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フェアリー・リトライブ  作者: 天沢壱成
『桃太郎編』
14/15

『一章』.14 犬悲の回想


「あッはははは! いいね、いいねェ! さっきまでとは随分と違うじゃねェかよ、桃太郎ォ!」


 子供が新しいオモチャを親から貰ってはしゃいでるようだった。

 白い髪の、『犬』を名に持つ少年――犬童狼牙は甲高く笑いながら桃浦太一に向けて爪を振るう。


「桃って皮を剥いた方が甘くて美味いだろ? ……まぁオレは嫌いだから知らないけど。ともかく一皮剥けたんだよ」


 犬童の爪を『身軽な動き』だけで回避し続けながら、太一は言った。

 一皮剥けた。

 その意味はシンプルに「昔の自分とは違う」だが、ここで嫌いな桃を比喩に例えたのは、「嫌いな自分と別れを告げた」からだ。


 そして当然、犬童に太一の言葉の真意は分からない。彼は眉を顰めている。

 それがおかしくて、太一は笑った。


「……? なにがおかしい」


「いや、なんか。オモロくてよ」


 手が止まっていた。

 両者の実力があれば一瞬で殴れる距離感。

 そこで太一は拳を構えて、まるでこれから新しいステージに上がることが楽しみで仕方がないスターのような表情で口を開いた。


「世界って、こんなにも広かったんだな。自分のことで精一杯になってると見れない景色だ」


「何が言いてェ?」


「お前じゃ今のオレには勝てねえって言ってんだよ、駄犬」


 自信に満ちた顔で、それでいてどこか犬童をバカにするように言った太一。犬童は苛立ちを隠す気もない表情を浮かべている。

 その顔がたまらなく気持ちがいいと思うのは、散々いいように言われて、やられたからだろう。なんだか性格が悪くなったかもしれない。

 

「……さっきまでボロ雑巾みてェにやられてた三下が、キャンキャン吠えてんじゃねェぞ」


「吠えてんのはお前だろ。大人しく小屋に戻って寝てろよ、ポチ」


「……殺す」


 明確な殺意が太一に向けられた。

 刹那、犬童が爆発的な速度で太一に迫った。白い髪の少年は深海のように冷えた目で拳を握り、振り抜いた。


「ーー吸和」


 対して。

 普通の人間なら気を失うか、死の恐怖に囚われて身動きすら取れない状況下、太一は至って冷静な判断を下す。

 相手の攻撃を、その威力を吸収して弾く防御技。

 鬼童丸には通じなかった技だ。

 だけど、それがなんだ。

 通じなかったなら、もっと磨けばいい。アイツの攻撃が毛ほども痛くないくらいに鍛えればいい。

 

 だからこそ、大将戦に向かう前に苦戦を演じている場合ではない。

 

 故に、犬童の攻撃が太一に効くわけなかった。

 犬童の拳は太一の腹部に直撃したが、それだけ。

 

 ――ダメージは、絶対的にゼロである。


「……な」


「そんなに驚くことじゃあねぇぜ。なにしろこれが当然の結果で、当たり前の完結事項だからだ」


 ジロリと太一に睨まれて、犬童は心臓を掴まれた気分に陥らされた。白い髪の少年は瞬時に太一から距離を取るが、すでに遅い。

 全て理解できた。

 犬童はきっと、初めて他者に恐怖を抱いただろう。それは自分が一番だと疑わなかった者が感じるモノ。


 だからこそ、太一にはわかる。

 鬼童丸に、同質の感情を抱いたから。


「流星に当たったことはあるか?」


 岩をも砕かねない迫力で、太一は拳を握った。

 右拳に宿る圧倒的な圧力の前に、犬童はたじろぎながら、しかし太一から目を離せない。

 一瞬だった。


「ないならようこそ。これが星の一撃だ」


 そして。


「桃浦流剣武術――星拳」


「――っあ」


 流星、隕石。

 ともあれ火力がチートすぎる太一の拳が、犬童をどこまでも吹っ飛ばしていった。



△▼△▼△▼△▼

 



