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聖女さまの保護者は、××オタクです。

 シークヴァルトは、ライニールに向けてぼそりと言う。


「あの聖女サマ、最初にここに現れたとき、ナイフを自分の首筋に突きつけてたぞ。スパーダ王国の連中を、自分の邪魔をしたら死んでやるって脅して、スタンピードを止めるために飛んできたんだと。で、その暴挙に巻きこまれたのが、昔から聖女の護衛をしていたイザークどのらしい」

「……それは最悪、アシェラ傭兵団がスパーダ王国から、聖女誘拐の嫌疑で訴えられるんじゃないか?」


 スパーダ王国は基本的に他国との交流を持たない国だが、聖女に関する大陸国際条約には加盟している。もし彼の国が、本当に聖女誘拐を国際社会に向けて訴えたなら――それは、大陸すべての国家がアシェラ傭兵団の敵となるということだ。

 シークヴァルトは、思わず憐憫の眼差しでイザークを見ながら頷いた。


「あー……。聖女サマの出奔当時のことを知っているのがスパーダ王国の連中だけなら、そうなってもおかしくねえよな。護衛の若いのが、世間知らずの聖女を誑かしたー、とかなんとかで」

「スパーダ王国で発生していた地脈の乱れが、今のところはすべて正常化されているとしても、今後また生じないという保証もない。おそらくスパーダ側は、これからどんな手を使ってでも彼女を連れ戻そうとするだろうな」


 そんなふたりのやりとりが聞こえていたのか、固まっていたイザークが拳を握りしめてぷるぷると震え出す。そして、くわっとこちらに噛みついてきた。


「ええ、ええ、その通りですよ! ぶっちゃけ、ただいまアシェラ傭兵団は自分の軽率な行動のせいで、存亡の危機に瀕しているかもしれないんですよ! ああぁああ、団長に合わせる顔がなさすぎる……」


 がっくりと、イザークが雪の中に膝を落とす。エステファニアが、そんな彼に不思議そうに問いかけた。


「聖女の心身の自由を害することは、何人たりとも許されないと教わったぞ。その聖女である妾が、紛れもない自分の意思でアシェラ傭兵団への入団を希望しているのだ。一体、何が問題だというんだ?」

「エステファニアさま。たとえ相手が聖女ではなくとも、正当な理由なく他人の心身の自由を害することは、何人たりとも断じて許されません。ですが、今のあなたさまは未成年の十六歳。いまだ保護者の庇護下にある年齢です。我がアシェラ傭兵団でも、孤児以外の未成年の入団には保護者の許可が必要となっています。あなたさまの父君であられる王兄殿下が、そのような許可を出してくださるとお思いですか?」


 真摯なイザークの問いかけに、エステファニアがきょとんと瞬きをしたかと思うと、自信たっぷりにぐっと親指を立てる。


「もちろんだ! というか、国王のところへ突撃する前に、父上にはしっかり報告、相談済みだぞ? 父上は、妾がこれからどこで何をしようと全力で応援するが、もしまたスパーダ国内で地脈の乱れが発生したときには、ちょっと帰ってきて助けてほしいなあ、とおっしゃっていた。そのぶん、仕送りは弾んでくださるし、もちろん面倒くさい国王の説得もしてくださると。ほれ、イザーク。わかったなら、さっさと妾をアシェラ傭兵団の本拠地へ連れていかぬか」

「……なんということでしょう。最強に親バカな上に、腐るほど権力と財力と武力を持った保護者のお陰で、聖女さまが手の施しようがないほどフリーダム」


 イザークが、再び死んだ魚のような目になって天を仰ぐ。そんな彼を見上げるエステファニアは、どうやら祖国に対してまったく未練がないらしい。彼女の父親であるスパーダの王兄も、話を聞く限り随分と豪胆な御仁のようだし、彼女は蝶よ花よと育てられた深窓の王家の姫ではなさそうだ。

 スパーダ王国の聖女の素性については、ルジェンダ王国の諜報機関にも、『スパーダ国王の異母兄のひとり娘である』という程度の情報しか入ってきていない。以前、シークヴァルトはその件に関する報告書に目を通したことがあるのだが――。


(たしか、スパーダの先代国王が若い頃に、大恋愛の末に迎えた側室の第一子が、聖女の父親なんだったか? 母親が男爵家の出だから王位継承権は無いも同然だったけど、今は王国軍の将軍を務めていて、国民からの支持率もかなり高めだとか。今のスパーダ国王は、血筋こそ文句の付けようがないが、特に武勇に優れているという話は聞かないし……。平時ならともかく、今みたいに地脈の乱れが起きている状況だと、将軍職で聖女を娘に持つ王兄のほうが、国民からのウケは圧倒的によさそうだな)


 なんだか少し考えただけでも、娘が聖女に認定された王兄派と現国王派の間で、ものすごく激しい火花が散っていてもおかしくない状況である。

 スパーダは古い伝統と歴史を持つ閉鎖的な国家であるため、普通ならば下級貴族出身の女性を母に持つ王兄が、王座に就くことはないだろう。だが、その娘が聖女であるとなれば、もしかしたら少々風向きが変わってくるかもしれない。

