第三章 第三話 『銃剣』
「ははっ! すげぇ、すげぇよ! こいつ!」
何が可笑しいのか、笑いながら瓦礫と瓦礫の間を飛び回りながら、妙な武器を持った男はショットガンのようなその武器を桐生へと向ける。
「――っ!」
散弾が放たれ、桐生はこれを障害物に隠れながら上手く躱していく。
何者かは分からないが、明らかに戦い慣れをしている動きであった。
桐生が接近しようと試みてみても、もう一人のエレナと呼ばれる女が多種類に及ぶ銃を持って正確に牽制してくる。
エレナの方を先に片付けようとすれば、逆に男の方がショットガンで牽制する動きをしてくるのだ。
「レオ! あなたの弾切れを狙ってる。用心しなさい!」
「知ってるよ! ははっ! 本当にすげぇ! こりゃ幹部様に感謝しなきゃなっ!」
こちらの狙いを看破したように、二人の敵は動きを変えた。
消耗戦にもつれこませてから、一人ずつ撃破しようと考えていたのだが、その考えも恐らく見透かされているのだろう。
「ちっ、面倒だな」
桐生としてはあまり時間をかけたくはないのが本音であった。
桐生の部隊長としての役目は、表向きは笠井修二と神田慶次の率いる部隊へと指示を出すということなのだが、別に重要な任務を兼ねている。
それは、笠井修二の護衛だ。
『レベル5モルフ』の力を持つ笠井修二を命を賭してでも守ること。それが風間から言い渡された真の任務でもあった。
このまま別行動を取った修二の部隊に距離を離されてしまえば、それこそ敵の思う壺になってしまっている可能性すらある。
敵の動きを調べたい意味で、椎名真希と笠井修二を離させていたのだが、これでは両方が危険に近い。
「おいおい、膠着状態なんて俺は望んでいないぜ。出てこいよ、桐生」
名前までバレていることにも驚きだが、その予感は桐生としてもあった。
さっき、このレオという男は言っていた。
戦龍リンドブルムを倒した男と。
あの日本でのことを知っているとするならば、こいつらは恐らく、
「風間の追い求めていた敵組織の一味か。どうやら、こちらから探す手間が省けたな」
「おっ、何々? 俺達のこと知ってんのか? それは困ったなぁ。素性バレちゃうと俺達、始末されちゃうんだけど」
「心配するな。俺がお前らを殺すからな」
「おもしれぇ、だったらやってみろよ!」
リロードが完了したのか、レオはこちらへと向けてショットガンの銃口を向けた。
このまま障害物に身を潜めれば、問題はない。いや、あった。
「っ!」
障害物から飛び出して、桐生は自身の持てる最高速度で瓦礫と瓦礫の間を駆け抜ける。
その瞬間、桐生が先ほどまでいた場所が爆発した。
あのエレナと呼ばれる女が、グレネードランチャーで撃ってきたのだ。
「レオ!」
「お前の相手は俺だぜ!」
すかさずエレナへと向けて接近しようとしたその時、レオが桐生へと向けて持っていたショットガンのような武器で剣のように斬りかかる。
桐生はそれを持っていた剣で受け止めて、レオの持つその珍妙な武器を観察した。
「銃剣か」
「ご名答。でも、二本持ちのお前とは相性が良くないがな」
レオはカウンターを警戒したのか、そのまま後ろへと後退。それを追い縋ろうと桐生が接近しようとするが、
「ははっ、それでいいのかよっ!?」
至近距離でショットガンの銃口を向けられ、桐生は横っ飛びしてこれを避ける。
「いいねぇ。期待通りだ」
相手の射程距離から離れるようにして、桐生はその場から後退する。
思った以上にやりにくい相手であった。
これが単体ならば、いくらでも対応のしようはあるのだが、思いの外、連携が上手すぎる。
だが、動きが読めてきたこともある。
レオという男が懸念する通り、接近戦に完全に持ち込めば勝機は十分にあるところであった。
後は、詰むべきところまで追い込めば仕留めることは難しくはないはずだ。
「さて、そろそろかな」
「そうね、きたわ」
桐生が行動に移そうと考えたその時、レオとエレナは意味深なことを呟いた。
そして、その意味はすぐに理解する。
「ちっ、面倒なのがきやがった」
正面だけではない。
四方を囲むようにして、桐生達の戦いの音に引き寄せられたのだろう、モルフ達がぞろぞろと現れだしたのだ。
それも、その全てが全身が白く、血色を失った状態の姿をしており、その感染段階は桐生も知っているものであった。
