公表するには恥ずかしい
従妹、という言葉に、凪は思わずオスワルドを見た。
(あ、そうか。ライニールさんのお父さんと、王太子殿下のお母さんが双子のきょうだいなら、ふたりはイトコ同士になるもんね。つまり、ライニールさんの妹であるわたしも、王太子殿下のイトコです、と。……王族とか貴族って、美形しかいないのかなあ)
「……うん。よし。とりあえず、一番大事なところから確認しようか。この子――ナギ嬢は、本当に聖女の力を持っているんだね?」
眉間を指先で揉むオスワルドの疑問に、アイザックが答える。
「ナギ嬢は、我々三人を蝕みはじめていた汚染痕を、軽く握手するだけで消してしまいました。殿下の訪問が正式なものであれば、聖女認定の儀に使用される魔導鉱石のひとつやふたつ、きちんとお持ちいただけたはずなのですがね」
さらっと嫌みを練りこんだアイザックだったが、残念ながらオスワルドには通じなかったようだ。
「うん。きみたち三人がそう言うのなら、僕はナギ嬢の力を信じるよ。――ご挨拶が遅れまして、申し訳ありません。聖女ナギ。先ほどご紹介にあずかりました、ルジェンダ王国王太子、オスワルド・フレイ・ユーグ・ルジェンダと申します。どうぞ、お見知りおきを」
(『せいじょなぎ』て)
そのとき凪は、チベットスナギツネになりたくなった。今の彼女は、聖女としての実績はゼロなのだから、できればそういったこっぱずかしい呼称は勘弁していただきたい。聖女業をはじめたあとのことについては、一応諦めてはいるけれど、何事にも順序というものがあるはずだ。準備運動もせずにいきなりプールに飛びこんでは、足をつってしまうではないか。
しかし、凪が『イヤなことは先送りにしようの術』を発動し、どうにかして聖女呼びを回避しようとするより先に、オスワルドが真剣な面持ちでライニールを見た。
「兄上。失礼を承知で、もう一度聞くけれど……。本当に、聖女ナギはあなたの妹君なんだね?」
「私とナギの魔力が共鳴した瞬間を、我が魔導騎士団団長アイザック・リヴィングストン並びにシークヴァルト・ハウエルが確認しています」
(『せいじょなぎ』呼びは、イヤでござるー。るー。るー)
同じ顔をしたふたりの間にある空気が重すぎて、口を挟む余裕がない。しくしく泣きたくなった凪とライニールを見比べたオスワルドが、そうか、と呟く。
「すまない、兄上。十六年前に何があったのか、僕は何も知らないんだ。きみがわかる範囲で構わないから、聞かせてくれないか?」
「殿下はそのとき、たった五歳だったのですから、何もご存じでないのは当然ですよ」
オスワルドは、現在二十一歳であるらしい。
それからライニールは、先ほど凪に聞かせてくれた過去の出来事を、端的にオスワルドに語って聞かせた。
「……私は、殿下もご存じの通り、五年前に成人すると同時にマクファーレン公爵家から廃嫡、絶縁されました。そのときからずっと、母の産んだ妹を探していたのですが、情けないことに今日までそれを成せずにいたのです」
「兄上が、五年かけても見つけ出せなかった? なぜだい?」
オスワルドの疑問に、ライニールが答える。
「ナギが育ったのは、ノルダールの孤児院でした」
「な……っ!?」
突然振り返ったオスワルドに凝視され、凪は驚いた。
(……んんー? そう言えば、森で保護してもらったときにも、なんだかやたらと問題がある感じで言われてたような? あのときは、この状況がまだ夢だと思ってたから、つるっと聞き流しちゃっていましたよ。ゴメンナサイ)
自分のことなのにこれはマズイ、と凪は片手を挙げる。
「お話しの途中で、すみません。わたしが育った孤児院って、何かいけないことをしていたんですか?」
一拍おいて、ライニールが口を開く。
「ナギ。きみがいた孤児院は、魔力持ちの子どもたちを密かに集めていた。そして、子どもたちの素性と魔力適性検査の結果を隠匿し、特殊な教育を施していたんだ。……それぞれの『買い手』の要望に合わせてね」
買い手、というと――
「え? この国の孤児って、お金で買ったり売ったりしていいものなんですか? わたしたち、まさかの商品?」
