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聖女さまのおうちは、確保するのが大変です。

お久しぶりの投稿になってしまい、申し訳ありません!

 凪がのんきにそんなことを考えていると、それまで黙っていたリディアがぽつりと呟いた。


「ウチの国って……あの聖女さまの獲得に、手を上げるのかなあ?」


 へ、と目を丸くした凪が振り向くと、マリアンジェラも難しい顔をして口を開いた。


「どうでしょう。我がルジェンダ王国は、大陸の中でも三本の指に入るほど裕福な国ですけれど……。なんと言っても、一度ニセモノの聖女を認めてしまった国ですし。本物の聖女さま方にとっては、なかなか信用できない国になってしまっているのではないかしら」


 ブリジットが、珍しくしょんぼりした様子で力なく笑う。


「んー。ものすごく残念だけど、マリアンジェラの言う通りかもー。それに、最後の聖女さまが大陸北方のどこかにいらっしゃるのは、間違いないっぽいもんねー。南のスパーダ王国の聖女さまは、相変わらず国外に出てくる様子もないしー、大陸全体のバランスを考えたら、なんだかんだ言っても南方の国から選ばれるんじゃないかなー?」


 リディアが、切なげにため息を吐く。


「そっかあ。最後の聖女さまがいらっしゃる国が、せめてこの国といい関係を築いている国ならいいんだけど……」


 そんな彼女に、マリアンジェラが眉を下げて言う。


「本当に。あのニセモノ聖女のせいで、この国は聖女さまに関する事柄について、かなり発言権が落ちていそうですもの。そのうち地脈の乱れがひどくなってきたらと思うと、やはり少々怖いですわね」


 むー、とブリジットが眉根を寄せる。


「ニセモノ聖女が、どうやって神殿の聖女認定審査までクリアしたのかはわからないけどー。ホント、とんでもない上げて落とすをしてくれちゃったよねー。今はまだ調査中なのかもだけど、さっさと裁判でもなんでもして、いろいろハッキリさせてほしいなー。じゃないと、ずーっとモヤモヤしたまんまだもん」

(はわわ、はわわわわわわわわわ)


 なんということだろう。

 たしかに考えてみれば、何も知らない人々にとってこのルジェンダ王国は、いまだ『ニセモノ聖女をホンモノ認定してしまった残念な国』なのである。その認識は、自国の民であろうと変わらない。

 そして、凪という自国の聖女の存在を知らないルジェンダ王国の人々にとって、自分たちの今後に対する不安というのは、とても大きなものなのだろう。

 隣国レングラー帝国の聖女は、その十二歳という若年ゆえか、いまだ国外への派遣要請を受けたことがないと聞く。何より、元皇弟であるシークヴァルトの亡命を受け入れたこの国への、レングラー帝国皇帝の心証は最悪であるに違いない。それを知っているこの国の者たちにとって、レングラー帝国の聖女はよほどのことがない限り、派遣を望むことができない存在だ。

 また、エステファニアの出奔が公表されていない以上、彼女に対して派遣の希望を持つことも難しい。彼女の祖国であるスパーダ王国の閉鎖性は、この大陸ではよく知られた話である。

 ウィルヘルミナを擁するトゥイマラ王国は比較的ご近所だけれど、今後あの国には近隣諸国から次々に聖女の派遣要請が舞い込むはずだ。そのとき、どの国から優先して聖女を派遣するかは、トゥイマラ王国の意向ひとつに掛かっている。

 今後、ディアナがどこの国の所属になったとしても、それは同じ。

 結局のところ、自国に聖女がいない国にとって、地脈の乱れが完全に収束するまでは、心から安心できる日などこないのだ。


(いや、スパーダ王国の聖女さまは、もう少しでこの学園に留学してくるんですけども! そしたら少しは、みんな安心――いやでも、そもそもこの国の聖女であるわたしが『我、聖女ぞ?』宣言をすれば済む話なわけでね!?)


