聖女ハーレムではありません。
フレイムドラゴンの正常化を終えた凪は、その直後に起こったあれこれについていろいろと気になることはあるけれど、ひとまずルジェンダ王国の空飛ぶ王宮に戻ることになった。
魔獣たちの暴走が収まった以上、いまだ顔出ししていない聖女である彼女が、いつまでも現場に居座っているわけにはいかないのだ。
その前に、『ちょびっとでも怪我をした魔導騎士団の人たちは、今すぐ全員集合です!』という聖女さまのワガママを発動したことについて、後悔はしていない。
……ただ少しだけ、自分の知らないところで傷ついているに違いない、大勢のミロスラヴァ王国の人々に手を差し伸べられないことが、苦しいだけだ。
負傷した魔導騎士団の団員たち全員に治癒魔術を施し終えた彼女に、番と連れだったアースドラゴンが声を掛けてきた。
「小娘聖女。改めて、アタシの番を助けてくれてありがとう。約束通り、アタシに名前をくれるかしら?」
「へ?」
ふーやれやれ、と一息ついたところだった凪は、咄嗟にその言葉の意味を捉え損ねる。
そして、『魔獣から名を求められる』というのが、従魔契約の許諾を意味することを思い出し、ぽんと手を打ち合わせた。
「おお! そんなことも言ってたね!」
「……相変わらず、気の抜ける子ねえ。自分で言うのもなんだけど、ドラゴンとの従魔契約なんて、そうそうできるものじゃあないのよ?」
呆れたように首を傾げられても、困ってしまう。
「そりゃあそうかもしれないけど……。えっと、そもそも魔獣さんたちが人間の従魔になるのって、いやなものじゃないの? マスターの命令には絶対服従になるし、何があってもマスターを守らなきゃならなくなるんでしょう?」
「えー? だって人間の寿命なんて、せいぜい数十年でしょう? それくらいの間、気に入った人間のワガママに付き合うなんて、アタシたちにとってはちょっとした娯楽みたいなものよ。暇つぶしにするヤツだっているくらいなんだから、気にすることなんてないわよう」
(なんと……っ)
たしかに、長い長い時間を生きる魔獣たちにとって、人間との従魔契約に縛られる時間など、少し変わった条件つきのゲームに興じるのと変わらないのかもしれない。
相手にとって娯楽感覚であるのなら、従魔契約は人間側にだけメリットがあるものではない、ということか。人生――おそらく獣生も、笑って生きた者が勝ちなのだ。
とはいえ、凪は魔力の扱いについてまだまだ勉強中の身である。
アースドラゴン自身、魔力の不安定な彼女の従魔になることで、自身の能力が著しく低下することを懸念していた。
悩んだ凪は、隣に立つシークヴァルトを見上げて問う。
「シークヴァルトさん。アースドラゴンさんとの従魔契約って、今のわたしがしても大丈夫だと思う?」
「あー……どうかな、不可能とは言わないが。大型魔獣との従魔契約となると、成立させるために必要な魔力も相当のものだろう。するとしても、おまえが自分の魔力をきちんと制御できるようになってからのほうがいいんじゃないか?」
至極もっともな助言に、なるほど、と凪は頷いた。改めて、アースドラゴンに向き直る。
「そういうことなので、アースドラゴンさん。気持ちはとってもありがたいけど、契約をするのはもう少し待ってもらっていいかな?」
「あら、そう? まあ、元々そういう予定だったものね。それじゃあ、今はアタシの守護だけつけておくから、何か困ったことがあったらいつでもお呼びなさいな」
あっさりと応じたアースドラゴンの鼻先が、凪の額に軽く触れた。
その際、後足だけでひょいと立ち上がったポーズの可愛らしさに、危うく「はぁあああん!」と悶絶して目の前のモフモフに抱きつきそうになったが、どうにか堪える。
凪がぷるぷると震えていると、銀色の瞳の雪豹――フレイムドラゴンが、するりと前に進み出てきた。
「金の聖女よ。我らを救ってくれたこと、改めて心より感謝する。そなたが我が番を呼ぶときには、必ず我もともに行くことを約束しよう」
「え。まさかのセット契約?」
一頭と契約したら、もれなくその番もセットで参ります、というのは、その対象がドラゴンである以上、さすがにお得すぎではないだろうか。通信販売の羽毛布団とは、訳が違うのだ。
困惑する凪に、フレイムドラゴンがうむ、と頷く。
「一度暴走状態になった核を、そなたに正常化された影響なのかな。肉体の完全修復には今少し時間が掛かろうが、魔力の巡りはまったく問題ないゆえ、しばらく休眠期に入る必要はなさそうだ」
「アラ。言われてみれば、アタシもものすごく調子がいいわねえ」
……番同士の仲がいいのは、大変結構なことである。
だが、二頭の尻尾が常にくねくねと絡み合っている様子を見ていると、なんだかいたたまれない気分になるのは、なぜなのだろう。
アースドラゴンが、番の首に顔をすり寄せる。
「小娘聖女のお陰で、アタシの魔力は完全に元通りになっているから……。あとで、アナタにも分けてあげるわね」
「ああ、それはありがたいな」
(ひー!)
