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聖女さまは取り替え子  作者: 灯乃


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一番目の聖女さま

(わかる……わかるよ……! キラキラした王族とのご挨拶とか、できれば避けたいミッションだよね!)


 思わずぐっと両手を握りしめてしまった凪だったが、リオの記憶によれば、スパーダ王国が他国との交流を拒絶し続けてきた最たる理由は、中央諸国からの侵略の歴史にあるはずだ。

 およそ百年前から七十年もの長きに渡り、レングラー帝国を中心とする中央諸国が、たびたびスパーダ王国への侵略戦争を起こしてきたという。そして幾度かの戦争と和平ののち、三十年ほど前にようやく永続的な相互不可侵条約が締結されたのである。

 世代がひとつ変わるほどの時間が経ったとはいえ、それまで積み重ねられてきた悲しみや憎しみの記憶が、そう簡単に払拭されるものだろうか。

 そんな凪の懸念をよそに、スパーダ王家の一員であるエステファニアは、ひとつ息を吐いてしみじみと言った。


「陛下の奥方である王妃殿下は、レングラー帝国で人気だという女性ばかりの劇団に、すっかり夢中になっていらっしゃるというのにな……。王妃殿下は、もう何度もお忍びでレングラー帝都の本劇場に足を運ばれているのだぞ? 引きこもりの陛下にも、少しは王妃殿下のフットワークの軽さを見習っていただきたいものだ」


 おそらく、スパーダ王国の王妃以上にフットワークが軽すぎるエステファニアのぼやきに、その場になんとも言い難い沈黙が落ちる。


(……うん。そういえば、そういう劇団がレングラー帝国にあるって、さっきマリアンジェラが言ってたような。そっかー。萌えって、本当に世界を救うのかもしれないな!)


 ひとり納得した凪は、エステファニアに問うた。


「スパーダ王国には、王妃殿下のほかにも、そのレングラー帝国の劇団をお気に入りの方々はいらっしゃるんですか?」

「うむ。妾が知る限りではあるが、随分多いように思う。特に、王妃殿下のお忍び観劇旅行に随伴できる立場にある女官たちは、その権利を決めるくじ引きのたび、みな正気を失ったように血走った目をしているぞ。……あれは、ちょっと怖いのだ」


 それは、たしかに怖そうだ。

 他人事ながら、少々――否、かなり引いてしまった凪に、ぽんと両手を打ち合わせたエステファニアが笑いながら言う。


「そうそう。以前、妾がレングラー帝国へフィールドワークに行った際の手土産に、件の劇団員たちのサイン入りポスターを買って帰ったことがあったのだがな。それ以来、女官たちがしょっちゅうおやつをくれるようになったのだ。女官たちの機嫌がいいと王宮内の雰囲気もよくなるからか、官吏たちまでおやつをくれて、嬉しかったぞ」


 美味しいおやつの記憶を思い出しているのか、それはそれは幸せそうに笑み崩れるエステファニアは、どうやらスパーダ王宮の女官や官吏たちに餌付けをされていたらしい。

 なんだか楽しそうな王宮だなあ、と凪がほこほこした気分になったとき、オスワルドの通信魔導具に王宮からの連絡が入った。どうやら、エステファニアの今後の聖女活動を、ルジェンダ王国とウエルタ王国がバックアップすることについては、スパーダ国王から正式な依頼を受けるという形で落ち着いたようだ。

 ウエルタ王国における彼女の拠点が完成すれば、その実務はあちらの王室の管理下に入るのだろうけれど、少なくともそれが完成する半年後までは、ルジェンダ王室がエステファニアの安全に責任を持つ立場になる。

 そう一同に説明したオスワルドは、改めてエステファニアを見た。


「それでは、エステファニアさま。あなたが我が国に滞在していらっしゃる事実と今後の活動方針について、さっそく大陸全土に告知させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「うむ、もちろんだ! そうなると今日一日で、三人の聖女が大陸全土に顔を晒すことになるわけか。……ふむ」


 エステファニアが、何かを考えこむように腕組みをして首を捻る。オスワルドが、気遣わしげに彼女に問うた。


「エステファニアさま。何か、ご不安な点がございましたか?」

「いや。そう言えば、レングラー帝国の聖女について、妾は何も知らんと思ってな。たしか、随分幼い方らしいというのは、ちらっと聞いた気がするのだが……」


 たしかに、先ほどの大陸全土に向けた宣言で、ウィルヘルミナとディアナの容姿については確認できたし、彼女たちのひととなりについても、少しは知れたように思う。たとえ直接会ったわけではなくとも、その言葉から伝わってくるものというのはある。

