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Levelモルフ  作者: 太陽
第三章 『メキシコ国境戦線』
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第三章 第六話 『全滅』

 修二達が東へと向かい、迂回して補給地点へと戻ると決めたその同時刻、肝心の補給地点は混乱の様相を極めていた。

 無線機が使用不可になったこともそうだが、それによって、怪我人が続々と運ばれてきたことが混乱の要因となっていた。

 その中で、医療担当をしていた神田静蘭は、手を休めることなく怪我人の治療に当たっていた。


「新たな怪我人はそこのシーツの上に寝かせて下さい! 重傷を負った人はこちらに! 各員は焦らないように動いて下さい!」


 静蘭は、間違いのないよう指示を出しながら、迅速に怪我人の治療に当たっていた。

 それに従うように、その場にいた日本人とアメリカ人達の医療従事者達、中には衛生兵も含まれていたが、テキパキとこなしていく。


「さすが静蘭だな。仕事が早くて助かるぞ」


「オーウェンさん……いえ、まだまだですよ。幸い、大事には至ってない患者がほとんどですが、これから増えるかもしれません。その準備だけは怠らないようにお願いします」


「謙遜せぬとは、素晴らしい意気込みだ。分かった。言う通りにするぞ」


 オーウェンと呼ばれるガタイの良い男は、静蘭に対して、感心しながら医療キッドの整理を始めていった。

 元々、衛生兵という立場についていたオーウェンであったが、海兵隊に属していた彼は、ある任務によって足を痛めてしまったらしい。

 その影響で、兵役からは遠のき、代わりに今のように兵隊達の医療に携わることになったのだが、その仕事の早さは静蘭も驚く程であった。


「包帯が切れるぞ! 倉庫から取り出しに行ける者は至急、向かえ! 重傷者は静蘭の元に連れていき、そのサポートをしろ!」


 指示は明確に、そのおかげで、今のところまで大事に至る患者はいなかった。

 静蘭は、オーウェンのおかげでこうなったと考えているが、実際のところは、この二人がいたおかげでどうにかなっていたという方が正しい。

 それほどに、彼らの迅速な判断力は他から見ても頼もしく思えるほどだ。


「――ふぅ。ようやく、一息つけました」


「そうだな。一時はどうなるかと思ったが、しかし、一体何が起こったのだろうな? どうやら苦戦しているようだが」


「確かに……不安ですね。皆、無事だといいんですが……」


「君の友達も前線に出ているんだろう? ここに来ていないのは幸いだが、無事であるといいな」


「そう……ですね」


 静蘭は、ここにいない今も前線で踏ん張っている皆のことを考えていた。

 どうしても不安に考えてしまうのは、ここにいないことだ。

 負傷してほしいとは思わないが、ここにいないことを考えると、どうしても嫌な考えが浮かんでしまう。

 前線での負傷による戦死、という考えが。


「――オーウェンさん。やっぱり私、不安です……」


「ん? 君の友達のことか? 確か、日本でのモルフ騒動に関わっていた者達なんだろ。なら、そう簡単にくたばりはしないだろうに」


「それでも……です。皆には、無事でいてほしい。危険には違いないことですから」


「ふむ。それは確かにそうだな。なら、こう考えよう」


「え?」


「他人の死をあまりこういう風に使うのは良くないが、君達はあの日本で生き抜いた者達だ。死者は総人口の九割を超える中で、それでも生き抜けた猛者だ。そんな者達が、準備万端で向かい出て、本当に死ぬとそう思うか?」


