顔面最終兵器野郎に、お姫さま抱っこをされました
突然飛んできた究極のファンタジー要素に、凪は大きく目を見開く。ものすごくアホっぽい発音をしてしまったのは、不可抗力なので勘弁していただきたい。
この世界で、様々な機能を有する魔導具の動力源が、魔力という不思議パワーであることは知っている。魔導具の内部には、それぞれ魔力を宿した魔導結晶なるものが入っていて、スイッチを入れることで設定された魔術が発動する仕組みだ。たとえ、使用しているうちに魔導結晶が内蔵していた魔力が尽きたとしても、新たな魔導結晶と入れ替えれば、その魔導具は再び使えるようになる。
よって凪は基本的に、この夢の世界における魔導具は家電製品、魔導結晶は高性能の電池と認識していた。残念ながら、充電式電池タイプの魔導結晶やコンセントに類するものは、まだ見たことがない。
そして、魔導結晶を使わずとも、自らの肉体が有する魔力で、一般に流通している魔導具とは比較にならないほど高度な魔術を発動できる者を、魔導士と呼ぶ。けれど、このファンタジーな夢の世界でも、魔力を持って生まれる者はあまり多くないらしい。魔力持ちは、そのほとんどが貴族だというから、当然か。
そこまで考えたとき、先ほどのアイザックの自己紹介を思い出す。
(あ、そっか。この人たち、自分たちは魔導騎士団だーとか言ってたっけ。はじめて聞いたけど、名前からしてそりゃ絶対、魔術が使える系の集団だよね)
つまりアイザックは、今までの凪との会話を、嘘発見器に掛けていたようなものだ、ということか。
なるほど、と納得した凪は、アイザックを見上げた。
「別に、気にしていないです。……えぇとつまり、あなたの魔術? で、わたしはあなた方が探していた誰かではない、と判断された感じなんでしょうか?」
「その通りだ。きみは、我々の捜索対象ではありえない」
強い口調で断言され、凪は首を傾げる。
「でも、最初はわたしをその捜索対象さんだと思ってたんですよね?」
「それは、本当に申し訳ない。言い訳になるが、我々は上からの命令で『王宮の侍女服を着た金髪の若い娘』を捜索していたのだ。きみが今着ているのが、その侍女服になる」
ただ、とアイザックは小さく苦笑した。
「その捜索対象は、今年十八歳になる貴族の令嬢だ。おそらくだが……令嬢の逃走を手助けした何者かが、彼女によく似た容姿のきみを拐かし、時間稼ぎのための身代わりとして使ったのだと思う」
凪は思い切り顔をしかめ、ぐっと両手の指を握りしめる。
ここで『目覚める』前のことは、まったくわからない。だが少なくとも、孤児であるリオが貴族の令嬢と間違えられるとなれば、誰かがそう仕組まなければありえないことだ。こんな超絶美少女フェイスの持ち主がそうそういるとは思えないけれど、年頃の近い金髪の娘であれば――そして、全身を血塗れにして汚しておけば、追っ手の目をごまかせるとでも考えたのだろうか。
「もし本当にその通りなら、犯人を全力でぶん殴ってやりたいです」
汚すにしても、何も血を使わなくてもいいではないか。気持ちが悪いし、鼻が麻痺しているのか自分ではわからないけれど、ひどいにおいになっていそうだ。
腹立たしさのあまり、ドスの効いた声で低く言うと、一瞬目を見開いたアイザックが楽しげに笑った。そして、改めて居住まいを正して言う。
「そうだな。そのときは、きみの手が痛まぬように、私が代わりに殴ってあげよう。――ナギ嬢。きみの身柄は、ひとまず我々が保護させてもらう。今後の安全が確認されるまでは、我々の庇護下にいてもらうことになる」
(はあ。それは提案ではなくて、決定事項なんですね)
選択の余地がないことに若干もやっとしたけれど、考えてみれば別に拒否する理由もない。もしここで誰とも出会えないままでいたなら、現実で目が覚めるまで、ずっと血塗れの格好でいたかもしれないのだ。そう思うと、心底ぞっとする。
凪は、ぺこりと頭を下げた。
「お手数をおかけして、申し訳ないです」
「いや、きみが謝るようなことではない。――シークヴァルト。今からおまえを、ナギ嬢の護衛とする。彼女は、ノルダールの一件における重要な証人だ。今後は、彼女の安全を最優先に行動するように」
アイザックの唐突な命令に、シークヴァルトが躊躇なくうなずく。
「了解した」
(へ?)
護衛やら証人とはなんのことだ、と彼女が目を丸くする間に、立ち上がったアイザックが背後を振り返る。
「こちらが囮だったのなら、対象はすでに別方向へ脱出しているはずだ。一度砦へ戻り、第二、第三部隊と情報のすり合わせをする」
イケメンたちから口々に了解の声が返り、それを受けたアイザックが再び凪を見た。
「では、ナギ嬢。今から帰還ゲートを開くので、シークヴァルトにしっかりと掴まっていてくれたまえ」
「え? って、ふぉおおぅえあ!?」
相手の言葉の意味を理解するより先に、凪が素っ頓狂な声を上げたのは、なんの前触れもなくシークヴァルトに体を持ち上げられていたからである。しかも、いわゆるお姫さま抱っこというやつだ。
(近い、近い、近いーっ!! いいぃいいやぁああーっっ! イケメンという人種は、自分の顔面が一般庶民の心臓に与えるダメージについて、きちんと認識しておくべきだと思います!)
硬直した凪が内心で盛大に絶叫していると、シークヴァルトが金色の目を細めてふっと笑う。凪の心臓は、無事殉職した。
「元気なヤツだ。落ちないように、ちゃんと掴まっていろ」
(顔面最終兵器野郎が、何を言う……。わたしのライフを返してください……)
どうにか根性で蘇生した凪は半目になりつつ、シークヴァルトの袖の辺りを指先で摘まんだ。今更とも思うけれど、乾いた血でバリバリの汚れた手で、他人様の清潔な衣服を鷲づかみにするのは、ものすごく抵抗があったのだ。
(掴まってろっていうなら、そうしなきゃダメな感じなんだろうし。ここで置いていかれて、次に会う人がいい人とは限らないし。しょせんわたしは、長いものには巻かれがちな日本人なんですー。うふふー)
と、すぐ近くで強烈な白い光が溢れた。驚いてそちらを見れば、アイザックが片手をかざした先に、直径2.5メートルほどの輝く円がある。その円周は幾重にも連なる複雑な文字と数字の羅列で、内側は一点の陰りもない純白の光。
(おぉーう……。ファンタスティーック……アメイジーング……ぐれいとびゅりふぉー……)
半ば現実逃避をしながら、美しい光を呆然と見つめているうちに、その場にいた者たちが次々と輝く円の中に飛びこんでいく。そして、凪が心の準備をする間もなく、彼女を抱えたシークヴァルトもそれに続いた。
「……っ」
凪は咄嗟に目を閉じ、ぎゅっと体を強張らせる。
衝撃は、何もない。しかし、再び目を開いたとき、世界は一変していた。