 そして、エステファニアにとっての『最後の聖女』である、レングラー帝国の聖女のことが気になる気持ちは、同じ立場である凪にはよくわかった。

 つい期待を込めた視線をオスワルドに向けると、彼は何やら困った顔をして言う。


「申し訳ありません、エステファニアさま。残念ながら、レングラー帝国の聖女さまについて把握できている情報は、我らもさほど多くはないのです。御年十二歳であられること、その若年ゆえ聖女としての力がいまだ不安定でいらっしゃること。そして、彼の帝国の皇帝陛下とご婚約されたこと――。あちらが公式発表している事実は、今のところこれくらいです」

「………………は?」


 エステファニアの目が、丸くなる。彼女は何度か瞬きをしたあと、ぎこちなく片手を上げて口を開く。


「すまない、殿下。レングラー帝国の皇帝というのは、何歳なのだ?」

「三十二歳になられますね」


 そのとき、凪は思わずシークヴァルトの横顔を見てしまった。今後の展開が、ものすごく予想できてしまったもので。

 直後、エステファニアが両手で頬を覆って叫んだ。


「レングラー帝国の皇帝は、幼女趣味なのか!? ちょっと待て! それはさすがに、レングラー帝国の聖女さまがお気の毒過ぎるだろう!?」

(うん、ニア。わたしもはじめて聞いたとき、まったく同じことを思ったよ……)


 血縁上は、間違いなくレングラー帝国皇帝の実弟であるシークヴァルトが、虚無の眼差しでどこか遠いところを見ている。現実逃避だろうか。気持ちはわかる。

 ものすごく微妙な空気が流れる中、エステファニアは眉間に皺を寄せて真顔で呟く。


「そうか……我が国のへっぽこ陛下は、へっぽこだが幼女趣味ではないだけ、まだマシだったのだな……。世の中、下には下がいるということか……」


 そんな彼女に、妙ににこやかな表情を浮かべたオスワルドが言う。


「エステファニアさま。たしかに、レングラー帝国皇帝の女性のご趣味や、貴国の国王陛下のひととなりについて、少々気になるところではございますが……」

(あ。やっぱりオスワルド殿下も、レングラー帝国の皇帝が本当に幼女趣味なのかどうか、気になってたんだ)


 隣国のトップが、冗談抜きにヒトとして完全アウトなタイプであったなら、将来この国の王となる身としては、今後の付き合い方を真剣に考えたくなるに違いない。凪とて、もし本当に隣国の皇帝が十二歳の幼女に発情するような、真性の変態であったなら――知り合ったばかりの大型魔獣に頼んででも、全力で殲滅したくなってしまうかもしれない。

 王子さまも大変だなあ、とつい憐憫の眼差しをオスワルドに向けてしまったが、彼は冷静で有能な王子さまだった。


「現在、我が国の広報を担当する者たちが草案を作成している、あなたから出していただく公式声明文につきまして、ご確認させていただきたい点がいくつかあるのです。もしよろしければ、これからザインどのたちとともに我が王宮へいらしていただけませんか?」

「う、うむ。構わんぞ」


 よほど、レングラー帝国皇帝の幼女趣味疑惑が衝撃的だったのだろうか。どこかぎこちなく頷いたエステファニアの背後で、ザインとイザークがシークヴァルトに気の毒そうな視線を向けていたことには、とりあえず気付かなかったことにした。

 オスワルドとエステファニアたちが王宮へ去っていくのを見送り、凪はひとつ息を吐いてシークヴァルトに問う。


「そういえば、シークヴァルトさん、エリアスとステラのことについて、何か聞いてる? できれば、今日の放課後にでもふたりの様子を見に行きたいんだけど……」


 我が身に関する心配事がひとまず解消したためなのか、昔馴染みの安否が急に気になってきてしまった。

 エリアスの怪我と汚染痕ポリュシオンについては凪自身がすべてきれいにしたけれど、ステラに関しては凪が気絶してしまっていたために、その姿すら確認できていないのだ。

 ステラの汚染痕はエステファニアが消してくれたというし、かなりひどかったという怪我のほうも、ライニールが手配してくれた治癒魔術師が癒してくれたと聞いている。

 しかし、あのふたりが置かれていた環境は、少し聞いただけでもあまりに悲惨なものだった。たとえ魔術の効果で体が元気になったとしても、心のほうはそう簡単にはいかないだろう。