「『レベル4モルフ』か」
「良いタイミングだぜ。これから更に面白くなりそうだ」
正気の沙汰とは思えない発言をしだしたレオに対し、桐生は訝しげにレオの方を見て、
「正気か? 乱戦に持ち込めば俺を倒せると考えているなら、早計にすぎるぞ」
「乱戦? ああ、そうか……安心しろよ。早計じゃなく、周到に練られた計画の内だぜ」
「なに?」
言葉の意味が分からずにしていると、付近にいたモルフが一斉に動き出し、桐生へと飛び掛った。
「――調子に乗るなよ」
二刀の剣を構え、桐生は応戦する。
四方から迫るモルフは四体。その全てが『レベル4モルフ』だ。
一体目――前方からなりふり構わず桐生の首へと噛み付こうとしたモルフに対し、腰を低く下げて剣を真下から振り抜きその首を両断。
二体目――後方から迫るモルフに対し、腰を低く下げていた桐生は一体目を振り抜きして殺した体勢の流れに任せて、回し蹴りで吹き飛ばす。
三体目、四体目――左右同時に迫るモルフに対し、桐生は回転斬りをして同時に首を切断する。
一秒にも満たない攻防を見たレオは、未だ余裕の表情を崩さずに更に凶悪な笑みを浮かべていた。
「こいつらを瞬殺かよ。お前、『レベル5モルフ』なんじゃねえの?」
「戯言を抜かすな。次はお前だ」
「ははっ、そんな簡単にいかせるかよ」
銃剣を下ろしたまま、桐生と対峙するレオを見て、その後ろから迫る者達を桐生は見た。
先ほどよりも数が多い『レベル4モルフ』が、レオの後方から現れだしたのだ。
「――――」
視線で気づかれないよう、桐生は膠着状態を保とうとした。
回し蹴りで吹き飛ばしたモルフは、まだ地面に蹲っており、現状では脅威にならない。
動く選択肢を取らなかったのは、このままレオを無力化できると判断したからだ。
モルフにレオを襲わせるようにすれば、戦闘を楽に終わらせることができる。
あのエレナと呼ばれる女も、いつも間にかいなくなってしまっていた。
恐らく、『レベル4モルフ』の被害から逃れるようにして離脱したのだと思われるが、どうやらこの男はそこまでの知恵は回らなかったのだろう。
――このまま、モルフにレオを襲わせて、エレナを追う。
それだけを考えながら、動きを止めていた桐生だったが、
「――な、に?」
「どうした? 何かおかしいとこでもみつけたのかよ?」
おかしいも何も、その現象には目を見開かざるを得ない。
レオの後方にいたモルフは、ただの一体もレオに襲い掛かることなく、横に並んで桐生を見据えていたのだ。
生きた人間に襲い掛かるのがモルフの特性であり、それは普遍的なものの筈なのだ。
だとするならば、こいつは、
「『レベル5モルフ』だと考えているなら、大外れだぜ」
「……どういうことだ」
意味が分からず、桐生はレオへと問いかけようとした。
モルフに襲われない可能性があるとすれば、それは『レベル5モルフ』にしかありえない筈なのだ。
笠井修二が日本でモルフに相対した時は襲い掛かってきたとの報告はあったが、世良というイレギュラーの存在のこともある。
奴は、モルフを操ることによって、襲わせないようにできる例外中の例外だ。
レオも同じような存在だと推測していたのだが、奴は違うと答えた。
ならば、一体どういうことなのか、それを考える間も状況は許してはくれなかった。
次々と、モルフが桐生目掛けて飛び掛かってきて、桐生は応戦しようとする。
「――――っ!」
鋭い爪の攻撃を回避して、腕を切り落とし、その場から離れようとすればモルフ達が囲むようにして桐生を追い詰めようとする。
「こっからが本番だぜ、桐生」
「っ! クソッ!」
視界にレオの姿を捉えて、その動きを見ていた桐生は舌を鳴らす。
レオは、銃剣の銃口を向けて構わずに撃とうとしてきたのだ。
「終わりだな」
「――――」
桐生はその瞬間、頭の中の思考をシャットダウンさせた。
目の前の全ての障害に対して、全集中しようと握る剣に力を込める。
――そして、彼は動いた。
「――――ッッ」
何が起きたのか、目の前にいたモルフには分からなかっただろう。
目にも留まらぬ速さで剣を振り抜き、一体のモルフの首を跳ね飛ばしたのだ。
「――――」
そして、流れるようにして、桐生は別のモルフへと斬りかかろうとした。
