脅迫の仕方は、いろいろです。
更新が遅くなりすぎまして、大変大変申し訳ありませんー!
イエ、前回の更新からまた、わけがわからんくらいにリアルが忙しくなってしまいまして(´・ω・`)。
ようやく落ち着いたと思ったら、「あれ……なんか、小説の書き方忘れた……」という恐怖。
とはいえ、どうにか脳みそが本作モードに復帰いたしましたので、これからがんばって続きを執筆して参ります!
多少不規則になるかもですが、今後はあまり間を空けないようにしていきますので、これからもお付き合いいただければ幸いです(スライディング土下座)。
――大陸南東のミロスラヴァ王国において、大型魔獣を含むスタンピードが同時多発的に発生する、数時間前。
いつも通りに登校した凪は、教室中が明るく、そしてどこか浮ついた空気に包まれているのを感じた。
その理由は、考えるまでもない。
昨日までのルジェンダ王国は、自他共に認める『ニセモノ聖女をホンモノ認定してしまった残念な国』だった。そんなこの国に、他国の所属とはいえ、紛れもないホンモノの聖女が滞在していることが明らかになったのだ。
この国の誰もが抱えていたに違いない未来への不安が、一気に払拭されたのである。子どもたちが浮かれた気分になるのも、当然だろう。
いつになく興奮した様子でおしゃべりをしているクラスメートたちの様子を見て、凪は胸の内でエステファニアに手を合わせた。
(ニア……アナタのお陰で、この国の人たちはとてもとても安心してくれているみたいです。このご恩は一生忘れませんので、いつか一緒に魔獣見学の旅に行こうね!)
幸いなことに、凪にはアースドラゴンという大型魔獣とのご縁ができている。そのご縁を頼って、いろいろな魔獣を紹介することができれば、重度の魔獣オタクであるエステファニアは、きっと大いに喜んでくれるだろう。
(……いやまあ、鼻血を噴いて気絶するほど興奮されても、護衛のイザークさんも大変だろうし。まあ、前もってある程度説明しておけば、その辺も大丈夫……だといいなあ)
その辺の対応については、長年エステファニアの護衛を務めているイザークに確認しておくべきかもしれない。お礼の気持ちでしたことで、お世話になった相手が大量出血してしまっては、さすがに本末転倒というものだ。
エステファニアへの謝礼について思いを馳せていたところに、こちらに気付いたグレゴリーが小走りに近づいてきた。
「おはよう、ナギ! ええと、えぇと……うん! スパーダ王国の聖女さまが我が国にいらしてくださって、本当によかった! ね!」
にこにこと笑いながらそんなことを言う彼は、もう少し自分の可愛らしさを自覚したほうがいいのではなかろうか。
グレゴリーのふわふわの髪を、全力で撫で回したい衝動を堪えながら、凪は穏やかにほほえんだ。
「おはようございます。ええと、はい。スパーダ王国の聖女さまには、心から感謝しなければなりませんね」
お互い、エステファニアの件については、クラスメートたちよりも遙かに多くの情報を持っている。そのことを周囲に知られるわけにもいかないため、少々ぎこちない挨拶になってしまった。
自分のごまかしスキルがさほど高くないことを知っている凪は、さくっと話題を変えることにする。
「ところで、グレゴリー。昨日、兄からあなたがこのところ寝不足のようで心配だ、と聞いたのですけれど……。ちゃんと眠っていらっしゃいますか?」
その問いかけに、グレゴリーが一瞬目を見開き、それから気まずそうな顔をした。
「いや……その、うん。でも、今日はしっかり寝る予定だから大丈夫! たぶん!」
「たぶん、とはなんですか、たぶんとは」
凪は思わず半目になったが、ここで自分の小柄な体を気にしている彼に「ちゃんと睡眠時間を確保しなければ、大きくなれませんわよ」と言わない程度の情けはある。
グレゴリーが、へにょりと眉を下げた。
「ええー……。でもね、ナギ。言い訳がみっともないのはわかっているけど、父上と母上が無事にフォルス島へ送られてから、まだ二日だよ? どうにも頭がふわふわするというか、まだ現実感がないというか……。ぼくが落ち着かない気分になるのも、少しは仕方がないと思わない?」
(ふ……二日、だと……?)
