリ鳴らしながら食い縛って、目の前の「存在」を殺す勢いで睨んで。


 喉が潰れるくらい叫んだ。

 こんなに怒髪天を衝いたことはないとばかりに。


「テメェは、誰だって訊いてんだァァァァァァあああああああああああああ!!!!!!」


「ーー鬼童丸。「桃太郎」を消し去る者也」


 ーー「桃太郎」のお伽話が、始まった。

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