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零の灯  作者: 黒鳴
一章・一節 第零軍団長
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第八話 増殖

◆帝国外 汚染区域◆





 空中を移動しながら進行方向50メートル先まで【天床フィールド】を展開。連続して着地しながら進んでいく。

 地上の混沌種アビスがときおり木々の隙間から見えるが、今は無視する。厄介な植物系統の混沌種アビスが現れるのなら、即座に斬り殺すところだが、今は飛行型の討伐が最優先だ。

 …それはともかく。


「ここまで正確な奴いねえだろ…」


 手元の位置データを見ながら移動する中、数分間隔で側方を飛んでいく矢の形状をしたエネルギーの塊。手元を確認しながら移動し続けると、数秒後に位置データから一つの反応が消失する。時には複数体まとめて消失することもあった。現在は残り六体まで減っている。

 この攻撃は鈴野麗香の狙撃によるものだ。

 だが、あまりにも正確で正直驚いた。狙撃位置は城壁の上からなのだが…現在目指している座標までは3キロメートル以上も先の地点だ。穿弓機の補助もあるとはいえ、人間離れしている。

 何が理由で異動を許可されたのか意味が分からない。鈴野麗香は欠陥を抱えているような人間には見えなかった。第四軍と相性が悪かったのか、と考えてみてもそれはありえない。第四軍は常識人の集まりだ。戦闘狂や研究狂のいる他軍と比べれば普通の軍人が集まっている。

 …まあどうでもいいか。

 優秀な人間が第零軍うちに来た。それだけの話だ。


「…ん?」


 【天床フィールド】が一枚破壊された。俺の目に映ったのではなく、視界外の――50メートルほど先の【天床フィールド】が損傷反応を示した。…レーダーには反応がない、ということはかなり厄介な相手。進みながら集中して目をこらすと、進行方向に複数体、小型の混沌種アビスが割り込んでいた。

 真っ黒な羽、嘴。

 羽は本来体中に生えているはずだが、ところどころ禿げ、そこから覗く肌は血に塗れている。嘴は上側が異常に発達し、まるで牙のようにいくつもの突起が出来ている。

 変異元になった生物が本来持つ長さの二倍から三倍ほどまで伸びた足。白く濁る眼。

 そして最大の特徴――()()()()()()が混ざった体。


「《鬼烏カラス》…」


 このタイミングで割り込んでこられるのは結構面倒くさい。《鬼烏カラス》は軍では【死肉喰らい】と呼ばれる混沌種アビス。文字通り、様々な混沌種アビス、家畜、人間問わず、死体を食い荒らす。瀕死状態、もしくは弱って動けなくなれば一瞬で餌食にされる。また、それとは別にあだ名がつけられるほど厄介な混沌種アビスでもある。

 そのあだ名は【ストーカー】。…なぜこんな名前になったのかは単純。

 追跡能力が他の混沌種アビスと比べて桁違いなのだ。混沌種アビスは人類を見つけ次第殺気、害意を向けて追い回す存在だ。ただし、《小鬼ゴブリン》に追いかけられても成人が全力で走ればなんとか逃げ切れる。あくまでも奇襲性能には優れているが、追いかけるのが得意なわけではない。混沌種アビスは性質上、重量が大きい個体が多く、上位個体といえど、速度には優れていない個体が多い。

 だが《鬼烏カラス》は別だ。ただでさえ飛行型の混沌種アビスは移動能力に優れている。その中でも特に軽く、機動性に優れ、強力な追跡能力を持つ上に隠密能力も高い。その上、()()()()でレーダーにも引っかからない。過去には、半日以上追い回された兵士が、命からがら帝国まで逃げ切ったかと思えば、帝国に飛び込んできて帝国民の体の一部を食いちぎって回った事件もある。

 ただし戦闘能力は高くはない。近づいて攻撃して離れ、また近づいて攻撃して離れ、獲物が弱るのを待つだけの混沌種アビス。それに攻撃方法はせいぜい嘴で肉を抉ってくるぐらいだ。

