表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/107

セクハラは、いやでござる

(でも、蹴り潰す勢いで蹴り上げろって言われてもなー。こればっかりは、誰かに練習させてもらうわけにもいかないし……)


 そもそも、この国の貴族階級の若い女性が出歩く際には、大抵ワンピースや簡易なドレスといった、かなり足技には向かない格好をしているものなのである。凪個人としては、太ももの辺りまで見える程度ならば気にならないが、さすがに下着が見えるのは恥ずかしい。

 いっそのこと、万が一の際には相手の股間を蹴り上げるのではなく、がんばって握力を鍛えて握り潰す方向を検討するべきだろうか。


(イヤでも、それだと感触がモロで気持ち悪いな。ここはやっぱり、スカートの中身が見えても大丈夫な対策を考えることにしよう)


 女性騎士見習いのソレイユに相談すれば、ショートパンツやスパッツの類いも、履き心地のいいものを入手できるかもしれない。そんなことを考えていると、ミルドレッドが訓練場の隅に立つ時計を確認してうなずいた。


「では、今日の授業はここまで。――ああ、そうだ。固有魔術及び治癒魔術に適性のある生徒については、放課後に個別の面談を行うことになっている。このクラスだと、治癒魔術適性のナギ・シェリンガムだな。場所は、魔導理論教員室だ。忘れずに来るように」

「へ? あ、はい!」


 突然のご指名に驚いて、素っ頓狂な声を零してしまう。そんな凪に小さく苦笑したミルドレッドが、生徒たちに向けて言う。


「一応、言っておくが。学園内において、教師の許可なく魔術を行使することは、原則として認められていない。よって、今後きみたちがうっかり怪我をしてしまうことがあったとしても、ナギ・シェリンガムに治癒魔術の行使を求めることなどないように。もしそのような事実が発覚した場合には、彼女に対し無理矢理自分の肉体への接触を求めたセクハラ案件として処理するので、そのつもりでいることだ」

(せ……セクハラ……ッ)


 凪は、よろりと蹌踉めいた。

 そして、今までの自分の行動を振り返り、じわじわと不安になってくる。


(……え。大丈夫? わたし。考えてみれば、たしかに治癒魔術を使うときって、ボディタッチが基本だよ? いくら相手が怪我人だからって、許可なく体に触ってたりしたら、そりゃあガチでセクハラ案件だよ?)


 これまでに凪が治癒魔術を発動した対象は、レディントン・コートで彼女の実験台――もとい、練習相手となってくれた魔導騎士団の騎士たち。そして、東の砦を守る第三騎士団の騎士たちだ。レディントン・コートではアイザックの許可があったし、東の砦でも責任者であるヒューゴの許可をもらっていた。

 それ以外では、ライニールに『治癒魔術は、無闇に使ってはいけないよ』と教えられていることもあって、使っていない――はずだ。


(セーフ? セーフだよね? うっかりどこかで治癒魔術を使ったのを忘れてたりしないよね、わたしの脳? ……ああぁッ! 第二部隊のヒトたちに、みなさんが怪我しちゃったときはいつでもどうぞ宣言しちゃったのは、セクハラに含まれますか!?)


 青ざめた凪は、ぎこちなく右手を挙げてミルドレッドに問いかけた。


「あの……先生。目の前に怪我をしている方がいて、うっかり無許可で治癒魔術を使ってしまった場合、やっぱりわたしもセクハラで処分されるのでしょうか……?」

「セクハラでの処分はないだろうが、どんな状況であろうと不用意に手を出すのはやめておけ。――人情として、目の前に負傷して苦しんでいる人間がいた場合、咄嗟に体が動いてしまうというのは理解できる。ただ、きみに専門的な医療知識はないだろう? 軽傷に見えても、今すぐ治療が必要な怪我なのかもしれない。逆に、重傷に見えても大したことはないのかもしれない。そのどちらを優先するかに、人の命が掛かっているんだ。そんな判断の責任を負うには、きみはまだ幼すぎる」


 淡々と答え、ミルドレッドは再び生徒たちに向けて口を開く。


「きみたちもだ。自分が怪我をした場合、または他人が怪我をしたのを発見した場合に、きみたちがまずすべきなのは、迅速な応急処置と、適切な医療機関への連絡だ。この学園内であれば、医療棟だな。そこに、たまたま同じクラスになっただけの、同い年の少女に頼るという選択肢などあってはならない。彼女は、きみたちと同じ十五歳の未熟な子どもだ。間違っても、便利な救急箱扱いなどせぬように」


 そう言って、彼女はパンパンと軽く両手を打ち合わせる。


「さて、急がねば次の授業の準備をする時間がなくなるぞ。さっさと着替えて教室へ戻りたまえ」


 ――授業初日の一時間目から、なんだかものすごく濃い時間だった。慌ただしく更衣室へ向かいながら、凪はそっと嘆息する。

 元々凪は、血塗れスプラッタとは無縁でいたいタイプの人間なのだ。東の砦でのあれこれは、聖女案件の勢い任せで突っ走ったようなものだし、今同じことをもう一度しろと言われたなら、全力で怖じ気づく自信がある。