 ――正直なところを言うなら、ナギを一刻も早く安全な場所で休ませたいところだ。しかし今は、この大陸で唯一実戦投入可能な聖女の情報を、労せずして手に入れられる貴重な機会である。幸い、ナギはシークヴァルトの腕の中でぐっすり寝入っているようだし、もう少し成り行きを見守っていってもいいだろう。


(それにしても、ナギは相変わらず軽くてふにゃふにゃでいい匂いがするな。……もしやこれが、愛らしい小動物に懐かれると嬉しいアニマルセラピーというやつだろうか。なんだか、気分がほこほこするぞ)


 シークヴァルトが非常にほんわかとした気持ちで見つめる先で、エステファニアが小さくため息を吐いた。


「いいか、イザーク。妾は何も、単なるワガママや思いつきでこのようなことを言っているわけではないのだぞ。もし妾が今後もスパーダで暮らしていこうと思うなら、国王と父上との間で、いずれ大きな諍いが生じるだろう。そんな事態を未然に防ぐためにも、妾は今の内に国外へ出ねばならんのだ。……妾の父上は、断じてこれ以上無駄な権力を持たせてはいけない方だからな」


 やけに重々しい口調に、イザークが表情を改める。


「それは、どういう意味でございますか? エステファニアさま」


 慎重な声での問いかけに、エステファニアは真顔で応じた。


「父上は、重度の母上オタクなのだ」

「………………はい?」


 イザークが、ぎこちなく首を傾げる。


「父上の世界は、基本的に『母上とそれ以外』でできている。ちなみに、父上愛用の目覚まし時計は、超高音質で録音した母上の声が起こしてくれる、父上専用母上グッズの中のひとつだ。ちなみに設定次第で『おはようございます、世界一素敵な旦那さま』と優しく起こしてくれる恋する乙女バージョンから、『さっさと起きんか、このねぼすけ野郎のバカ亭主!』と罵ってくれるツンデレ姐御バージョンまで、実に百一のパターンがあるそうだぞ」

「オタク……グッズ? 申し訳ありません、エステファニアさま。情報量が多すぎて、ちょっと処理しきれません」


 若干目が虚ろになったイザークに、ふふ、とエステファニアが口元だけで笑って言う。


「賭けてもいい。万が一にも、父上がスパーダ王宮内で、国王に匹敵するほどの権力を握ってみろ。父上は間違いなく、夫婦が亡くなった際には、両者の遺骨を同じ骨壺に入れて埋葬できる法律を制定するぞ。以前、神殿の大祭司さまに、今の法律では本当にそれができないのかを、正式な文書で問い合わせていたからな」

「……大変申し訳ないのですが、殿下は正気ですか? 普通に、気持ちが悪いのですが」


 思わず、といったふうのイザークの問いかけに、エステファニアは淡々と答える。


「正気かどうかは定かではないが、父上は母上に関することについては、常に全力で本気だと思う」


 イザークが真顔で頷く。


「なるほど。それは、狂気を感じるレベルですね」

「うむ。残念ながら、まったく否定できる要素がない」


 そのときシークヴァルトは、今後何かの縁でエステファニアの父親と挨拶することがあったとしても、絶対にその奥方には近づくまい、と心に誓った。

 別に、彼ら夫妻の間にある愛情の重さに、全力ダッシュの勢いでどん引きしたからではない。ただ単に、己の生存本能に従った結果である。おそらくエステファニアの父親は、自分の妻に『性別・男』という存在が近づくだけで、めちゃくちゃ不機嫌になるタイプだ。愛妻家を拗らせた男ほど、扱いの面倒くさいものはない。


(それにしても、スパーダ王兄の奥方が、百一通りの目覚ましヴォイスを録音したってのは、なかなかすげえ根性だよな。……途中で、飽きなかったんだろうか)


 少なくとも、そんなキツめのミッションに付き合いきっている時点で、スパーダ王兄の妻が相当の根性と体力の持ち主であることは窺える。何より彼女は、話を聞いているだけでも『うひー』となりそうな、夫からの超重量級の愛情を受け止めているのだ。おそらく、相当懐の深い女性に違いあるまい。

 ひとつ咳払いをして、気を取り直したらしいエステファニアが、腕組みをして口を開く。


「母上のひとり娘である妾も、父上にとっては立派な庇護対象ではあるのだがな。何しろ、妾の身に何かあれば、母上が泣く。そして母上が泣けば、父上の胃に穴が空いて盛大に血を吐く羽目になる。だが、父上にとっての最優先は、常に迷いなく母上だ。そのため、妾のことを立派に守れる男ができたなら、妾の守りはそやつに任せる、と幼い頃から言われていたのだよ」

「さようでございますか……」


 イザークが、ものすごく適当に相づちを打つ。考えることが、面倒くさくなったのだろうか。気持ちはわかる。

 そんな彼に、エステファニアが嬉しそうに笑って言う。


「だから、これからはおまえという有能な傭兵が妾を守ることを伝えたら、父上は大層喜んでいらしたぞ」

「……え。あの、エステファニアさま? 過分な評価は大変恐縮なのですが、なんだか今までにないほど、ものすごくイヤな予感がするのですが」

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