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もちもち、ふにふに

 ほんの軽口を、ものすごく無表情かつ真顔で、バッサリと切り捨てられてしまった。


(ガキの頃、オスワルドと一緒になってコイツのことを『ライニール兄さま』と呼んでいたことは……うん、あまり思い出さないようにしよう。なんか、鳥肌が立った)


 その日、シークヴァルトは『シスコン兄貴にきょうだいネタは、迂闊に振ってはいけません』という厳粛なる事実を、改めて学んだのである。

 シークヴァルトが鳥肌状態になった腕をさすっていると、魔導騎士団の撤退確認が済んだらしいアイザックがやってきた。凶暴化した魔獣とずっと戦っていて、相当疲れているのだろうに、その立ち姿に揺らぎはない。シークヴァルトは、彼のタフネスに感心しながら小さく笑った。


「お疲れさん、団長。どうせ、すぐに魔導研究所の連中が来るんだろう? アンタも先にレディントン・コートへ戻ればよかったのに」

「いや。ナギ嬢が正常化したという魔導鉱石を、一度この目で見ておきたくてな。何より、現場責任者のひとりとして、魔導研究所の方々に引き継ぎとご挨拶をせねばならん」


 つくづく、仕事熱心で生真面目な御仁である。とはいえ、ナギが無害化した魔導鉱石は、今まで誰も見たことがないような代物だ。アイザックが慎重になるのもよくわかる。

 そうですか、とうなずいたライニールが、相変わらずもちもちした姿の魔導鉱石を示しながら言う。


「ひとまず、問題の魔導鉱石はあちらに並べておきました。それらの転移に使用されたゲートの魔導陣は、ひとまず陣の中央に配置された魔導結晶を無力化して、一時的に稼働できないようにしています」


 魔導陣を破壊するだけならば、地面に固定された魔導結晶を破壊すればそれで済む。しかし、それでは設置した者たちの手がかりを得られなくなってしまう。そのため、ライニールは魔導陣の核となっている魔導結晶を封印し、ゲートとして成り立たなくなるようにしたのだろうが――


(相変わらず、器用すぎて気持ち悪いレベルだな……)


 すでに魔導陣の一部となった魔導結晶を、その魔導陣を一切傷つけずに無力化するなど、いったいどれほど複雑な術式を組めば可能だというのか。少し想像してみただけで、シークヴァルトは頭が痛くなってきた。

 ほんの幼い頃から、誰に教わるでもなく自分自身の魔力をほぼ完璧に扱えた反面、他人が設定した魔導陣の解析と対処などは、シークヴァルトにとって最も苦手な分野だ。もし危急の事態でこの魔導陣に遭遇していたなら、間違いなく即座に爆破している。

 そもそも、これほど精巧な隠蔽の術式を施された魔導陣など、真上を歩いたところで気付かない者がほとんどだろう。なのに、凶暴化した魔獣たちとの戦闘の最中に、ほんのわずかな違和感を察知したライニールは、すぐさま現場を離脱し、すべての元凶であるこの魔導陣を発見したのである。

 防御系の魔術を得意とする魔導士は、魔力感知に優れた者が多いというが、ライニールはその中でもかなり感覚が鋭いほうに違いない。


(そもそも、この国の王族の血筋が、防御系がめちゃくちゃ得意っつうか、みんな器用なんだよなあ。レングラーから逃げてきたばかりの頃、熱を出して暴走したオレの魔力を抑えこんでくれたの、国王陛下だったし。……でも熱が下がったあと、王妃さまが『安心なさい、あなたはもう、ウチの子なのよ。うふふふふ、うちの子の大事なお友達になってくれたあなたを、こんなにいじめてくれたおバカさんたちには、この世に生まれてきたことを全力で後悔させてあげましょうねえ』とか言い出したときにも、できれば奥方さまの暴走を全力で抑えてほしかったです)


 あのあと、レングラー帝国の暗殺組織がひとつ壊滅しただけでなく、即位したばかりの皇帝の側近の顔がいくつか入れ替わったのは、結局誰の指図だったのだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、地面にでろんとへばりついているような魔導鉱石の一群に、アイザックは至極興味を抱いたらしい。珍しくいそいそとした足取りでそれらに近づき、地面に片膝をついて、そのつるりとした表面をじっとのぞきこむ。


「ふむ。これはまた、素晴らしい魔力を内包した魔導鉱石だな」


 感嘆した口調で言い、アイザックは目の前のそれを軽く拳で叩くようにする。

 ――うにょん。

 そのとき、敬愛する上司の背中が一瞬ビクッと震えたのを、シークヴァルトは見逃さなかった。どうやら、報告で聞いてはいたものの、実際にその感触をたしかめて驚いたらしい。気持ちは、わかる。

 しかし、なぜ今このとき、自分は襟元の徽章を戦闘状況記録モードにしておかなかったのか。アイザックの大きな体が「ビクッ!」となるところなど、今後また見られるかどうかもわからないというのに、実にもったいないことをした。

 アイザックは、シークヴァルトが今まで出会った中で、間違いなく最上級に立派な筋肉と人格の持ち主である。そんな彼が、少し考えるようにしたあと、慎重に伸ばした指先でもちもちの魔導鉱石に触れた。

 ――ふにっ。ふにっ、ふにっ。

 どうやら、楽しくなってきたらしい。真顔のまま、ひたすらふにふにと魔導鉱石をつつき続ける姿は、何やら子ども向けの絵本に出てくるファンシーで平和なイラストの熊を思い出させる。アイザックへの敬愛を若干こじらせているソレイユ辺りが見たら、奇声を上げて大喜びしそうだ。