 治癒魔術に適性があることを、嫌だとは思わない。そのお陰でできたこと、不安に思わずにいられることが、山ほどあるのだ。むしろ、ありがたいくらいではあるのだが――


(……セクハラ加害者になるのは、いやでござる)


 やはり大人たちの言う通り、治癒魔術というのは無闇に行使するものではないのだろう。改めて彼らの忠告に従うことを誓い、凪はその後の授業に備えることにした。


***


 魔導学園の昼食は、基本的に学食で摂ることになっている。

 午前中の授業を一通り終えた凪は、ぼっちゴハンは遠慮したい派だ。まずはソレイユを誘って行こう、と立ち上がったとき、涼やかな声の少女に話しかけられた。


「あの、シェリンガムさま。もしよろしかったら、わたくしたちとお昼をご一緒いたしませんか?」


 振り返ると、そこにいたのは一時間目の授業でミルドレッドに質問をしていた、胡桃色の髪の少女――マリアンジェラ・ヘイズ嬢だ。そんな彼女の言葉に、にこにことほほえみながら近づいてきたのは、やはり昨日グレゴリーの可愛らしさを全力で主張していた少女たち。


(うーん……。この子たちって、きっちりしっかり貴族のおうちのご令嬢だよね? ぶっちゃけ、生粋のお嬢さま方と何をお話ししたらいいのかなんて、全然わかんないけど――)


 一瞬だけ迷った凪は、すぐに満面の笑みを浮かべて答えた。


「ええ、喜んで!」


 何しろ、マリアンジェラもその友人なのだろうふたりの少女も、それはそれは可愛らしかったのである。可愛いは、正義だ。

 凪の答えに、ほっとしたように表情を緩めたマリアンジェラが、友人たちを紹介してくれる。


「シェリンガムさま。こちらが、ブリジット・キッドマン。そして、リディア・スチュワートです」


 くるくる巻いた黒髪に黒い瞳、そして白い肌に散るそばかすが愛らしい小柄な少女が、ブリジット・キッドマン。赤い髪にエメラルドグリーンの瞳の、将来迫力美女になること間違いなしの目力美少女が、リディア・スチュワート。

 知的で大人びた印象のマリアンジェラとは、まるでタイプの違うふたりだが、凪はつい昨日彼女たち三人が、まったく同じはっちゃけテンションでグレゴリーを褒め称える姿を目撃している。外見の印象がどれほど違っていようと、間違いなく彼女たちの中身は似た者同士であると見た。

 にこにこと三人に挨拶し、互いにファーストネームで呼びましょう、と合意できたところで凪は密かにほくそ笑む。


(うむうむ。アナタ方がグレゴリーを推しているのかどうかはわかんないけど、あれだけはっちゃけられるという時点で、アナタ方はお嬢さまの中でもちょっぴり変わったタイプ――つまり、お嬢さまの亜種なのではないかと思います! なんちゃってお嬢さまのわたしとも、仲よくしてもらえると嬉しいです!)


 それにしても、知的美少女、ロリ系美少女、お色気美少女が並ぶと、かなりの迫力である。ここに、元気いっぱいの小動物系美少女であるソレイユが加われば、さぞ眼福であろう。ここはぜひ、ソレイユにも参加してもらおうと思ったのだが――


(……あるぇ?)


 凪と目が合ったソレイユは、こちらに向けて一瞬ぐっと親指を立てると、午前中の授業の間に仲よくなったらしい少女たちと、先に食堂へ行ってしまった。聞こえてくる彼女たちの話し言葉からして、みな平民出身の少女たちのようだ。


「ナギさま、それでは食堂へ参りましょうか?」


 マリアンジェラに声を掛けられ、凪は慌てて笑い返す。


「あ、はい! この学園のお食事は、とても美味しいと聞いているので楽しみです!」


 たしかにソレイユは凪の護衛補佐だが、行き先が同じ食堂である以上、それほどぴったりとくっついている必要はないのだろう。一緒に食事をできないのは少し残念だが、彼女だってこのクラスで浮いた存在になるわけにはいかないのだ。


(むーん……。ソレイユが平民のフリして入学している以上、平民出身の生徒さんたちと仲よくするのは、ものすごく当たり前なんだけどさ。……べ、別に、あっちのほうが気楽そうでいいなー、なんて思ってないし! マリアンジェラさまたちと仲よくなりたいのは、ホントだしー!)


 何はともあれ、こうしてありがたく声を掛けてもらえたのだ。この素敵なお嬢さま方と仲よくなれるといいな、とわくわくしながら、凪は食堂へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