 だが、追いかけれたままにするのは危険だ。戦闘の邪魔になる。

 例の双頭鷲グリフォンが城壁に到達まであと三分。死体は可能な限り燃やす等の対策をしなければならないが…仕方ない、死体は捨てていく。

 《鬼烏カラス》を即座に斬り殺すことを決める。まず真っ先に《鬼烏カラス》の周囲20メートルの【天床フィールド】をすべて解除。

 【天床フィールド】を足裏のみの限定的な範囲に起動する。

 …最初からやっとけ、という話ではあるが。跳び回りながら足裏だけに集中して起動するのは普通に難しい。


「四…八…九体、か」


 下に広がる瘴気の森に潜んでいるかもしれないが、現状確認できたのは九体のみ。

 一体当たり大体()()あればなんとかなる。


「まあ時間かけられないし…必要消費(コラテラル)だな」


 速度を少し上げる。

 一気に《鬼烏カラス》の大群に接近していくと、《鬼烏カラス》達がぐるりと白濁した瞳を俺に向けた。俺を補足した瞬間に一斉に俺に向かって攻撃態勢に入った。

 一体は嘴を大きく開き噛みつこうとし、一体はどこで取り込んだのか額に生えた角を構え、一体は回り込むようにして突撃。残りの個体もそれぞれの攻撃を構えている。

 それに対して俺は《鬼烏カラス》の群れにまっすぐに突っ込む。


専用起動オリジナル――」


 《鬼烏カラス》の攻撃を冷静に見据える。嘴が接触する寸前まで引き付け、起動する。



 確実に――殺す。



「――【ゼロ】」




◆帝国 城壁上◆




「…ふう」


 短く息を吐いて全長2メートルほどの【穿弓機アーカス】をゆっくり下ろす。これほどの遠距離では流石に集中力が持つか心配だったけれど、無事に全て撃ち抜くことが出来たようだった。

 レーダーには反応は五体しか残っていない。

 …それで安心してはいけないのが混沌種アビスだが、今回は大丈夫だろう。

 何せ、対処に向かったのは綾人先輩なのだから。


「とりあえず、仕事は終わり。あとは…」


 急造の【穿弓機アーカス】を使ったにしてはよくやった方ではないだろうか、と心の中で満足する。その後、いくつも重なった重火器の音が響く。

 おそらくこのまま仕留められて今回の騒動は終わりになるはず。なんともまあ簡単な初任務であった。

 《双頭鷲グリフォン》はその名の通り頭が二つあるだけの鷲だ。巨体なことを除けば普通の鳥類に混じっていてもほとんど違和感はない。そのため、大した危険性はない。

 …これから《双頭鷲グリフォン》が変異した、とか無ければ。

 一応、100メートルほど先にいる《双頭鷲グリフォン》の様子を確認する。

 体に銃弾を多数打ち込まれ、地面に落とされ、大量に血を流しながらも攻撃を必死な様子で仕掛けている。

 あの様子であれば、あと数十発弾丸を撃ち込まれれば死ぬはず。

 しかし突如、体が波打つようにうねり始めた。


(…まさか、ね)



「ッ!!総員全力で攻撃しろ!変異する前に仕留めるんだ!」



「なるほど、これが世間で流行ってるフラグってやつね」


 私が原因ではないはずだが、こうもタイミングよく変異すると、私のせいかと思ってしまう。だが、放置しておくわけにもいかない。《双頭鷲グリフォン》が変異しても危険度はステージ1のままだが、念のために援護に向かう。

 城壁の上を走り、第四軍と《双頭鷲グリフォン》の交戦場所を目指して走る。


「…余計かもだけど」


 走りながら【穿弓機アーカス】を持ち直し、右手にエネルギーで形成された矢を用意。対象となる変異中の《双頭鷲グリフォン》をしっかりと見据える。

 続いて矢を弓につがえて、すぐさま構えられる状態にしておく。

 変異中の混沌種(アビス)は、身体構造が高速で変化しているため、かなり強度が低い。つまり、ある意味攻撃の狙い目でもある。

 ただし大抵の場合、変異中の混沌種(アビス)が大人しくしていることはない。混沌種(アビス)側も弱点となることを本能的に理解している。周囲に敵がいれば、容赦なく暴れ回る。その状態の混沌種(アビス)も、かなり危険だ。

