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零の灯  作者: 黒鳴
一章・一節 第零軍団長
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第五話 関係

◆汚染区域◆



 待つこと一時間。

 バタバタという、空気を叩くような特有の音を立てながら、軍用のヘリが上空を旋回していた。当然俺のいる周辺は討伐の際に更地になっており、混沌種(アビス)の死体の周囲を回るようにヘリは飛んでいる。

 同時に、通信機から男の声が聞こえた。


『お疲れ様です。うちの団長の要求大変じゃなかったですか』


 話しかけてきた男は、第三軍団の副団長を二十年も務めている男――加賀野かがのじんだ。研究特化の第三軍ではあるが、混沌種(アビス)の討伐も出来ないわけではない。ゆえに重要な研究資料の回収などは副団長が直々に回収しに来るというわけだ。


「いつも通りだ」


『そうですか。ではこのまま回収しますので、続けて周囲の警戒お願いします。こちらも空中から監視しますので、地上の警戒はお任せします』


 上空に十台の軍用ヘリが続いて現れ、混沌種(アビス)の周囲に降り立つ。同時に素早く戦装武機を持った複数人の軍人が降りた。高火力の銃火器系の戦装武機を全員携えている。黒い軍服、つまり同僚である軍人だ。


「…!」


 たが、やつらは俺に対して敵意を一瞬見せ、周囲に散開した。《花人マンドレイク》の変異前、《毒人形花アルラウネ》の下半身を囲むように並ぶ。森から混沌種(アビス)が現れたらすぐに対処できる位置だ。問題は、こいつらの所属。


(…なんで第四軍がいる?)


 そう。こいつらは第三軍ではなく、第四軍所属の軍人だ。基本的に行動するときは同じ軍同士の人間で動くはず。だが、やつらの腕章は第四軍を示す狼の牙を模した印。


「聞きたいことがあるんだが」


『第四軍と行動しているのは、こちらの要求ではないですよ。最近の混沌種(アビス)の変異傾向を見て必要になると上が判断したんです』


「…わざとか」


『それは分かりませんが、そもそもあなたのことを好いている人間自体少ないですよ。十中八九嫌がらせの感情もあるでしょうし、あなただって気にしていないでしょう?あと出来れば索敵に集中してほしいので、他に質問があるならあとにしてください。では』


 容赦なく通信機を切る、そのやり方はとあの女と似通ったものを感じた。当然か。


「…」


 その後、俺がほかの人間と言葉を交わすことはなく、緊張感と沈黙だけが場を支配していた。いつも通りなのはゆっくりと動き続ける太陽の光だけだった






◆帝国軍本部基地 第零軍本部◆


4月7日



 机と椅子、ソファに最低限の生活様式だけが整った部屋。

 静かに立体投影されている報告書に討伐結果を入力していく。科学の進歩した帝国では、既に電子機器はほとんどのものが触らずに操作できるものに置き換わっていた。昔はキーボードを使って打ち込んでいたデータも、今では空中に投影されたものに置き換わった。

 科学の進歩は素晴らしい、と誰もが口を揃えて言う。

 …こんな世界じゃなければ、とも。

 それはともかく、報告書に打ち込むことは山ほどある。が、必要な情報だけならば、討伐した混沌種アビスの詳細、生息範囲、土地への影響を打ち込むだけでいい。

 最低限の情報を打ち込み、ディスプレイの電源を切る。

 何をするか、と考えるが、どうせやることなどない。だが、軍の招集に備えて、じっとしているなんて時間の無駄だ。


「…いつも通り、だな」


 【ゼロ】を左手で持ち上げ、軍団長にそれぞれ割り当てられている部屋のドアに向かって歩く。

 軍ごとに部屋を割り当てられているが、俺には大きめの個室だけだ。俺しかいない軍に部屋なんざいらないから当然ともいえる。

 ただし、この女がいるが。


「お疲れ様〜。あんたのおかげで研究資料が充分確保できた上に第三軍(うち)が全員揃ってるから、効率よく研究を進められたわ。ありがとうね」


「そのために俺は命の危機に陥ったんだが?」


「あの程度であんたが死ぬなら、とっくに人類は滅んでるわ」


 部屋のソファで横になってくつろいでいたのは、第三軍団長アリス・アクアライト。黒の軍服の上に白衣を羽織るという訳の分からない格好をしている女。

 歴代士官学校卒業生の中でも最優秀な成績を残した、天才。研究課題においてはトップを常に維持し、戦闘訓練においても常にトップ争いをしていたほどの人材。第三軍団という研究特化の軍に所属した出世頭。常習的に第零軍()専用の部屋に入り込んでいる阿保。