 今更ながら不安になった凪に、シークヴァルトが軽く眉根を寄せて答える。


「少なくともオレのほうに、あの少女が目覚めたという報告は来ていない。重傷状態で治癒魔術を受けると、体力をひどく消耗するのが普通だからな。とはいえ、魔力の状態は安定しているようだし、たぶん今日か明日には目を覚ますと思うぞ」

「え、そうなの? 東の砦でわたしが治したエイドラム団長さんって、めちゃくちゃ元気に復活してなかった?」


 初対面のときに、第三騎士団の団長エイドラムから向けられた、少年漫画の主人公のようなピッカピカの笑顔を思い出す。あのときの彼は、自己申告通りにとっても気力体力の溢れる状態で復活をしていたはずだ。

 不思議に思った凪に、シークヴァルトが苦笑する。


「おまえの治癒魔術を受けると、そうなるみたいだな。だが、通常の治癒魔術を受けた重症患者は、たとえ傷が完治しても、しばらくはまともに動くことも難しいんだ」

「そうなんだ……。じゃあ、わたしが改めてステラに治癒魔術を使ったら、すぐに元気になって目を覚ましたりするのかな?」


 シークヴァルトが、首を捻った。


「どうだろうな。体のほうは完治しているわけだから、すでに治癒魔術が必要な状態ではないわけだし……。まあ、なんにせよやめておけ。治癒魔術の使いすぎは、術者にとっても患者にとってもいいものじゃないからな。あの少女自身の回復力に任せて、自然に目を覚ますのを待ったほうがいい」

「そっか……。うん、わかった」


 しょんぼりと頷いた凪の頭を、シークヴァルトがぽんぽんと撫でる。


「酷い目に遭った昔馴染みに、何かしてやりたいのはわかるけどな。今日の授業が終わったら、レディントン・コートへ連れていってやる。たぶんエリアスとは、普通に話ができると思うぞ」

「うん! ありがとう!」


 そうしてその日の放課後、凪は元の姿に戻ったシークヴァルトとともに、エリアスとステラが収容されている魔導騎士団の拠点、レディントン・コートへ赴いた。

 この世界で『目覚めた』とき、最初に世話になった屋敷であるため、凪にとってはとても親しみ深い場所である。ゲートを抜けると、周囲に広がる景色になんだか懐かしささえ感じてしまう。

 深呼吸をしていると、ちょうど訓練場へ行くところだったらしいソレイユとセイアッドが声をかけてきた。


「あ、ナギちゃんもこっちに来たんだー! えっと、ステラさんのほうはまだ寝てるけど、エリアスさんはちゃんとご飯も食べてるし、すっかり元気になってるよ!」

「とは言っても、エリアスさんはずっとステラさんのそばに付きっぱなしだけどな。まあ、ステラさんの顔色もだいぶよくなってきているそうだし、あまり心配はいらないと思う」


 相変わらず元気いっぱいのソレイユと、淡々と無表情なセイアッドは、赤ん坊の頃から一緒に育っているだけあって、会話の呼吸がぴったりだ。そんな彼らを見るたび、ほっこりとした気分になる凪は、笑って答えた。


「ありがとう。ふたりはこれから訓練? がんばってね」

「うん! 今はねえ、セイアッドと防御フィールドを同調させる特訓中なんだ。上手くできるようになれば、かなり頑丈なフィールドが作れると思う!」

「強度が上がったら、次は展開速度の向上だな。できるだけ早く、ものにするつもりだ」


 そんな会話をしてふたりが訓練場に向かっていくの見送ると、シークヴァルトが笑い含みの声で言う。


「防御フィールドの二重展開ならともかく、同調させて強度を上げるなんてのは、相当お互いの息が合っていなきゃ難しいはずなんだが……。あいつらなら、本当に実戦投入できるレベルにまで仕上げてきそうだな」

「ふたりがしているのって、そんなに難しいことなの?」


 驚いた凪に、シークヴァルトは軽く腕組みをした。


「そうだな。フィールドを展開させる座標を完全に同調させるのがまず面倒だし、互いの魔力が反発したらあっという間に術が崩壊して終わりだ。普通なら、まずやってみようとも思わんことだが……」