 ――強すぎる力は、いつか人を不幸にする。


「……ッあ。くそッたれが……ッ」


 痛みに苦悶しながら顔面を手で押さえると、ぬめりとした感触が返ってきた。

 血。

 真っ赤な血だ。

 鉄の匂いと、目がチカチカする赤い色。


「殴られるなんて随分と久しぶりだ、みたいな顔してんな」


「……」


 声がして顔を上げれば、そこに立っているのは桃浦太一だ。

 桃太郎の子孫。

 『御三家』と呼ばれる、『猿』『犬』『雉』を従える主。

 犬童は舌を打つ。苛立ち気に。不快気に。

 

「……見下してンじゃねェぞ。お前如きが、この俺を見下してンじゃねェ!」


 文字通り血を吐きながら、犬童は吠える。

 膝を着いて、頬を腫らして、血を吐いて。なんとまぁ情けない姿だ。犬童自身、それは理解しているだろう。

 桃太郎。

 最初に見たときは、正直ガッカリした。なんだこの、自分だけ不幸ですと言いたげな顔の男は。こんな男の下で鬼を倒さなくちゃいけないのか。

 ……こんな男が、俺が目指していた『上』なのか、と。


「俺は犬童だ。誰よりも強ェ男にならなきゃ『価値』を見いだせねェ男なンだよ。女に慰めてもらわねェと立ち上がることも出来ない野郎に、負けるわけにはいかねェんだ!」


 桃太郎の一撃は、かなり足にきていた。ガタガタと震える足を鼓舞するように叩いて、強引に犬童は立ち上がる。口の端から垂れる血を拭いて、桃太郎に掴み掛かった。

 正面から、睨んだ。


「テメェ如きに屈してるようじゃ、ただの野良犬なンだよ。野垂れ死ぬ寸前の、餓死の手前の哀れな犬でしかねェンだよ。……だから俺は、桃太郎より上であることを証明しなくちゃいけねェンだ!」


 どういう訳なのか。

 どういう理屈なのか。

 そして、どういう問題を抱えているのか、今ここで犬童に吠えられても太一には分からない。

 いきなり喧嘩を売られて、一度は敗れて、そして今、こうして再び拳を交えていて。

 犬童のことなんて、何も知らない。

 だから、彼が何を思って太一に挑んできたのかちんぷんかんだ。


 でも。

 彼の言葉と、必死さと、態度が、不良によくみられる力試しとは違うことは、少なくとも分かった。


 だから、太一は一度大きく息を吸って、吐いた。


「ならかかってこいよ。テメェのプライドをオレにぶつけて、そして粉々に打ち砕かれて負けを噛み締めろ。上には上がいるってことを、オレがテメェに叩き込んでやる」


「……女に掌を見せてるお前がか?」


「ああ。掌を見せて、手を繋いだ。仲間だからな。何も隠すことなんてない。何も恥ずかしがることなんてない。友達だからな。お前が知らない世界を、俺はきっと知っている」


「お前が、そんな世界を知ってンのかよ?」


「……ああ。俺もお前と同じで、自分が強くなくちゃいけないと思ってた。だからこそ、前まで知らなかった景色が広がっている世界だったよ」


 相手のことを考えていると、そういう自分に酔っていただけで、結局のところ不甲斐ない己が恥ずかしくて、自分のことしか考えていなかった。

 全部一人で抱え込んで、背負い込んで、誰かに頼ることすら忘れて。

 そうやって生きても、いつか必ず限界を迎える。

 それを、教えてくれた人がいた。

 

 太一の脳裏に、かぐやの姿がよぎった。


「だから全力で来い。オレが全部、お前の自尊心を破壊してやる」


 真っ直ぐな目だ。

 嘲弄しているとは思わない。バカにしているなんてとんでもない。

 純粋に、お前の力を試してみろと、そう言われているような気がしたのだろう。

 犬童は目を見開くと、下唇を噛んだ。

 苛立つように、だ。


「……俺のテリトリーで、そンな目をするなァ!」


 まるで大砲だった。

 叫んだ犬童が放った打撃が、太一の顔面にめり込まんと唸ったのだ。

 それだけで、空気が大きく爆ぜたような音と衝撃が辺りに撒き散らされた。

 

