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身体強化魔術の使い方

 思わず敬語でツッコんだあと、少しの間悩んだ凪は、非常に悶々としながら口を開いた。


「まあ……いくらここでぐだぐだ言ったところで、お母さんのお兄さん――わたしたちの伯父さん? は、異国の空の下なんだよね。伯父さんが、今この国で起きていることを正確に知る手段って、あるのかな?」


 ああ、とセレスが頷く。


「元マクファーレン公爵夫妻の醜聞は、もう大陸中に広まってる。レイラさまの兄君がどこの国で暮らしていようと、情報検索魔導ネットワークに接続できるなら、かなり細かい情報まで把握できるはずだぞ」

「そっかあ……」


 凪は、小さく息を吐いた。


「わたしだって、もし兄さんが好きでもない相手と無理矢理結婚させられた挙げ句、生まれた子どもごとポイ捨てされて死んじゃった、なんてことになったら――あ、無理。島流し程度じゃ全然ダメなやつだ。兄さんにひどいことをしたヤツら全員、寿命で死ぬまで毎日じわじわ少しずつ、生きたまま全身腐っていくくらいしてもらわないと、まるで納得できないやつだ」


 ほんの少し我が身に置き換えて想像しただけで、凪はヒトとして大切な何かをあっさり失いかける。そんな彼女に、冷や汗を滲ませたセレスがものすごく真剣な顔で言う。


「うん、そうだな。でも大丈夫だぞ、ナギ。うちの副団長にそんな無謀なことをできるやつは、この大陸のどこにもいないからな」


 そうそうそう、とルカが頷く。


「もしまかり間違って、どこかの勘違った自殺希望者が副団長に突撃してきたとしても、聖女であるきみの一言で簡単に駆逐できるから。そもそも、きみを不愉快にさせるような人間を、副団長がそばに寄せるとかあり得ないから」


 ふたりの言葉に、凪はなるほど、と腕組みをする。


「つまりわたしは、兄さんの貞操と人生を絶対確実に守るためにも、聖女パワーを使いこなせるよう、全力で頑張らなければならないというわけだね? ……ということで、今ふと思いついたんだけど、セレスさん。この間、東でいろいろあったときに、シークヴァルトさんが遠距離攻撃タイプの魔導武器を使ってたんだけど。あれって、魔導武器に内蔵された魔導結晶じゃなくて、シークヴァルトさん本人の魔力をエネルギー変換してるってことで間違いない?」

「いろいろとツッコミたいところが山ほどあるが、俺たちが使っている魔導武器は、基本的にそれぞれ所有者の魔力を使って発動させてるぞ」


 セレスが、ものすごく微妙な顔で言う。その答えに嬉しくなった凪は、なるほど、と笑みを浮かべる。


「それってつまり、わたしが遠距離攻撃タイプの魔導武器を使えるようになれば、離れたところから聖女パワーを撃ちこみ放題になるってことかな?」


 期待に満ちあふれながらの問いかけに、しかし返ってきたのは大変無情な答えだった。


「まあ……理屈では、その通りかもしれねえけどよ。ただその場合、エネルギー弾を撃ちこまれた魔導鉱石は、粉々に吹っ飛ぶことになるな」

「……おう。なんということでしょう」


 いくら聖女パワーを離れたところから撃ちこめたとしても、正常化しなければならない魔導鉱石を破壊してしまっては、意味がない。がっくりと肩を落とした凪に、セレスは淡々と続けて言った。


「ついでに言うなら、どれだけ切羽詰まった状況だろうと、俺たちが暴走している魔獣とおまえを戦わせることはありえねえ。――いいか、ナギ。おまえが最優先に考えなきゃならないのは、常におまえ自身の安全だ。これは、おまえが聖女かどうかは関係ねえぞ。未成年のガキが、安易に武器を持とうとするんじゃねえ。ガキを守るのは、大人の仕事だ」

「……ハイ」


 まっとう過ぎる大人の諫言に、凪は素直に頷いた。

 深々とため息を吐いたセレスが、苛立たしげに頭を掻く。


「まあ、そのガキを、聖女だからって理由で戦場に連れていかなきゃならねえ現状が、つくづくクソなんだけどよ……」

「そこはもう、聖女本人であるわたしが言うのもなんだけど、そういうもんだから仕方がないって割り切るしかないよねえ」


 レングラー帝国の聖女が十二歳、という話を聞いてからいろいろと調べてみたのだが、過去に活躍した聖女たちは、みな例外なく十代の少女だった。

 考えてみれば、世界の管理者の発言内容からして、地脈の乱れの発生に対応するタイミングで発芽するよう、聖女の種子が蒔かれているのだ。その種子を発芽させた子どもたちが、気力体力に溢れたぴっちぴちの十代で聖女となるのは、ある意味必然というものだろう。


(聖女のお仕事って、ホント体力勝負なところがあるもんねえ。……なのになんで、聖女は女の子だけなんだろう。体力勝負っていうなら、男の子のほうが断然有利な気がするでござるよ?)