 一度言葉を切り、楽しげに笑みを深めたシークヴァルトが頷く。


「もし魔力の全開状態で成功できたら、あいつらふたりだけでも、暴走した大型魔獣だって抑えこめるようになるかもしれねえなあ」

「……そういう物騒なお話は、ふたりが成人してからにしておいてね」


 職業柄仕方がないことなのかもしれないけれど、どうにも魔導騎士団の面々は発想がバイオレンスな方向に行きがちだ。防御フィールドは何かを守るための魔術なのだから、彼らにとって大切なものを守っていれば、それでいいと思う。

 それから他愛ない話をしながら向かったのは、この屋敷の主であるアイザックの執務室だ。開け放たれたままだった扉をシークヴァルトが軽くノックすると、書類に目を通していたアイザックが顔を上げた。前もってこちらの来訪を通達していたためだろう、特に驚いた様子もなく、柔らかな笑みを浮かべた彼が立ち上がる。


「やあ、ナギ嬢。シークヴァルト。今日は、少々驚かされた一日だったね。まさか、聖女さまがふたりも存在確認されるとは思わなかったよ」


 朗らかな彼の言葉に、凪はウィルヘルミナとディアナの姿を思い出し――。


「……ハイ。おふたりとも、とても立派なご様子で驚きました」


 忘れかけていたコンプレックスを、再びちくちく刺激されてしまった。つい目を伏せてしょんぼりした凪に、シークヴァルトが訝しげに声をかけてくる。


「ナギ? どうかしたか?」

「……イエ、なんでもないです。ただ、あのお二方と比べて、まともに『聖歌』を歌えない自分のへっぽこ具合に、改めてどんよりしているだけです」


 ここにいるふたりは、聖女としての凪の残念っぷりを熟知しているメンツであるため、遠慮なく愚痴らせてもらう。

 は、と声を零した彼らに、凪はぐっと両手を握りしめて早口で言う。


「だってだって……っ、ディアナさんはものすごくまっとうなというか、清楚可憐で正当派の聖女さまな感じがしますし! ウィルヘルミナさんなんて、めちゃくちゃカッコよくて強くて賢くて堂々としてらして、おまけに『聖歌』じゃなくてもちゃんと聖女さまとしてのお仕事もできるらしいですし! あんなにパーフェクトな方々と並んで、同じく聖女名乗りをするとか、想像しただけでものすごく恥ずかしくなるレベルなんですが!」


 彼女の魂の叫びに、しばしの間沈黙が落ちた。

 自分でも子どもじみた癇癪だとわかっているが、凪は立派な未成年なので子どもっぽくても仕方がない。こういったストレスはひとりで溜めこむよりも、信頼できる大人たちにぶちまけてしまうほうが、精神衛生上よろしい気がするのだ。

 ややあって、シークヴァルトがぽつりと口を開いた。


「……おまえは、可愛いぞ?」

「……へぁい?」


 あまりに想定外な言葉に、間の抜けた声を零した凪に、シークヴァルトが真顔で続ける。


「だから、おまえはオレたち基準で、世界一可愛い聖女だから大丈夫だ」

「~~っ、何が大丈夫なのか、全然さっぱりまったくわかりませんのですがーっ!?」


 瞬間的に茹でダコになった凪が裏返った声で叫んだのと同時に、アイザックがくっくっと肩を揺らして笑い出した。軽く片手を上げ、笑み崩れた顔で彼は言う。


「いや……すまない、ナギ嬢。そうだね。あのおふたりは、たしかにとてもご立派な方々のように拝見したが……。我々は、きみが我が国の聖女で本当によかったと思っているよ」


 アイザックの低く落ち着いた声が、さまざまな感情でぐちゃぐちゃになった凪の心に、柔らかく触れてくる。


「きみはいつだって、そのときの自分にできることを、精一杯やろうとしてくれるだろう? 我々は――私は、そんなきみの生き方を尊いと感じる。そして、そんなきみが我が国の聖女であることを、心から誇らしく思っているんだ」


 だから、とアイザックは続けて言った。


「無闇に自分を卑下するのは、やめなさい。きみに足りないものがあるのなら、それを補うために我々がいる。今後、聖女という立場の重さに、耐えられない気持ちになることもあるだろう。そんなときは、とりあえずこう思っておくといい」


 ちらりとシークヴァルトを見たアイザックが、珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「――何があろうと、自分はこの国基準で世界一可愛い聖女だから大丈夫だ、と」

