聖女さまは、珍獣扱い
同期というだけあって、このふたりは随分仲がよさそうだ。凪がぽんぽんとリズムのいいふたりの会話に感心していると、セイアッドが静かな眼差しで彼女を見る。
「おれは、ライニール副団長の過去については、元々マクファーレン公爵家の人間だったということしか知らない。だが、あんたがあの人の妹だというのなら、今後あの家絡みでものすごく面倒なことになることくらいは、想像がつく」
「わあ。物知りで話しが早い」
凪は驚いた。マクファーレン公爵家というのは、もしや彼女が思っているよりも有名なおうちだったりするのだろうか。
(今の王妃さまの実家だから? それでも、これくらいの年の男の子が普通に知ってるって、なんかすごいな。……今のニッポンの皇后さまのご実家って、何さまだっけ)
残念ながら、凪は自分の生まれた国の象徴たるご一族について、まったく詳しくなかった。何しろ、学校のテストには出ないので。現在の政治家の名前だって、首相くらいは辛うじて覚えているけれど、それ以外は地元のポスターで見る名前が、なんとなく頭の片隅に引っかかっているだけだ。
セイアッドの物知り具合に感心しつつ、凪はひとまず彼に挨拶をすることにした。
「えっと……。今更ですけど、ついさっきライニールさんの養子になった、あの人の妹のナギ・シェリンガムです」
「セイアッド・ジェンクスだ。あんたはおれと同い年だと聞いている。セイアッド、と呼んでくれて構わない。敬語も不要だ」
セイアッドも、十五歳だということか。
「わかった。わたしのことも、ナギでいいよ。それにしても、ソレイユもセイアッドも十五歳で魔導騎士団の見習いって、なんかすごいね。魔力持ちの子どもは、十五歳になったら魔導学園に入学するって聞いたけど、例外もあるんだ?」
ああ、とセイアッドがあっさりうなずく。
「おれとソレイユは、どうも魔力適性が高すぎたらしくてな。子どもの頃は魔力のコントロールがまるで効かなくて、癇癪を起こして魔力を暴走させては、周囲を破壊しまくっていたんだ。結局、ふたりとも生まれた家では育てるのが難しいということで、先代のリヴィングストン伯爵がおれたちを引き取って育ててくれた」
そうそう、とソレイユが笑って続ける。
「だからあたしたち、アイザック兄さま――じゃない、団長とは義きょうだいみたいなものなんだよね。で、十二歳から特例で騎士養成学校の魔導騎士科に入学したんだけど、ホラ、地脈の乱れが発生しちゃったじゃない? そしたら、魔導騎士科の学生は、所定の単位数さえクリアしていれば、卒業資格を取得した上で、魔導騎士団に見習いとして配属してもらえるって話しになってさー。もう、速攻で願書を提出したよね!」
「何事もなく卒業していれば、どこの騎士団に配属されるかわかったものじゃなかったからな。そういう意味では、間違いなく敬愛できる団長のいる団を選べたおれたちは、運がよかった」
このふたり、やけに息がぴったりだと思えば、まさか同じ家できょうだいのように育った間柄だったとは。アイザック兄さま、と言いかけた様子からして、彼ともきょうだい同然の親しい関係なのだろう。
(十五歳のソレイユが、なんで魔導騎士団団長のアイザックさんに憧れるっていう話しになるのか、ちょっと不思議に思ってたんだよね。なるほど、なるほど。……ふたりとも、苦労してきたんだなあ)
どうやらここにいる十五歳組は、揃って家族との縁が薄いらしい。
ついしんみりとしていると、セイアッドが小さくため息をついた。そして、何やらいやそうな顔をして言う。
「おれの生家の長兄は、実力はまあそれなりにあるんだろうが、どうにも気合いの熱量が高過ぎてうっとうしいんだ。正直なところ、よくあれで騎士団長を務めていると思う」
「……んん? セイアッドの血の繋がったお兄さんも、どこかの騎士団長なの?」
首を傾げた凪に、ソレイユが笑って答える。