番に囁くアースドラゴンの声がやたらと色っぽくて、凪はその場で回れ右をして逃げ出したくなった。
これは、あれだ。
両親がいそいそとデートに出かけていく姿を見送るときの、妙に居心地の悪いむず痒さを、百倍くらいに濃縮した感じだ。
ぎくしゃくと片手を上げて、宣言する。
「えっと、それじゃあそういうことで! アースドラゴンさんもフレイムドラゴンさんも、暴走状態から元に戻ったばかりなんだから、あんまり無理はしないでね!」
「ええ、ありがとう。本当に、何かあったらすぐに呼ぶのよ。アンタったら、すぐに無茶をしそうなんだもの。あまり、周りに心配を掛けるものじゃないわよ?」
なんだかアースドラゴンにお母さんみが増してきたのは、きっと気のせいではないと思う。
わかった、と笑って頷いた凪に向けて、フレイムドラゴンが口を開く。
「金の聖女よ。この恩義は、決して忘れぬ。それから――」
縦長の瞳孔を持つ銀色の瞳に、鋭い光が過った。
ちらりとシークヴァルトを見たあと、それまでより低い声で口を開く。
「我らを狂わす力を持った、あの黒と金の男にはくれぐれも気をつけよ。アレは、そなたらとは異なる理で生きているモノだということ、断じて忘れるな」
「……ごめんなさい、よくわかりません」
へしょりと眉を下げた凪に、フレイムドラゴンが少し考えるようにしてから言う。
「そうだな。アレのことは、ヒトの姿をした魔獣――それも、知性と理性を保ったままに狂い堕ちた、我らよりも遙かに強く大きな魔獣と思え」
「……え?」
凪は、シークヴァルトとフレイムドラゴンの会話から、彼によく似た青年が今回のスタンピード災害を引き起こしたものだと思っていた。
黒い髪と金色の瞳の組み合わせは、レングラー帝室の人間に多く出る特徴なのだという。
そのため、本当に考えたくないことだけれど、シークヴァルトと血で繋がる何者かがその犯人かもしれない、と不安に思っていたのだ。
なのにフレイムドラゴンは、その青年を人間の姿をした魔獣と思え、と言う。
それって、と凪は問いかけた。
「すっごく強くて大きな魔獣が、シークヴァルトさんに似た男の人の姿に変身してる、ってこと、ですか?」
アースドラゴンがザインの姿に変じたように、大型魔獣は実在する人間の姿に化けることができる。
しかし、フレイムドラゴンの答えは、否だった。
「あの男の本体は黒髪に金色の瞳の、そなたの守護者に似た姿だ。魔獣ではない。だが、そのありようはヒトではなく魔獣に近い。……それ以上のことは、我にもわからぬ」
ヒトの姿をした、ヒトではなく魔獣に近い、けれど魔獣ではないモノ。
凪は、混乱した。
(えぇー……。それって、どんなラスボスですか? 真っ黒になって暴走している魔獣さんなら、核さえ無事なら復活するのもわかってるし、ぶん殴って正気に戻すのもできるけどもさ。人間の姿をした相手を全力でぶん殴るとか、そのあとのグログロしい大惨事を想像したら、絶対に遠慮したいんだけど……)
相手が人間であるのなら、うっかりキレた凪が全力で殴った場合、大変スプラッタな事態になってしまううえに、破壊された肉体はそのままそこに残されるのだ。
さすがに、怖すぎるしイヤすぎる。
青ざめる凪の隣で、シークヴァルトが口を開いた。
「フレイムドラゴンどの。ご助言、感謝する。あの男は、大陸に生きるすべての者にとっての敵だ。必ず見つけ出して、処分する」
「……アレとそなたは、姿も魔力も本当によく似ている。正体がなんであれ、アレと直接対峙することになれば、おそらくそなたは辛い思いをすることになるぞ」
淡々と告げられたその言葉に、息が詰まる。
姿だけでなく、魔力まで似ているとなれば、やはりフレイムドラゴンを狂わせた青年とシークヴァルトは、決して無関係ではないのだろう。
そこで、ふと最悪の事態に思い至った凪は、シークヴァルトの袖をつんつんと引っ張った。
「あの、シークヴァルトさん。その男の人、まさかレングラー帝国の皇帝陛下でしたー、なんてことはないよね?」
「あー……。顔は、たしかにそっくりだったけどな」
シークヴァルトが、困った顔で首を傾げる。