 今まで意識したことがなかった、身近な人々の中にある聖女という存在の重さを目の当たりにした凪は、思いきりパニックを起こした。そして、「うにゃああああああっ!?」と全力で叫び出しそうになったとき――。


「……落ち着け、ナギ」


 突然、視界を塞がれた。

 シークヴァルトの声と体温に、張り詰めていた体から力が抜ける。へふぅ、と椅子にへたりこんだ凪の目を片手で塞いだまま、シークヴァルトが言う。


「さっきから、魔力が不安定過ぎる。少し、医療棟で休ませてもらえ」


 有無を言わさない口調に凪が答えるより先に、マリアンジェラの戸惑う声がした。


「あの……ヴァルさま?」

「……オレは、人より少し魔力感知が得意なんだ。コイツは、血筋から言えば王妃殿下の姪っ子だろう。潜在魔力量も相当のものだし、万が一暴走でもされたら、普通にこの建物くらいは吹っ飛ぶぞ」

(あ、ひどい)


 いくらなんでもそこまで言うことはないだろう、と凪が情けなく思ったとき、友人たちが三人揃って「あ」と短く声を零す。


「あら……いえ、ナギが王妃殿下の姪に当たることを、忘れていたわけではないのですけれど。いやですわ、そんな大切なことを忘れるわけがないではありませんか。ただその、ホラ、ナギが事あるごとにシェリンガム男爵さまの格好よさを力説するものですから……」


 それは、ライニールが常に年中無休でカッコいいのだから仕方がない。

 どこかぎこちないマリアンジェラの言葉に、そうそう、とリディアが続く。


「なんか、ナギのご家族イコール、シェリンガム男爵さま。以上! みたいになっちゃってたんだよね」


 ブリジットが、ぼそりと言う。


「グレゴリーさまは……んー。それこそ血筋で言うならナギナギのお兄さま、なんだろうけどー。ナギナギと一緒になって、『理想のお兄さま』なシェリンガム男爵さまを、全力でお慕いしている印象が強すぎるんだよねー」


 ……それは友人たちの前で、たびたびグレゴリーと『わたしたちのお兄さま、超絶カッコいい!』トークを繰り広げていたのがいけなかったのだろうか。

 なんだかよくわからないけれど、妙に気まずそうな様子の彼女たちに、シークヴァルトが小さく苦笑する気配がした。


「まあ、いいさ。とにかく、コイツは少し休ませてくる。悪いが、プレートの片付けを任せてもいいか?」


 この学食では、食事のプレートは各自で返却口まで戻すことになっている。凪は、慌てて自分の目を塞いでいるシークヴァルトの手を、べりっと剥がした。


「いや、それくらい自分で――」

「却下だ。今すぐ自分で歩いて医療棟へ向かうのと、オレに抱えられていくの、どっちがいい?」


 真顔でそんなことを問われ、凪は即座にビシッと敬礼する。非常時ならばともかく、この学園という場でお姫さま抱っこなどされては、さすがに恥ずかしさのあまり心臓が殉死してしまいかねない。


「ハイ、自分で歩きます! ……ごめんなさい、プレートの返却をお願いしてもいいですか?」


 後半は友人たちに向けて言うと、三人は揃って面白いものを見る目でこちらを見ていた。

 それからくすくすと笑って、彼女たちが次々に言う。


「もちろん、構いませんわよ。こちらこそ、あなたの不調に気付いて差し上げられなくてごめんなさいね」

「うん。ゆっくり休んでくるといいよ」

「午後の授業をお休みするなら、ノートはちゃんと取っておくから大丈夫だよー」


 三人三様の言葉に礼を返し、凪はシークヴァルトと連れだって医療棟へ向かうはずだったのだが――。


「ナギ、こっちだ」

「へ?」


 食堂の喧噪が遠ざかるなり、シークヴァルトが進路を変える。そうしてわけもわからないまま連れていかれたのは、教員棟の奥にある応接室だ。

 身分ある賓客を迎えることもあるというその部屋は、入り口からして豪華絢爛かつ重厚な気配が漂っている。シークヴァルトは、そのぴかぴかのノッカーを鳴らすことなく扉を開いた。

 そこに勢揃いしていた人々の顔ぶれに、凪は目を丸くする。


(えっと……。オスワルド殿下はともかくとして、なんでザイン伯父さまとニアとイザークさんまで?)


