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誰でもできる、ムカつく相手の呪い方

(あ。グレゴリーのやつ、本気で父親を呪詛ろうとしてる)


 そっかあ、とレナードがぽりぽりと頬を掻く。彼も、昨日行われたナギとグレゴリーのキャットファイト――もとい、ガチンコ勝負を見ていたのである。グレゴリーが父親に対して抱いている鬱屈した感情も、ある程度は理解しているのだろう。

 レナードが少し考えるようにしてから、腕組みをして口を開いた。


「おまえの両親の場合、貴族同士の契約結婚だから、パートナーとしての認定は問題ないな。ただ、おまえんちって、ものすごく由緒正しい公爵家だよな? そのご当主さまなら、スゲー魔力保有量なんじゃねえの?」

「……どうだろう。なんとなくだけど、ぼくと同じくらいじゃないかな。それに、もし父上が素晴らしい魔力保有量の持ち主だったとしても、ぼくが知る限り、父上がその鍛錬に勤しんでいたという事実はないぞ」


 どれほど立派な素質があっても、鍛えなければ宝の持ち腐れとなるのは自明の理だ。常に愛人と遊び歩いているような自堕落極まりない生活をしていて、なお魔力の扱いに秀でているなどという、都合のいい話しはないだろう。

 レナードがうなずく。


「なるほどなー。そういうことなら、ぶっちゃけやってみなきゃわからん、ってところなんだけど。……悪いな、グレゴリー。正直に言うぞ? 俺は、おまえが大変な立場にあることはわかってる。それでも、自分の母親に『この国の王妃さまのご実家に、ちょっと喧嘩を売ってみねえ?』とは言えねーんだわ」


 グレゴリーが短く息を呑み、そして恥じ入るように目を伏せた。


「すまない、レナード。ぼくが考えなしだった」


 今のところ、マクファーレン公爵家は、王妃の生家として揺るぎない権勢を誇っている家だ。いくらとんでもない醜聞の対処に追われている最中とはいえ、彼らに喧嘩を売るというのは、たしかに庶民の身には恐ろしかろう。

 ……ここで、『イヤ、自分が不能になったことをおおっぴらにして公開捜査を掛けられるほど、マクファーレン公爵の羞恥心は死んでいないと思うぞ』というシークヴァルトの意見は、ものすごく空気を読めない感じになるので、黙っておく。

 しかし、とシークヴァルトは密かに思う。


(愛人と遊べなくなったからって、じゃああのワイン樽体型の公爵夫人とならできるかも、なんて発想には、まずならないだろうし。もしグレゴリーの望み通りに、マクファーレン公爵に呪詛が掛けられてたら、ただのストレスによる男性機能不全だと思われたんじゃねえかなあ)


 そうなっていたなら、マクファーレン公爵は普通に医者に診てもらっただけで、まさか自分が呪われているなどとは想像することもなかったかもしれない。昨日の一件で、彼の心身にはかなりストレスが掛かっているだろうし、不能になった原因の心当たりとしては充分過ぎる。

 レナードの母親に無理強いすることはできないが、対象に呪詛と見抜かれる危険性が低いことを考えると、なんだか残念な気持ちになってしまう。


「うんにゃ、話しを振ったのはこっちなんだし、謝る必要はねえよ。おまえの気持ちも、ちょっとわかるしさあ。……よし。ここは特別に、おふくろ直伝『誰でもできる、ムカつく相手の呪い方』を教えてやろうではないかー!」


 いえーい、とレナードが親指を立てて胸を張る。シークヴァルトたちは再び彼を『何言ってんだコイツ』という目で見た。そんな空気をものともせず、レナードはにこにこと笑いながら口を開く。


「グレゴリーの場合は、めちゃくちゃ話しが簡単だぞ? 何しろ、対象と普通に会話をすることができる立場で、しかも効果的な狙い所もわかってる。で、おまえが俺――『呪詛』持ち魔導士の子どもと同じクラスってのは、あちらさんも調べればすぐにわかることだろ」


 だからな、とレナードがびしりと人差し指を立てて言う。


「もし次に会う機会があったら、オヤジさんに笑ってこう言ってやれ。――『パートナー以外の女性を愛そうとしたら、男性機能が不全になる呪い』というものを、知っていますか? 今この国には、ろくな魔導訓練もしていない貴族男性が相手なら、問題なくその呪いをかけることができる魔女がいるらしいですよ、ってな」

(……ほほう)


 シークヴァルトは、感心した。レナードがグレゴリーに教えた言葉は、たしかに呪いだ。

 事実の提示と、可能性の示唆。

 それだけで、後ろめたいところのある人間は、さぞ恐ろしい思いをするに違いない。加えて、実際にその呪詛を向けると明言しているわけではないから、グレゴリーを罰することもできないのだ。

『自分の気が向けば、いつでもアナタにこんな呪いを掛けられますよ』と告げることで、マクファーレン公爵に対し、その可能性に怯えるストレスを与える。

 ただでさえストレスまみれのところに、更に加えられた不能の呪いに対するストレスが原因で、実際に彼の男性機能が不全になるかどうかは、わからない。それでも、今後マクファーレン公爵が愛人と夜を過ごそうとするたび、きっとこの言葉が脳裏を過ることだろう。

 何より、これならばグレゴリーが貴重な個人資産を削る必要はないし、呪いの反動を回避するための髪を提供する必要もない。結果はどうあれ、父親に一矢報いることでグレゴリーの溜飲も多少は下がるだろうし、デメリットがまったくない話しだ。グレゴリーには、ぜひがんばってこの呪いを掛けてもらいたいものである。


