破壊者の追憶
この作品は東方projectの二次創作です。また、『紅魔郷』や『剛欲異聞』のネタバレを含みますのでご注意下さい。
──────夢を見た
遠い昔の
そして今に至る夢を
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どこを見ても代わり映えのしない部屋、キラキラしたベッドにあちこちに置かれたぬいぐるみたち。ぜーんぶ屋敷のみんなが用意したものだ。お人形遊びはそんなに好きってわけでもないのに、みんなわかってくれない。わかろうともしない。私の力が怖いから関わろうとしないんだ。
私はこの部屋から出たことがない。今までずーっと出たことがない。赤ちゃんのころにメイドを何人か壊しちゃったからお父様に閉じ込められたみたい。だからみんな私を怖がる。ご飯とご機嫌取りのオモチャだけ持って来て、口も利かずにどっか行く。それが私の『アタリマエ』
だけど別にそれでいい。退屈だけどここに居れば勝手に食事は運ばれるし、うるさい小言も言われない。
それに───
「フラン、入るわよ」
そう言って入って来たのはお姉さま。持って来たのは食事と新しい本。
「お腹は空いたかしら?今朝もいつもの朝食だけど」
サンドイッチに血入りの紅茶。これがいつもの朝食。
「食べながらで聞いてくれる?新しい本を持って来たの」
私にはお姉さまがいる
お姉さまは私に話しかけてくれる。話を聞いてくれる。本当に欲しいものをくれる。
だからこのままでいい。『アタリマエ』の中で生きるだけで。
そんな代わり映えのない日々に変化が起きた。ある日、お姉さまが沈んだ様子で部屋に来た。どうしたのか尋ねたらお父様が死んだと聞かされた。人間に殺されたらしい。
だけどそんなことはどうでもよかった。お父様がいなくなったところで私の何かが変わるわけでもない。どんな人か見たこともなかったから。
でもお姉さまは何かを気にしていた。そして忙しくなるかもと言っていた。
それからしばらくお姉さまは来なかった。やって来るのは怯えたメイドばかり。本を持って来るようにはなったけど、その態度は気にくわない。いっそ壊してやりたかったけどお姉さまに迷惑がかかりそうだからやめた。
ある時、一人の女が入って来た。見覚えのない赤い髪に奇妙な服、誰だコイツは。
「初めまして!私は紅美鈴と申します!」
聞けば門番として雇われたという。昼の襲撃に対する備えだろう。折を見てここに来るとは言うが、門番ならめったに会うことはない…そもそもなぜ今ここにいる。
予想に反してソイツは度々やって来た。私を過度に恐れないのは気に入ったがいまいち話が合わない。これじゃ退屈しのぎにもならない。
またしばらくして、久しぶりにお姉さまが部屋に来た。初めて見るヤツと一緒に。
「フラン、彼女はパチュリー・ノーレッジ。今日からここで暮らすことになったの」
「よろしくね、妹様」
紹介されたソイツは魔法使いだった。何でも魔女狩りから逃げていたところをお姉さまに助けられたらしい。
そしてお姉さまはソイツを友人と呼んだ。それは関してはちょっとばかし気に入らないが魔法には興味がある。お姉さまが気に入ってるなら色々話をしてもいいかもしれない。
だがソイツから私の部屋に来ることはなかった。どうやら体が弱いらしくここまで来ることが難しいとのことだ。
つまらない
期待した私が馬鹿だったのだろうか?しょうがないからこれまで通りお姉さまが持ってくる本で魔法の勉強をする。
これからも期待しては当てが外れることになるかもしれない。それなら期待というものはするだけ無駄なものではないだろうか。そんな非効率なものより、成果が目に見える魔法を極めたほうが有意義だ。
魔法というものは面白い。使い方次第で毒にも薬にも、創造も破壊もできる。これほど広く活用できるものを覚えて損はない。私が習得するのは壊す魔法…そのほうが性に合っている。お姉さまが最近の出来事を話してくるが今はそれも鬱陶しい。
パチェが来てから───私が魔法にのめり込んでからどれくらいたっただろうか。最近はお姉さまと話をすることが減ってきた。そういえば、以前部屋から出る気はないかと聞かれたことがあった。ないと答えたが何か関係しているだろうか?まあ邪魔をされないのは気楽なものだが。
近頃アイツが何かを企んでいると耳に挟んだ。何でも遠い東の楽園に行くとか。何でそんなことをするのか…おおかたこの世界に住みづらくなったというところか。まあどうでもいいが…そこには面白いヤツがいるだろうか?