 困惑する凪の背中に軽く手を添えたシークヴァルトに促されて入室し、彼が後ろ手に扉を閉めるなり、エステファニアが楽しげに口を開いた。


「ナギ! なんだか愉快なことになったものだな! 今朝からたった数時間の間にふたりの聖女が現れるとは、まったく驚きだったぞ!」

「あ……はあ。そうですね?」


 愉快かどうかはともかく、驚きだったという点ではまったくの同意だったので、素直に頷く。

 そんな凪に、軽く片手を上げたオスワルドが言う。


「ナギ嬢、突然すまなかったね。いや、実はつい一時間ほど前から、お三方をこちらにお招きして、昼食がてら今後についての話し合いをさせていただいていたのだけれど……」

「まあ、そうだったのですか」


 この豪奢極まりない応接室での昼食会となると、さぞ立派な食事が供されたに違いない。

 ものすごく複雑そうな表情を浮かべ、オスワルドは軽く頬を掻いた。


「トゥイマラ王国の聖女さまが確認された、というだけならともかくね。所属国なき聖女さまが現れたとなると、今後大陸中が彼女の身柄を巡って、熾烈な獲得競争をはじめるようになるだろう? そうなると、我が国は非常に難しい立場になってしまうんだよね」

「……はい。わたしの友人たちも、今後のことを不安に思っていると言っていました」


 ザインとイザークに会釈してからそう答えると、それだけで友人たちが口にしていた不安の内容を察したのだろう。一瞬、ひどく申し訳なさそうな顔になったオスワルドが、ため息まじりの声で言う。


「我が国にはきみがいる以上、もちろんディアナさまの獲得競争に参加するつもりはない。だが、はじめからまったく手を上げないとなると、何も知らない国民たちは、一層今後の不安を感じてしまうだろう。――だからね?」


 そこでオスワルドは、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。眩しい。


「きみが我が国の聖女だと公表するまでの間、エステファニアさまがこの学園を拠点として、聖女派遣事業に参加されることになったんだ。この件については、スパーダ王国の承認が下り次第、こちらから公表することになっている。きみは安心して、今まで通りの学園生活を送ってくれて大丈夫だよ!」

「………………へぁい?」


 思わず間の抜けた声を零した凪に、エステファニアがえっへんと胸を張る。


「そうだぞ、ナギ。いや、元々そういう方向で話が進んでいたのだがな。大陸全体のバランスを考えた結果、地脈の乱れが収束するまで、妾の住まいとするのはウエルタ王国にあるアシェラ傭兵団の拠点である屋敷になったのだ。妾の祖国とも、その点についてはすでに同意が取れている。だが、一から警備システムやら居住性やらを見直すとなると、こちらの団長どの曰く、どう少なく見積もっても数ヶ月はかかるということでな……」


 ウエルタ王国というと、昨日訪れたスパーダ王国の隣国か。

 エステファニアの視線を受け、ザインが小さく笑って言う。


「何しろ、今まで男所帯だった場所なものでね。そこに聖女さまをお迎えするとなると、さすがにいろいろな準備が必要になってしまったんだよ。女性の使用人に関しては、スパーダ王国側が手配してくれることになったのだけれど……。ウエルタ王国側との折衝もあるし、なかなか話を進めにくい部分もあるんだ」

「お、お疲れさまです?」


 たしかに、現在凪自身が暮らしている屋敷も、そのためにわざわざ丸ごと買い上げた物件だと聞いている。インテリアも可愛らしいものが多く揃えられていて、入居当初から、十代の少女がストレスなく過ごせるようにという配慮を随所に感じた。

 同時にそこには、魔導騎士団の面々が日々ハードな訓練を重ねるためのスペースも完備している。防衛システムについても、王宮に準じるレベルのものが、しっかり構築されていると聞いた。

 それらすべてを短期間で終えられたのは、やはり『自国の聖女』への対応だったからだろう。王室が主導するのであれば、ゲートを設置するのも最速で可能だろうし、煩わしいお役所仕事も最小限で済んだに違いない。

 一方、それを聖女の所属国ではない国で実行するとなると、凪には想像もできないほど面倒な手続きが必要となるのだろう。ライニールだっていやがりそうだ。

 そこでエステファニアが、むう、と顔をしかめてぼやく。


「妾は、アシェラ傭兵団の団員たちが従魔としている魔獣たちを護衛として付けてくれるなら、それ以上の贅沢は不要だと言ったのだぞ。なのに、そんな妾のささやかな要望は、あっさり却下されてしまったのだ。ひどいと思わんか?」

「お言葉ですが、エステファニアさま。鼻息を荒くしたあなたに四六時中いじり倒されてしまっては、従魔の索敵能力が低下してしまいかねません。それは本末転倒というものですし、何より我々の従魔に余計なストレスを与えないでくださいませ」