「うわあぁああん! アイザックさんがいじめるーっ!」


 真っ赤になった顔を両手で覆って嘆く凪に、シークヴァルトが不思議そうに問うてきた。


「どこがいじめなんだ? 団長は、正しいことしか言っていないだろう」

「諸悪の根源は、黙っていてくださいぃ……」


 今まであまりそんなふうに感じたことはなかったけれど、シークヴァルトはたまに語彙力がものすごく貧困になるらしい。アイザックはあれほど紳士的な励ましをくれたというのに、そういった言葉選びをサボって『可愛い』の一言で済ませてしまうのは、心の底からどうかと思う。

 とはいえ、よその国の立派な聖女たちと自分を比べても、何もいいことはないということだけはよくわかった。凪が卑屈になってひとりうじうじと悩んだところで、誰も幸せになるはずもないのだから、悩むだけ無駄というものである。


(しかし、今この国には聖女がふたりもいるっていうのに、それがへっぽこなわたしと魔獣オタクなニアのイロモノコンビとは……)


 ぺちぺちといまだに熱い頬を両手で叩きながら凪がそんなことを思ったとき、ただの壁だと思っていた場所が淡く輝きはじめた。驚いてそちらを見ると、そこに大画面の映像が映し出される。どうやら、情報検索魔導ネットワークの配信映像のようだ。

 もしや、と思った瞬間、そこに映ったのはやはりオスワルドの姿だった。王家の礼装と思われる美麗ながら落ち着いた印象の衣装に身を包んだ彼は、いつもより二割増しで立派な王子さまに見える。


(カッコいいです! 実にカッコいいですよ、オスワルド殿下!)


 兄と同じ顔をした王子さまの姿に凪が全力で萌えていると、彼はゆっくりと穏やかな口調で話しはじめた。


『聖女に関する大陸条約加盟国のみなさま。私はルジェンダ王国王太子、オスワルド・フレイ・ユーグ・ルジェンダ。本日は、我が国にスパーダ王国の聖女、エステファニア・ナダルさまをお迎えした旨をご報告いたしたく、こうしてみなさまのお時間をいただいております』


 初っ端からズバンと本題を言ってのけたオスワルドは、一呼吸置いて先を続ける。


『昨年、我が国において聖女を騙る女性が現れ、それによってみなさまに大きな失望を与えてしまったことを、いまだご記憶の方々も多いでしょう。そのような我が国に、なぜスパーダ王国の聖女さまをお迎えすることになったのか――。その理由と経緯について、エステファニアさまご本人よりご説明がございます。どうぞ、ご静聴ください。スパーダ王国の聖女、エステファニア・ナダルさまのお言葉です』


 そんなオスワルドの言葉とともに、映像が切り替わる。

 次いで現れたのは、画面中央に背筋を伸ばして立つエステファニアの姿だった。スパーダ王国の盛装なのであろう華やかな民族衣装に身を包み、エキゾチックな化粧を施した彼女は、まるで見知らぬ少女のようだ。

 エステファニアの背後中央にはスパーダ王国の国旗が、その左右にはルジェンダ王国とウエルタ王国の国旗が掲げられていた。ゆったりとした仕草で一礼した彼女が、いつもとはまるで違う大人びた口調で語り出す。


『聖女に関する大陸条約加盟国の方々、お初にお目にかかる。妾はスパーダ王国の聖女、エステファニア・ナダルと申す者。このたび、妾が聖女としての務めを果たすに当たり、ルジェンダ王国及びウエルタ王国の助力を得られることになった由、ここにご報告させていただく』

(ワァ……。猫被りの猫が、超特大のお猫さまだ……)


 素の彼女の姿を知っているだけに、凪は思わず両手を握りしめた。内心、『ガンバレ、ガンバレ』とエステファニアを応援しつつ、彼女の声明の続きを待つ。


『ご存じの通り、我がスパーダ王国はルバルカバ砂漠により他国と隔絶している。また、妾はスパーダ王国で生まれたはじめての聖女ゆえ、我が国には聖女の派遣事業に関する知識も経験も皆無だった。よって、妾が他国で聖女として働くために我が国王陛下が頼ったのが、以前より妾の個人的な護衛として働いてくれていた、アシェラ傭兵団だ』

(あ。ここは、引きこもりぎみのへっぽこだという噂の、スパーダ国王さまの顔を立てる感じにしたんだね)