 ややあって、満足したらしいアイザックがうなずいて言う。


「ふむ。これはなかなか、クセになる感触だな。ひとつもらって帰りたいくらいだ」

「ん? そんなもん、持って帰ってどうするんだ?」


 首を傾げたシークヴァルトに、アイザックは生真面目に答えた。


「書類仕事で疲れたときなどに、この魔導鉱石に触れられたら、なんだか元気が出そうだ」


 一拍置いて、ライニールがにこりとほほえむ。


「そういうことでしたら、こちらで申請書を提出しておきますよ。魔導研究所の許可が出次第、団長の執務室へ送るよう手配いたします」


 普段滅多に物欲を見せることがないアイザックの、大変珍しい要望である。ここで全力を出さないライニールではない。多少の無茶を通しても、必ずこの不思議な魔導鉱石をアイザックに届けさせることだろう。

 そうか、とアイザックがうなずく。


「引き取り費用については、私の個人資産から出すので、よろしく頼む」

「了解しました」


 そんな会話を交わされると、シークヴァルトもちょっと気になってきた。魔導研究所に回収される前に、もう一度触っておくか、としゃがみこむ。そして――


(……これ、ソファ代わりにしたら、めちゃくちゃ気持ちよさそうじゃねえ?)


 そのとき閃いた思いつきは、まさに天啓であった。軽く手のひらで魔導鉱石の感触をたしかめたシークヴァルトは、その上へ慎重に腰を下ろす。


 ――もにょん。うにょん、うにょん。


 なんということであろうか。

 ものすごく控えめに言っても、極上の座り心地である。立ち上がるのがいやになりそうなほど素晴らしい感触に埋まったまま、シークヴァルトは真顔になって仲間たちを見上げた。


「オレも欲しい。あと、ナギにもひとつやりたい」

「う……うむ。ライニール?」

「はい。おれの個人資産でふたつ、シークヴァルトの個人資産でひとつを追加申請しておきます」


 当然のように言うライニールを、シークヴァルトは軽く睨みつける。


「ナギには、オレがやろうと思ってたのに」

「やかましい。保護者特権だ」


 少し面白くない気分になったけれど、シークヴァルトのぶんもまとめて申請してくれるということについては、ありがたく感謝しておく。細かい事務作業は、どうにも苦手なのだ。

 その後、報告を受けて飛んできた魔導研究所の面々が、ふにふにもちもちの魔導鉱石を見て、それこそ奇声を上げて大喜びしたり、ゲートの魔導陣を確認して「ウチのシマで、何を勝手なことをしてくれてんだろォなあ……?」とブチ切れたりしていた。

 この国の王立魔導研究所は、身分不問の完全な実力主義であるため、平民出身の研究員も少数ながら在籍している。しかし、寝不足が続いて理性がゆるゆるになったとき、ガラが悪くなるのは貴族出身の者のほうが多いらしい。

 下町の裏街道で生きている者たちが使うようなスラングや罵詈雑言を、いかにも育ちのよさそうな研究員たちは、いったいどこで覚えてきているのだろう。なかなかの謎ではあるが、突き詰めるとなんだか怖いことになりそうなので、あまり深入りはしないでおく。

 何はともあれ、専門家が来たのであれば、あとは任せるだけだ。アイザックが魔導研究所のチームリーダーに引き継ぎの確認をして、三人はそれぞれの拠点へ戻ることになった。


「それではな。今日は、ご苦労だった。ナギ嬢には、あの方が学園での生活に慣れた頃に改めてご挨拶へ伺うが、くれぐれもよろしくお伝えしておいてくれたまえ」


 レディントン・コートへ向かうアイザックがそう言うのに、シークヴァルトは真顔で敬礼する。


「了解。そっちに戻ったら、第一部隊と第三部隊の連中が、ナギが聖女だってことを黙ってた件についてめちゃくちゃ文句言ってくるかもだが、団長としてがんばって対処してくれ」


 アイザックが、固まった。その様子を見たライニールが、微妙に上官から視線を逸らしながら言う。


「申し訳ありません、団長。自分は兄として、できるだけナギのそばについていてやりたいもので……。その、よろしくお願いいたします」


 ナギの護衛騎士であるシークヴァルトと、彼女の保護者であるライニールが、基本的に彼女のそば近くに控えているのは当然のことだ。今日のことで疲れ切っているだろうナギが、しばらく目を覚ますことがなかろうと、己の責務というのはきちんと果たすべきである。

 よって、かなり面倒くさいことになりそうな第一部隊と第三部隊へのフォローを、最高責任者であるアイザックに丸投げするのは、仕方がないことなのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] プニプニ魔導鉱石ソファにマッサージ機能の陣とか書き込んだら、熾烈な争奪戦が起こりそうな……笑 大人のやり取り子供のやり取り、どっちもほっこりさせられます!展開も楽しみながら、このまったりした…
[一言] 人をダメにするソf……じゃなくて魔導鉱石、 ひょっとしてナギなら量産できるのでは? 新たなビジネスのチャンス?
[良い点] プニプニ魔導鉱石に魅了されちゃう団長と座っちゃうシークヴァルト君。 [気になる点] 人を駄目にする魔導鉱石。なんか字面が不穏。 [一言] プニプニ魔導鉱石争奪戦のフラグ?
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