久しぶりにお姉さまと会話した。新しいメイドを雇ったらしい。ソイツには名前がなかったから付けてやったと自慢気に語っていた。名前は確か…十六夜咲夜。ずいぶんと外国的な名前を付けたものだと思った。深く尋ねるつもりもないが。
《幻想郷》へ行く目処が立った
意気揚々とお姉さまはそう語った。企みの正体はこれだったらしい。どうしてとは聞かない。私の何かが変わるわけでもないし、嬉しそうなお姉さまに水を差すのも野暮なことだ。お姉さまの行動が私に害をもたらすことはない。それだけは確かだ。
部屋が────いや、屋敷全体が大きく揺れた気がした。もしかして幻想郷とやらに着いたのだろうか。
そこは確か妖怪たちが流れ着く場所…私の魔法を試せるかもしれない。
賢者と話をつけた。悪いがしばらく大人しくしていてくれ
お姉さまは部屋に来るなりそう言った。せっかくの機会だったのに…そう思わなくはないが素直に従っておく。話を聞く限りここの妖怪はお姉さまが暴れただけでパワーバランスを崩しかねない程度でしかなかったという。となれば賢者というヤツしか手応えはなさそうだが喧嘩を売ればお姉さまが困ってしまう。
お姉さまの魔力が広がっていくのに気づいた。何をするつもりか知らないけど私には関係ない。そう思っていたけど何だか騒がしくなってきて────
『ナニカ』を感じた。
強い力の波動か、それとも研ぎ澄まされた殺意なのか。私はいてもたってもいられなくなって扉の方に腕を伸ばし…手のひらに《目》を呼び寄せた。
バキン
外で錠前が壊れた音がする。
この時私は────生まれて初めて部屋から出た
初めて目にする屋敷の中は荒らされていた。誰かが暴れたのは確かだ。誰かに見つからないように…この、気配を辿って────
屋敷の上空にお姉さまがいた。そしてもう一人…紅白の服を着た誰か。
あれは妖怪?それとも人間?
いや、そんなことはたいした問題じゃない。
お姉さまとアイツの話を聞きたい。耳を澄ませて…目を凝らして…全ての感覚を集中させて…
「さっきのメイドは人間だったのか」
「あなた、殺人犯ね」
「一人までなら殺人犯じゃないから大丈夫よ」
お姉さまを前に臆することなく放たれる、強がりでも自己保身でもない研がれたナイフのように鋭い言葉。
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
「ここは、私の城よ?出ていくのはあなただわ」
「この世から出ていってほしいのよ」
その時、私は引き込まれてしまった。紅白の全てを破壊せんと言わんばかりの冷徹な瞳に。
気分が高揚する、全身を巡る血が熱く滾っている、胸打つ鼓動も速くなる。
こんなヤツがいたんだ。私とは違う…純粋な力の権化が。
お姉さまはアイツに────《博麗の巫女》に負けた。
だけどどこか清々しい顔をしていた。
最近お姉さまの気配を感じない。聞けば神社に行ってるらしい。
うらやましい
私だって巫女に会いたい。アイツになら退屈で代わり映えのない生涯に波乱をもたらしてくれるかもしれない。いや、もたらすに決まっている。今までのぼんやりとした期待とは違う、突き動かされるような衝動。
私は再び扉を破り、部屋から飛び出した。
……やられた
パチェが館の周りに雨を降らせるなんて。これもお姉さまの指示だろうか。
だとしたら腹立たしい。せっかく外に出ようと思ったのに、何で邪魔をするの?こんなにムカついたのは初めてだ。このまま諦めるのもいやだし、何か方法はないだろうか。
────────!?
