第三話 討伐戦
◆汚染区域◆
俺は今から倒そうとする相手――《毒人形花》を見た。
《毒人形花》を殺すために注意すべきことがいくつかある。
まず一つ目。名前の通り毒を体内に大量に保持しているのだが、致死レベルの猛毒であること。
毒の種類自体は神経系の毒だ。ただし空気に触れると一瞬で無毒化され、気化する。
理由はまだ解明されていない。ゆえに《毒人形花》は己の体から生えている茨のとげから直接毒を相手に打ち込む、または人間を象った口にあたる部分から空気中にまき散らす。
そして《毒人形花》の厄介な点はもう一種類の毒。打ち込んだ対象に強烈な幻覚を引き起こす猛毒。
こちらは厄介なことに神経毒とは違い空気に触れたとしても気化して一定時間滞留する。ただ、濃度は薄くなるがまるでトラップのように《毒人形花》の周辺に漂い続ける。つまり時間経過でも危険度は増していく。
「【再起動・天床】」
戦装を再起動して起動時間を延長。
混沌種相手となると、特殊な変異を起こしていて既存の混沌種と完全に別物になっている可能性も否定しきれない。
まあ、俺にとっては何の意味もないことだが。
【天床】の上で居合の構えをとる。前に出した右足を踏み込み、柄を左手で掴み右手で【零】を抜刀しようと脱力した瞬間。
『ちょっと待って。まだ解析が済んでないわ』
「はあ?」
通信機から聞こえたアリスの声で動きを止めた。
『いやいや何そのまま倒そうとして…あんたなら問題ないとは思うけどさ、普通は相手の解析を最優先するものでしょ。あんた一人なんだから。もし特殊型とか特異個体だったらどうするのよ。』
「斬る」
『…まあそうなんだけど』
アリスがかろうじて声を出したその時、《毒人形花》が身じろぎをする。
俺が《毒人形花》の動きに気付いた瞬間には影が上空を覆っていた。棘だらけの20メートルは長さのある長大な茨が勢いよく振り下ろされる。
「…ちっ」
起動されていた【天床】が破砕。
上から振り下ろされた茨はその勢いのままに枯れ果てた大地にたたきつけられ乾いた土と枯れ木が飛び散る。
《毒人形花》は茨を持ち上げてつぶれたはずの人間を食らおうとさらに二本の茨を動かす。
しかしそこにはひびの入ったへこんだ地面だけ。潰したはずの人間はどこにもおらず、茨の動きが混乱した。
瞬間。
――ザン。
伸ばされていた茨がすべて切断され、轟音を立てて落下した。
当然切断された茨から大量の幻覚性の毒が流れ落ちて土地を侵食していく。地面に流れ落ちた液体はすぐに蒸発し、霧状に漂い始めた。
混沌種に痛覚など存在しない。だが自分の体が一部分削られたことは理解できる。
一斉に残りの茨の全てが、《毒人形花》の体を削った敵――【零】を抜いて佇んでいる俺に向いた。
『ちょっと!まだ解析終わってないんだけど!?』
俺に向いた茨は一瞬の後、突進した。人間の目で何とかとらえることの出来る限界の速度で《毒人形花》の近くにあった一メートルの幅の太さを持つ茨が俺に――50メートルの距離を一瞬で詰めて貫こうと迫る。
「核を潰せば同じだ。喚くな」
右手に持った【零】で茨に対処。
右方向から横なぎに迫る茨に対して真っ向から【零】を振りぬいて弾き飛ばした。成人男性ほどの大きさもある巨大かつ圧倒的な質量を持つ《毒人形花》の茨が人間に打ち返されるという現実離れな現象が起こっていた。だがそんなことに《毒人形花》がかまうはずもなく、続いて上から一本の茨が、そして左から上下に分かれて二本の茨が迫る。
「…邪魔くせえ」
上から振り下ろされた茨を【零】で右に弾く。地面にたたきつけられた茨は乾いた大地にひびを入れる。続いて左から迫る二本の茨に対して空中に飛び上がって下側の一本を回避。
「【天床】」
上側の一本に対して空中で威力を増すために【天床】を起動して一度足を置き、そして体を回転させ【零】で打ち返す。
人と混沌種の戦いには見えない強烈な打ち合いが続き、《毒人形花》が根負けしたかのごとく茨を自分の近くに引き戻した。
『出来るだけ傷をつけないでって言ったでしょ!それ以上斬られると何度も言うけど研究材料にできないから困るの!研究する側の苦労も知らずに傷だらけのゴミを持って来られる気持ち分かる!?』
