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マクファーレン公爵家まるごと永蟄居大作戦

更新が遅くなってしまい、申し訳ありません!


リアルがちと忙しく……(汗)。

そろそろ執筆時間がきちんと取れそうなので、これからまたこまめに更新できるよう、頑張ります!

 ルジェンダ王国王立魔導学園の入学式から、半月。

 まだ朝日も昇らない暁暗の中、魔導騎士団の制服を着たライニールは、王都の中心街に建つマクファーレン公爵家本邸の門前に転移魔術でやって来た。ふわりと地面に降り立った彼の後に、その魔力を辿ってやって来た魔導騎士団第一部隊の面々が、団長であるアイザックを筆頭に次々と現れる。


「ようこそ、お越しくださいました」


 そんな彼らに声を掛けてきたのは、王宮からの先触れにより魔導騎士団の訪れを知らされていた、マクファーレン公爵家本邸の筆頭執事である。ライニールが生まれる前からこの屋敷の内向きを仕切っている彼は、慇懃無礼を絵に描いて豪華な額縁に飾ったような態度で口を開いた。


「このたびは、王妃さま直々のご配慮により、魔導騎士団の方々が我が主の護衛を務めてくださるとのこと、誠にありがとうございます。……しかし、団長どの。あなたさまも、部下の選定にはくれぐれもご注意されたほうがよろしいかと。世の中には、恩を仇で返す輩も多うございますからな」


 アイザックの背後に控えたライニールをちらりと見た執事の言葉に、アイザックは眉ひとつ動かすことなく淡々と応じる。


「我らが王妃さまより賜った任務は、貴殿の主と彼らに仕える者たちを、人目につかぬよう目的地へと送り届けることだ。ここで、貴殿とくだらぬ問答をしている時間はない。さっさと案内していただこう」

「……っ」


 さっと顔色を変えた執事の悔しげな様子に、ライニールはその場に全力で穴を掘って埋まりたい衝動に駆られた。


(……おれの元実家が、恥ずかしすぎる)


 公爵家の使用人如きが、なぜ伯爵家の当主であり、魔導騎士団の団長でもあるアイザックに対し、部隊の編成について意見ができるなどと思い上がっているのだろう。ライニールがこの屋敷で暮らしていた頃から、使用人たちの異常なプライドの高さは垣間見えていたけれど、まさか筆頭執事からこれほど勘違った方向に爆走しているとは思わなかった。

 己の仕事や、仕える家を誇りに思うのはいい。しかし、歪んだ特権階級意識を持つようになり、その上身のほど知らずな言動までするようになってしまえば、恥さらし以外の何物でもないだろう。

 密かにため息を噛み殺していると、筆頭執事が仕草だけは丁重に一同を屋敷に招き入れる。その際に、彼が再びライニールを見て口元を歪めたのは、公爵家を貶めた裏切り者が、堂々とこの屋敷に足を踏み入れるのが我慢ならなかったからだろうか。

 そんな筆頭執事の様子を見て、隣にいたシークヴァルトがぼそりと呟く。


「これからおまえがここの連中に何をしても、ナギに言うつもりはねえ。好きにしろ」


 一瞬目を瞠ったライニールは、小さく笑った。


「おれは、今更彼らをどうこうするつもりはないよ。ただ少しだけ、話をさせてもらうだけだ」

「ふうん?」


 どこか幼い仕草で首を傾げたシークヴァルトが、先を進むアイザックの背中を見る。


「まあ、連中は王妃さま直々の差配による魔導騎士団の護衛ってのを、ものすごーく都合よく解釈してるみたいだからなあ。これは、アレか? 王妃さまが、わざとそんなふうに勘違いする感じで、連中に通達したのか?」


 今日の魔導騎士団の任務は、端的に言うのであれば『マクファーレン公爵家まるごと永蟄居大作戦』である。本来であれば、その旨をきちんと公爵家に通達した上で、護送任務に入るのが普通なのだろう。