(あとは、レナードの母親に迷惑が掛からないかだけが、少し気になるところだが……。まあ、稀少な固有魔術の持ち主となれば、いくら公爵家でも迂闊に手は出せないだろうしなあ。実際に呪詛をかけたのならともかく、無実の相手によけいなちょっかいを出したりしたら、貴族からの不当な圧力だって言われるだけだ。そうしたら、ますますマクファーレン公爵家の評判がダダ下がるやつじゃねえか)


 そこまで計算しているかどうかはわからないが、どうやらレナードは、のほほんとした物言いとは裏腹に、かなり鋭い頭脳の持ち主であるらしい。おそらく、母親の育て方がいいのだろう。

 しかし、箱入りお坊ちゃまでスレた思考とは無縁のグレゴリーには、いまいち納得しにくいことだったようだ。首を傾げ、不思議そうな顔でレナードに問う。


「本当に、それだけでいいのか?」

「んー……。物足りないなら、もう一押ししておくかー? じゃあ、さっきのセリフを言ったあと、ダメ押しでこう言ってやれ。――ちなみにこの呪詛は、パートナーの浮気に悩むご婦人方だけでなく、パトロンに捨てられた、元愛人の女性たちにも大変人気らしいですよ。何度も重ね掛けされた呪詛は、掛けた本人にも解呪できなくなることがあるそうなので、本当に女性に対して不実なことをするものではありませんね……って感じかなー?」


 おお、とシークヴァルトは、思わず拍手をしてしまった。


「マクファーレン公爵は、昔から数え切れないほど大勢の愛人を抱えていたんだろう? その中には、公爵に捨てられて恨みを持っている元愛人ってのもいるかもしれないよな」


 口先では、お互いに割り切った愛人関係だと言っていたとしても、そう簡単には始末がつけられないのが、男女の仲というものなのだろう。そうでなければ、マクファーレン公爵の愛人たちが、正妻の子であるグレゴリーに、身のほど知らずな暴言を吐くわけがない。

 グレゴリーが、幼い顔から表情を消してうなずいた。


「なるほど。父上の現在進行形の愛人たちには歓迎されない呪いでも、過去の愛人たちにとってはなかなか愉快な呪いになる、というわけか。彼女たちが揃ってこの呪いを使う可能性があると知れば、いくら脳天気な父上でもさすがに焦ってくださるかもしれないな」


 そこではじめて、ひとり黙々と山盛りのパスタを攻略していたセイアッドが、グレゴリーに問いかける。


「グレゴリーは、父親の元愛人たちの連絡先を知っているのか?」

「いいや。ぼくが彼女たちについて知っているのは、父上が使っていた愛称だけだ。本家へ戻れば、彼女たちの個人情報を調べることもできるかもしれないが……」


 一度言葉を切ったグレゴリーが、にこりと笑う。


「うん、理解できたよ。別に、彼女たちにこの呪いの存在を教える必要はないんだな。――レナード。この『呪詛』は、将来起こりうる悲劇を対象に示すことで、それに怯える日々を提供するものなんだろう?」

「そうだぞー。疑心暗鬼バンザイってやつだな!」


 実に楽しげに語り合っているふたりだが、その内容は『男性機能を不全にする呪詛について』なのである。闇が深い。


「彼女たちには冤罪のようなものを被せることになるが、今までぼくに向けていた暴言の慰謝料と思って、甘んじて受けてもらうことにするさ」


 ふふふ、と笑うグレゴリーに、セイアッドが言う。巨大な皿いっぱいの山盛りミートボールパスタを食べ終えて、会話に入る余裕が出てきたらしい。


「なんだか、公爵夫人だけが喜ぶ結果になりそうな話しだな。この呪詛のことを彼女に知られたら、レナードの母親を紹介するよう、おまえにしつこく言ってくるんじゃないか?」


 その指摘に、グレゴリーが素直にうなずく。


「それもそうだな。うん、このことを父上にお話しするときには、母上がいないときを狙うとするよ」


 グレゴリーの賢明な判断に、レナードがほっとしたように笑って言う。


「おう。ぜひ、そうしてくれ。もしおまえの母上サマがこの呪詛の依頼に来たら、おふくろが真顔で『その体重を半分にしてから出直してこい』とか言って、めっちゃキレられる未来しか見えねーわ」


 どうやらレナードの母親は、忌憚なく自分の正直な意見を口にするタイプのようだ。シークヴァルトは、なんとも言い難い顔をしているグレゴリーに言った。


「グレゴリー、知っているか? 世の中には、反面教師というとても立派な言葉があるんだ」

「う……うん?」


 だから、とシークヴァルトは重ねて告げる。


「おまえはもう、自分の両親がダメな人間だとわかってる。だったら、大丈夫だ。おまえは絶対、おまえの両親のようにはならないよ」


誤字修正いたしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石魔女の息子。 「言葉の力=言霊」をよく心得えてる。 「呪いとは強い願いや祈りと同じ」って言ってた作家さんがいたけど、近いものを感じました。 [気になる点] 公爵夫人、伴侶以外不能の呪い…
[気になる点] 詳しく書かれてないけど、魔女のお母様は対象の個人情報をほとんど知らなくても呪詛ることができるんだろうか。だったらやばいな 依頼者の髪を使うってことは魔女が直接呪うんじゃなく、呪う相手を…
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