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マッチョ騎士は、変態と書かないタイプの紳士でした

 ものすごくいやな目覚め方をしそうだけれど、このまま武装したイケメン集団に敵意を向けられる夢を見続けるのは、もっといやだ。斬られるのは痛いに違いないけれど、このファンタジックな剣なら平気なのかもしれないし、きっと一瞬のことだろう。何より、これは夢だ。斬られたところで、死にはしない。


 ひとつうなずき、凪は黒髪の青年を見上げた。何度見ても飽きることを想像できない、ものすごく好みのタイプのイケメンだが、さすがに彼が自分を殺す瞬間は見たくない。


「あの、目を閉じてますので。できるだけ、ぱぱっとやっちゃってくれますか?」


 そう告げて、目を閉じる。

 しかし、いつまで経ってもなんの変化も訪れない。凪は、困った。


(えー……。これって、目を開けた瞬間にずんばらりされるやつ? 怖い、怖い。それくらいなら、目が覚めるまでずっとこのままでいるもんねーだ。……わたしの脳って、もしかしたら受験科目を擬人化していたんだろうか。だとしたら、一番好みのお兄さんは国語かな。物静かそうなマッチョ紳士は数学? 英語は絶対、金髪の王子さまタイプだね!)


 そんな馬鹿なことを考えていると、淡々としつつもどこか戸惑った響きの声が聞こえた。


「――団長。対象の様子がおかしい。風貌は手配書の通りだが、あまりに無抵抗すぎる」

(手配書?)


 何やら不穏な響きである。凪は思わず目を開いた。……ずんばらりされなくてよかった、とひとまず胸をなで下ろす。

 しかし、ここまで目が覚める気配がないとなると、少し不安になってくる。


(うーん……。もしかして、今回はロングタイプの夢なんだろうか。面倒くさいなあ)


 この夢は、長いときには三日ぶんほど続くのだ。しかも、その間に場面が切り替わることはない。どれほど同じような日々を繰り返す夢でも、早送りもスキップもなく、キッチリと体感通りに時間が進んでいく。

 逆に、何日もこの夢を見なかったあとに、夢の中では数時間しか過ぎていないこともあった。そんなふうに、時間の流れる速さが時折変わることはあるけれど、全体としてさほど大きなズレが生じたことはない。


 もし今回の夢も長丁場になるのなら、現状を正確に把握しておきたい。この体に五感がある以上、痛かったり苦しかったりするのは全力で遠慮したいのだ。

 ぐるりと周囲を見回すと、みな剣こそ構えたままだが先ほどまでの緊迫した様子はなく、どこか困惑した表情でこちらを見つめている。凪は、おののいた。


(イケメン集団の圧が怖いよ! すいません、コッチミンナです! わたしは高校生になっても、華やかな一軍の方々とは、ほどよい距離感で接していこうと決めているんです。イケメンというのは、液晶画面越しに見るのがちょうどいいモノなのですね。大変勉強になりました、ありがとうございません)


 脳内で少々取り乱してしまったけれど、改めて黒髪の青年を見上げて口を開く。


「あのー、すみません。手配書って、なんですか? わたし、神殿の孤児院にいたはずなんですけど……。気がついたらここにいて、なんだか着た覚えのない服を着てますし、おまけに血塗れで気持ち悪いですし」

「……孤児院?」


 青年が目を見開き、わずかに驚いた声で言う。


「随分、おかしな夢だなーと思っているところなんですが、みなさんどこかへ行ってもらえませんか? 怖いので」


 剣は怖いが、イケメンの圧も怖いのだ。早く、いつもの夢に戻りたい。

 そんな凪の切なる願いも虚しく、青年の背後から威圧感が最上級の、筋肉マッチョイケメンが進み出てきた。


(うわー……。でっかーい……)


 太陽に透けて輝く赤銅色の髪、軽く二メートルはありそうな巨大な体躯。その逞しすぎる肩ときたら、凪が余裕で腰掛けられそうだ。

 年頃は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。少なくとも、絶対に十代ではないはずだ。こんな立派な筋肉を保有していい十代は、昭和の少年漫画に出てくる世紀末覇者だけだ。