「ちぃっ!」
レオが舌打ちをして、ショットガンを放つが当たらない。
襲い来るモルフを盾にして、射線上にくるように誘導したからだ。
そして、更にもう一体のモルフを即座に屠り、桐生は次の標的へと鋭い眼光で睨みつけた。
桐生の強みはその身体能力の異常な高さもそうだが、それを支える二つの強みがあった。
一つ目は、あらゆる状況に対して、即座に対応することができる適応力だ。
桐生は、どのような想定外に対しても最適解を見出し、最善の方法で危機を脱出して、乗り越えてきた。
その適応力こそが、桐生がこれまで死ななかった要因とも言える。
そして、二つ目は今、桐生がやっている事だといえる。
あらゆる思考を無にして、目の前の障害に対して本能的な動きのみで対応する、驚異的な集中力だ。
人間は、何かに没頭することで集中することができるのだが、桐生の場合は少し違う。
視界に入る風景、戦闘に関係のない音を全て遮断するように、必要な情報のみだけを頭に入れて、動いているのだ。
「おいおいおいおいおいおいっ! お前まだ上があるのかよ!」
レオが何かを話しているが、桐生には聞こえていない。
次々と現れるモルフを薙ぎ倒していき、手の空いた瞬間に桐生はレオを睨む。
「っ! 面白えっ! こいよ!」
怯むまでもなく、レオは銃剣を構えて空いた手で挑発をする。
その瞬間、周りにいたモルフを気にも止めずに、桐生がレオへと斬りかかろうとした。
「はっ!」
刃と刃がぶつかり、互いに動きが止まる。
アドバンテージで言うなら、桐生の方が上であった。
二本の剣を扱う桐生からすれば、一本の剣のみで相手の武器を止め、もう片方で攻撃することができるからだ。
「――死ね」
「それはどうかな?」
もう片方の剣で斬りかかろうとした桐生だが、そこで動きを止め、視線を変えた。
左右から、『レベル4モルフ』が桐生へと襲い掛かりにきていたからだ。
「邪魔だな」
「遊んでやれよ。俺と一緒にな!!」
レオが後退し、桐生は『レベル4モルフ』の首を刈る。
そしてーー、
「隙を見せるのはリスキーだぜ!」
射程圏内にいた桐生へと向けて、銃剣のショットガンを片手で撃つ。
桐生はこれを横っ飛びで回避するが、更に現れるモルフが桐生を逃さない。
再び、モルフとの戦闘になり、レオへと攻撃を仕掛ける余裕が無くなる。
「ちっ」
レオはその空いた時間でリロードを開始する。
単純だが、理にかなった戦法であった。
桐生のアドバンテージを把握した上で、レオは周辺のモルフを利用して、状況のみでアドバンテージを作り出していたのだ。
そのおかげで、近距離戦闘に持ち込みたい桐生は、レオに近づいてもすぐに離される結果となってしまっていた。
「汚い、なんて言うなよ? 戦場でそれは甘えだぜ」
「……同感だな」
この間にも次々と迫るモルフを斬り伏せながら、桐生は考えていた。
どうすれば、この状況を切り抜けられるかについてだ。
「一つ、お前は詰めを見誤ったな」
「なに?」
「俺を足止めした程度で、勝ったつもりか? なら、じきに終わりだ」
「――上等だ」
皮肉が効いたのか、それまで余裕を見せていたレオの表情が変わった。
桐生の狙いは、何もレオを挑発して状況の転換をすることではない。
そんなことをしたところで、挑発に乗る男ではないことは百も承知であったからだ。
周囲にいる『レベル4モルフ』をどうにかしつつ、レオを仕留める為にどうすればいいか、それは、
「なら、全てのモルフを片付けるまでだ」
行動を一貫した時の桐生の動きは速い。
レオを視界から外さずに、桐生は襲い掛かりにくるモルフを斬り伏せていく選択肢を選んだ。
それはつまり、真っ向勝負に挑む形であった。
「……こいつ、正気か?」
信じられないような目で桐生を見るレオは、自らのアドバンテージであった遠隔からの射撃を忘れてしまっていた。
いや、そんなことをしても無意味であることを悟っていたのだ。
もう、どれほどの『レベル4モルフ』を殺したのか、数えられない程であった。
こちらへの警戒を怠らないままに、次々と屠るその姿は、たとえ何をしても避けられることをレオは予感していた。
「これは……俺には無理だな」
選択肢を一つに絞った桐生に、レオが取れる手段はなかった。
襲いくるモルフを全て殺されれば、正真正銘レオとの一騎打ちになる。
