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クール系美少年は、可愛いモノがお好きだそうです

 それからライニールが落ち着きを取り戻すまで、少し時間が必要だった。最終的には、凪が彼の両手を握って『鎮まりたまえ、鎮まりたまえー』と念じることで、暴走寸前の魔力がどうにか元に戻ったのである。タ○リ神か。

 それでもなお、瞳孔をかっ開いたライニールが、「ふ……ふふ……。あの女と魔導士は、おれがこの手で念入りに地獄へ落としてやる。いや、簡単に殺してやるわけにはいかないな。やつらには、この世に生まれてきたことを、全力で後悔させてやろうじゃないか」とぶつぶつ言っているのが、ちょっと怖い。

 どうやら彼は、凪が実の妹であったという事実に驚きすぎていたせいで、森で彼女を発見したときの惨状については、きれいに頭からすっぽ抜けていたようだ。ユリアーネ・フロックハートたちへの恨み節が、徐々に自己嫌悪にまみれた言葉になっていく。


「本当におれは、今まで何を薄ぼんやりとしていたんだろうな。もっと早くナギを見つけていれば……」

「兄さん……。兄さんのほうが、少し休んだほうがいいんじゃないですか?」


 凪の気遣いに、悩んでもしょうがないことで悩んでいたライニールが、真顔で振り返る。


「ソレイユにだけ、ナギが敬語をやめているのはズルいと思う」

「言葉のキャッチボールは、ちゃんとしましょう?」


 そこで、暴走しかけのライニールをどうにか押さえこみ、疲労困憊の様子だったシークヴァルトが、こちらを見た。彼はひとつうなずくと、すちゃっと片手を挙げて言う。


「それは、オレもズルいと思ってる」

「シークヴァルトさんまで!?」


 凪は基本的に、年長の相手には敬語を使う派なのだ。

 しかし、いい年をしたふたりがまったく大人げなく「ズルい、ズルい」と繰り返すものだから、結局凪のほうが折れる形になった。


(別に、いいんだけどさ。敬語、いちいち考えるの面倒くさいし。……大人って、なんだっけ)


 この国の成人年齢は十八歳であるようだが、肉体年齢が成人したからといって、精神年齢まで成熟するとは限らないらしい。ソレイユが冷め切った目をして「あたしはやっぱり、団長の筋肉以外は認められそうにない」と呟いていたが、ちょっと意味がわからなかった。大人げのなさと筋肉のなさは、あまり比例しないはずである。

 オスワルドが、ひとつ咳払いをしてから口を開く。


「仲がいいのは、結構なことだ。……そうか、ナギ嬢は治癒魔術の適性があるんだね。少し驚いてしまったよ」


 それから、魔導学園への入学について、大人たちでいろいろと話し合いをするということで、ひとまず凪はソレイユとともに退室することになった。

 ここレディントン・コートは、魔導騎士団の本拠地であるだけあって、広大な敷地ごと王宮並の防御システムによって守られているらしい。三重の防御シールドが常に展開しており、許可のない者は中の様子を窺うことさえ叶わないそうだ。

 ひとまず、凪は誘拐事件の被害者兼、魔力持ちの子どもを対象とした人身売買事件の重要参考人兼、魔導騎士団副団長の妹として保護されることになった。とはいえ、事情を知らない騎士団の面々には、いまだその旨は通達されていない。いずれ団長であるアイザックから団全体に通達されるそうだが、その前に顔を合わせた団員には、別段隠す必要もないと言われている。


「ナギちゃん、ナギちゃん! あたしの同期に、先にナギちゃんを紹介していい!?」


 それまで居た部屋――アイザックの執務室から出るなり、やたらとテンション高くソレイユが言う。凪は、首を傾げた。


「同期って……背の高い、ソレイユと同じ制服を着ていた男の子のこと?」

「そう、そいつ。あ、めっちゃ目つきが悪くて無愛想だけど、悪いヤツじゃないから!」


 ぐっと親指を立てた彼女がそうしたいと言うなら、凪には特段拒否する理由もない。うなずくと、ソレイユは嬉しそうに笑って歩き出した。


「セイアッド・ジェンクスっていうんだけど、昔からすっごく手先が器用でねー。あいつが趣味で編んだレースとか刺繍とか、本当に売り物になるレベルでキレイだから、そのうち見せてもらうといいよ!」