「……わかるよ」


 常人なら死に至る一撃の前に、しかし桃浦太一は動じない。彼は穏やか、いいや。どこか落ち着いた様子で、それでいて同族を見ているような。


「オレも。憎いくらいに倒したい奴に、憧れてるけど超えたい人に、同じようなことを言ったことがあるから」


 例えば、鬼童丸。

 そして例えば、桃浦源太郎。


「だけどそれだけじゃ。何者にもなれねぇんだ!」


 ズドン‼︎ と。

 二つの強烈な拳が重なり、川や草原が激しく波打つほどの衝撃が拡散された。

 ビリビリと太一と犬童の拳が押し合い、鋭い視線が交差する。


「俺を理解したような口で話すンじゃねェ! テメェは黙って俺にブチ殺されてりゃいいだけの存在なンだからヨォ!」


 なんでそこまで太一に拘るのか。

 本当に不思議で仕方がない。

 だけどここまで感情を爆発させて、それを向けられたら、正面からぶつかるという選択肢以外にない。

 太一は拳の迫り合いの中、僅かに犬童を押して、ギリギリと歯を喰い縛りながら言う。


「そんな束縛された人生になんてなんの意味もねえんだよ! お前がオレにどんな恨みを抱いてるかなんてわからない! どうしてオレに喧嘩を売ってきたかなんてわからない! だけど、自分の意見を他人に押し付けて生きるとか、絶対におかしいんだ!」


「押し付ける? 違うな、これは決定事項だ! 俺が上に行くための通過点なンだよォ!」


「だからオレに挑んできたのか? だったらそれはとんだ大迷惑ってやつだぜ、このワンコ野郎がァ!」


 拳の押し合いは太一が勝利した。犬童の顔面にクリーンヒットし、彼は体を大きくのけ反った。 

 チャンスだ。

 太一は追い込むように犬童に攻撃を叩き込む!


「お前の相手はオレじゃねえ! 鬼だ! オレと戦ってる暇なんか本当だったらないんだよ! 今この瞬間にも、この世界は窮地に立たされている。友達や恋人、家族。みんなを助けたいなら、向こうに行って鬼童丸を倒さなきゃならねぇんだ!」


「そンなモン、俺には関係ねェ! 俺の未来は俺だけのモンだ。他のヤツの未来なンかに手を出してる場合じゃねェんだァ!」


 まるで余裕なんかなかった。

 太一の一撃は、その一つ一つが確実に重く、相手に相応なダメージを与える。それは犬童であろうと例外ではない。

 なのに、彼は殴られながらも自分の感情を爆発させて、反撃になんか出ていない。


 テリトリー、と彼は言っていた。


 犬は空間認識能力に長けている。

 それを攻撃、防御に応用しているのは間違いない。だからこそ、彼が『相手の攻撃を認識し、テリトリーの侵入者として承認』していれば、きっと太一の攻撃は寸前で当たらなかっただろう。


 もしくは、認識外からの攻撃なら当たるかもしれないが。


 ともあれ、犬童狼牙。

 彼は絶対とも呼べる鉄壁を、その防御壁を展開出来ずに、いいやすることすら忘れて太一の攻撃を喰らっている。


「本気でやれよ」


 右頬に拳を叩き込んでから、太一が言った。


「俺に勝って、自分の望みを叶えたいなら! 本気で俺にぶつかってこいよ! 腑抜けた喧嘩なんか、してんじゃねぇ!」


 戦うしかないのだ。

 互いに譲れない信念があるのなら、それを善として貫きたいなら、自分の力を証明するしかない。

 癇癪を起こして騒いでも、問題を解決できるのは結局のところ己しかいないのだから。


「……望むところだ」


 ゆらりと、だ。 

 犬童はフラフラしながらも体勢を整えて、太一を睨んだ。


「俺のために。俺だけの望みのために。今ここでテメェをブチ殺して、力の証明をしてやる!」

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