「そうだよー! 東の砦を守ってる、第三騎士団の団長さん。ちなみに、南西の砦を守ってる第八騎士団の団長は、あたしのお父さん! あたしたちが生まれた頃は、ちょうどあちこちの国境が騒がしい時期だったみたいでねー。ジェンクス侯爵家もうちのバレル伯爵家も、乳幼児の魔力暴走を抑えこめる人間が、揃って出払ってたんだって。お父さんなんて、あたしの顔を見るたび『自分で育てたかったー!』って号泣しちゃうんだよ」
「へえ。だからおまえは昔から、第八への入団だけは断固拒否していたのか」
ソレイユが、途端に真顔になった。
「当たり前じゃん。あの人、絶対あたしを甘やかすに決まってるもん」
「娘からの信用がなさ過ぎで笑えるな、あのおっさん」
「そういうことは、ちょっとでも笑いながら言うべきだと思う」
前言撤回。
この中で家族との縁が薄いのは、凪だけだったようだ。
そして、セイアッドの実家もソレイユの実家もシャクシャクしているということは、ふたりとも貴族のお坊ちゃまお嬢さまだったということか。ふたりとも口調がそれっぽくないから、少し意外だ。
(ふーん。それじゃあこのふたりにとっては、自分の生まれたおうちと、アイザックさんのおうちが、両方自分のうちみたいなものなのかー。……いや、わたしにはライニールさんという、ゴージャス過ぎる立派なお兄さんがいるし。別に、このふたりが羨ましいとか思ってないし。……ただちょびっとだけ、お父さんとお母さんとお兄ちゃんにもう会えないのが、寂しいだけだもん)
ふと胸を掠めたやるせなさは、曖昧なニッポンジンのほほえみでごまかしつつ、凪は気になっていたことをふたりに問うた。
「でも、魔導騎士団ってすごく危険なお仕事をするところなんでしょう? いくらアイザックさんが団長だからって、そういうのが怖いとかイヤだとかはなかったの?」
どれほど生まれ持った素質が高かろうと、何かを怖いと思う気持ちは誰だって変わらないはずだ。凪だって、いくら自力で治せる自信があるといっても、怪我をするのも傷つけられるのも、怖いしイヤだ。
しかし、一瞬顔を見合わせたふたりは、まるで当然のことのように言う。
「魔力適性ってさ、あんまり高すぎると、周りから怖がられるのが普通なんだよね。けど、魔導騎士団のメンツって、みんなそういう『怖がられる側』の連中ばっかりなんだ」
「正直、『普通の連中』の集団にまざっているより、ここにいたほうが気楽に過ごせる」
凪は、目を瞠った。
「周りの人たちから怖がられるよりは、仕事で怖い思いをするほうがマシってこと?」
「いやー、ぶっちゃけわたしたちって見習いだし。十八才になるまでは、実戦投入されることもまずないしねえ。魔導騎士団だからって、特に怖いとかもないんだなーこれが」
ぽりぽりと頬を掻きながら、ソレイユが苦笑する。
「もちろん、大好きな団長の力になりたい、っていうのはあったけどね。あたしはただ、ちゃんと大人になれるまでは、少しでも自分らしくいられる場所にいたかっただけだよ」
「おれは、自分の力を一番活かせるのは、ここだと思った。それに、この国の最大戦力として魔導騎士団が結成された以上、聖女が出現すればその護衛はここの仕事になるからな」
(ひょっ)
聖女、という単語が突然出てきて、凪は危うくおかしな声を出しそうになった。
「聖女の実物を見られる機会など、普通の騎士団にいてもあるかどうかわからない。見習い身分でも、魔導騎士団にいればその可能性は上がると思った」
「えー。あんた、そんなに聖女さまを見てみたかったの?」
ソレイユの意外そうな問いかけに、セイアッドが淡々と応じる。
「数十年に一度しか出てこない珍しいイキモノは、できればナマで見てみたいと思わないか?」
「まさかの珍獣扱い」
真顔になったソレイユのツッコミに、凪は思わず笑ってしまった。
「それじゃあ、ユリアーネ・フロックハートがニセモノ聖女で、セイアッドは残念だった感じ?」