感じる。この間と同じ…あの気配を。
気配を辿る、辿る、辿る。この先に、アイツがいる。絶対にいる。
声が聞こえてきた。すぐ近く。
「今日はいつにもまして暑いわね」
見つけた
「こんなに攻撃が激しいのは…さっきの女の子がおかしくなっちゃったから?」
ずいぶんと呑気なことを言っている。あの目を見せてほしいのに。
「あまい!そこの紅白!」
私は大声を上げてソイツの前に飛び出した
「誰?前来た時は居なかったような気がするけど…」
「いたけど、見えなかったの」
やっと会えた。お前は人間かと聞けばそうだと答えた。これが人間なのか。今まで飲み物の形でしか見たことがないからわからない。騙してないかと聞けば念を押すように人間だと言った。ほとんどの人間は紅茶より複雑なものだとも言った。
他愛のない話をしていると巫女はお姉さまの名前を間違えた。いらっとしたから言い返した。
お姉さまが神社に入り浸って迷惑だと言った。そんなことは知っている。私だって行きたい。でも巫女は来るなと言った。不公平だと思ったが、お姉さまも歓迎されてないならそんなものだろうか。
過去に何かしたか聞かれたけど何もしていない。495年間ずっとあの部屋にいたから。
「ほんとに、問題児なのね」
「そこに飛び込む遊び道具…」
「何して遊ぶ?」
そんなものは決まっている。お姉さまともしてた遊びだ。
「弾幕ごっこ」
「ああ、パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」
そうして私たちは撃ち合った。楽しかった。机上の空論でしかなかった魔法が今、行使されている。そして濁ることのない澄んだ瞳と対峙することが。
「見た?これが神に使えるものの力なのよ!」
負けた。体力の限界だった。虚勢を張ってみたがあっさりと見破られる。
「いつでも遊びに来てあげるから。頼むから神社に来ないで」
巫女にそう言われた。せっかくお礼のケーキと紅茶を持って行こうと思ったのに。甘さ控えめだと言っても怒る。何が気に入らないんだろう?
家に帰れと言われた。ここが私の家なのに。悪い子を神社に置いてきたとも言った。悪い子って誰のことだろう、思わずそれを口から漏らす。
「あんたと姉さんだ!」
巫女は苛立った様子で怒鳴ってから帰って行った。
勝てなかったけど楽しかった。遠慮なしに暴れまわるのはこんなに面白いことだったんだ。何よりあの目。あれは今まで見たどんな宝石よりも美しく輝いていた。
博麗霊夢
私を魅了した初めての人間、私の日常に変化をもたらした存在
遊びに来ると言っていた。私はそれが待ち遠しかった。思えば何かを楽しみにしたのは久しぶりのような気がする。待ちきれなくて部屋から出るようになった。
それから何度か霊夢は遊びに来た。
お茶をして、弾幕ごっこをして。
だけどあの目はしていなかった。私を子供扱いした。
少し苛ついた。本当に同一人物なのか。少し本気を出せば片鱗は見せてくれるけど物足りない。
でも天狗の新聞をみるとあの目をした霊夢が写っていた。
お姉さまが言っていた。博麗の巫女は妖怪退治の専門家。その目をするのは仕事の時だけじゃないかと。
正直、それには納得がいかない。私が惹かれたのはあの目をした霊夢なんだ。腑抜けた巫女なんかじゃない。
いっそ自分で異変を起こそうとも思ったけどお姉さまに止められた。ムカついたけど素直に従う。考えれば後が面倒そうだし。
私は悶々とした気持ちを抱えながら霊夢と遊んだ。
ある日、私の部屋に変なヤツが忍び込んでいた。侵入者なら壊してもいいかと思って手をかざすとソイツが話しかけてきた。
「お初にお目にかかる、フランドール。私は摩多羅隠岐奈、幻想郷を管理する賢者の一員だ」
そいつは思う存分暴れさせてやると言った。何か裏がありそうだったが、話に乗ることにした。賢者のお墨付きなら誰もとやかく言わないだろう。
何でも地の底で面白いことが起きているようだ。それで、私に何をしてほしいのだろうか。
「飲み込みが早くて助かる」
「何でも破壊できるという貴方には…最悪の獣、饕餮を破壊して貰いたい」
こんな楽しそうなこと、断る理由がない。もちろん承諾した。
そしたら流水に慣れる必要があると言っていろんな所に連れ回された。流水は最悪だ。触れると力が弱まってしまう。よくもこんな真似を…と言いたいところだが久々に暴れさせて貰っているのだから大目に見てやろう。さて、次の相手はどんなヤツだろうか。
飛び出した先の足下で水気が散った。しかしこれは水ではない。ここはどこだ?