「ただ、良いことばかりじゃない。あんたの討伐した混沌種(アビス)のおかげで確信に変わったけど、混沌種やつらの変異速度が上がってる。代わりに防御面は落ちてるけど、植物型なんかは最悪ね。変異速度の向上が都合よく作用してるから」


「お前の仕事も増えるだろうな。会議に必要な情報やら研究結果だの、面倒な仕事が」


「別にいいわよ。それよりもあんたの仕事量の方が心配だわ。今ですら討伐のために動き回ってるのに、混沌種(アビス)どもの第三形態以上がほぼ確実に発生するようになる。まともに休息が取れるかどうか分からないわよ」


「だからどうした?」


「…ま、あんたには些細なことね。今更関係ないか」


 壁にある認識装置に右腕をかざして、一瞬の後。


『認証確認。ドアのロックを解除します』


 分厚いドアが重さを感じさせないほどスムーズに開く。基本的に軍本部のドアやエレベーターは、この認識装置によって動かすことが出来る。軍に関係のない第三者や、ましてや犯罪者にはそもそも侵入することすら出来ない。

 廊下を進む俺の横でアリスはため息をつき、当然のように横に並んで付いてきた。いつもと同じく暇つぶしのために俺についてきている。エレベーター前に到着し、下に向かうボタンを押す。エレベーターを待っている間、ソワソワとしているアリスを尻目に、到着したエレベーターに素早く乗り込んで地下2階のボタンを叩き、開閉ボタンを即座に叩こうとしたが。


「やめてくれない?私も付いてっていいでしょ」


 俺の手を強引に掴み、アリスがエレベーターに乗り込もうとした。


「仕事をしろ」


「もう終わってる。私を侮らないで欲しいわね。今回の討伐した混沌種(アビス)のサンプルもとっくに上に送ってるし、報告書も全部書いたわよ。あのアホどもが顰めっ面で不満そうにしてるのは見てて気分爽快だったわ」


 そう言ってドアを押さえながら、俺を押し退けてエレベーターに入ってくる。この女は、本当に強引なやつだ。


「…あのな」


「どうせ訓練するんでしょ?見ても減るもんじゃないしいいじゃない」


「部下の面倒は見ないのか?」


「みんな優秀だからねー。私がいなくなっても滞りなく仕事は進むから気にしなくていいわよ」


 これ以上何を言っても、この女は意志を曲げない。それは分かっている。だが、


(…なんか妙だな)


「それじゃ、早く行きましょう」


 どことなく急いでいるような様子のアリスが、タンタンタンと開閉ボタンを連打。エレベーターのドアが静かに閉まり始める。


「…やっぱりお前、なんか」


「アリス団長!!俺に仕事を押し付けてどこにーー!!」


 閉められつつあるエレベーターのドアの向こうで、第三軍団副団長の仁がすざましい形相の顔で走りながら叫ぶ。だがエレベーターのドアは無情にも閉じた。


「「……」」


 ゆっくりと下がり始めたエレベーターの中で、俺は顔に手を当てた。

 今の仁の行動と言動。アリスの態度。ここから導かれる答えは即ち。


「お前最低だな」


 仁に仕事を押し付けた挙句、俺の部屋でくつろいでたのか、この女は。

 経験上、この女が逃げ道を用意してないはずがない。おそらくだが、俺に誘われた、とか言って俺に半分責任を擦り付けてくるはず。


「いやいや、私自分の仕事は全部やったからね?残ってる雑用とか素材の処理とか丸投げしただけだから」


「…頭痛え」


「後で薬あげる」


「どんな薬なんだか」


「麻酔薬」


「くたばれ」


 ぐだぐだと言い合う間に、ゆっくりとエレベーターは下がっていく。鏡しかない鉄の箱の中で時間が過ぎていき、すぐに止まる。


『地下2階』


 アナウンスの機械音声が響いた。

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