「でも、アレは皇帝じゃない。なんていうか……雰囲気が、ものすごくじじくさかった」
「じじくさい」
思わず真顔になった凪に、やはり真顔でシークヴァルトが頷く。
「皇帝はたしかに三十二歳のおっさんだが、少なくともあんな枯れきった雰囲気のやつじゃないんだ。どちらかといえば、ワガママでキレやすくて自分の思い通りにならないことは絶対に許せない、かなりガキくさいところのあるおっさんだ」
「……ええー」
そんな三十二歳のおっさんは、イヤだ。いい年をして、大人げがないにもほどがある。
シークヴァルトが、小さく笑う。
「まあ、外見と魔力がオレに似ている以上、いずれレングラー帝室となんらかの関係があるやつなんだろうとは思う。……正直、憂鬱ではあるけどな。けど、気にしたって仕方がない。今は、やるべきことをやるだけだよ」
そう言って、彼は二頭のドラゴンたちを見た。
「いろいろと、気遣いを感謝する。オレがナギの護衛騎士である以上、貴殿らにはまた会うこともあると思う。どうか、息災で」
「ああ。そなたらもな」
「小娘聖女。アンタは魔力の制御を、さっさとできるようになりなさいね!」
ふわりと、雪豹たちの姿が浮く。
その美しく調和の取れた姿が、瞬時に消えた。
ほう、と息を吐いた凪を、シークヴァルトが抱き上げる。
「それじゃあおまえは、一度王宮へ戻れ。融解寸前の魔導鉱石については、ライニールが指揮を執って動いてる。そのうち指示が来るだろうから、おまえは少し休んでろ。オレはオスワルドに報告したあと、ライニールの手伝いに行ってくる」
「……了解です」
凪は、半目になった。
恋する乙女を気軽にひょいひょい抱き上げるのは、心の底からいかがなものか。こんなシチュエーションにもだいぶ慣れてきたとはいえ、トキメキすぎて心臓が過労死したらどうしてくれる。
(本当に、お子さま扱いなんだよなー……。実際、五歳も年下のお子さまだから、仕方ないんだけどさ)
密かにため息を吐いているうちに、柔らかな照明に照らされた屋内に移動していた。
先ほどの豪奢な会議室。
こちらに気付いたオスワルドが、ほっとした顔で笑いながら立ち上がる。
「お疲れさま、ナギ嬢。シークヴァルト。随分、遅かったね。あれから何かあったのかい?」
ああ、とシークヴァルトが頷く。
「わりと重めの報告だ。長くなるから、ナギは別室で休ませてもらっていいか?」
「もちろんだよ。応接室に軽食を用意しておいたから、先にナギ嬢をそちらへお送りしておいで」
にこやかにそう言われ、シークヴァルトが凪を抱き上げたまま踵を返す。
凪は慌てて、彼の腕をぺしぺしと叩いた。
「シークヴァルトさん! 歩ける! 自分で歩けるからー!」
「そうか、応接室はすぐそこだ」
「ちゃんと会話のキャッチボールして!?」
そんなことを言い合っている間にも、会議室から本当にすぐ近くだった応接室に到着してしまう。開け放たれた扉の前に凪を下ろしたシークヴァルトは、ちらりと室内の様子を確認したかと思うと、中腰の体勢のまま固まった。
珍しい反応に、首を傾げた凪がそちらを見ると――。
「おお、ナギ! そなたも無事に戻ったようで、何よりだ!」
はしゃいだ声を上げたエステファニアの隣で、ウィルヘルミナがすっと立ち上がる。背が高く、凜々しい騎士服姿の彼女は、やはり素敵なマッチョ系美青年にしか見えない。
「先ほどはろくな挨拶も申し上げず、失礼いたしました。ナギ嬢。こうして直接お会いできて、本当に嬉しく思います」
朗らかな笑顔で言うウィルヘルミナに続き、同じタイミングで立ち上がっていたディアナが優美な仕草で一礼する。
「お疲れさまです、ナギさま。改めまして、此度の我が国で発生した災害のためにご尽力いただき、本当にありがとうございました」
なんの心構えもない状態で、三人揃い踏みの聖女たちに出迎えられた凪は、突然過ぎるキャパシティオーバーの驚きに、目と口をまん丸にして硬直した。
そんな彼女の隣で、一足先に我に返ったらしいシークヴァルトが、聖女たちに一礼する。
「聖女さま方がいらっしゃるとは知らず、大変失礼いたしました。――ナギさま、聖女さま方にご挨拶を」
(ナギさまて!)