そのとき凪は、危うくのけぞりそうになったのをどうにか堪える。
はっと我に返り、指折り日数を数えてみたが、たしかにグレゴリーの言う通りだ。
――マクファーレン公爵家の島流しからはじまった、休息日の朝。
エリアスとの再会、ウエルタ王国で発生したスタンピードの鎮静化。
伯父のザインとの邂逅と、スパーダ王国の聖女であるエステファニアとの出会い。
そして昨日は、新たなふたりの聖女さまが現れ、放課後には『リオ』のことを大切な人たちに告白するという、大変濃すぎる時間ばかりが続いていたのだ。
それが、たった二日間の出来事かと思えば、ついどこか遠いところを眺めたくなってしまう。
「ナギ? どうかした?」
「……イエ、なんでもありません。そうですわね、それは少しくらい寝不足になっても、仕方がありませんわね……」
凪は、深々と息を吐く。
「とはいえ、成長期において寝不足が続くというのは、大変よくないと思います。ですので、もし明日あなたが寝不足の顔をしていらした場合、わたしが可能な限りの伝手を頼って集めた快眠グッズが、寮のお部屋に届くと思ってくださいな」
「………………うん?」
首を傾げたグレゴリーに、凪はにこりと笑って言った。
「今のわたしが、周囲のみなさまに、全力で、『お願い』をしましたら。かなりの多方面から、それはたくさんの快眠グッズ情報が入ると思うのですが、いかがでしょう?」
「うん、わかった! 今夜は絶対に、意地でも六時間以上の睡眠を取れるようがんばるよ!」
ざあっと青ざめたグレゴリーが、力強く宣言する。
「あら。あなたはもう、すでに寝不足状態なのですもの、今夜はぜひとも、八時間以上は眠ってくださいな」
「ハイ……」
グレゴリーが困ったように眉を下げるが、凪に『聖女さまのワガママ』を発動されたくないのであれば、寝不足にならないようしっかり睡眠時間を確保すればいいだけだ。
なんにせよ、十五歳の若さで、この国の筆頭公爵家を継がねばならないグレゴリーにとって、健康管理が大変重要であることは間違いない。
彼の妹として、その辺については今後もこまめに、ちくちくとつついていく所存である。
(考えてみれば、この世界で『目覚めて』から、まだ一ヶ月くらいしか経っていないんだよね。リオの記憶が、ナチュラルに馴染んでいるお陰もあるかもだけど……。なんちゅーかこう、ここの生活にもはやなんの違和感もない自分は、我ながらちょっと適応能力が高すぎじゃないかと思います)
もしや自分が、ものすごく図太い性格をしているのではないかという可能性からは、そっと目を逸らしておくことにした凪だった。
今のところ、魔導学園で受ける授業はどれもとても興味深いし、エステファニアのお陰でしばらくはこの生活を続けられる予定なのだ。
楽しい学園生活は、全力で楽しまなければバチが当たる。
よって、その日一日も凪はしっかりと真面目に授業を受けたし、友人たちと語らいながら美味しいランチもいただいた。
期間限定とわかっているからこそ、なのかもしれないけれど、ごく普通の学生生活というのは本当に幸せなものなのだな、としみじみ思う。
そして放課後になると、今日もライニールの元へ学びにいくらしいグレゴリーが、慌ただしく教室を出て行こうとしていた。
「グレゴリー。あなたの頑張りは心から応援していますけれど、あまり無理はなさらないでくださいね」
「うん。ありがとう、ナギ。大丈夫だよ、ライニールさまにも――」
凪の呼びかけに、グレゴリーが笑って応じたときだ。
「ナギ。グレゴリーも、ちょっと来い」
いつもは『ちょっと仲のいいクラスメート』という距離感を保っているシークヴァルトが、突然会話に割り込んできた。
驚いて振り返ると、硬い表情をした彼の瞳が、何かよくないことが起きたのだと告げてくる。
「わかった」
そう応じたのは、グレゴリーが先だった。
シークヴァルトが凪の護衛であることを知っているからなのだろうけれど、しっかりと彼に頷いてから凪を見る目に、迷いはない。
「行こう、ナギ」
「う、うん」
慌てて鞄を持ち、友人たちに手を振って教室を出ると、シークヴァルトが低い声で口を開いた。
「このまま、王宮へ向かう。ここの応接室で、ライニールが直通のゲートの鍵を持って待機している。オレは一度戻るから、おまえたちは先に行っていろ」
(王宮!?)