 黒服の胸には、交差した剣と杖を模した徽章がついている。威風堂々、という単語を体現したかのような偉丈夫は、凪の姿を一瞥すると、青年に向けて静かに命じた。


「剣を下げろ、シークヴァルト」

「はい」


 シークヴァルト、と呼ばれた黒髪の青年が、剣を鞘に戻す。目の前の脅威が消え、凪はほっと胸をなで下ろした。どうやら自分で思っているよりも、ストレスを感じていたようだ。

 このまま彼らが消えてくれればありがたかったのだが、残念ながらそう上手くはいかないらしい。新たに凪の目の前にやってきた偉丈夫が、その体の大きさを感じさせない動きで地面に膝をつく。そして視線の高さを合わせると、森の美しさをそのまま映した深緑の瞳で見つめてきた。


「失礼、お嬢さん。我々は、ルジェンダ王国魔導騎士団の者だ。私は団長のアイザック・リヴィングストン。きみの名前を伺ってもよいだろうか?」


 凪は、困惑した。アイザックと名乗った相手が、びっくりするほど紳士的な態度を示してくれたからだけではない。

 彼女の知る限り、ここルジェンダ王国に、魔導騎士団という組織は存在していなかった。国家を守る主な武力として存在しているのは、まず王宮を守護する近衛騎士団。次に、各地の砦で国境防衛を担う、十二の騎士団。それらのほかにも、金銭で仕事を請け負う民間主体の戦闘集団があるらしい。だが、騎士団と名乗っているからには、公式の予算で動いている集団であるはずだ。


 この夢の中で、今までこんな設定の齟齬があったことはなかったため、なんだか妙な違和感を覚える。

 それはともかく、今はこちらの名を聞かれているのだから、どう答えるかが最優先事項になるわけだが――


(ここで緒方凪、ってゴリゴリの日本人名前を名乗るのもなー。だからって、リオって呼ばれても、自分の名前じゃないから咄嗟に反応できなさそうな気がする。まあ、どうせ夢だし。リオも特に名字はなかったっぽいから、とりあえず下の名前だけでいいか)


 ひとつうなずき、彼女は応じた。


「凪、です」

「そうか。では、ナギ嬢。きみに、いくつか尋ねたいことがある。正直に答えてくれると助かる」


 凪はあやうく、ぶほっと噴き出すところだった。


(嬢って! ヤバい、この人マジで紳士さんだ! 変態と書かないタイプの、ホンモノの紳士さんだよ!)


 ぷるぷると震えそうになりながら、どうにかうなずく。


「ありがとう。きみは先ほど、神殿の孤児院にいたと言ったが、それはどこにある、なんという孤児院なのだろう?」

「西の国境近くのノルダールという町にある、ルベリウス神殿所属の聖パウル孤児院です」


 アイザックが、一瞬ひどく驚いたようにしたあと、ぐっと眉根を寄せる。


「……ノルダールの孤児か。きみの年齢は、いくつなのかね?」

「十五歳です」


 元々が捨て子なので正確な年齢はわからないけれど、孤児院の記録では凪とリオは同い年だったはずだ。

 簡単な質問にほっとしつつ、素直に答えた凪だったが――なんだか先ほどから、黒服イケメン集団の様子がおかしい。何やらひどく動揺しているふうなイケメンたちを、片手を上げることで制したアイザックもまた、ものすごく険しい表情になっている。

 一体どうしたのだろう、と首を傾げると、一歩下がった位置にいたシークヴァルトが、額を抑えて低く呻いた。


「……隊長。対象を見つけたら、全力でボコっていいか?」

「問題ない。許可しよう」


 シークヴァルトの問いかけにひどく不快げに応じ、アイザックが凪に向き直る。そして軽く頭を下げ、彼は言った。


「申し訳ない、ナギ嬢。私はきみの姿を確認したときからずっと、魔術できみの言葉の真贋をたしかめていたのだ。きみは我々に対し、ひとつも偽りを述べなかった。今までの無礼を、どうか許してもらいたい」

「まじゅつ」


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