いずれ来る体力の限界をレオは狙っていたのだが、同じ人間なのか、その兆候はまるで見られない。
「これで最後だな」
とうとう、最後の一体を斬り伏せた桐生は、そのままレオへと持っていた剣の剣先を向ける。
「最後に言い残すことはあるか? ……いや、最後にお前が持つ情報を吐かせないといけないな。拷問は好きか?」
「……くくく。こりゃ参ったな」
「吐く気はない……と。なら、ここで斬り捨てるまでだ」
桐生は、情報を得るのは困難と悟って、レオへと向けて足を一歩踏み出す。
本来ならば、捕縛が最優先事項であるには違いない。
だが、一度戦闘をしてみて分かった。
こいつらは、どんな拷問にかけたところで情報を吐くようなタマではない。
こいつらはーー狂人だ。
弾丸飛び交う戦場で、ノコノコと進んで自らの敵と相対することもそうだが、その目的は桐生を殺すことだろう。
自分が死ぬことすら恐怖も抱いていない、そんな人間は、もはや普通ではない。
どんな軍人であれ、どんな覚悟を秘めて、自決や特攻を選ぶことになっても、必ず表情や仕草のどこかに恐怖の様子は出る。
それが、レオには感じられないのだ。
「――――」
最早、これ以上の問答は無意味だろう。
桐生は、即座にレオの首を刈り取る為に、一瞬で距離を詰め込もうとその足で地面を踏み抜いた。
だが――、
「遅えよ、リーフェン」
「っ!?」
視覚外からの攻撃に、寸前でそれを躱した桐生は迫り来る剣戟を二刀の剣で受け流す。
そして、そのまま後退した桐生は、レオの隣にいる新たなる刺客を見た。
白い装束を纏った女だった。
右手と左手には、桐生と似たように剣を持ち、それぞれが違う種類の物だ。
右手に持つのは、受け合いに弱いが突きに特化したレイピア。
もう片方の左手には、返し部分に刃がついた両刃刀。
その風貌は、殺し屋と呼ばれていてもおかしくないほどに、無感情な面持ちであった。
「何者だ?」
桐生の問いかけに、白装束の女、リーフェンと呼ばれていたそいつは、目を細めてこちらを一瞥した後、応じずにレオへと目を向ける。
「状況、は?」
「無理だな。俺の手には余りすぎる。お前が加勢しても、多分無理だぞ」
「そう。分かった」
何かに納得したように、リーフェンは桐生の顔を見た。
その間に、桐生は迷っていた。
ここで、二体一という不利な状況で相対すべきかどうか――、普通の相手ならば、そうしていただろう。
だが、リーフェンの持つ二刀の剣に、さっきの剣捌きを見て、迂闊にそうすべきではないという判断が内側にあった。
この女は、明らかにレオよりも遥かに強い。
たった一度の受け合いで、そう確信せざるを得ない程の力量を感じたのだ。
しかし、そのことも含めて、桐生はリーフェンの顔立ちを見て、ふと思うことがあった。
「お前、どこかで会ったか?」
「――――」
どこかで見たことがあるような、そんな曖昧な雰囲気を桐生はリーフェンから感じ取っていた。
気のせいかどうかは分からない。
だが、その違和感は間違っていないように感じたのだ。
「おいおい、知り合いか? ……まあいい。おい、桐生。今回は俺の完敗だ。お前の要望通り、一個だけ良い情報を教えてやる」
「――レオナルド」
「睨むなよ、リーフェン。少なくとも、この情報はバレたところで大勢に影響は出ない。良い機会だ。俺が何故、モルフに襲われない体質なのか、それを教えてやるよ」
まるで、この状況からいつでも逃れられるかのような物言いで、レオは桐生へとそう言った。
「――どういう風の吹き回しだ?」
「始めは答える気は無かったんだぜ? だが、俺は勝敗に関してはきちんとケジメは取る男だ。土産話に持っていけばいい」
何か重要なことを話そうとしている。
それだけは確かだった。
桐生は、レオが『レベル5モルフ』ではないかと疑っていた。
こちら側の共通認識であるモルフの特性をこの男が持っている以上、その推測は間違っていない筈だった。
だが、わざわざ話そうとするならば、それを蹴る意味もない。
虚言を織り交ぜる可能性も十分にありうるが、内容次第だ。
聞く態勢になった桐生を見たレオは、笑みを浮かべて、話し始めようとした。
「お前、『M5.16薬』って知ってるか?」
次話、本日19時投稿予定




