ホストの集団は、圧が酷すぎると思います
ルジェンダ王国王立魔導学園。
そこには遠方からの入学生のために、かなり立派な学生寮があるのだという。
魔力を持つ子どもたちは、それぞれの国にとって大変貴重な人的資源だ。その教育施設が、王宮に準ずる警備体制を敷いているというのは、言われてみればごもっともなことである。
どこの国でも、魔導学園や騎士養成学校、またそれに類する教育施設は、常に最新鋭の安全管理を徹底しているらしい。だからこそ、王太子であるオスワルドも、凪の魔導学園入学を勧めたのだろう。
しかし、凪の入学が正式に決定したのは、今年度の入学式の十日前。さすがに寮の準備までは間に合わないということだった。
(……だからって、こうなるかなぁ?)
凪とて、教室に少し座席を増やす程度ならともかく、育ち盛りの子どもが居心地よく生活できる場を用意するというのが、とても大変なことだというのはわかる。
しかし、いくら学園の寮に空きがなかったからとはいえ、学園の近くにある屋敷を丸ごとひとつ買い上げて用意するというのは、さすがに予想外だった。王宮側の指示だというが、だだっ広い庭付きの屋敷というのは、そう簡単に買えていいものなのだろうか。
「さあ、ナギ。今日からここが、おれたちの家だよ」
「……兄さん。まずひとつ聞いてもいい? なんでお出迎えしてくれてる使用人っぽい格好をした人たちが、第二部隊のみなさんなの?」
ライニールとふたりで、新たに住まうことになったこの屋敷の玄関ホールへ転移するなり、即ツッコミを強制してくるのはひどいと思う。
ずらりと整列し、こちらに敬礼をしているのは、この半月あまりでようやく顔と名前が一致するようになった、魔導騎士団第二部隊のメンバーの中の六名だ。
しかし、いつもはやたらとスタイリッシュな制服を着ている面々が、隙のない執事服だのシンプルなベストタイプの従僕服だのを着ているのは――
(ヤバい、鼻血でそう)
ものすごく、眼福であった。
懸命に萌えを堪える凪に、ライニールは笑って答える。
「そりゃあ、きみが聖女だということを知っているのは、第二部隊のメンバーだけだからね。きみを護衛するのに、その事実を知っているのといないのでは、気合いの入り方が違うだろう? いずれすべてが公表されたら、第一部隊と第三部隊もローテーションに入れることになるけれど、それまでは第二部隊がきみの専属という形になったんだ」
「あー……なるほど」
凪は、ものすごく納得した。
魔導騎士団の第二部隊は、ユリアーネ・フロックハートを捕縛した際、『本物の聖女は自分たちが殺してやった』と捨て台詞を吐いたことを確認している。また、オスワルドの命令ですぐに箝口令を敷かれたとはいえ、第二部隊の面々は、凪が――『殺された本物の聖女』の条件に合致する少女が、血塗れの状態で保護されたという情報をすでに共有していた。
これはさすがにごまかしきれるものではなく、アイザックの判断により、第二部隊のメンバーたちも『ライニール副団長の妹は、本物の聖女です』という事実を知ることになったのである。もちろん、その上で彼らは箝口令に従っているわけだが、どうにも凪に対する態度が複雑怪奇なものになっていた。
第一部隊と第三部隊のメンバーたちは、ライニールのシスコンぶりに若干引いた様子を見せつつも、すぐにソレイユに倣って『ナギちゃん』と呼び、可愛がってくれるようになっている。凪のほうも、彼らのあまりにも個性あふれるイケメン祭りに、種の多様性について思いを馳せたりしたものだ。
(思わずソレイユに、魔導騎士団って顔で選ばれてるの? って聞いちゃったもんなー……。魔力適性が高い人間ほど、容姿が美しくなる傾向があるとかね。そりゃあこの国の最大戦力集団が、イコールイケメンパラダイスになるはずだよ……)
以前ソレイユが、魔力適性の高すぎる人間は、そうでない者たちに怖がられると言っていた。だが、もしかしたらそれは彼ら彼女らの美形の圧に、周囲がビビっているだけなのではあるまいか。中身が元々平凡な日本人であった身としては、その気持ちがとてもよくわかってしまう。
――しかし、だ。
『美人は三日で飽きる』という言い伝えは嘘っぱちではあったけれど、どうやら美形の圧にはそれなりに時間薬が効くらしい。とりあえず、朝目を覚まして顔を洗おうと鏡を見るたび、そこに映る自分の姿に「誰この美少女!?」とビビることはなくなった。