 素朴な疑問を覚えた凪だったが、それこそその点については、世界の管理者にしかわからない謎というやつだ。男性は成長期になると変声期で声が一気に低くなってしまうし、もしかしたらその辺りが聖女パワーの発揮に不都合な点があるのかもしれない。

 とりあえず、考えても無駄なことは考えるのをやめた凪は、よいせと立ち上がった。


「まあ、ありがたいことにわたしは治癒魔術だけじゃなくて、普通の魔術も頑張れば使えるようになるらしいんで! できれば、身体強化魔術は早めにできるようになっておきたいな」


 凪は学園で学ぶ中で、だいぶ自分の魔力をコントロールできるようになってきている。ミルドレッドの適切かつ的確な指導のお陰だ。

 今後の可能性にわくわくしている凪に、セレスが再び真剣な顔になって言う。


「ナギ。身体強化魔術を覚えた貴族のガキが、真っ先に試してみようとして家族から大目玉を食らうのが、護衛の目を盗んで単独で遊びに出ることだ。頼むから、絶対にそれだけはしようとしてくれるなよ?」


 凪は、そんな彼にぐっと親指を立てて答えた。


「大丈夫! わたしが身体強化魔術を覚えたら真っ先にしてみたいのは、兄さんやシークヴァルトさんやソレイユのお姫さま抱っこだから!」

「うん、まったく大丈夫じゃないな!?」


 途端に声をひっくり返したセレスに、凪はこてんと首を傾げる。


「え、無理かなあ? みんなひょいひょいわたしを抱っこしてたし、ミルドレッド先生も自分の体重の倍くらいの重さは、問題なく持てるようになるって言ってたんだけど……。ソレイユはわたしより軽そうだし、兄さんもシークヴァルトさんも、そこまで重くないよね」

「女子の体重という、男が断じて口出ししてはいけない領域については、全力で黙秘権を行使するぞ。だが、そもそもおまえはなんで、その三人を持ち上げたいんだ?」


 なぜ、と言われても、だ。


「前に抱っこされたことがあるから、なんとなく?」

「……なんとなく」


 セレスが、がっくりと肩を落とす。そんな彼の代わりに、ルカが妙に爽やかな笑顔で口を開く。


「ナギ。ソレイユはともかく、きみが副団長とシークヴァルトさんを抱っこするのは、絵的にアウト」

「絵的にアウト」


 そう言われ、凪は自分が兄と護衛騎士を抱っこしているところを想像してみる。


(おう。なんという体格差。これはさすがにバランス悪すぎ?)


 軽く腕を持ち上げてみた凪は、そこで己の胸部装甲の豊かさに気がつき、固まった。もし自分の腕で誰かをお姫さま抱っこした場合、この素晴らしい弾力を持つ装甲は、間違いなく相手の腰の辺りを圧迫してしまうだろう。

 それ即ち――


「……かなり強めのセクハラですな」


 自分の胸部装甲を無理矢理相手に押しつけるなど、とんだ痴女だと言われても仕方がない行いである。

 青ざめた凪に、小さく息を吐いたルカが言う。


「うん。きみが自分で気付いてくれて、よかったよ。僕からそこまで指摘してしまうと、それこそセクハラになっちゃうからねえ」


 心底ほっとした様子のルカに、凪は全力で土下座をしたくなった。


「スイマセンごめんなさい、そんなつもりはなかったんだよー!」

「うん、わかってるよ。身体強化魔術を使えるようになったら、それまで自分をひょいひょい持ち上げてくれた相手を持ち上げたくなる気持ちには、僕もすごく覚えがあるから」


 考えなしな子どもの過ちにきちんと気付かせてくれるだけでなく、さりげなくフォローまでしてくれるとは、本当になんとできた御仁なのだろうか。

 両手を組み合わせた凪がうるうると目を潤ませていると、ルカがセレスを見てほほえんだ。


「ねえ、副隊長。一度くらい、僕に抱えられてみませんか?」

「断る」

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