「……へえー。それは、楽しみだねえ」


 あの笑いの沸点がやたらと高そうな、表情筋がちょいちょい仕事をさぼりがちに見えた少年の特技が、レース編みと刺繍仕事。やはりこの国の魔導騎士団では、ギャップ萌えが蔓延しているようだ。素晴らしい。


「あと、すっごく可愛いモノ好きでファッションセンスもいいから、これからナギちゃんがおしゃれ関係で何か困ることがあったら、セイアッドに相談しておけば間違いないよ。あたしも、しょっちゅうお世話になってる!」

「……そうなんだー」


 セイアッド少年は、まさかのおしゃれ番長でもあるという。

 凪は、彼との初対面のときに『何このフケツなイキモノ』という冷たい目で見られたことを思い出し、とりあえず曖昧な笑みで返しておいた。たとえ今はこの世界の聖女であろうと、極力周囲と波風を立てたくないニッポンジンの心は、彼女の中から決して失われることはないのである。


(まあ……可愛いモノ好きできれい好きな子なら、そりゃああのときのわたしは全力で『コッチクンナ』案件だよね。不可抗力だし、今はしっかりお風呂に入れてもらってきれいになったから、勘弁してもらえるといいなあ)


 そうしてやってきたのは、凪が通っていた中学校の体育館よりも更に大きな、真新しい印象の屋内訓練施設だった。アイザックから呼び出しが来るまで、ソレイユはセイアッドとともにここで鍛錬をしていたらしい。

 堅牢な石造りの要塞じみた建造物が、いかにも貴族のお屋敷然とした建物の裏手にあるというのは、なかなかシュールな眺めである。しかも、その巨大な屋内訓練施設は、全部で四棟もあった。これだけの施設群を個人で所有しているというアイザックのお財布事情が、ちょっぴり気になってしまう。

 それらの威容に圧倒されていた凪だったが、ソレイユは軽やかな足取りでその中のひとつに向かい、入り口の扉横に嵌められた四角い石版に手のひらを当てた。直後、一瞬石版が光ったかと思うと、音もなく分厚い扉が消えてしまう。


(ひょっ!?)


 扉が左右に開くでもなく、上下に引っ込むでもなく、本当に消えたようにしか見えなくて、凪はその場で固まってしまった。そんな彼女に、振り返ったソレイユが笑って言う。


「ここの訓練関係の建物は、基本的に魔力認証方式になってるんだ。入るのには今みたいに許可された人間の魔力認証が必要だけど、出るのは普通に扉を押せば出られるよ」

「すごいねえ、びっくりした。えっと……ここって、わたしも入っていいの?」


 アイザックからは、レディントン・コート内であれば、どこを見て回っても構わないと言われている。けれど、訓練施設というのは、さすがに部外者が安易に足を踏み入れていい場所ではないと思うのだ。

 しかし、ソレイユはあっさりとうなずいた。


「ここは仮想空間魔導陣を設置した、シチュエーション対応型戦闘シミュレーション棟なんだ。どれだけ内部でやらかしまくっても、ギャラリーには影響がないから大丈夫だよ」

「うん。さっぱりわかんない」


 真顔で応じると、ソレイユは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「見ればわかるよ。さ、入って入って! ――今はねえ、状況が雨の夕刻、中型種の凶暴化した魔獣が単独出現。クリア条件は、魔獣の殲滅もしくは安全地帯への退避完了、だね。セイアッドは単騎で索敵任務中だから、魔獣の攻撃を回避して安全地帯に入れれば状況終了だよ」


 ソレイユに手を引かれ、建物の中に入った途端、視界が暗くなった。建物の中心で、巨大な立方体が淡く輝いている。よく見ると、その中に薄暗い森の映像が浮かび上がっていた。


(うわ、あ……)


 もし、完全3Dの超高精細映画館があるなら、こんな感じになるのだろうか。

 雨が降りしきる森の中を、暗色のマントを頭から被った人影が、信じがたいスピードで疾走している。そして、その人影を背後から猛追しているのは、驚くほど大きな異形の獣。

 巨大な蝙蝠の翼と赤く輝く瞳を持つ、漆黒の虎とも黒豹ともつかない筋骨隆々としたその獣は、サーベルタイガーのような牙を持つ口を大きく開いた。そこから、バチバチと音を立てながら炎の塊が連続して飛び出してくる。


(……映画? じゃ、ないよね?)