はじめてのシークヴァルトからの『ナギさま』呼びに、それまでとは別方向からのすさまじい衝撃を食らった凪は、ぴょっと跳び上がった。
「あ、えっと、はい! ルジェンダ王国の聖女、ナギ・シェリンガムです! どうぞよろしくお願いいたします!」
動揺しきりのナギに、エステファニアがくすくすと笑う。
「ナギ。同じ聖女同士なのだ、そう緊張することもあるまい。ほら、そなたもこちらへ来い」
聖女たちが囲んでいた丸テーブルには、見るからに美味しそうで手の込んだ軽食が、ずらりと並んでいた。それらを見た途端、素直な凪の胃袋が空腹を訴えはじめる。
ちらりとシークヴァルトを見上げると、彼は小さく笑って頷いた。
「聖女さま方に再びミロスラヴァ王国へ赴いていただくまで、今しばし時間が掛かりましょう。それまで、どうぞこちらでごゆっくりしていらしてください」
(か……完全敬語の、シークヴァルトさん……っ)
正直、萌える。
常日頃からの敬語対応は断固として御免被るが、ごくたまにであれば普段とのギャップが大変美味しい。
若干、現実逃避気味にそんなことを考えていた凪だったが、シークヴァルトは再び聖女たちに一礼すると、さっさとオスワルドの待つ会議室へ戻っていった。
途端に心細くなってしまったけれど、三人の聖女たちはみな明らかな歓迎ムードだ。
そっと深呼吸をして、凪は改めて彼女たちに向き直った。
「あの、お騒がせして申し訳ありません。みなさまがご無事で、本当によかったです。ひょっとして、わたしだけ随分遅れてしまったのでしょうか?」
今回、聖女たちが担当したスタンピードは、各々二カ所。
大体同じくらいの時間で終わるだろうと思っていたのだが、フレイムドラゴンのところでいろいろあったせいで、ひとりだけ遅れてしまったのかもしれない。
そう考えた凪に、エステファニアが笑って首を横に振る。
「いや、さほど待ったわけではないぞ。妾だけ少し早かったようだが、ウィルヘルミナさまとディアナさまがいらしたのも、つい先ほどだ」
ウィルヘルミナが、にこやかに頷く。
「ええ、そうです。自分がエステファニアさまにご挨拶しているときにディアナさまが、我々が互いに自己紹介をしているときにナギさまがいらした、という感じですね」
鮮やかな緋色の戦闘服が、思いのほかよく似合っているディアナがふんわりとほほえむ。
「はい。わたくしの夫もご紹介したかったのですけれど、聖女ばかりの集まりに紛れ込むのはいやだといって、ナギさまのお兄さまのお手伝いに行ってしまいましたの。いずれすべてが落ち着きましたら、改めてご挨拶させてくださいね」
ディアナの夫、というと、元々彼女の従者だったという男性か。
「ディアナさま。旦那さまにご挨拶できなかったのは、残念ですけれど……。正直、旦那さまのお気持ちもちょっとわかってしまいます。わたしも、先ほどはとてもびっくりしてしまいましたもの」
軽く肩を竦めながら言うと、エステファニアが楽しげに笑った。
「たしかに、四人もの聖女が一所に集まるなど、そうそうある話ではないだろうからな。まあ、これからまた一仕事あるのだ。腹ごしらえでもしながら、少しゆっくりしようではないか」
その申し出には、心から同意したい。同意したいのだが――それ以上に、ものすごく確認したいことがある。
それぞれ椅子に落ち着いてから、凪は恐る恐るエステファニアに問うた。
「あの……ニア? 先ほどから気になっていたのですけれど。その、肩にのせていらっしゃる丸いものは、なんですか?」
手のひらサイズと言うにも少々小さい、白くてふわふわもちもちした丸いものが、エステファニアの肩にちんまりとのっているのだ。
はじめはスパーダ王国独特のアクセサリーか何かかと思ったのだが、こうして近くで見てみると、何やら時折動いているように見える。
ウィルヘルミナとディアナもそれに気付いたのか、不思議そうな視線を向けた。