 しかし、相手は腐っても筆頭公爵家。抱えている私兵の数も質も相当のものだ。永蟄居を命じられ、トチ狂った公爵夫妻が全力で抵抗することを選べば、かなり面倒なことになる。

 そのため、今回の一件の総責任者である王妃が『あんな阿呆どもに、きちんと筋を通してやるほうがバカを見る』と吐き捨て、マクファーレン公爵家に対する騙し討ちが断行されることとなったのだ。

 一応、書類上は問題ないように整えておくということだが――きっと王妃も、アホ過ぎる弟を持ったせいで、今までさぞしなくてもいい苦労をしてきたのだろう。ものすごく、気持ちはわかる。


「さて、どうだかな。そこまでは聞いていないが――」


 数日前、すべての準備が整ったことを報告した際、王妃からとてもイイ笑顔で告げられたことを思い出し、ライニールは軽く唇の端を持ち上げた。


「王妃さまからは、今回の件についてはすべておれの思うようにすればいい、とのお言葉をいただいている。団長も、向こうに着いてからのことに関しては全権をくださると言っているしな。上の方々の気遣いは、ありがたく受け取らせていただくつもりだよ」


 向こう、というのは、これからマクファーレン公爵家の面々――公爵夫妻とその腹心の者たち、そして彼らの気に入りの使用人たちが、『王都での醜聞が落ち着くまで、心穏やかに過ごすための場』として選定された、小さな島だ。

 マクファーレン公爵家が有する領地のひとつ、サルジュ領。

 そこはルジェンダ王国の最も北西に位置し、豊かな森林資源と大きな港を抱え、大陸有数の交易拠点として栄えている。冬の寒さこそ厳しいものがあるものの、活気に溢れた港町と風光明媚な湖水地方は、観光客にも人気の土地だ。

 その真冬には海面が流氷で埋め尽くされる港から、肉眼ではまったく確認することができないほどの沖合に、小さな島がひとつ浮かんでいる。そこが、今回の目的地だ。フォルス島という名のその島は、元々マクファーレン公爵家の避暑地としてのみ使われているため、一般には存在すら知られていない。

 周囲を遠浅の岩礁だらけの海に囲まれており、大型の船舶は近寄ることもできないフォルス島へ上陸する手段は、船底の浅い小型のボート。あるいは、しゃれた造りの小さな屋敷の門前に刻まれた、ゲートのみである。

 小さな、といっても、マクファーレン公爵家がサマーパーティーを催すこともあるその屋敷は、大変贅を尽くしたつくりとなっていた。公爵一家が住まう主翼のほかに、客人を招くためのコテージを四つ。そして、大勢の使用人たちが起居する棟も東西にふたつ備えている。

 それでも、本邸に務めていた上級使用人の大半に加え、領地の管理人の中からライニールが選別した者たちまでが集うとなると、さすがに定員ギリギリといったところだろう。


「まあ、連中があちらに移動するまでは、黙っておとなしくしているさ。公爵夫人にまたヒステリーでも起こされたら、面倒だ」

「……もし、公爵夫人がおまえに突撃してきても、オレは黙って見ているからな」


 魔導学園のガーデンパーティーで、ナギに突撃してきた公爵夫人をすっ転がし、彼女を鼻血まみれで失神させたシークヴァルトは、基本的に敵と見なした相手には一切容赦しない人間だ。しかし、その相手が女性であったり、あまりにも力量が低い場合、軽く叩きのめすだけでも弱い者いじめとなってしまうため、気分がよくないらしい。

 そんなシークヴァルトに、ライニールはひょいと肩を竦めて言う。


「今のおれたちは、王妃さまのご命令でマクファーレン公爵家の連中を護衛しにきた、魔導騎士団の第一部隊だぞ? その一員であるおれに突撃してくるなら、むしろ公爵夫人の勇敢さを褒め称えさせてもらう――」