 ただし例外として、こちらに気付いてなければ、これ以上ない的になる。


汎用起動ヴァーセタイル――」


 【穿弓機(アーカス)】が発熱し、熱に変換しきれないエネルギーが発光する。

 専用起動オリジナルであれば、もっと威力の出せる戦装ギアもあるのだろうが…ないため仕方がない。汎用起動(ヴァーセタイル)の中では最も強力な戦装ギアを起動。


「【火焔矢(フレア)】」


 地面で暴れている双頭鷲(グリフォン)の核に狙いを定め、戦装ギアによって赤熱している矢を放った。

 摂氏70℃にも達する高熱の矢が、暴れている双頭鷲(グリフォン)の首と胸部の間を穿つ。戦装ギアの【火焔矢(フレア)】は副次的な効果として、命中部分を溶かしてしまう。そのため、()()()()双頭鷲グリフォン》の断末魔を防ぐ結果となった。

 バキン、と硬質的な音が響き、暴れていた《双頭鷲(グリフォン)》の体が崩れ落ちる。おそらく、核を破壊することに成功した。

 念のためにしばらく【穿弓機アーカス】を構えておき、完全に動かなくなったのを確認してから通信機を起動する。相手は、今下で戦っている隊長。私が第四軍でお世話になっていた相手だ。


「無事ですか?」


『麗香君か。助かったよ、正直あのまま暴れられたら変異前に仕留められなかった。ありがとう』


「いえ、気にしないでください。後は任せてもいいですか?」


『分かった、こちらで対処しておくよ』


「ありがとうございます。では、失礼します」


 通信機を切って【穿弓機アーカス】を下ろす。軍部に戻ろうと振り返ったその瞬間、笹野風香と視線がかち合った。彼女もどうやら下で戦っていたようで、服が砂埃で汚れ、疲れた表情を見せているが、私を見た途端、私の顔を睨みつけた。

 ただ、私は彼女のことは気にしない。

 これまでと同じように何事もなかったかのように無視するのが一番楽だ。

 ちなみに、言い返すと文句を言われる。見つめ返すと、鼻を鳴らして笑われる。睨み返すともっと強く睨んでくる。

 どうしろというのか。


「一度確認しておきますか」


 とにかく、レーダーを起動する。帝国周辺にはもう混沌種アビスの反応は残っていないことを確認してレーダーを切る。そのまま戻ろうとして、


「…?」


 猛烈な違和感を感じ、レーダーをもう一度起動する。

 違和感の正体に気付き、確認してすぐに私は城壁の上を走り出した。

 帝国周辺には混沌種アビスの反応はない。だが、城壁から2キロメートル先の地点、即ち――




 白桜凛綾人のいる場所に約30体もの混沌種アビスの反応が映っていた。




「せめて連絡の一つでもよこしてほしいところですが。となると…」


 通信機をもう一度起動。

 今度は第四軍ではなく、別の人物に呼びかける。


「第三軍団長――」


『アリス先輩でいいわよ』


「…アリス先輩、白桜崎先輩の今の状況は把握してますか?」


『もうこれ以上ないぐらい把握済みよ。どーせあの綾人(バカ)あなたが今部下だってこと忘れて一人で突っ込んだ挙句連絡もしてないんじゃない?』


「当たりです」


 通信機の向こうからため息が聞こえる。それだけで、普段から綾人先輩が他の人間とまともに連携を取っていないことが分かる。…なるほど、確かに第零軍は人間関係を気にしなくていい。

 でも、せめて通信の一つぐらい入れたっていい気がする。

 …もしかして、先輩に使えないと思われた?流石に軍から追い出されるのは困る。今後の生活がまともに出来なくなってしまう。

 堂々巡りの思考をしてしまって考え事が纏まらない。


『――麗香?どうしたの?』


「…いえ、なんでもありません」


『安心しなさい。あなたが試験を本気でやっても、()()()()()やってても綾人は同じことをしてるわ。軍をクビになることはないし、あっても第三軍団(うち)がもらうから。だから、今は目の前のことに集中なさいな』


「…了解です。とはいってもどうするんですか?流石に私一人でこの状態をどうにかするのは無理です」


 手元のレーダーを確認しながら、そう答える。

 【穿弓機アーカス】は性質上、乱戦には向いていない。殲滅力は高いが、精密性という点では他の遠距離型戦術武装に劣る。綾人先輩の周りの混沌種アビスの狙撃は可能ではあるが非常に危険だ。

 つまり、今の状況において私は適切ではないということ。


『安心しなさい。第三軍団(うち)の副団長の仁を向かわせてるから、連携して対処するように。こっちも少し忙しくなりそうだから、後は仁に従っておけばいいわ。

――以上!』

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