 まるで条件反射のようにエステファニアをたしなめたイザークに、シークヴァルトが「へえ?」と呟き意外そうな視線を向ける。

 それを感じてか、イザークがこちらに軽く会釈をして言った。


「失礼いたしました。先ほどエステファニアさまの父君――スパーダ王国王兄殿下より、自分からエステファニアさまへの諫言については、どのようなものでも無礼を咎めることはない、とのお言葉をいただいておりましたもので……」

「ああ、なるほど。いや、こちらもナギに対しては同じようなものなので、どうぞご自由になさってください。……その、イザークどののご苦労及びご心労、心からお察しいたします。あまり、お疲れの出ませんように」


 シークヴァルトの労いに、イザークが僅かに目を瞠る。そして、ぐっと拳を握りしめた彼は、感極まった様子で口を開いた。


「あ……ありがとうございます……!」


 イザークの目が、うるうるしている。そんな彼に、シークヴァルトが続けて言う。


「……イザークどの。今後何かあったときには、そうでなくても何か吐き出したいことがあったときなどには、いつでも我々にご相談ください。これからは、同じく聖女さまの護衛を担う者同士、お互いに助け合って参りましょう」

「はい……よろしくお願い、いたします」


 今は十五歳の姿をしたシークヴァルトの言葉に、イザークが拳をぎゅっと握って一礼した。どうやら、感動しているらしい。


(……そりゃあ、聖女の護衛ってものすごく大変なお仕事なんだろうけども。なんだろう。この、シークヴァルトさんとイザークさんの間に流れる連帯感が、そういうのとはなんかチョットチガウ感じがするのは)


 何はともあれ、エステファニアが当面の拠点をこの学園とするのであれば、この国の人々が抱えている聖女不在の不安は解消されることだろう。

 それは、凪としては大変嬉しいことでもあるのだけれど、だからといって自分が周囲を欺いているという罪悪感が、完全にゼロになるわけではない。自分の自由な時間を確保したいばかりに、エステファニアを利用するような形になるのも、なんだか気になる。

 モヤモヤした気分になった凪が俯いていると、そんな彼女にザインが言った。


「ナギ。我々からひとつ、きみにお願いしたいことがあるんだが、話を聞いてもらってもいいだろうか?」

「え? あ、はい! なんでしょうか?」


 ぱっと顔を上げると、にこりとほほえんだザインが穏やかな声で問う。


「きみは昨日、ウエルタ王国で発生したスタンピードを鎮静化させてくれたね。だが、きみはいまだその存在を公表されていない聖女だろう。そこで、少々卑怯なやり方だというのはわかっているのだけれど、昨日のスタンピードを鎮静化させたのは、単独であの地を訪れたエステファニアさまだった、と公表しても構わないかな?」

「はあ。それは全然、構いませんけど……」


 ただ、その意図がわからない。困惑して首傾げた彼女に、ザインは言った。


「昨日のスタンピードを鎮めたのが、隣国ウエルタで生じた悲劇を放っておけなかったエステファニアさまだった。そして、その際彼女が頼ったのが、元々縁のある我々アシェラ傭兵団だった――。そういうことにしておけば、こちらとしてはかなりウエルタ王国との交渉がしやすくなる。きみの功績を奪う形になってしまうけれど、それはエステファニアさまが、きみの自由な時間を確保してくださったことの対価だと思ってくれるとありがたいんだが。……どうだろう?」

「ザイン伯父さま……」


 凪は、泣きたくなった。

 おそらくザインは、凪が抱えている葛藤を見透かした上で、それを少しでも軽くしようとしてこんな言い方をしてくれている。


「ありがとう、ございます。どうぞ、そのようにしてください」


 震えそうになる声でどうにか言うと、ザインが少し困った顔になった。


「いや。私としても、きみには少しでも長い時間をかけて、こちらの学園で学んでほしいと思っているんだ。きみは、魔力のコントロールがまだまだ不安定なのだろう? きみ自身を守るためにも、魔力のコントロールをきちんと基礎から学ぶのは、とても大切なことだからね」

「……ハイ」


 なんだか、思いきり危険物扱いをされている気がする。

 凪は、ザインにとっては極力可愛い姪っ子でありたいと思っていたのだが、これはもしかしたらそれ以前の問題なのだろうか。

 若干の不安を覚えた彼女に、オスワルドが言う。


「ナギ嬢。エステファニアさまの件を公表する際には、アシェラ傭兵団団長であるザインどのときみたちの関係も公表することになっている。我が王室から、十六年前の件について正式にザインどのに謝罪した上で、我が国がスパーダ王国とアシェラ傭兵団、そしてウエルタ王国との仲介役となることを告知すれば、国民の不安もだいぶ和らぐと思うんだ」