「まあぁああ! そちらにいらっしゃるのは、シェリンガム男爵ではありませんの? 先日は、わたくしたちにあれほど大層なご挨拶をしてくださった方が、王妃さまのご命令とはいえわたくしたちの護衛をしてくださるなんて! わたくし、大変嬉しゅうございますわ!」


 魔導騎士団の第一部隊が、マクファーレン公爵家の人々が集っていた玄関ホールに到着するなり飛んできたのは、マクファーレン公爵夫人イザベラの嘲笑まじりの声だった。ホールの中央に設えられたソファに腰掛け、豪奢なドレスに身を包んだ彼女は、いまだ王都で声高に語られている自らの醜聞を気にしているようには、とても見えない。

 思わず遠くを眺めたライニールの隣で、シークヴァルトがぼそっと呟く。


「あのメンタルの強さ、少しグレゴリーに分けてやりてえなあ」

「……全面的に、同意する」


 まさかイザベラが、この状況で堂々とライニールに喧嘩を売ってくるとは思わなかった。アイザックもさすがに驚いた顔をしているし、第一部隊の面々に至っては、揃ってものすごく気の毒そうな目をライニールに向けてくる。ツラい。

 そして、なぜか玄関ホールには、マクファーレン公爵オーブリーの姿がなかった。ここ数日、この屋敷に出入りする者はすべてチェックしていたため、彼がこの屋敷の中にいることは間違いない。まさか寝坊というわけではあるまいな、とライニールが不安に思っていると、広々とした階段の上にこれまた盛装したオーブリーが姿を現した。

 公爵家の者たちは、その美麗な主の姿に感動して見とれているようだが、ライニールはもちろん、魔導騎士団の面々も揃ってドン引き状態だ。いくら王妃の本当の目的が彼らに知られていないとはいえ、ここまで呑気にいられると、何やらこちらのほうがいたたまれなくなってくる。

 そんな魔導騎士団の様子に気付いていないのか、オーブリーは堂々とした足取りで階段を降りてくると、アイザックに向けて右手を差し出した。


「今日は世話になるぞ、アイザックどの。これが、フォルス島のゲートを開く鍵だ」

(……はあぁああああーっっ!?)


 そのとき絶叫しなかった自分を、ライニールは全力で褒め称えた。

 公爵家の領内には、いくつかゲートが設置されている。そのすべての所在地は国に申請してあるものの、フォルス島のゲートのように所有者が私的に使うことを前提としている場合、その鍵となる魔導具のスペアは王宮に保管されていない。

 よって、今回ライニールが最も懸念していたのは、公爵家の当主のみが保管庫から持ち出せるその鍵を、どうやってオーブリーから引き取るか、だったのだが――


「これほど朝早くから避暑地へ移動しろなど、まったく姉上も無茶をおっしゃるものだ。私は、早く向こうで休みたいのでね。ゲートの解放と維持は、きみたちに任せるよ」


 オーブリーが鍵を手放した、まさかのしょーもなさすぎる理由に、ライニールはがっくりとその場に崩れ落ちかけた。


(オトウサマ……普通、貴族の各家が私的に保有しているゲートの鍵ってのは、絶対に他家の人間には触らせないモノなんですが。アナタは単に面倒がって、ゲートの解放と維持を団長に任せたのかもしれませんが。いやもしかしたら恥ずかしすぎることに、『魔導騎士団の団長を顎で使える私』に酔っているのかもしれませんが……ッ! テメエは、ホンッットーに! 救いようのないド阿呆だな!? お陰でこっちの仕事がとっても楽ですよ、ありがとうございます!!)


 俯いてぷるぷると拳を振るわせるライニールの肩に、シークヴァルトの手がぽんとのる。


「がんばれ」

「……恥ずかしさで心が折れそうになったのは、はじめてだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 公爵夫妻のこの期に及んでもお花畑の思考。 王妃様の読みがズバリ的中してます。徹底的に上げて堕とす作戦になりますわ。 血の繋がった皆様の恥ずかしさ、ご愁傷様です。 [気になる点] 公爵家の家…
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