思わず、素っ頓狂な声で復唱しそうになったのを、どうにか堪える。
しかし、シークヴァルトのまとう雰囲気が、今ここで無駄な時間を費やすことを許してくれない。グレゴリーとともにひたすら黙って彼についていくと、昨日も訪れた豪奢な応接室で、ライニールが待っていた。
「おかえり、ナギ。グレゴリー。――シークヴァルト、急げよ」
「わかってる」
短いやり取りだけでシークヴァルトが行ってしまうと、ライニールが少し表情を和らげてふたりを見てくる。
「ふたりとも、驚かせてしまってすまないね。ただ、説明はあとにさせてくれ。まずは王宮に行って、王太子殿下と今後の対応を協議する」
凪にとってライニールは、この世の誰より信頼できる『兄』である。そんな彼の指示であれば、大抵のことには黙って従うつもりだったが――。
(……うん! いきなり王宮訪問は、さすがにちょっと緊張しますな!)
若干、現実逃避をしたくなってしまったけれど、ライニールはさっさとゲートを開くなり、凪に手を差し伸べてきた。隣にいるグレゴリーは、まったく緊張した様子がない。
これが場数の差というものか、と羨ましく思いつつ、ライニールの手を掴む。
――白い白い、光の円。
この世界で『目覚めた』直後、シークヴァルトに抱えられて同じ光をくぐったことを思い出す。
(あ……)
光の中に踏み入れる瞬間は、やっぱり目を瞑ってしまった。
再び目を開くと、世界が一変しているのもあのときと同じだ。
凪は、思わずため息を吐いた。
魔導学園の校舎も、子どもたちの学び舎とは思えないほど豪奢なつくりの建物だけれど、これは桁が違う。
ここはゲートを設置されているだけの部屋であるはずなのに、どこもかしこもキラキラしていて、ありとあらゆるところに繊細な美意識が息づいている。
高い天井は、緩やかな半球状。そこには凪の語彙力では「しゅげえー!」としか表現できない美しさで、まるで実物のような空と雲、そこに差し込む太陽の光が描かれている。
……彼のミケランジェロは、なんとかいう素晴らしい天井画を描いたとき、首やら肩やらを痛めまくったというが、この天井画を描いた芸術家は大丈夫だったのだろうか。
(そ……そういえば、この王宮ってリアル天空の城なんだよね!?)
ぱっと窓の外を見てみれば、想像通りに一面の青空と、視線と同じ高さに漂っている白い雲の峰がある。
――なんて、美しい。
素晴らしすぎる景色に感動していた凪に、ライニールが声を掛けてくる。
「ナギ。これから王太子殿下から事情を話してもらうことになるが、もしかしたらきみの力を借りることになるかもしれない」
「え?」
凪の力、というのは、もちろん聖女の力という意味だろう。
隣で、グレゴリーが小さく息を呑む。
よほど時間が惜しいのか、それから足早に連れていかれたのは、広々とした会議室と思しき一室だった。
ゲートの設置部屋ほどの絢爛豪華さはないけれど、それでも充分過ぎるほど贅を尽くした空間に、巨大な円卓とそれを取り囲む革張りの椅子が置いてある。
円卓の上には、いくつもの大きな情報シートが浮いていて、オスワルドが立ったままそれらを操作しつつ、通信魔導具で誰かと連絡を取り合っていた。
こちらに気付いた彼が、通信を切って凪とグレゴリーを順に見る。