この世界に、基本的人権は存在しないのか。
思い切りドン引きした凪の言葉に被せて、オスワルドが「そんなことはない!」と叫ぶ。
「我が国ではもちろん、大陸国際条約でも人身売買は固く禁じられているとも! ……ああそうか、彼女はマクファーレン公爵家の娘だ。幼い頃から、さぞ豊かな魔力の片鱗が見えていたんだろうね。だから、ノルダールの連中に目を付けられ、元いた修道院から拐かされた、ということか」
「はい。おそらくは、そういうことかと。わたしが件の修道院に問い合わせたときには、母と妹がそこにいたという記録は、すべて破棄されていました。そこの墓所に母の名が刻まれていなければ、何も信じられなくなっていたところです」
ライニールが、目を伏せる。
「ユリアーネ・フロックハートが、どこでナギの存在を知ったのかはわかりません。ですが、フロックハート侯爵家とノルダールの関係は、改めて洗い直したほうがよろしいでしょうね」
「……わかってるよ」
ぐっと唇を噛みしめたオスワルドが、ひどく悔しげだ。この国の次期国王として、子どもたちの人身売買がいまだに行われている可能性があるなど、断じて許せないのかもしれない。
(そういえば、孤児院で出される食事って、人によって結構違ってたかも? 男の子たちとか、普通にお肉の塊を出されたりしてたし。体の大きな子たちは、毎日元気に外遊びをしまくって、美味しそうなご飯をお腹いっぱい食べては、爆睡してる感じだったもんなあ。……あの家畜の餌みたいなゴハン組は、毎日机でお勉強だったのに。いや、普通に外遊びもしてたけどさ)
孤児院時代の貧しすぎる食事風景を思い出すと、普通以上に美味しい食事が存在すると知った今、ますます腹立たしくなってしまう。
「あの、たびたびすみません。わたしがいた孤児院って、今はどうなっているんでしょう? 一緒に育てられていた子たちは、無事なんですか?」
ひとまずこれだけは聞いておかなければ、と向けた問いかけに、オスワルドが低く答える。
「ノルダールの孤児院は、半年ほど前に焼失したよ。孤児の売買に関する証拠ごとね。当時養育されていた子どもたちは、今はほかの孤児院に移っているから、安心していい。ただ……すでに売られてしまっていた子どもたちについては、現在も行方を捜索中なんだ。手がかりがすべて焼けてしまっているため、どうにも難航しているらしい」
「そうなんですか……」
リオがこの世界で生きてきた間の記憶は、まだほんの少ししか戻っていない。これからすべてを『思い出した』とき、凪の心は平穏を保っていられるだろうか。
(あの人でなしは、十日くらいで全部思い出せるとか言ってたけど……なんか、怖いな)
幼い頃から、時折垣間見ていたリオの日常。
単調で平和なものだとばかり思っていたそれが、本当はこんなにも複雑で殺伐としたものだっただなんて、知りたくなかった。
それにしても、と凪は首を傾げる。
「つまりわたしって、マクファーレン公爵が妊娠した愛人を奥さんにするために、お母さんともども捨てた子なんですよね。わたしを産んですぐにお母さんが亡くなって、赤ん坊の頃に人身売買組織に誘拐されたあとは、まともなご飯も食べられない孤児院育ち。で、詐欺師のユリアーネ・フロックハートさんに聖女の力を利用された挙げ句、最後は白い魔導士さんに殺されかけたわけですか」
指折り確認していくと、我が事ながら悲惨過ぎて笑えてきた。
「まあ、わたしが直接恨みがあるのは、わたしを殴ったニセモノ聖女さんと、殺そうとした白い魔導士さんだけなので。そのふたりを全力でぶん殴って、ついでにがっつり慰謝料をもらえれば、もうそれでいいんですけどね」
凪は、なんだか空気が重いな、と思いながら、誰にともなく問いかける。
「わたしが、というか、この国の聖女がそういう生まれ育ちだったっていうのって、全部公表しちゃって大丈夫なものなんです? 殿下は最初に、この国の威信がどうとか言ってましたけど、これってちょっと、公表するには恥ずかしくないですか?」
「~~っ、ちょっとどころじゃないよねぇええええぇええーっっ!?」
チベットスナギツネ、可愛い。