いまだにシークヴァルトと顔を合わせるたび心臓が跳ねまくるのは、ただ単に凪が彼に恋する乙女だからであって、彼の美形っぷりとは関係あるまい。兄のライニールとは、どれほど不用意に顔を合わせても笑顔で挨拶できるようになったし、アイザックは美形である以前にマッチョな紳士なので大丈夫。
第一部隊と第三部隊のメンバーたちも、みなそれぞれ感心するほどのイケメン揃いだが、彼らは『ライニール副団長の妹』という存在がよほど興味深いらしい。顔を合わせるたびに、彼らはきれいな飴や、ちょっとしたお菓子をくれる。なんというか、ハイパー過ぎる美形度を除けば、近所の気のいいお兄ちゃんたちに囲まれているような気分になるのだ。そのため、彼らに対してさほど緊張することはなくなった。
だが、第二部隊のメンバーたちは、そうはいかない。
当初彼らは凪の姿を見かけるたびに、直立不動になって敬礼しかけてはそのまま柔軟体操をはじめたり、唐突に手を取り合って踊り出したりと、大変イケメンにあるまじき愉快なことになっていた。呼び方についても、ほかの面々のように『ナギちゃん』と呼ぶのはどうしてもできずにいるようだ。
彼らの様子からして、決して嫌われているわけではないと思う。だが、結果的に彼らは仲間たちから『凪の前で突然奇行に走る第二部隊』という、ものすごく不名誉なレッテルを張られている。非常に、申し訳ない。いつか事実が公表された暁には、『おれたち第二部隊のメンバーは、最初から知っていたんだぜ!』と、全力でドヤ顔をしていただきたいと思う。
しかし、この屋敷にいるのは、みな秘密を共有する者ばかり。彼らが奇行に走る必要はない。
凪は、ぺこりと彼らに頭を下げた。
「今まで、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。いつかわたしのことが公表されたら、第一部隊や第三部隊のみなさんとも普通にお話しできるようになると思うので、それまでどうぞよろしくお願いいたします」
返事がない。もしや、今まで愉快な奇行に走りまくる原因となった凪に、実はみなお怒りだったのだろうか。恐る恐る顔を上げようとしたとき、玄関ホールがどよめいた。
「ぅおおぉおおっス!!」
(ひょわぁ!?)
その轟くようなどよめきが、第二部隊のメンバーたちによる大変気合いの入った返答だと気がついたのは、その圧に押されてよろめいたところを、ライニールに受け止められてからである。
「……ナギ。第二部隊はうちの中でも、特に暑苦し……じゃない、元気のいい連中なんだ。使用人の真似事には少々向いていないかもしれないが、料理の腕前は保証する。なんでも好きなものを作ってもらうといい」
「あ、そうなんだ。すごい、嬉しい」
どうやら凪は、彼ら魔導騎士団に護衛されている限り、必ず美味しいごはんをいただけるらしい。なんとありがたいことだろう。
素晴らしい体育会系のノリに一瞬気圧されてしまったけれど、凪にとって美味しいものを作れる人は、基本的にいい人だ。決して少なくない手間暇と時間と労力をかけて、ちゃんとした料理を作り上げられるというのは、素直に尊敬に値する。料理を食べる相手に対する思いやりや気遣いがなければ、とてもできることではない。
彼らに保護されてからこっち、凪は少しずつ自分の置かれている状況を学んできた。
魔導騎士団はあくまでも王宮からの命令で、聖女である凪を護衛してくれているだけなのだ。よって、彼女自身が彼らの働きに感謝するのは当然としても、ありがたいことにそのお給金は王宮持ちなのである。
(みなさん、いつもありがとうございます。そして、そんなみなさんにお給料を払ってくださっている王宮の方々は……まあ、聖女という最強の生物兵器を維持するためですし、自国を守るための必要経費と思ってがんばってください)
凪はまだまだ世間知らずのお子さまなので、実際に目に見える形で自分を守ってくれる魔導騎士団の面々には、心からの感謝を抱いている。しかし、いまだに王太子以外は顔も見たことのない王族たちは、いまいち存在すらも定かではない『なんか国のエライ人』だった。
凪は改めて、目の前の第二部隊のメンバーたちを見る。
第二部隊の隊長は、エルウィン・フレッカーという名で『ザ・イケオジ!』という感じの、ぱっと見た感じはちょい悪な香りのする男性だ。しかし、垂れ目がちなその瞳はいつも穏やかで、とても逞しい体つきをしているのに威圧感を感じさせない。いつも落ち着いた空気をまとっており、非常に頼りがいのある人物なのだろうな、と思う。
彼らひとりひとりの顔を見て、きちんと全員の名前を思い出せることに安心した凪は、改めて彼らに問うた。