「――――」


「君の考えは分かる。だが、信じることが彼らにとって何よりの誉れだ。そんなことを考えていたら、本当にそうなりかねないぞ?」


 気持ちの持ちようとはよく言ったものだ。

 嫌な想像は、現実化しやすいということも分かる。

 だから、彼らを信じて待つことが大事だと、オーウェンはそう言った。


「――そうですね。オーウェンさんの言う通りです」


「それとも、大切な想い人でもいるのかな?」


「えっ? い、いや、そんなことないですよ! 私には、分不相応すぎますから……」


「全然否定しておらんが……図星なんだな」


 焦りが顔に出てしまったのか、静蘭はそれきり顔を赤くしながら俯いてしまった。


 帰ってきてほしいのは皆、同じだ。

 兄である神田慶次もそうであり、出水や桐生のことも同じ。そして、今も前線で隊長をしている彼のことも――。


「ちょっと、あんた達何サボってるのよ。こっちも忙しいから手を貸しなさい」


「あっ、ごめんなさい。琴音さん、今行きます!」


 考え事をしていると、負傷者の手当てをしていた八雲琴音に叱られてしまった。

 彼女は、日本からアメリカへの移住時に共に行動をした仲であり、静蘭にとって数少ない女友達でもある。

 そして、出水と仲が良いことも、静蘭だけでなく、周知の事実だ。


「これ、どうやって使えばいいの?」


「あっ、これはこうやってですね」


 琴音に包帯の巻き方を尋ねられ、静蘭はやり方を教えるように包帯を琴音から受け取り、やり方を見せた。

 琴音は、本来は待機組に回るという話になっていたのだが、どうしても手伝いたいとのことで静蘭の補助という形で医療組に来たとされている。

 その為、彼女にとっては医療に関する知識は全くないといってもいいほどなのだが、静蘭の言うことをきちんと聞いて動いており、静蘭からしても助かっていた。

 琴音自身が何を考えて危険な現場に出ようとしたのか、それは静蘭にも分からないが、きっと静蘭と同じで仲間達のことを考えてのことだと思っている。


「琴音さんは、出水さんのことが心配ですか?」


 ふと、静蘭は思ったことを口に出した。

 その質問を聞いた琴音は、慌てふためくように動揺した。


「は、はぁっ!? なんであんな奴のこと……」


「ご、ごめんなさい! ちょっとだけ気になっちゃって」


「……いいわよ。確かに、心配だったことには違いないからね」


 不器用ながらも、静蘭の指示に従って負傷者に包帯を巻きながら、琴音はそう呟く。


「危ないことに手を出すな、なんて言える立場じゃないことは分かっているんだけどね。それでも行くなら、私にもやれることはあると思ったんだ」


 それが、琴音がここにいる理由だと言うように、俯きながら答える。

 静蘭はそれを黙って聞きながら、自分の軽薄な問いかけを悔いていた。


 琴音は、自分に出来ることをやろうとしている。

 それに比べて、自分は人の心配ばかり気にして、周りが見えていなかったのだ。


「――ありがとう、琴音さん」


「ん? 何よ、何か感謝されるようなこと言った?」


「うん。出水さんとも、早く会えると良いですね」


 それを聞いて、琴音は何を思ったのか、その場にあった消毒液をぶち撒けて負傷者を叫ばせることになってしまったのだが。


 そんな一時は、すぐに崩れ去ることとなる。


『非常警戒! 非常警戒! モルフの襲撃を確認! 総員、避難の準備を! 動ける者は武器を持って対処に当たれ!』


「っ!」


「え?」


 驚く琴音に対して、静蘭は呆気に取られていた。

 ここは戦闘区域からかなり離れた地点であり、前線部隊がいる限り、この場所への襲撃はないものと見ていたからだ。


「静蘭! 私は表を見てくる! あなたは避難の準備をしておきなさい!」


「え? で、でも負傷者達が……」


「あなたが死ねば、もっとたくさんの死傷者がでるのよ! オーウェン、任せたわよ!」


「……ああ、分かった」


 オーウェンは短く返事を返し、それを聞いた琴音は医療室から出て行った。

 外の状況は分からない。

 もしかすると、もうすぐそこまでモルフが来ているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、足が震えてきてしまっていた。


「落ち着け、静蘭。まずは、負傷者の移動が最優先だ。――動ける者は自分の足で避難しろ! 動けない者は近くの衛生兵や医療班に肩を貸してもらえ! 迅速に動けよ! 奴らに襲われれば、死より耐え難い生涯を終えることになるぞ!」


 オーウェンによる冷静な指示を聞いて、それまで怯えていたのか、身動き一つ取らなかった医療班達の目つきが変わる。

 指示通りに、動ける負傷者は立ち上がり、動けない負傷者は近くの医療班や衛生兵の人に肩を貸してもらいながら避難の動きに入った。


 静蘭は、未だに動くことが出来なかった。

 目の前の現実を受け入れることが出来なかったのだ。


「静蘭、おい、静蘭?」


「あ、の……」


 嫌な考えが、再び思い起こされる。

 ここにモルフが襲撃に来たこと。

 それは、つまり――、


「兄さんや……修二さん達は、負けたのですか?」


 前線部隊がいる限り、ここが襲撃に遭うなど、到底ありえない。

 つまり、ここにモルフの襲撃があるということは、それは前線部隊の全滅を意味してしまうということなのだ。


「っ! しっかりしろ! 大丈夫だ! もしそうだとすれば、もっと早くに避難命令が出ていた筈だ! これは、隙をついた襲撃だとしか考えられん!」


「――っ!」


 その考えは理解できる。

 だが、それでも一抹の不安は消えない。

 最悪の可能性を一度想像してしまった静蘭には、それが出来ないのだ。


「今は自分の命を最優先に動け! まだ動かせない負傷者もいる。急ぐぞ!」


「わ、分かりました!」


 とにもかくにも、このままではいずれ、この医療室も襲われる事態にもなりかねない。

 静蘭はそれから、負傷者達を運ぶ段取りをしていこうとする。


 たが、ここで大きな問題が発生する。

 大怪我や、動くことすらできない重傷者達が問題だった。

 とてもじゃないが、動かすのは危険な者達もいたのだ。

 それが、避難に対して大きな障害となってしまっていた。


「あの……オーウェンさん。重傷者達の移動についてですが……」


 時間はかかるが、タンカーに乗せてでも一人ずつ運ぶしかない。

 オーウェンへと、そう伝えようとした静蘭であったが、


『緊急警報! 緊急警報! 生存者は直ちに後方避難車両へ向かうように! 繰り返す! 生存者は直ちに後方避難車両へと向かうように! 剣を持った白装束の女を見つけたら、迷わず逃げるように! 繰り返します――』