 エステファニアは、落ち着いた口調で続ける。


『アシェラ傭兵団は、この大陸全土に拠点を置く組織。とはいえ、聖女の派遣という煩雑な事業を担うとなると、いまだ若い組織である彼らには荷が重い。そこでアシェラ傭兵団の団長どのが知見を求めたのが、彼の祖国であるルジェンダ王国だったのだ』


 そこで一呼吸置いた彼女は、少しだけ困った表情を浮かべて首を傾げた。


『このご縁を、不思議に思う方々も多いやもしれぬ。ただ、この件については妾の口から語るべきではないゆえ、まずは妾の今後の活動方針について、説明させていただきたい。――大陸全土のバランスを考え、今後妾の拠点はルジェンダ王国と親交が深い、南のウエルタ王国に置かせていただく。とはいえ、この件についてはウエルタ王国側においてもあまりに急な話であったため、妾の住まいを整えるまでの数ヶ月間は、ここルジェンダ王国の王立魔導学園に滞在することになっている』


 よって、とエステファニアは言う。


『妾の派遣を希望する方々は、すでに設置が完了しているルジェンダ王国の専門部署のほうへ、その旨をお伝えいただきたい。そちらでの交渉が完了次第、妾はスパーダ王国の聖女として勤めを果たさせていただく。ただし――』


 エステファニアの表情が、すっと冷ややかなものに変わった。


『妾は、妾と同じ聖女であるディアナさまを侮辱した者たちを、心の底から嫌悪する。ミロスラヴァ王国からの派遣要請を、妾が優先的に受けることはないと思ってもらおう』

(おう……。やっぱり、そうなったか)


 そりゃそうだよな、と凪が苦笑していると、小さく息を吐いたエステファニアがまっすぐに視線を向けてくる。


『とはいえ、ミロスラヴァ王国は古くから地脈の乱れの多い土地だと聞いている。そこで、ここからは妾からディアナさまへの私信となるのだが――。ディアナさま。もし、そなたの祖国に、そなたがほんの少しでも心を寄せた者がおり、その安否を憂う思いがあるのであれば、妾にその者たちの住まう街の名を知らせてほしい。ミロスラヴァ王国は、今後妾の拠点となるウエルタ王国よりほど近い国。その街に壊滅的な被害が生じそうな場合には、すぐに妾の個人的な判断で動かせていただく』


 そう言い切った彼女は、ふっと表情を和らげた。


『まあ、ミロスラヴァ王国には、今後も妾の護衛として働いてくれるアシェラ傭兵団の拠点があるのでな。いずれにせよ、そちらからの救援要請があれば、すぐに動くつもりなのだ。あまり難しく考えることなく、気軽にご連絡いただければ嬉しく思う』


 最後にエステファニアは居住まいを正し、穏やかにほほえんだ。


『聖女に関する大陸条約加盟国の方々。このたびの大陸の危機に際し、当代最初に確認された聖女でありながら、これまでその勤めを正しく果たすことができずにいたこと、心よりお詫び申し上げる。これよりはルジェンダ王国、そしてウエルタ王国の協力のもと、スパーダ王国の聖女としてその名に恥じぬよう働かせていただくゆえ、どうかご寛恕いただきたい。――この大陸のすべての人々に、一日も早く安寧が訪れることを祈っている』


お知らせ


明日11月18日に、アルファポリスさまより拙作『追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる』が発売となります!

こちらは、有事には自ら最前線に飛んでいって敵をぶん殴るタイプの、若干バイオレンスで敵認定した相手には一切容赦しないお嬢さまが主人公となっております。

ニコイチの過保護ぎみな従者とともに、学園生活を楽しんでみたり、アニキな教師と出会って感動したり、はじめてのお買い物にわくわくしてみたり、箱入り王子さまと対決してみたりしておりますので、もしご興味をお持ちいただけた方がいらっしゃいましたら、ぜひ手に取ってみてやってくださいませ!

あ、作中に主人公の祖父が出てくるのですが、イラストにしていただいたところ、めちゃくちゃイケジジイでヤバかったです……。

もちろん、主人公たちも大変可愛くカッコよく描いていただけているのですが、あのイケジジイは本当に衝撃でした……。ジジイ萌え……。


それでは、本作『聖女さまは取り替え子』ともども、新作のほうもどうぞよろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
エステファニア様、お強い! 自分の価値が良くわかっていて、それを武器としてるとこなんか、格好良い。  オメーら、私のお気に入りイジメたんだって! んじゃ、やり返されても文句言えねーよな! ってな感じ?…
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