「エルウィン隊長。セレス副隊長。テオバルトさん。カールさん。マティアスさん。ルカさん。大変今更ではあるのですけど、やっぱりみなさんは第一部隊と第三部隊のみなさんのように、わたしをただ兄さんの妹として扱うことは難しいですか?」
別に、彼らから親しげに『ナギちゃん』と呼んでもらいたいわけではない。ただ、イケメン成人男性の集団からあまりにもかしこまった対応をされると、なんだかムズムズしてしまうのだ。
少しの間のあと、代表して隊長のエルウィンが口を開く。
「ご命令とあらば、と申し上げたいところではありますが……。我々は、聖女をお守りする者。主であるあなたさまに、そうとわかった上でご無礼申し上げるわけには参りません」
「……あるじ?」
凪は、きょとんとした。
「みなさんの主は、王さまでしょう?」
「その国王陛下から直々に、我ら魔導騎士団に命じられております。この国の正しき聖女であるあなたさまを主と定め、我らの命ある限りお守りせよ、と」
なんということだろうか。凪は青ざめ、よろめいた。
「お……お給料が……」
「落ち着け、ナギ。おれたちの給料を支払うのは、王宮だ。聖女の扱いは、王族に準じると言っただろう? すべての騎士は王家に忠誠を誓うものだが、その中で魔導騎士団はおまえの専属として働くことになった、というだけだ」
ライニールの説明に、凪はそう言われればそうだった、と思い出す。
しかし、そうなると――
「いくら王さまの命令だからって、立派な騎士のみなさんが、王家の人間じゃないわたしなんかを主と呼ばなければならないなんて……。ものすごい貧乏くじを引かせてしまったようで、申し訳ないです」
「いや、違うからな? ナギ。聖女の護衛騎士になるっていうのは、王族近衛よりも名誉なことだから。貧乏くじの逆だから。……それから、自分なんか、と言うのはやめなさい。おれはきみの兄として、きみを軽んじる者はたとえきみ自身でも許さない」
ライニールに、はじめて叱られてしまった。怖かったけれど、凪を想っての言葉だとわかるから、ちょっと嬉しい。
叱られてしょんぼりすればいいのか、嬉しいことを言われて喜べばいいのか迷っていると、それまで黙っていた第二部隊のメンバーが口を開いた。
艶やかな栗毛に琥珀の瞳、泣きぼくろがチャームポイントの、カール・メイジャーという名の青年だ。二十歳前後の年頃に見える、ほっそりとしなやかな体躯をした彼は、とても騎士とは思えない繊細な印象の持ち主である。
「ねえ、隊長ー。『ナギちゃん』はたぶん、おれたちに全力で聖女扱いされると落ち着かないから、できれば普通に話してくれないかな、って言ってると思うんだよね。――違った?」
最後の凪への問いかけに、驚きながらも全力でうなずく。
「は、はい。そうです!」
「でしょ? だったらさー、主が気分よく過ごせるようにするのも、おれらの仕事だと思うんだよね。外ではさすがにヤバいけど、この屋敷の中でだけだったら、ナギちゃんのことを普通の女の子扱いしてもいいんじゃないの」
なんというありがたい提案だろうか。
思わず両手を組み合わせ、『お願いします!』の気持ちをこめてエルウィンを見つめる。再びしばしの沈黙のあと、やがて第二部隊の隊長はその大きな手でがしがしと後頭部を掻きながら、ため息をついた。
「あー……。ライニール副団長。ただいまのカール・メイジャーからの提案を、許可していただけますか?」
「構わないよ。おまえたちだって、堅苦しいのは苦手だといつも言っていただろう。ナギ本人が望むのであれば、好きにすればいい」
(よっしゃああーっっ! 年上イケメン集団からの敬語回避! ぶっちゃけ、黙っていればこの人たちってイケメンホストの集団なんだもん! 圧がヒドい! 圧が!)
ライニールの言葉に、凪が内心快哉を叫んでいると、長く伸ばしたサラサラの赤い髪を後頭部でひとつに括った副隊長のセレス・タイラーが、肩のこりをほぐすように左腕を回す。
「助かったぜ。いや、聖女サマが通常モードをお望みじゃなけりゃあ、いくらでも品行方正バージョンをキープするけどよぉ」
そう言って、彼はふと表情を改めて凪を見た。
「まあ、アンタは普通の聖女じゃないらしいからな。治癒魔術で、ウチの連中の怪我を片っ端から治してくれたらしいじゃねえか。ありがとな」
赤銅色の瞳でまっすぐに彼女を見つめながら、ニカッと大らかに笑うセレスを見て、凪は改めて戦慄する。
そうだ。
親しみをこめたイケメンの笑顔というのは、すさまじい破壊力を持つものだったのだ――と。