「そうなんですね。……えぇと、いろいろとお気遣いいただいたみたいで、ありがとうございます」


 自国の聖女である凪が精神的に不安定になった途端、即その原因を排除してみせたオスワルドは、もしかしなくてもものすごく有能な人物なのだろうか。

 今まで彼のことを、ライニールと同じ顔をした気のいい王子さまとしか認識していなかった凪は、そこで浮かんだ素朴な疑問を彼に向けた。


「オスワルド殿下。なぜニアの新しい拠点となるのがウエルタ王国なんですか? 彼女の祖国であるスパーダ王国ではダメだったんでしょうか?」


 聖女は、そこに存在するだけである程度地脈の乱れを抑えているという。

 大陸の南方に聖女不在が続くのはよろしくない、というのであれば、スパーダ王国はそれこそ大陸の最南端に位置する国である。エステファニアだって、家族のいる祖国にいたほうが気楽であろうし、なぜわざわざ隣国を拠点と定めたのだろう。

 オスワルドが一度エステファニアを見てから、困ったように眉を下げる。


「うーん……。いろいろと、理由はあるんだけれどね」


 そんな彼より先に、エステファニアがあっさりと言う。


「まず第一の理由としては、スパーダ王国の内部事情というやつだな。妾を――聖女を娘に持つ王兄が、うっかり国王以上の権力を握ってしまうと、その……。極めて重度の愛妻家以外の人間には、全力でどん引きされる法律が乱立しかねんのだ……」


 最後はなぜかどんよりと肩を落とした彼女に、イザークが可哀相な子を見る目を向けているが、なんだかよくわからない。

 困惑する凪に、オスワルドが苦笑しながら口を開いた。


「その辺りの詳しいことは、あとでエステファニアさまから伺うといいよ。――そうだね。我々にとって一番のネックになったのは、実務的な問題というやつかな。何しろ、スパーダ王国は基本的に他国との交流をほとんどしない国だから、聖女の派遣業務をこなすのは少々荷が重いらしいんだよ。でも、それをうち一国だけでフォローするのも、さすがに辛いしねえ。それで、うちと古くから国交のあるウエルタ王国にエステファニアさまの件を打診したら、大喜びで受け入れてくれたんだ」


 うむ、とエステファニアが頷く。


「我が国は、元々地脈の乱れが非常に起こりにくい土地なのだ。聖女に関する大陸条約には加盟しているが、これまですべての世代の聖女派遣を後回しにされまくっても、まったく問題ない程度にはな」


 そうなのか、と驚く凪に、スパーダ王国の聖女は真顔で言う。


「だからこそ、今までずっと他国との交流をせずとも問題はなかったのだが……。さすがに、自国で聖女が生まれたとなると、そういうわけにもいかんだろう? 引きこもり体質の国王は元より、我が国の外交関連部署が冗談抜きにパニック状態になってしまってな。だから、ウエルタ王国でのスタンピードの一件がなくとも、近いうちに父上のほうから正式にアシェラ傭兵団に妾の受け入れを依頼する予定だったのだ」

「……引きこもり?」


 凪は思わず、首を傾げて復唱した。エステファニアが、くっと眉根を寄せる。


「ああ。我が国が他国との交流を拒絶している理由は……まあ、古くからの歴史を遡ればいろいろとあるのだがな。少なくとも、当代国王が外交を拒否しているのは、あのへっぽこ国王がビビリの上に極度の面倒くさがりで、おまけに思春期真っ盛りの乙女のように自意識過剰なオッサンであるせいだ。他国の王族と交流などして、場違いな田舎者とバカにされるのを想像しただけで、ベッドに潜りこんでしくしく泣きたくなるらしい」

(ええー)


 なんということだろう。

 そのとき凪は、一度も会ったことのないスパーダ国王に、ものすごく親近感を覚えてしまった。

書籍化にともない、一巻、二巻ともSSを三本書いています。


①リオ視点の高校生活ストーリー→各巻末収録

②聖女を取り巻く周囲の人々視点のストーリー→TOブックスさまウェブ短編

③凪のお兄ちゃん視点のストーリー→ペーパー短編


といった感じです。

楽しんでいただければ幸いです!

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