 マントの人影は、次々に叩きつけられる炎の塊を素早く避けながら、背後の獣に向けて体を捻るなり左の手のひらを向けた。躍動していた獣の動きが、不自然に止まる。一体何が、と思えば、獣の後足が氷の塊によって地面に固定されていた。


「セイアッドは、水と炎の魔術が得意なんだ。魔獣の足下に大気中の水分を集めて、同時に炎の逆転魔術で急速に温度を下げれば、あんな感じに足止めができるの。――あ、安全地帯に入ったから、これで終わりだよー」


 ごく普通の口調でソレイユが言うけれど、生まれてはじめてファンタジーなガチンコバトルを目の当たりにした凪は、驚くばかりで言葉も出ない。ひたすら目の前の映像に見入っていると、突然周囲が明るくなった。同時に巨大な立方体も消失し、何もなくなった空間にはソレイユと揃いの運動服を着た少年がぽつんと立っている。

 獣に向けた左手を、軽く握って広げる動作を繰り返していた少年が、こちらに気づいて一瞬動きを止めた。驚いているのかいないのか、表情がまるで動かないので判断できない。

 しかし、無表情というのはなんとなく怒っているように見えるものだ。それが、涼やかな美貌の少年とくれば、尚更である。

 腰の引けた凪が意味もなく謝りたい気分になっていると、ソレイユがあっさりと少年に向けて声を掛けた。


「お疲れー、セイアッド。聞いて聞いて! ナギちゃんね、ライニール副団長の実の妹さんだったんだって! 団長が珍しく緊張してる感じだったから、ホント何事かと思ってたけど、まさかのまさかだよねー!」


 輝く笑顔で、いきなり凪の素性をぶちまける。さすがに驚いたのか、セイアッドがわずかに目を見開いてこちらを見た。


(おうふ……。クール系美少年にガン見されてるぅ……)


 ものすごく、居心地が悪い。

 凪がすでに恋する乙女でなければ、ここはもしかしたらキュンキュンときめく場面だったのかもしれない。しかし、彼女の中の対美少年ときめき成分は、すでにシークヴァルトに対して最後の一滴まで完売済みである。よって、ひたすら脂汗が滲むようないたたまれなさを感じていると、セイアッドが小さくうなずいた。


「よかった」

(……んん?)


 何がよかった、なのだろうか。想定外の反応に戸惑う凪に、セイアッドが無表情のまま続けて言った。


「ライニール副団長は、ずっとあんたを探していた。おれは、あの人を尊敬している。ので、今後あの人が気分よく馬車馬のように働くためにも、あんたのことはおれが全力で可愛くしよう」

「………………なんて?」


 前半は、よしとしよう。ライニールが生き別れの妹を探していたことを、同じ魔導騎士団に所属しているセイアッドが知っていても不思議はない。

 しかし、後半は何がどうしてそうなった。思い切り首を傾げた凪を見て、ソレイユがセイアッドに文句を言う。


「ちょっとぉー、セイアッドー。ナギちゃんが戸惑っちゃってるでしょー?」


 なんだかソレイユが、いきなり学級会の女子のノリになった。しかし、セイアッドはそんな女子の攻撃でタジタジになる男子ではなかったようだ。


「おれは基本的に、男女差別はしない方針で生きている。ただし、女の顔にわざと傷をつけるような男は救いようのないクソだと思っているし、そんなヤツは急所を蹴り潰されても文句を言う権利はない。なのに、嘘泣きの涙を武器にする女は、見ているだけで顔面に蹴りを入れてやりたくなるから、できればやめてもらいたいところだ」

「お、おう……?」


 ソレイユのほうが、引き気味になった。女性の顔を傷つけることはタブーだと思っていても、泣き落とし系女子の顔は蹴れるらしいセイアッドは、淡々と続ける。


「ただ、そういったおれ個人の感覚とは別に、単なる厳然たる事実として、可愛い女子が可愛い格好をしていると、それだけでテンションが上がるのが若い男というものだ。それについては、もう男という存在自体がそういうものなので、仕方がないと思ってくれ」

「なんだかグダグダ語ってるけど、要はあんたが可愛いモノ好きってだけだよね?」


 半目になったソレイユが、真顔でツッコむ。セイアッドは、あっさりとうなずいた。


「そうとも言う」

「素直かよ」


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