「多少は。ただあの女は、自分の家から連れてきた魔導士以外の戦闘要員は、野蛮だなんだと言って、ほとんど自分に近づけさせなかった。護衛の任に就いていた第一部隊のメンバーすら、ベールを被った姿を遠目に見るのがせいぜいだったと言っていた。やはり魔導騎士団に入ったからといって、必ずしも聖女を間近で見られるわけじゃないらしい」
第一部隊、というと、凪が森で拾われたときに、アイザックとともにいた人々のことだろうか。だとしたら、シークヴァルトとライニール以外の面々とも、そのうちご挨拶することもあるのだろう。何しろ凪は、本物の聖女なのだから。
(つーか、魔導騎士団の人たちを野蛮だとか、何サマだよユリアーネ・フロックハート。みなさん、あまりの眩さにうっかり目が潰れそうなほどのイケメン揃いぞ? ……あ、もしかして、知らない人たちにずっと近くにいられると、ニセモノなのがバレそうでイヤだったのかな)
その辺の事情はわからないが、凪にとって大切なのはそこではない。
「ニセモノ聖女って、捕まったあとはどうなるのかな? わたし、あの人たちにはめちゃくちゃ恨みがあるからさ。何しろ、ガッツリ殺されかけてるし。できれば、ふたりとも全力でぶん殴ってやりたいんだよね」
慰謝料云々については、ひとまず置いておくことにする。それに関して、詳しい話しを聞くとすれば、凪の保護者であるライニールだ。
両手の拳を固め、むん、と気合いを入れる凪に、騎士養成学校でいろいろと学んでいるらしい少年少女が、揃って難しい顔になる。
「聖女を騙ったっていうのは、国を相手にした前代未聞の詐欺事件だからねえ。普通に考えるなら、めちゃくちゃ気合いの入った裁判が開かれるはずだけど……」
「国中どころか、大陸中の注目が集まる事件だからな。王宮側も、中途半端なことはしないだろう。おそらく、ニセモノ聖女とその仲間たちは、これから厳重な監視下に置かれた上で、裁判を待つ身になる」
セイアッドが淡々と凪に言う。
「この国の司法は、私刑も個人の報復も認めていない。いくらあんたがあいつらに殺されかけた被害者でも、直接ぶん殴って復讐をするのは不可能だ」
「何それ理不尽!」
それでは、リオの殺され損ではないか。
(やだやだ、絶対ぶん殴る! リオの仇は絶対許さん!)
憤る凪に、ソレイユがなだめるように口を開く。
「ナギちゃんが殴らなくても、連中のやったことはもれなく絶対に死罪になる案件だから。人を殴るのって、慣れてないと逆に怪我したりするし、ね?」
「少しくらい怪我したって、気にしないもん! わたしは殺されかけたんだから、殴り返すくらいしたっていいと思う! それで、ライニールさんに家畜の血をおねだりして、連中の頭からぶちまけてやらなきゃ気が済まないぃいいーっっ!!」
全力で被害者の主張をする凪に、セイアッドがわずかに顔を強張らせた。
「あんたからのはじめてのおねだりが、家畜の血液というのは……。副団長が可哀相だから、やめてやってくれ」
「……だったら、がんばって働いてお金貯めてから、ライニールさんに家畜の屠殺場に連れていってもらって、自分で買う」
ソレイユが、引きつった声で言う。
「ナギちゃんとのお出かけ先が、家畜の屠殺場っていうのも、さすがにちょっと……」
「もぉおおお! ダメダメばっかりじゃん! わたしはただ、自分を殴ったり殺そうとした連中を、自分の手でぶん殴り返してやりたいだけなのにーっっ!!」
癇癪を起こしてその場にしゃがみこみ、凪は握った拳で床を叩いた。手が痛い。その痛みで、少し頭の芯がクリアになる。
ふふふ、と凪は不気味に笑った。
「……そうか。だったら、合法的に連中をぶちのめせる立場になればいい、というわけだね? つまりわたしはこれから一生懸命勉強して、死刑執行官を目指せばいいと――」
「なんでそうなる」
「殺意が重すぎるよ!」