「地底の底の底……貴方の旅の終着点です」
急に現れた隠岐奈がそう告げた。
終着点…なら破壊させたいというヤツはどこにいるのだろうか。
「今探している。ちょっと待っていなさい」
そう言って摩多羅神は姿を消した。退屈なので少し彷徨く。この世の憎悪が集まったような重苦しい空気…なかなかの居心地だ。
薄暗い闇の中、遠目に何かが見える。私は迷わず突っ込んだ。しかし、ソイツに躱される。いい反応だ。
「えっ!?フランドール!?」
驚いた。まさか霊夢がいるなんて。ならここは神社なのか?ずいぶんすっきりしたみたいだけど。それをつい口に出したところ、そんな訳ない、ここは石油の海だと言った。
…考えてみればあの神から地の底だと教えられたばかりじゃないか。ずいぶん間抜けな質問をしてしまった。
なぜここにいるのか聞かれたので正直に答えると霊夢は歯痒いような反応を見せた。どうやら自分で勝てなかったのが悔しいようだ。
「ただ、石油噴出は饕餮の仕業では無さそうなので…倒さなくてもいいかなーと」
こいつは何を言っている。目の前に立ち塞がる敵は倒すべきもののはずだ。何より、あの目を見せた人間がこんなことを言うのか。
「いつからそんな腑抜けになったのよ」
言ってて怒りが込み上げてくる。
「私の処へやってきたあんたは全てを破壊するような目をしていたわ!」
もう駄目だ、我慢ならない。
「その頃を思い出せ!敵は殲滅せよ!」
そして私と霊夢は再びぶつかった。
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「いったいどんな夢をみているのかしら?」
ベッドの上で眠る妹を前に思わず言葉が漏れる。
この子はその力故に父から恐れられ、幽閉された。抗議はしたけど聞く耳を持たれなかった。当然かもしれない。だれもこの子の安全を保証できなかったのだから。フラン自身は地下での生活を苦としていないことが唯一の救いだった。いや、それが当たり前なのだから辛いという気持ちが湧かなかったのかもしれない。もしお父様を説得できていれば、この子に孤独を与えなかったのかもしれない。
そんな─────
「申し訳ない、とでも言いたげだな」
突如として背後に現れる侵入者。でもこいつにはもう慣れた。
「摩多羅神か。妹がずいぶんと世話になったようね」
「ああ、おかげで助かったよ。できればこれからも協力を頼みたいと思っている」
よくもまあ当てにしてないことを口にできるものだ。
「それは私たちの気分次第ね。日頃からゴマでも擦ってたほうがよろしいんじゃなくて?」
「すまないな、それは神の沽券に関わる問題なのだよ。君にもわかるだろう?」
「なら貴方も空箱みたいに中身のない発言はしないことね」
私は秘神と目を合わせる。なんて下らない腹の探り合いだ。
「ところで、君は妹君の幽閉を後悔しているかね?」
「何を言うかと思えば、そんなこと?」
人の家族関係に口を挟まれると腹が立つんだが。
「さあね。気にしてなかったわ」
「ふふっ、まあいい。今日はフランドールの様子を見に来ただけだからな」
摩多羅神は後扉を開きその中に入る。さっさと帰ってくれるようで何よりだ。
「では、またいずれ」
「ええ、今度はメイド長お手製の健康茶を振る舞うわ」
「そうか、楽しみにしているよ」
後戸が消えた。私は再び妹に目を向ける。
後悔か…そんなもの私はしない。
過去を振り返りはしても、それに囚われるなど私らしくない。
「今を生きなきゃもったいないわ」
思わず口にした独り言も気にせず妹は眠り続けている。
一部台詞は『東方紅魔郷』『東方剛欲異聞』から引用しています。