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捨て猫ビフォーアフター

 目を丸くした凪に、ソレイユは顔をしかめてため息をつく。


「ま、その辺も含めて、詳しいことは団長から聞いてね。……うん、どこから見ても、ぴっかぴかのパーフェクト! どろどろに汚れまくっていた可哀相な捨て猫が、洗ったら真っ白ふわふわの素敵な毛玉だったかのような驚きの仕上がり! 我ながら、いい仕事をした!」


 そして、ぐっと親指を立てた彼女が、当然のように抱き上げようとしてくる。凪は、慌てて立ち上がった。少しふらついてしまったけれど、手足の感覚は軽く痺れている程度だ。

 ぐっと親指を立て返し、できるだけキリッとした顔で言う。


「大丈夫! もう、歩けます!」

「……えぇー」


 なぜかものすごく残念そうな顔をしたソレイユが、わきわきと両手の指を蠢かす。


「遠慮しなくてもいいんだよ?」

「ソレイユさんの力強さは信頼していますが、自分より小柄な女の子に人前で抱っこされるというのは、やっぱり恥ずかしいです。何より、ここから出たらシークヴァルトさんに交代されるのが確実である以上、全力で遠慮させていただきます」


 超絶イケメンのお姫さま抱っこは、凪のメンタルをものすごい勢いで削ってくれたのだ。夢は願望の表れだ、なんていうけれど、この夢はリアリティがあり過ぎて、本当に心臓が止まりそうなのが恐ろしい。夢の中で心不全を起こして死亡など、親不孝にもほどがあるではないか。

 ソレイユが、こてんと首を傾げる。可愛い。


「ナギちゃん、シークヴァルトさんが苦手なの? あの人、わりと女の人に人気あるんだけど」

「苦手というか、格好よすぎて心臓に悪いです。遠くから眺めるぶんにはときめくだけで済むかもですが、あの美しいお顔は至近距離で見るものではないと思います」


 大真面目に答えると、ソレイユが一拍置いて噴き出した。


「そっかー。あの顔は、心臓に悪いかー」

「はい。わたしはまだ、死にたくありません」


 切実な凪の主張に、どうやらソレイユは納得してくれたらしい。それでも、手を繋いでの歩行介助は譲ってもらえなかったけれど、お姫さま抱っこよりは遙かにましだ。

 踵の低い編み上げのショートブーツは、思いのほか軽くて履き心地がいい。ゆっくりではあるけれど、自力で歩けることに、心底ほっとする。


「辛かったら、遠慮なく体重かけてくれていいからね」

「ありがとうございます」


 そうして浴場を出ると、壁に背中を預けて立っていたシークヴァルトがこちらを見た。彼は凪の姿を確認するなり、目を見開いて凝視してくる。そんな彼に、凪の手を引いていたソレイユがふんぞり返って口を開いた。


「どう!? シークヴァルトさん! キレイになったでしょう、見違えたでしょう、とってもとっても可愛いでしょう!」

「……オレは今、遠目にちらっと見ただけで、こいつにぴったりの服と靴を用意したこの屋敷のメイドたちに、そこはかとない恐怖を感じている」


 あくまでも真顔で応じるシークヴァルトに、ソレイユが半目になって言う。


「そういうとこですよ、シークヴァルトさん。だからあんたは、見た目のわりにモテないんですよ」

「やかましい」


 シークヴァルトが、ぎろりとソレイユを睨みつける。それから一呼吸置いて、彼は改めて凪に視線を向けた。


「歩けるようになったんだな。よかった」

「はい! お手数おかけしました!」


 元気ですよー、もう自分の足で歩けますよー、と握りこぶしで主張する。そんな凪の様子を確認し、シークヴァルトはソレイユに言う。


「厨房の連中が、こいつに何を食わせればいいのか、悩んでる。おまえ、ちょっと向こうに行って、アドバイスしてこい」

「やったー! ……じゃない、了解しました! じゃあナギちゃん、またあとでね!」


 引き留める間もなく、喜色もあらわにぴょんと飛び跳ねたソレイユが、あっという間にどこかへ消えた。

 呆然とする凪に、シークヴァルトが気遣わしげに声を掛ける。


「無理はしなくていいからな。……あー。ナギ、って呼んで構わないか?」

「え? あ、はい」


 突然の名前呼びに、つい動揺してしまう。

 生まれてこの方、彼氏という嬉し恥ずかしい存在ができたことのない凪にとって、自分を名前で呼ぶ男性といえば、同居家族に限定されている。

 どうやらお姫さま抱っこは回避できたようだが、イケメンとふたりきりというのは、それだけで充分すぎるほど緊張する事態なのだ。名前呼びの衝撃と相俟って、なんとも身の置き所がない気分である。