「分かった。分かったから黙れ」
ダン、と足を踏み出して走り出し、《毒人形花》へ距離を一気に縮めていく。無論《毒人形花》も何もしないわけではなく走り出した俺にめがけて次々に茨を向ける。
《毒人形花》の本体までの距離が25メートルまで縮む。
「もう少し…いや」
しかし、俺は速度を一気に落とした。当然、突き出された無数の茨は俺の前方に突き刺さることになり、土を巻き上げながら大地に亀裂を生み出す。
「ここから届くか」
右半身を前に。
右足を一歩踏み出す。
左手を鞘から抜いた【零】の刀身に添え右手に持つ【零】をもう一度しっかりと握る。
「専用起動――」
攻撃を外した《毒人形花》が再び荊を突き出す。
俺の前方の地面に突き刺さった荊を無理矢理土ごと持ち上げ、左右からさらに十本の荊が逃げ道を塞ぐように振るわれる。構えている俺の前に土が飛び散り視界が土砂と茨に覆われる。
だが、目の前の障害は無視して発声する。
「【零】」
《毒人形花》からすれば俺を確実に仕留めたように感じただろう。
《毒人形花》が茨を振り下ろし、轟音を響かせる。先ほどの打ち合いでえぐれた土地が衝撃でさらに凸凹に変形した。激しく土煙が上がり、瘴気と混ざり合って地面すら見えなくなった。
次の瞬間。
《毒人形花》が真横に両断された。
人型の心臓部分から上がバランスを崩し後ろに倒れていく。
「【天床】」
俺は《毒人形花》の真後ろで【天床】を起動して着地した。まだ警戒しなければならないからだ。
『…さすがね。相変わらず訳分からないけど、核が確実に斬られてるわ』
「そうだといいが」
混沌種には核が一つ存在する。核を潰されると、必ず死ぬ。核は人間で言うところの心臓や脳の役割を担っているからだ。
核がわずかに欠けるだけでも9割の機能を完全に失ってしまうほど、混沌種にとって最重要の器官。系統ごとに核周辺の耐久力に差はあるが、心臓を守る骨のように頑丈な骨格のようなものが形成される。
だが、植物型の混沌種は核が露出している、もしくは骨格のような器官が存在しない場合がある。理由は単純だ。
周囲の瘴気をより多く吸収することで成長、つまり変異速度を高速化している。
植物型の混沌種の高速変異はこの対価で成り立っている。ただし、第四形態まで変異が進めば変異速度が落ち、核周辺も頑丈になる。ゆえに、第三形態までに討伐するのが最適。そして核を破壊すれば必ず死ぬはず。
だが。
『…予想通り、かしら。この《毒人形花》も核が増えてるみたいね。場所はおそらく』
「頭だろうな」
この《毒人形花》の心臓部に存在する核を斬ったが、斬り落とされた人型はまだ蠢き続けている。
落下中の人型が重力に逆らうように暴れ出し、空中で俺に向かって歪な両腕を振り回した。
「【天床】」
だが即座に【天床】を起動し、蹴り飛ばすことで《毒人形花》の歪な両腕を回避しながら下に向かって《毒人形花》の落下速度よりも速く地面に向かって落下しながら加速する。毒を吐き出してもいないし、両腕を振り回しても今の位置なら俺には当てられない。
「【天床】」
そして地面から5メートルほどの高さで再び起動し、勢いを殺さず前方向ーー落下している《毒人形花》の頭部に突進。【零】を再び構え《毒人形花》の頭部を叩き斬った。頭部にあったもう一つの核を斬られた《毒人形花》は今度こそ完全に動きを止め、土煙を上げながら轟音を立てて地面に落下した。
「討伐完了」
【零】を鞘に納め、周りを見渡しため息をついた。土地がひっくり返されたせいで地中の湿った土が散らばり穴だらけとなっている。《毒人形花》の下半身部分もまだ地面に根を張っている。瘴気に汚染されているかどうか関係なくこの土地が元に戻るのには時間がかかるだろう。
『少しぐらい疲れてないわけ?あれだけ動き続けて少しも呼吸を乱さないなんて』
「知るか」
《毒人形花》は他の混沌種と比べると対処が難しい。力が強く、根付いた場所の周囲を汚染し、高速で変異する。代わりに核の周辺が脆弱になるが。
普通ならばこれで討伐は完了している。しかし。
切断された《毒人形花》の死体が白桜凛綾人の後ろで静かに蠢いていた。