 先ほどとは違って、早口な焦り口調となったアナウンスがなだれ込んできた。

 内容も何かおかしい。

 それはもう、この場所でさえも危険であると言わんばかりの様子だ。


「オーウェン……さん。その……」


 どうすべきか、判断を口に出せない。

 オーウェンも同じくして、顔を青ざめさせながら、唇を噛み切りそうな面持ちでこう答えた。


「置いていくしか……あるまい」


「え……?」


「こうなれば、もう負傷者は置いていくしかない。静蘭、ここから逃げるぞ」


 衝撃的な言葉を聞いて、静蘭は目を見開いた。

 それは、負傷者達を見捨てて逃げるぞと、そう聞き取らざるを得ない発言だったのだ。


「そんな……そんなこと、できません!」


「甘いことを言うな! 状況を理解しているのか!? このまま負傷者達を運ぼうとしても、負傷者共々殺されるのがオチなんだぞ!」


「それでも!! 見捨てていい理由にはなりません!」


「何を甘いことを……」と、オーウェンが苦々しげに返し、負傷者達に目をやる。

 彼らは、静蘭とオーウェンのやり取りを聞いていた。

 これから自分達がどうなるのか、その行く末を今決められているのだということに対して、絶望の表情を浮かべていたのだ。

 オーウェンはそれを見て、苦しげに目を逸らし、静蘭へと向き直ると、


「……静蘭、分かっているのか? 先ほど、表に出て行った琴音も戻ってきていない。奴でさえも生きているか分からないのだ。これがどういうことか――」


 オーウェンは、なんとかして説得に試みようとしたその時だった。

 静蘭は目に涙を浮かべて、それでもオーウェンから視線を外さない。


『俺は、大事な仲間を守る為に戦うよ。もう二度と、失いたくないからな』


 それは、かつて想い人が話してくれたことだ。


『俺にとって、一番大切なのはお前だ。今となっては、大切な者は増えてしまったがな』


 それは、唯一、血の繋がった兄が言ってくれたことだ。


『私なんかと友達になりたいなんて言うの、椎名とあんただけよ……ほんと、物好きなんだから』


 それは、数少ない友人である彼女の言葉だ。


 甘い事は百も承知だった。

 それでも、静蘭の尊敬する人達は、こんな状況でも決して見捨てないことは分かっていた。

 だから、彼らと違う道を歩みたくはない。


「それでも……見捨てられません!」


「――――」


 言い切る静蘭に、オーウェンは思わず黙り込む。

 たとえ、オーウェンが静蘭を見捨てて先に避難しようとしても、静蘭は咎めるつもりはなかった。

 一人になっても、必ず全員を救い出すつもりだったからだ。


「……強情さは変わらない、か。分かった。俺も手伝う」


「え?」


「時間が無い。軽い者は静蘭が、他は俺が運ぶ。この際、タンカーで一人ずつは無理だ。一気にいくぞ」


 オーウェンはそう言って、速やかに行動に移そうとした。

 静蘭の想いを聞き届けたように、諦めたようにして、彼は粛々と行動に移す。


「何をしている? これ以上、まだ何かあるのか?」


「い、いえ、ありがとう……ございます!」


「気にするな。さっ、早く動こう」


 静蘭は一人を運び、他は全てオーウェンが運ぶ。

 無理矢理すぎる方法ではあったが、今となってはそれが最善手段だと、客観的に見ればそう感じざるを得ない。



――だが、遅かった。



「え?」


 ふと、医療室の出口を見た。

 テントのようになったたった一つの出口に、一人の人間が立っていた。

 この補給地点では見たこともない、白い装束を纏った、腰にまで髪を伸ばし、感情の無い瞳をして、その両手には、剣のような物を持っていて――、


「静蘭! 逃げろ!!」


 オーウェンが突如、そう叫び、静蘭の前に庇うようにして立ったと同時だった。


 鮮血が舞い散り、静蘭は何が起きたのかが分からなかった。

 ただ、目の前でオーウェンは力無く倒れて、その目の前には、いつの間に動いていたのか、白装束の女が倒れるオーウェンの前に立ちすくんでいた。

 その手に握られた両方の刀身に刃がある剣には、誰の血か、赤く染め上げられていた。


「――え?」


 状況を理解することができなかった。

 オーウェンは動かない。

 指一つ動かさず、砂の地面には濡れるように赤黒く染まっていく。


 白装束の女は、静蘭を見ていた。


 静蘭は、何が起こったのか、ようやく理解した。


 この女が、オーウェンを殺し――。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、静蘭の意識は途絶した。

 


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