おれが、きみのお兄ちゃんです
芸術品のような金髪碧眼の王子さまが、突然ガラの悪いヤンキーになった。かっと見開いた目が、完全にイッている。怖い。
涙目になった凪がビクビクしていると、シークヴァルトが無言でライニールの頭を殴りつけた。ようやく繋いでいた手が離れ、凪は彼からささっと距離を取る。
「落ち着け、バカ野郎。ナギが怯えているだろう」
「う……すまない」
素直に詫びたライニールが、ゆっくりと息を吐く。そして顔を上げた彼は、アイザックとシークヴァルトを順に見た。
「おれから、説明させてください」
どこか硬い表情のふたりが、黙ってうなずく。
いったい何事、と腰の引けた凪に、ライニールが改めて向き直る。
「突然騒いで、すまなかった。……ナギ、と呼んでもいいだろうか?」
「えっと……はい。あの、ライニールさんと握手した瞬間に、鈴の音みたいなものが聞こえましたけど、あれが何かいけなかったんですか?」
恐る恐る問いかけると、彼は小さく笑って首を横に振った。
「あれは、おれときみの魔力が共鳴したことで起こった現象だ。何も悪いことじゃない。ただ、少々珍しいことではある。――魔力の共鳴は、相当に似通った波長の魔力が、はじめて接触したときでなければ起こらないんだ」
「……はあ」
そういうものなのか、と納得はするけれど、凪はつい先ほどまで自分が魔力を持っていることも知らなかったのだ。いまいち実感がわかないまま、ライニールの話しの続きを待つ。
「そして、魔力の波長というのは、血縁関係が近ければ近いほど似たものになる。ただ、共鳴が起こるほど似た波長の魔力となると、二親等内でなければあり得ないんだ。中でも、兄弟姉妹に関しては、両親が同じでなければ、互いの魔力が共鳴することはない」
「二親等内、というと……両親と、祖父母と、きょうだい。子どもがいれば、孫まで――って、え?」
指折り確認していた凪には、当然ながらそういった身内は皆無である。何しろ、身よりがない孤児なのだ。
しかし今、ライニールとの間に、魔力の共鳴が起きた。それはつまり――
「ナギ。おれは元々、マクファーレン公爵家の人間だった。今はあの家と絶縁しているが、マクファーレンの現当主が、おれの父だ」
ライニールが心底嫌そうに顔を顰める。よほど、父親との折り合いが悪いらしい。
「おれの母は十六年前、おれが七歳のときに不義の疑いをかけられ、その咎で離縁された。元々体が弱く、ろくに屋敷から出ることもままならない女性だったのにな」
ぐっと眉根を寄せて、ライニールが続ける。
「不義の汚名を着せられた母は、生家の子爵家からも絶縁され、修道院へ送られた。その翌年に女児を産み、すぐに儚くなったそうだ」
「……そのとき生まれた女の子が、わたしだと?」
ライニールは、うなずいた。
「きみが十五歳だというのなら、計算は合う。同じ髪、同じ瞳、そして魔力の共鳴。これだけ揃って、赤の他人だというほうが無理がある。きみは……おれと両親を同じくする、妹だ」
「はあ……」
この世界の常識は、まだよくわからない。しかし、アイザックもシークヴァルトも、ライニールの言うことに異を唱える様子はなかった。彼ら三人が揃って同じ判断をしているということは、少なくともそう的外れな話しではないのだろう。
「父は、もしきみが男児として生まれていれば、自分の胤かどうかを必ず確認しただろう。だが、跡目争いに関係のない女児だったために、きみはマクファーレンの誰からも顧みられることがなかった。……おれも、その中のひとりだ。本当に、すまなく思う」
「え? いや、そんなろくでもない父親とか、本気でいらないです。それに、そのとき子どもだったライニールさんが謝る必要なんて、全然ないですよ」
思わず片手を挙げて反論すると、ライニールの目が丸くなる。
――南の海を思わせる、少しだけ緑がかった澄んだ青。今の凪が、鏡を見たときに目にする瞳と、そっくり同じ青色だ。
十六年前に七歳だったということは、今の彼は二十三歳ということか。
(お兄ちゃんと、同い年かあ……)
生まれたときから一緒だった彼女の兄――緒方健吾は、こんなキラキラしたイケメンではないけれど、少なくとも凪にとっては、とてもいい『お兄ちゃん』だった。もう二度と会えない、大切な家族。本当に、大好きだった。
(リオってとことん、家族に恵まれてないんだなー。お父さんは、お母さんに冤罪をかけて殺したみたいなものなのか。股間から腐り落ちて死ねばいいのに。そのお母さんは、リオを生んだときに死んじゃった、と。よーし、リオのお父さんとかいうクソ野郎は、いつか絶対ぶん殴るリストに追加決定でござる。……でも、そっか。リオにもお兄ちゃんは、いたんだね)
ライニールのことを、凪はまだ何も知らない。
けれど、彼はこうして魔導騎士団に入って、命がけで誰かのために戦っている。きっと、立派な人なのだろうな、と思う。
(別に、立派じゃなくてもいいんだけどさ。……ただこの世界で、わたしのことを、少しでも身内だと思ってくれる人がいたら……うん。ちょっと、ほっとする……かな)
どうしようかな、いいのかな、と悶々と悩んだ凪は、なんだか考えすぎて頭が痛くなってきた。最終的に、怒られたら謝ればいいや、という若干投げやりな気持ちで、じっとこちらを見ているライニールを見上げる。
「えっと……ライニールさんは、わたしのお兄ちゃん、なんですよね?」
返事がない。
血の繋がりがあるのは間違いなさそうだとしても、孤児院育ちの小娘に兄呼ばわりされるのは、やはりいやだったのだろうか。しょんぼりした凪が前言を撤回しようとしたとき、がしっと両肩を捕まれた。
「はい。おれが、きみのお兄ちゃんです。――団長、養子縁組の申請って、領内の役場でできましたよね。さくっと手続き諸々済ませてくるので、王宮への報告は一時間ほど待ってください」
「……うむ。落ち着きたまえ、ライニール。そういったことは、本人の同意を得てからするものだぞ」
一拍置いて、ライニールが凪の顔をじっとのぞきこんでくる。ゴージャスイケメンの圧が酷い。
「ナギ。きみは今のままでもおれの可愛い妹ではあるが、何かあったときにきみを堂々と守れる権利が、おれは欲しい。今まで兄として何もできなかったぶん、これからはきみの幸せのために生きる権利が欲しいんだ。……頼む、ナギ。おれの家族に、どうかなってくれないか?」
至近距離で見つめてくる、真剣な面持ちをしたイケメンからの誠実な要望に、ノーを返せる乙女がいるだろうか。いや、いまい。
(……わあー。なんだか、プロポーズみたーい。うふふー)
正しく年頃の乙女である凪は、若干現実逃避をしながらうなずいた。とても、『ゴージャスイケメンなお兄ちゃん、ゲットだぜ!』と言える雰囲気ではなかったのである。
ナギ ハ 『オニイチャン』ノ ジュモン ヲ 唱エタ。
効果 ハ バツグン ダ!