 シークヴァルトが、小さく笑う。


「そうか。そう言えば、自己紹介もまだだったな。シークヴァルト・ハウエルだ。オレのことは、シークヴァルトでも、ヴァルでも、好きなように呼べばいい」

「………………ハイ」


 超絶イケメンは、不用意に微笑んではいけないと思う。主に、その直撃を食らった一般市民の心臓のために。

 もしかしたら、お姫さま抱っこがなくても、心臓への負担が減るわけではないのかもしれない。そんな切ない事実から目を背けつつ、凪は促されるまま歩き出す。


(今のわたしのトロくさい歩調に、ちゃんと合わせてくれるとか……。イケメンは、行動までイケメンなのか)


 浴場への道中でも思ったけれど、やはり迷路のようなつくりの建物だ。そういえば、城塞として使われる貴族の館は、敵から攻めこまれたときの対処として、わざと複雑な構造にしているとどこかで聞いた。ここ――たしか、レディントン・コートといっただろうか。この館が魔導騎士団の団長であるアイザックの所有物だというなら、この複雑さもきっとそういうことなのだろう。


(アイザックさんのフルネームは……うん、覚えてない)


 ソレイユが熱弁していた彼の筋肉への賛辞ならば、少し覚えているのだけれど。アイザック自身も、あれだけ立派な筋肉の持ち主なのだから、きっと筋肉には並々ならぬこだわりがあるに違いない。

 見た目は素晴らしい筋肉マッチョ、中身は最高に礼儀正しいジェントル貴族。……これが、ギャップ萌えというやつだろうか。正直、推せる。


 それからいくつかの廊下と階段を通過して、自分が何階にいるのかもわからなくなった頃、ようやくシークヴァルトが足を止めた。ぴかぴかに磨き上げられた重厚な扉には、獣の頭部を模した真鍮製のノッカーがついている。


「団長。ナギを連れてきたぞ」

「ああ。入れ」


 そして扉が開かれた瞬間、凪は目を丸くした。

 豪奢極まりない室内にいたのは、マッチョ紳士な騎士団長のアイザック。凪が英語科目の擬人化だろうかと疑った、金髪碧眼のノーブル系美青年。そして、ソレイユと同じ制服を着た――たしか、セイアッドと呼ばれていた日本人カラーの美少年だ。

 彼ら三人が囲む大きなテーブルに広げられた地図は、どうやら魔導具であるらしい。図上のあちこちが光っていて、その光が点滅したり移動したりしている。


 そんな面白地図への興味は尽きないが、室内のどこへ視線を向けても、顔面偏差値の高すぎるイケメンがキラキラしていて、凪は思わず「目が! 目がー!」と現実逃避をしたくなった。しかし、今更不審人物判定をされたくはないので、どうにか堪える。

 こちらを見た三人が、揃って目を見開いて凝視してくる様子に既視感を覚えつつ、軽く頭を下げて礼を述べる。


「お風呂と着替えを、ありがとうございます。本当に、助かりました」

「……ナギ嬢? かい?」


 アイザックに確認するように問われ、凪は小さく苦笑する。


「はい。わたしもさっき、お風呂の鏡で自分を見たら、汚れすぎていてびっくりしました」

「そ……そうか。うん。たしかに、先ほどのきみはひどい汚れようだったな。うん」


 どうやら、自分が保護した相手のハイパーな美少女っぷりに、かなり動揺しているようだ。気持ちはわかる。


(リオは、いわゆる『無自覚天然美少女』だったけど、わたしは今の自分が客観的に美少女だって理解してるからなー。ていうか、自分目線だったからリオが何をしても生暖かく見守ってたけど、ぶっちゃけ『無自覚天然』って地雷です。背後から助走をつけて、全力のハリセンで頭をはっ倒したくなります。――ので、わたしはあくまで通常運転でいかせていただきます)


 一通り自己分析をしたあと、凪はひとまず『今の自分は大変な美少女である』という事実から、全力で目を背けることにした。『美少女であることを自覚したガワだけ美少女』など、痛々しすぎて無自覚天然美少女よりも地雷である。


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