「ナギ嬢。グレゴリー。よく来てくれたね。さっそくで申し訳ないが、事情を説明させてほしい。――現在、所属国なき聖女ディアナさまの生国、ミロスラヴァにおいて、大型魔獣を含むスタンピードが同時多発的に発生している」
凪は、目を丸くした。そして、オスワルドの言葉が脳に染み入るなり、自分の顔からさあっと血の気が引いていくのがわかる。
大型魔獣を含むスタンピード。
それは、つい一昨日に彼女自身が鎮静化した、ウエルタ王国で発生した災厄と同じものだということか。
見渡す限りの大地を埋め尽くすような、黒い獣たちの群れが暴走し、すべてをなぎ倒していく様子は、まるでこの世の終わりのような光景だった。
あんな恐ろしいものが、ひとつの国で同時に発生したりしたら――。
「最初のスタンピードが確認されたのが、本日正午過ぎ。その情報が入ってからたった三時間ほどの間に、次々に新たなスタンピード発生の知らせが届いた。いくらミロスラヴァ王国が、地脈の乱れが発生しやすい国だといっても、これはあまりにも異常すぎる」
――通常ではありえない、スタンピードの同時発生。
魔獣絡みの、こんな災厄の生じ方を知っている。
凪は、思わず口を開いた。
「オスワルド殿下。それって、まさか……ミロスラヴァ王国で、東の砦と同じことが起きている、ってことですか?」
震える声での問いかけに、オスワルドが軽く眉根を寄せる。
「その可能性は、高いと思う。だとしたら、これは地脈の乱れによる災害ではない。人の手による、犯罪だ」
犯罪、と繰り返した凪は、ぎゅっと両手を握りしめた。
――魔導学園の入学式が終わった直後、東の砦を預かる第三騎士団の団長が、片腕を切断される大怪我を負った。聖女でなければ癒やせないその傷は、狂化魔獣という、暴走した魔獣の中でも特に恐ろしいものによるものだったのだ。
その原因となったのが、どこかからこの国に送りこまれてきた、融解寸前の魔導鉱石。罪のない魔獣たちを狂わせ、人々にとっての災厄に変じさせてしまうものを、平気で武器として利用しようとする者たちがいる。
その事実に、心底ぞっとしたことを思い出す。
「残念ながら、あのとき回収した融解寸前の魔導鉱石が、どこから送りこまれてきたものなのかについては、まだ確認できていないんだ。ただ、東の砦の事件が起こった当時の我が国と、現在のミロスラヴァ王国には、ひとつの共通点がある」
ひとつ息を吐き、オスワルドは凪をまっすぐに見つめて言う。
「ニセモノの聖女を認めてしまった我が国と、本物の聖女さまを侮辱したミロスラヴァ王国。いずれも、聖女の名誉を著しく傷つけている。ただの偶然と切り捨てるには、重すぎる共通点だ」
「そう……ですね」
ぎこちなく彼の言葉に頷いたとき、凪の脳裏を過ったのは、まさに東の砦で融解寸前の魔導鉱石への対処を終えたときのこと。
――これ以上、この国に今回のような被害が出ることはない。
あのとき、得体の知れない敵として凪の前に現れたエリアスは、姿を消す直前にそう言っていた。
たしかに、凪という聖女がこの国にいる以上、再び融解寸前の魔導鉱石を送り付けてきたところで、すぐに対処が可能だ。その事実を踏まえれば、これ以上同じことを繰り返しても無駄だから、という意味にも取れるだろう。
だが、もしそれとは違う意味があったのだとしたら。
(エリアス……?)