その途端、エステファニアの顔がへにゃあ、と笑み崩れ、非常にほこほこした表情で肩にのっていた『それ』を摘まみ、手のひらにのせる。
(かわ……っ)
「ふっふっふ。これは、妾が正常化したガルーダがくれたものでな。元々はガルーダの羽だったのだが、妾の人生の供にするといいと言って、このような愛らしい姿にしてくれたのだ」
エステファニアの手のひらにちょこんと収まっているそれは、純白の毛に黒い瞳のジャンガリアンハムスターに見えた。
そのつぶらな瞳の愛らしさに、一瞬でハートを撃ち抜かれる。
だが、同時に凪の心の底からこみ上げたのは、至極まっとうなツッコミだった。
「ガルーダ!? ガルーダって、たしか金色のでっかい猛禽型の魔獣さんだよね!? その分身体? が、なんで白いネズミさん!? いや、可愛いんだけども! めちゃくちゃ可愛いですけども!」
エステファニアが、厳かに頷く。
「うむ。イザークも同じような疑問を抱いていたが、妾にもよくわからん。だが、どんな理由があろうと、こやつの愛らしさは変わらん以上、別にわからなくてもいいとも思う」
「なるほど! えー、いいなー! 可愛い! めっちゃ可愛いー! ねえねえ、わたしも触っていい!?」
思いきりテンションの上がった凪に、エステファニアは笑ってガルーダの分身体を差し出してくれた。両手を合わせてそこに寄せると、手のひらにコロンと小さな重みが転がってくる。
凪は、悶絶した。
「まさかの、ころがり移動……っ」
「うむ。これは、妾も少し意外だった。かなり激しく動いても肩から落ちる様子はないから、手足は使っているはずなのだがな……」
なんの抵抗もなく、凪の手の中にちんまりと落ち着いている白ネズミに、ウィルヘルミナとディアナも興味深そうな視線を向けてくる。
「これが、ガルーダの分身体……? ということは、一応は魔獣ということになるのでしょうが、なんというか……また、随分と可愛らしいですね」
「ええ……本当に。あの、エステファニアさま。わたくしにも、この子を触らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。そやつのふわふわの毛並みともちもちとした手触りは、なかなかのものだぞ!」
えっへん、と胸を張ったエステファニアの許可のもと、ガルーダの分身体が聖女たちの手のひらをコロコロと移動していく。なぜ手足を使わずになすがままなのかはわからないが、とてもとても可愛らしい。
そして、ちょうどウィルヘルミナの手のひらに白い毛玉が移動したとき、開かれたままだった応接室の扉を、軽く叩く音がした。
振り返ると、そこにいたのはこの国の王太子、オスワルドだ。
凪は、ぱっと笑顔になって彼に言う。
「オスワルド殿下! 見てください、ニアがガルーダさんからもらった分身体のネズミさんです! めちゃくちゃ可愛いです!」
「……ああ、うん。本当だ、とても可愛らしいね。――いや、聖女さま方が全員お揃いになったので、一度ご挨拶をと思ったのだけど。みなさま、此度は本当にお疲れさまでございました。突然の要請に快くご協力くださいましたこと、改めて心よりお礼申し上げます。何かご不自由なことはございませんか?」
聖女たちは、顔を見合わせた。
四人を代表して、最年長のウィルヘルミナがにこやかに答える。
「お気遣いありがとうございます、オスワルド殿下。お陰さまで、大変居心地よく過ごさせていただいております。件の魔導鉱石正常化の準備が整いましたら、いつでもお声がけくださいませ」
そんな彼女の手のひらには、もちもちの白ネズミがのっていた。
エステファニアはもちろん、凪もディアナもその愛らしさにすっかり魅了されていたため、身を乗り出してとろける眼差しをそちらへ向けていたのだ。
……のちに、オスワルドはごく身近な親しい人々に、密かに語る。
あのときのウィルヘルミナは、うっとりとした表情をした三人の美少女たちに囲まれる、男の夢を描いた物語の主人公のようだった――と。
女子会、楽しい。