一昨日の朝、エリアスがステラの救命を求めてやって来たとき、彼はシークヴァルトに『自分たちに命令を下す人々のことは何も知らない』と言っていた。
あのときの必死だった彼の言葉に、嘘はないと思う。
けれど、エリアスが『ステラの救命に見合うだけの価値はない』と思っている些細な情報であっても、他者から見ればそうではない、ということは、十二分にあり得るはずだ。
特に、後ろ暗いことをしている自覚がある者たちにとっては。
そこまで思い至った凪が蒼白になったとき、オスワルドが続けて口を開いた。
「ナギ嬢。エリアスくんとステラ嬢がこの国で保護されているというのは、この件の糸を裏で引いている者たちにとっては、さぞ不都合なことだろう。念のため、アイザックにもふたりの警護を強化するよう通達してあるから、安心してほしい」
「あ……ありがとう、ございます」
頭の中で不安が形になった途端、即座にそれが払拭されてしまうと、大変ありがたい反面、肩すかしを食らったような複雑な気分になってしまう。
(……うん。とりあえず、オスワルド殿下がわたしが思っていたよりも、ずっと有能な王子さまだったってことは、とってもよくわかりました)
もしかしたらオスワルドは、他人の頭の中をのぞける特殊能力でも持っているのではないだろうか。いくら凪の頭が単純なつくりをしていたとしても、あまりにも的確に思考を見透かされすぎて、ちょっと怖い。
いずれにせよ、ミロスラヴァ王国において、融解寸前の魔導鉱石による災厄が発生している可能性が高い以上、同じ被害にあった身としては、断じて放っておけるものではない。
凪は、ものすごくムカついた。
何しろ、東の砦で片腕切断という大怪我をした第三騎士団の団長エイドラムは、凪の友人であるセイアッドの実兄なのだ。
狂化魔獣による負傷は、聖女の存在がなければ、逃れようのない死に繋がる。
兄を喪いかけたセイアッドと、彼と本当の姉妹のように育ったソレイユが、あのときどれほど傷ついたと思っているのか。
結果としてエイドラムが無事だったとはいえ、この世界で目覚めたときから親しくしてくれている友人たちが傷つけられたことを、凪はいまだにねちっこく根に持っているのである。
凪は、ビシッと片手を上げた。
「オスワルド殿下! どこのどいつがこんなおばかな真似をしでかしているのかは知りませんが、ミロスラヴァ王国がとっても大変な状況になっていることだけはわかりました。ディアナさまの件については、わたしも大変ムカついておりますけども、今はそんなことを言っている場合ではないですよね! ザイン伯父さまにお願いして、今すぐあの国に――」
「うん、ちょっと待ってくれるかな、ナギ嬢! 事情を説明したら、きみがそんなことを言い出すかなーと思って、念のためグレゴリーを同伴してきてもらったんだけど! 正直、杞憂であってほしかったよね!」
同じく片手をビシッと上げて、即座に言い返してきたオスワルドに、凪はこてんと首を傾げる。
「どうして、グレゴリーを?」
考えてみれば、グレゴリーはマクファーレン公爵家の後継者であるとはいえ、現時点ではまだまだ勉強中の一学生に過ぎない。
そんな彼にいったい何をさせようというのか、と不思議に思っていると、オスワルドが申し訳なさそうな顔でグレゴリーを見た。
「グレゴリー。すまないが、しばらくの間ナギ嬢と手を繋いでいてくれるかな?」
「はい」
青ざめた顔を強張らせたグレゴリーが、オスワルドの指示に従い、きゅっと凪の指を握ってくる。可愛らしいその仕草に、うっかりときめきそうになった。グレゴリーの女子力は、凪よりも遙かに高いようである。
しかし、意味がわからない。
まさかグレゴリーを呼んだ理由が、こうして凪と手を繋がせるためだというのだろうか。
なんでやねん、と戸惑う凪に、オスワルドがやけに平坦な口調で言う。
「ナギ嬢。ご存じの通り、グレゴリーは実戦的な戦闘訓練など一切受けていない、非力な子どもだ。もしきみが理性を吹っ飛ばして、そのままミロスラヴァ王国へ突撃した場合、彼は確実に死ぬことになるね」
「………………へ?」
にこにことほほえむオスワルドの目が、まるで笑っていない。
「これからきみの助力を仰ぐことになったとしても、それは僕らがきみの安全を確保できると判断したときだけだ。だから、グレゴリーの命を危険に晒すような真似は、絶対にしないでくれると嬉しいな」
凪は、黙ってグレゴリーを見た。
腹違いの兄が、にこりと笑う。
「ぼくは、きみを信じてるよ。ナギ」
「……アリガトウゴザイマス」
グレゴリーは凪を信じてくれているようだけれど、オスワルドからの信頼のなさがちょっと悲しい。
――ライニールは、ずっと目を逸らしていた。